第276話 魂を燃やせ ⑧

 アダム・カドモンがマルトの元へと向かう寸前――


「……みぃつけたぁっ!」


 アロー・オブ・サジタリアス改に何度も何度も頭を吹き飛ばされ、スティラ・ラグナロティアの最大出力で放たれるレーザーも、パラス・アイギアスの暴風雨のようなミサイルを受けても、ただそこにいるだけであったアダム・カドモンが突然嗤った。


 次の瞬間、その巨大な翼をバサリと羽ばたかせたと思えば、強烈な電磁嵐のような波動が空間を蹂躙し、アダム・カドモンを包囲していた艦船のシステムが完全にダウン。生命維持関係も止まり、宇宙に浮かぶ金属の塊と化した。


「復旧!」


 エグゾスーツの安全装置が動き出すのを感じながら、ゼフィーナが携帯端末へ吠える。


「スティラ・ラグナロティアの基幹システム完全にダウン。再起動実行中。リカバリー消失。再起動できません」

「アルペジオのマリオンの仲介を確認。基幹システムの再構築を開始。起動まで最低でも三十分」

「メンテナンスクルーによる独立生命維持装置の稼働を確認。五、四、三、二、一、復旧」


 真っ暗だったブリッジの照明が復活し、ゼフィーナは大きく息を吐き出す。


「船体に異常は?」

「直接のダメージはありません。ただ、基幹システムを完全に消去され、厳重に保管してあった別口のリカバリーまで消去されたのは予想外です」

「メンテナンスクルーとメカニッククルーが引き続き、ブリッジの機能を回復させる独立したシステム構築に入ります。独立型生命維持装置とバイパスを開始。生命維持装置のシステムとリンク、リンク正常。ブリッジのシステム再起動」


 次々に船の機能が復旧していき、メインスクリーンに外の様子が映し出される。


「アダム・カドモンの近くにいた船の影響が大きいようだな」

「ただの電磁波では無いでしょうから、一応、人命に影響するような事は発生してないのは確認済みです」

「それは何よりだ」


 キャプテンシートに座りながら、ゼフィーナはアダム・カドモンがどこへ消えたのかを確認する為に視線をさ迷わせるが、その姿は確認できず小さく舌打ちをする。


「……見つけた、と聞こえたが」


 何を見つけたんだ? とゼフィーナが疑問に思っていると、スクリーン奥、アベル艦隊が向かった方角でアダム・カドモンによるものと思われる攻撃の光がチラチラと見え始めた。


「アベル艦隊が狙いか! 不味い! オペレーター!」

「無理です。さすがに生命維持装置のシステムだけでスティラ・ラグナロティア、いえ、パラス・アイギアスとドッキングまでしている状態の当艦を動かせません」


 冷静沈着、淡々とゼフィーナの焦りをバッサリ切るオペレーターに、ゼフィーナは口をパクパクさせながら、どうにかならないかと変な動きであたふたし始める。


 そんなゼフィーナの焦りを嘲笑うように、一番厄介で一番攻撃力のある恒星のような火球を吐き出す攻撃の光が見え、ゼフィーナは思わず立ち上がる。


「オペレーター!」

「無理です。やれるならやってます」


 ゼフィーナの叫びにオペレーターが少し震えた声で返答した。それで皆気持ちは同じなんだと、誰だって出来るなら駆けつけたいんだと、全員の気持ちが分かってしまい、ゼフィーナは溢れる感情を抑えきれず、近くにあるキャプテンシートを殴り付けた。宇宙での戦闘を加味し、相応に頑強な構造をしているそれが、メキリと異音を出して歪む。


 ブリッジにコンソールを叩く音が静かに響き、重苦しい空気に支配される。それでも自分達の職務を忠実に守るオペレーター達、その中の一人、肉眼で監視作業をしていたオペレーターが小さく息を飲み込み、泣きそうな表情で報告した。


「敵、幽霊船団確認。ア・ソ連合体で見たワゲニ・ジンハンと見られる幽霊船団現象のようです」

「っ!?」


 俯いて唇を結び、自分の不甲斐なさにうちひしがれていたゼフィーナが、勢い良く顔を上げてスクリーンを見れば、ア・ソ連合体で見たモノよりも更に密度の高い大群が、今まで見た事のない戦闘艦の大部隊が、空間全てを埋め尽くすような肉塊と怪奇生命体が巨大スクリーン全部を占領するように映っている。


「ファラ! 火器管制!」

『こっちだって死んでるわよ! リズ!』

『こちらもオフラインですー! 無理ぃー!』

「ルータニア!」

『遺憾ながら、ルブリシュ全艦機能停止状態です』

「防衛隊はどうか!」

『システム復旧できません! 申し訳ありません!』


 ゼフィーナ達の焦燥を楽しむように、その亡霊達は実にゆっくりと距離を詰めていく。じりじりと真綿で首を絞めるように。あるいは自分達に向けられる焦りを更に煽るように。


「メカニッククルー! メンテナンスクルー! タレット関連だけでも手動で動かせないか!」

『火器管制システムの基幹が消去されている状態では動きません。大昔の火薬方式の大砲だったら問答無用で動かせるんでしょうが』


 基幹システムが死んでいる現状、レッドアラートすら鳴らずに、まるで現実感の無い、それこそビジュアルディスクのワンシーンでも見ているような錯覚に騙されそうになる。しかし、残念ながらこれは現実で、事実大群に接触した停船状態の艦船が勢い良く弾き飛ばされ、小爆発を引き起こしながら煙を吹く様を見せられては、これが夢だとのたまう気にもならない。


「フィールドシステムだけでも独立して動かせないか!」

「ジェネレータ回りが不安定過ぎて難しいです。下手をすれば空間拡張が暴走し、ジェネレータを格納する空間そのものが爆発する恐れすらあります」

「ちくしょうめっ!」


 スクリーンには次々に大群に弾き飛び、ひしゃげていく艦船の様子が映し出され、大群が迫ってくる速度が早まる。


「ルータニア!」

『残念ながら、脱出挺が動きません。申し訳ありません。ここまでのようです』

「馬鹿を言ってないで生き残る道を探せ!」


 ついに大群がルブリシュ艦隊の間近まで迫り、ルータニアが透明な微笑みを浮かべながら、恭しく頭を下げる。それにゼフィーナが一喝をするも、脱出挺すら使えない状況では、もうどうしようも無い。


「アルペジオから動ける船は回せないか!」


 そうだった! ガラティアがいたじゃないか! そう思って叫ぶが、オペレーターは力無く首を横に振る。


「第一陣義勇兵は既に特務艦隊のいる宙域で交戦を開始してます。そこからジャンプでこちらに来るのは危険過ぎます」


 こちらがこんな状態になる前に戦闘へと突入したようで、実にタイミングが悪すぎる。だがそれに文句を言ったところでどうにもならない。


「ちっ! レイジ! どうにかしろ!」


 もう何も思い付かない。そう思って自棄になって叫べば、スクリーンに超高速でコンソールを操作する、ややひきつった表情のレイジが映り、だが次の瞬間、少年のような笑顔を浮かべる。


『どうにかしましょう!』

「へ?」


 まさかの返答に間が抜けた声を出す。そんなゼフィーナを無視し、レイジが指示を出す。


『座標確認!』

『問題ありません。ばっちりです』


 スクリーンのレイジが嫁達と自分が行っている作業の確認を終了させると、すぐさま叫ぶように頼りになる正妃と才妃の名前を呼ぶ。


『シェルファ様! マリオン様!』


 名前を呼ばれた二人がスクリーンに映り、それぞれが残像が見えるレベルの速度でコンソールを叩いている。シェルファがやりきった表情でプログラムを実行させた。


『もうちょっと……良しこれで! マヒロちゃん!』


 スクリーンに超空間内部に浮かんだマヒロのイメージ映像が映り、マヒロが両手を胸の前で組むとゆっくり閉じていた目を開く。


『超空間通信、システム再構築完了しました。続き全ライジグス艦船への基幹システムのアップデートを開始します』


 組んでいた両手で、カードを滑らせるように動かし、そこに仮想のコンソールを出現させ、マヒロもタイピングを開始する。

 

『マヒロちゃんのバックアップ確認! 一気に行くよ!』


 必死の表情で作業をしていたマリオンが、やったと可憐に喜んで、作業のスピードを加速する。


『こちらも準備完了! ゼフィーナ様! 援軍ですよ!』


 これで全てが整った! と叫びながらレイジが吠えれば、ずぅんずぅんずぅん、とジャンプ航法独特の、腹の底に重く響く音がスティラ・ラグナロティアの周囲で発生する。


『エルファ・ガルーダ! 全砲門開け! 味方には当てるなよ! てぇぇっ!』

『タルタロス・ノヴァール! 全砲門展開! エルファ・ガルーダの砲撃より逃れたモノを狙え! てぇぇぃっ!』


 艦隊ネットワーク通信にアリアンとアリシアの様子がアップされ、それぞれが同じタイミングで砲撃を開始する。


『おーし、駆逐艦は身動きが取れない船の援護へ回れ。重巡洋艦、巡洋艦は損害を受けている船の救助活動だ。戦闘艦、出撃準備。いつでも出撃できるようにしとけよー』


 更に北部大艦隊リーン提督もスクリーンに映り、呆然としているゼフィーナへ様にならない、だけど飛びっきり愛嬌のあるウィンクを見せて微笑む。


 それだけではない。各所に散ってそれぞれの任務を行っていたライジグス艦隊が、第一から第十五まで次々とジャンプしてくる。


 その様子を信じられない表情で見ているゼフィーナに、第一艦隊総司令側妃クリスタがわざわざ一番大きいサイズのウィンドで目の前に現れると、フフンと小馬鹿にしたように鼻で笑いながら言う。


『随分としてやられましたのね? ゼフィーナ様ともあろう方が……歳ですの?』


 おーほほほほほほ! と笑いながら高らかに言うクリスタに、ゼフィーナがあんだとごらぁっ! と般若の形相で凄む。


「おうこらクリスタ、喧嘩売ってるのかおうこら、買ってやるぞこらおう」


 角と牙が生えたんじゃなかろうかというゼフィーナの姿に、クリスタはヤベやりすぎたかもと、静かにセンスで顔を隠そうとする。そんなタイミングを読んだみたいに、基幹システムを消去された艦船全てのシステムが復旧した。


『ライジグス艦船基幹システム、対アダム・カドモンバージョン、アップデート完了。シスターズシステム展開、疑似いもうとマヒロインストール実行』

『マヒロちゃんナイスだよ! ゼフィーナ様! 遊んでないで仕事!』


 船の全ての機能が復旧し、ゼフィーナはガルルルルと鬼すら睨みで殺せるような視線をクリスタへ向けつつ、不機嫌そうに口を開いた。


「ファラ、リズミラ」

『アロー・オブ・サジタリウス改、絶好調! いつでもどうぞ!』

『パラス・アイギアスも絶好調ですよー、いつでも行けますー』


 二人の言葉にゼフィーナは頷き、雄々しく腕を組んだ仁王立ちの姿で、これまでの鬱憤を晴らすように叫んだ。


「雑魚に用はない! 蹴散らせ! そのままアダム・カドモンを追う!」

『『『『了解!』』』』


 ゼフィーナの号令で、整然と並んだライジグス大軍団が動き出す。

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