第278話 魂を燃やせ ⑩
「それはちといただけませんぞ?」
もうダメだ。気絶したカオスを守るように抱き締めたミクとリアの耳に、そんな声が聞こえた。
「そうだな。その剣士はこんな場所で死ぬべきではないな。是非、再び手合わせを願いたい。ふん!」
逃げ場を失い、絶体絶命の今、その異形は現れた。
ルック・ルックの船から射たれたレーザーは、ワゲニ・ジンハン三神将メ・コムの衝撃波をぶつけられて爆発を引き起こす。
「メ・コム殿、ア・ザド殿、お遊びは程々に」
「分かっておりますぞ!」
何が何だか分からない状況の中、ア・ザドによるショートテレポートで、エレキネットの檻から逃げ出せてしまう。
「何がどうなってこうなったの?」
「分かりませんの」
しっかりカオスを抱き締めながら、二人が不安げに呟けば、ク・ザムが微笑みの顔を二人に向ける。
「一時休戦と思われよ。心強き勇敢なる乙女達よ。我らもかの邪神には腹に据えかねるモノがあるのだよ」
ク・ザムの言葉にミクとリアは、ちょっと理解が及ばず呆然としてしまう。そんな二人を覗き込むようにア・ザドがにゅっきりと顔を寄せる。
「然り然り。同胞の魂を喰らい、我々の魂まで慰みものとか……あーいぃー凄くい
ぃ……」
いきなり話に混ざり込んで、唐突にプルプル震えて顔を赤らめるとか、ちょっとこれどうすれば良いの? と二人が困惑していると、そんなア・ザドの頭が凹む勢いで拳を振り下ろしたメ・コムが、二人の視界からア・ザドを物理的に排除しつつ、ぺこりと頭を下げた。
「……こいつの事は気にするな。不治の病に頭をやられているんだ。それより剣士は生きておるな?」
「え、えぇ」
「ならば良い。こいつらの事は我らに任されよ。我らも用事がある」
ク・ザムのリングがアルス・クレイ・ナルヴァスを拘束、同じようにリングで拘束されたシオン・シグティーロとロウ・スラフも一ヶ所に集められる。
「少し荒っぽいが許されよ。近くに来ているそちらの巨大な船まで送る。養生なされよ」
ライジグス側の困惑をまるっと無視し、カオス達は、いやプラティカルプス大隊全員が特務艦隊が戦っている宙域へと飛ばされた。
「痛いですぞ!」
「痛くしたんだバカタレ。あの乙女達は剣士のモノぞ。そんな乙女達で興奮するな節操無しめ」
「分かってませんぞ! 寝取られという知的生命体が産み出したエイチの形がありましてな――」
「「そのようなくだらんエイチ、捨ててしまえっ!」」
「へべら!?」
突然開始した漫才に、ルック・ルックもフランク・カリオストロも絶句していたが、すぐにあり得ない光景に叫んだ。
『なんで自由に動ける!』
『君達もこちら側だったろ?』
二人の言葉に、三神将は意味深に笑う。
「さて、どうしてだろうかな?」
「教えませんぞ?」
「まぁ、すぐに分かる」
三神将がそれぞれ片腕を挙げると、周囲に散らばっていたルックとフランクの部下達が、その姿をワゲニ・ジンハンの三足ケンタへと変化していくではないか。
『『なっ!?』』
あまりの光景に二人が絶句すると、三神将はしてやったりとニヤリと笑った。
「まあ、元々はワゲニ・ジンハンの民の魂を素材に作った疑似境界人ですからな。戻すのも簡単というモノですぞ」
「まだ普通に迷い込んだ境界人の方が質が悪いがな」
「そうですね。まだまだ邪神アダム・カドモンの方が御しやすい」
いやいやいや! 金属の船から生々しいフレッシュボディはどうやって産まれたし! 錬金術なのか? 等価交換の法則なのか? お母さんを蘇らせるのか? と二人が大混乱に陥ると、三神将が一気に二人の間合いに入ってきた。
『ぐお?!』
自分の意思ではない、体がオートで反応する挙動で、ルックが苦しげな声を出す。
「ふむ、分かっておらんな。戦士とは気高きモノであるというのに、首輪に繋げた獣など本来の価値を半減させるだけだと分からんか」
鋭くコンパクトに無駄無く振るわれた衝撃波を固めた刃が、ルックのランサー3の胴体部を切り裂く。
『ぐおおぉっ!?』
切り裂かれるのと同時に解放された衝撃波により、胴体部分が完全に吹き飛びコックピットだけが残って、クルクルと回転しながら明後日の方向へと飛ばされる。そんなコックピットをムンズと巨大な手が優しく掴んで受け止めた。
『くぅっ止まった?』
ルックがクラクラする頭を振りつつ、モニターへ視線を向ければ、そこには巨大な顔があった。もっと言えば、自分達が逃がしたワゲニ・ジンハンの女王、いやそれよりも少し幼い感じがする少女の顔があった。
「ちょっと恩を返しに来たぞ」
『は?』
その巨大な少女は、コックピットを持っていない方の手で何かを引っ張るような動きをする。
『――?!』
するとどう言うことか、ルックの魂だけが影人の体から抜け出し、そのまま少女が広げる掌に誘導される。
「魂に関係する事であるならば、自分にも多少覚えはある。さぁ、これで自由に動けるようになる」
少女の掌に、自分、ルック・ルックのアバターそっくりな人形のようなモノが産み出され、ルックはそのまま吸い込まれるようにその人形に宿る。
「っ!? はっ! かはっ! はぁ! はぁ! はぁ!」
ずっと呼吸をするのを忘れていたような、そんな圧迫感を感じたかと思えば、むせ返るような清涼感ある何かが喉を通り抜け、肺一杯に心地よい何かが満たされる。
咳き込むように呼吸を繰り返し、ルックは自由に動かせる体を確認するよう、両腕を持ち上げて自分の目の前でぐーぱーと動かしてみる。
「なんだこれっ!」
宇宙空間にいるのに呼吸は出来るわ、ほぼ普通の服装でいられるわ、どういう仕組みか声は出るわで、ルックがゲラゲラ笑っていると、今度は同じようにやられたフランクのコックピットがキャッチされ、同じように新しい肉体へと魂を宿らされる。
「ぐはっ! げほっ! かはっ! けほ! はっ! はぁ! はぁ! はぁ!」
自分の時よりも激しく咳き込むフランクが、どういう事だと自分を睨んでくるが、分かるわけがないと肩を竦める。
「とりあえず、ありがとう、か?」
ルックが言えば巨大な少女、いや豊穣母体コザーラ・ミヒテと融合し、真なる女王の姿となったコラーザ・ミヒテ・ミチカは、優雅に微笑む。
「何、逃がしてくれた礼を返しただけだ。それにここからは地獄となるやもしれぬよ?」
ニヤリと笑ったミチカに、二人はそれよりも悪党らしい嫌らしい笑顔を浮かべた。
「地獄上等、ぜってぇ一発殴る」
「同じく。負債は取り立てなければね」
何やら暴れているアダム・カドモンを睨み付け二人が言えば、ミチカは薄く笑って三足を二匹呼び寄せた。するとその三足はどういう原理か、二人が乗っていたランサー3へと姿を変える。
「ひゅー♪ 何でもありだな宇宙」
「それで片付けてよろしいんですかね、これ」
ルックは単純に喜び、フランクは理解不能だとばかりに頭を抱えて首を振る。そんな二人にミチカはニヤリと笑って、更に両手を振れば――
「「なんでもありだな」」
三足が再びその姿を偽装カーゴ
「君らの部下達の残滓も拾っておいた。先程よりも、君達の理想に近い動きが出来ると思うよ」
「マジかよ!」
「……本当、何でもありですね。むしろ貴女が女神ではありませんか?」
「永遠に固定出来る訳じゃない。これは一時の夢のようなモノだ。大した事じゃないさ」
いやいやいや、十分に大した事ありますからね? フランクは心の中で突っ込みを入れながらも、既にランサー3へ乗り込んでしまったルックを呆れたように見ながら、自分もランサー3へと向かう。
そんな二人の様子に満足そうに頷いたミチカは、暴れているアダム・カドモン睨み付けながら口を開く。
「三神将」
「「「ここに」」」
ミチカが呼べば、さっと三神将はミチカの前に跪く。
「すまんな。解放までは出来ぬ」
ミチカの言葉に三神将は笑う。
「いえいえ、こうして再び豊穣様と共に戦える事、このメ・コム恐悦至極」
「然り然り。ただ残念なのは、豊穣様としっとり楽しめないのがざぶぼろーっ!」
「残念なのはお前の頭の方だ愚か者め。お気になさらず、こうして一矢報いる機会を与えられた事、とてもありがたく」
アダム・カドモンにより呼び寄せられた三神将の劣化した魂を使い、仮初めの肉体に劣化した魂を定着させただけであり、彼らは活動限界付きの復活を果たしただけの状態。時が来れば自然とその魂は失われ消えてしまう。その事を謝れば、三神将は大した事ではないと笑い飛ばした。その笑顔のままで吠える。
「さぁ豊穣様! どうかご命令を!」
「あまりポンポン殴らないでもらいたいですぞ、全く。いつでも出れますぞ!」
「三神将、豊穣母体と共に進む準備は終わっております!」
ミチカは小さく、すまない、と呟くとその背中の翼をばさりと広げた。
「敵は邪神アダム・カドモン。ワゲニ・ジンハンの意地にかけて、一矢報いるぞ!」
「「「ワゲニ・ジンハン万歳! 豊穣母体万歳!」」」
ミチカが飛び立つと、その体に三神将がそれぞれしがみつく。ワゲニ・ジンハン最後の女王が、邪神の待つ宙域へと向かう。
そんな飛び立つ女王の後ろ姿を見上げながら、ルック・ルックはすぅっと息を吸い込み、怒鳴るような声で問いかける。
「うっし! てめぇら! 俺の声は聞こえてっか!」
「隊長? あれ? ここは?」
「イベント中じゃなかったっけ?」
「うわっ!? なんじゃこりゃ! どっかのコズミックなホラーテイストな肉体になってるぅっ?!」
愛すべき間抜け共の声が聞こえ、ルック・ルックは込み上げる感情を飲み込み、ずずっと鼻をすする。
「んなこたぁどうでもいいんだよ! イベントのボスが目の前にいっぞ! 倒して今度こそ目立つんだろ!」
ルック・ルックの言葉に、部下達が船首を動かしてアダム・カドモンの姿を確認する。
「デカ過ぎやしませんか?」
「ムリムリムリムリ! 惑星サイズ?! いや膨張した恒星くらいのサイズあるじゃないですかやだー!」
「無茶言うなや! こちとら知らぬ間に肉塊で触手ウネウネ動かせる不思議生命体になってるんですぜ! まずはこっちをどうにかして欲しいですわ」
馬鹿な奴らと馬鹿な事を話し合って、やっぱりこいつら馬鹿だなぁと面白がる。そんなかつての日常の光景に、ルックは知らず涙を流した。ああ、やっぱり自分の居場所はここなんだなぁ、と心の底から実感する。
だが、これは仮初めの幻。時間がくれば夢のように覚めて消える。だからその前に、やるべき事をやらなければならない。
「ごちゃごちゃうるせぇ! てめぇらは俺についてくれば良いんだよ! 行くぞ!」
無茶苦茶な理屈で、強引な論法で部下達の尻を蹴飛ばし、我先にと飛び出す。そんなルックのランサー3を、初めは困惑混じりに、しかしすぐに考えるだけ無駄と追いかけ始める。そんな豪快過ぎる傭兵ギルド『バラクーダ』を見送りながら、フランクは苦笑を浮かべた。
「あちらさんは単純馬鹿で羨ましいですね……私が言った事は全て真実ですよ。だからルックさんのようにはしません。好きにしなさい。私はやってくれた邪神アダム・カドモンの負債を取り立てに行きます。では、また会えて嬉しかったですよ」
フランクは部下達に隠さず真実を語り、その上で自分達の好きに動けば良いと突き放した。
そんなフランクに、部下達は笑う。一部肉塊になってしまった奴もいるが。
「付き合いますぜ。マスターの行く先はいつも面白いですから」
「俺も俺も」
「いやマスター。こんな肉だるまになってどこへ行けと?」
「だーな。最後までお付き合いしますよ」
部下達の言葉に薄く笑ったフランクは、ありがとうともすまないとも言わず、無言でランサー3を加速させる。部下達も何も語らず、ただ黙ってそれに続いた。
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