第277話 魂を燃やせ ⑨
マルトとアダム・カドモンが交戦状態に入った直後――
特務艦隊はガイツとオリバー、二人の男がどっしり構えているから何とか耐えられていたが、その旗色は悪いどころかズタボロにされつつあった。
何より問題なのは、敵の幽霊船団現象で現れる戦闘艦の性能上限が壊れた事だろう。
「フィールドを何枚重ねてるって思ってんだよっ!」
もう戦闘艦というレベルの性能ではなくなった敵のレーザーで、パスパス抜かれる紙のようなフィールドを前に、ブリッジでフィールドの管理をしているオペレーターが黄色くない悲鳴を出す。
「だーもぉー! 重巡洋艦ローテーション早めろ! フィールドシステムが完全に止まる前に応急処置をっ!」
確実に今の今まで、防衛隊を守りながら健在でいられたのは彼のお陰である。だが、現状の悪さに苛立ちが募り、文句を言うオペレーターもいる。
「んな燃え盛るジェネレータへエネルギー結晶体投げつけるような対策でどうにかなるんかよ!」
「やらねーよりやる努力つーだろがっ!」
うるせぇ黙って見てろ! と文句を言う同僚を一喝し、冷や汗をダラダラ流しながら必死にスケジュール管理をするオペレーター。
だが同僚の苛立ちも理解できる。それは敵の技量の問題だ。
「くそっ! こっちの戦艦でもそんな威力のレーザー出せねぇってのに! ヘタクソ野郎がイキりやがって!」
「どこまで性能上がるんだよ! クソがっ! このごり押し共がよっ!」
何より苛立たせるのは、敵の腕前が低い事だ。技量という点では確実にこちらの方が上で、完全に性能頼りのごり押しに負けているのが頭に来る。
向こうの攻撃の一撃一撃が重く、未熟なくせして船の加速度が滅茶苦茶、それらを前に出された性能メインの戦い方に翻弄されている現状に、苛立つなというのが無理だ。
その未熟さと船の性能とのアンバランスさ、粗削りというにはあまりに考え無しの行動、そこらの宙賊だってもう少しマシな戦い方をするんではなかろうか、というガチャガチャ戦闘に特務艦隊の精神はガリガリ削られている。
「性能がアップして一気に未熟さが見えて来ちゃったね」
「……そんなほのぼの言う事じゃねぇけどな……」
現状、ただひたすらに耐え続けるしか手段が無く、それでも何か抜け出る方法は無いだろうかと考え込んでいたガイツへ、日溜まりで茶でも啜りながらクッキーを噛ってそうな雰囲気のオリバーが、のんびりした口調で言う。
「このまま押しきられるかもしれんぞ」
こめかみの血管が浮き出て、眉が逆立ち、牙と角が生えて来そうな形相でガイツが言えば、オリバーはずっとコンソールを操作しながらほのぼのと笑う。
「はははは、それは無いよ」
きっぱり断言したオリバーへ、ガイツが胡乱な目を向ける。
「どうしてだ?」
ともすれば殺気すら感じられそうな視線に、オリバーはふにゃふにゃした笑顔を向けた。
「んー? 妹二人がね、メイドになりたいって言ってね。まぁ、親と自分としてはこのまま専門高等大学校へ進んでくれればと思っていたんだけど」
唐突に始まる家族自慢に、ガイツの目尻がつり上がるが、オリバーは気にせず幸せそうな笑顔で語る。
「可愛い妹達が更に可愛いメイドさんになったら悪い虫が悪さするかもしれないって、大変だってメイド隊へちょっと直接お願いしに行ったら、妹達を随分と気に入ってくれてね」
「……何の話をしてんだ、てめぇ……」
そんな話を聞いている場合じゃねぇだろうが、そんな苛立ちと殺意が入り交じった重低音の声でガイツが呟く。そんなガイツをさっくりスルーしたオリバーが、パチンとコンソールを叩く。
「ガラティア様に妹達が気に入られてね。その流れというか話の方向性と言うか自分も、今度新設される執事隊っていうモノのカリキュラムを受けたんだよ。いやー凄いよね。メイドのカリキュラムもだけど、あれだけ超人揃いなのが理解出来る内容だったよ」
オリバーがにっこり笑ってスクリーンへ手を向ければ、これまで不安定で繋がらない状態だった通信が復旧し、全力でコンソールを叩くレイジの姿が映されていた。
『特務艦隊! 良く耐えてくれた! オリバーさんも補助ありがとう!』
コンソールと立体ホロモニターへ視線を走らせながらレイジが叫ぶ。
『ステージは整えましたよ!』
ニヤリと笑って通信を切ったレイジと入れ替わるように、ガラティアのウィンドウがポップアップする。優しく微笑んだ彼女は、小さく一礼をすると、涼やかな声で命じた。
『白兎、青兎、緑兎出撃。ニュー・プラティカ前進ですの』
ガラティアの命令に応じるよう、スクリーンには多くのウィンドウがポップアップし、そこには懐かしい顔ぶれの男達の姿があった。
『『『『ひゃっはー! カシラ! 助けに来たぜ!』』』』
ライジグスへ所属する際、切った張ったはもう懲り懲りだと、戦いから距離を置いた仲間達。時々集まっては所帯を持っただの、今度子供が生まれるだの、すっかり傭兵時代の刺々しさを失い、幸せそうに日々を生きていた奴らの姿に、ガイツは言葉を失う。
『へへへ、嫁さんに行きたいんでしょって説教食らいまして……私はライジグスの女よ、この程度の大変さなんてへっちゃらなんですから、とっとと行ってとっとと解決して来なさいってむしろ怒られちまって』
『こっちも似たような感じなんすわ。うろうろしてないで行ってこい! 世話が焼けるって尻を物理的に蹴られちまったよ』
『お前らは良いよお前らは。そんな根性無しと結婚したとかご近所の奥さん達に言われたくないわ、行かないとか舐め腐った事言ってごらんなさい? 離婚するわよって脅されたぞこちとら』
『はははは、まぁ、こんな強面と結婚するような物好きだ。皆、それなりに強いわな』
『だな。カシラ! 指示をくれ!』
まるで同窓会でも開いたような、状況からすれば不謹慎極まりない空気感であったが、ガイツは込み上げる感情をグッと飲み込み、深々と頭を下げ、次いで勢い良く顔を上げると獅子のように吠えた。
「弛んでるようなら後で地獄見せてやるから覚悟しろ! 相手は性能ごり押しの馬鹿だ! 包囲殲滅で対処すれば難しくはない! つまりはいつも通りって事だ! やれるな!」
『『『『ったりめーよ!』』』』
一斉に動き出す様々な艦船達。そのどの船体にもかつて傭兵だった頃のマークと、ライジグス王国軍のエンブレムがペイントされ、自然とガイツの顔に笑顔が浮かぶ。
「粋な事してくれるじゃねぇか」
ガイツがチラリとオリバーへ視線を向ければ、彼は気取った様子で肩を抱くように腕を片手を組み、いやに様になる仕草で一礼した。
「お役立ちが執事の本懐らしいよ」
不器用なウィンクをするオリバーへ、降参だとばかりにガイツは両手を小さく挙げ、肩を竦める。
はあと息を吐き出し、意識と気持ちを切り替え、ガイツは声を張り上げる。
「待たせたな野郎共! 反撃の時間だ! さんざん遊んでくれたクソガキ共に教育する時間が来たっ! 遅れて来た半隠居野郎共に負けてられんぞ! 準備しろ!」
「「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」
遅れてやって来たスカーレティア・ウルトラの本体、戦艦『陽光桜』へ防衛隊の艦隊を下げつつ、特務艦隊は超攻撃的な陣形へと艦隊を展開していく。
「やっと暴れられる」
ゴンゴンゴンとまるで岩と岩をぶつけるような音を、拳同士を付き合わせるようにして出し、ベキベキベキと首を回して音を出すガイツが、肉食獣のように笑った。
○ ● ○
左腕一本で操縦桿を握るカオスの操るアルス・クレイ・ナルヴァスの動きは、やはりどうしても精彩を欠き、そのような状態の、まさしく鴨がネギを背負った状態の相手を放置してくれる程甘くないルック・ルックとフランク・カリオストロ、そしてその部下達は容赦無くカオスに狙いを集中する。
「俺でもそうするわ」
操縦桿を握り締め、脂汗を滝のように流すカオスは、興奮状態で鎮静作用が弱まった体で、ともすれば痛みと熱とで朦朧となりそうな意識を必死で手放さないよう歯を食い縛りながら操縦を続けていた。
『お互い、やべぇなぁ』
『げふっ! げぼっ! ぼぶっ! かーっぺっ! またどっかに肋骨刺さったなこれ。はあ~美人のねーちゃんの胸に飛び込んで泥のように眠りたいぜ』
アーロキもノールも限界が近い。一番マシだろうアーロキですら、頭からの出血が止まらず顔色が白いし、確実に視神経がおかしくなっているようで目の動きが変になっている。ノールに至っては戦闘機動をする度に吐血をしては、土気色した顔でそれでも軽口を叩いては見せているが、声が掠れて今にも消えてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。
「こっちも意識が飛びそうだ」
ルックとフランクの連携を、リアとミク二人のオペレーション能力に助けられ何とか出来ているが、正直自分がどこをどう飛んでいるか理解出来ていない。特にノールなどはオペレーターがいないので、とんでもない紙一重な動きをしていて危ない状態だ。
「……ちくしょう」
本来ならばプラティカルプスの隊長として、アーロキやノールを守らなければならないのに、自分の船を守る事しか出来ない……霞む視界、震えが止まらない体、頑丈な鋼鉄のロープで全身を縛り付けられているような動き辛さに、カオスは弱々しく呟く。
「カオス! しっかり! リア!」
「やってますの!」
そんな絶対に見られない程弱々しいカオスを守ろうと、ミクとリアが必死に努力をする。
「こんな事なら操縦系の訓練もしておくべきでしたの!」
「後悔はこれを乗り越えてから!」
せっかく結婚出来るのに、それを受け入れてもらえたのに、これから先は幸せ一杯の人生が待っているのに、二人はふざけるなと今の状況へ怒りを燃やす。
だが、ついにルックとフランクの攻撃を受けてしまい、上がりまくった威力のレーザーに弾き飛ばされ動きが止まる。更に悪い事に、その衝撃でパイロットシートに座るカオスが軽く頭を、ヘルメット越しではあるが打撃を受けてしまった事で、耐えに耐えていた意識を手放してしまった。
パイロットシートでぐったりして動かなくなったカオスの姿に、ミクとリアは悲鳴をあげながらもすぐに対策を打つ。
「オートパイロット! 動いて!」
「ジェネレータとエンジンを繋ぐライン切断!」
二人の抵抗を笑うようにランサー3が迫り、乗っているルックとフランクは必死に体を動かして操縦の邪魔をしようとしているがまるで効果がない。
「絶対こんなところで死んでたまるものですか!」
「もちろんです!」
二人はオペレーターシートから立ち上がると、二人でカオスの安全ベルトを外し、逃げられる準備を整える。
『ちくしょーっ! うおおおおおっ!』
『私の美学に反する! 糞神アダム・カドモン! この恨み未来永劫吐き出し続けてやる!』
気絶して力が抜けた状態の重たさに顔をしかめながら、ミクとリアはエグゾスーツのパワーアシストを使って緊急脱出装置に手を伸ばす。
『タイミングが早い! 逃げる方向も確認しろ! そのままだと飛び出してもすぐ撃たれる!』
ルックが必死に抵抗しながら叫び、ミクとリアはハッと冷静に戻り、周囲の状況を確認してベストのタイミングを計る。
『ぐっ! お嬢さん方! すまない!』
フランクが突然謝ってきたかと思ったら、船の周囲に電撃を発生させるネットが包み込む。
「これは?!」
『対人用の脱出封じを目的としたエレキネット。触れたら終わるレベルの電気を流す、外道犯罪プレイヤー御用達の殺しの七つ道具だ』
フランクはガンガンと操縦桿に頭を叩きつけて、すまないと弱々しく謝った。
『逃げ道は無い』
ミクとリアの体から力が抜け落ち、床へペタンと座り込んだタイミングで、罵詈雑言を叫ぶルックのランサー3から極太のレーザーが放たれた。
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