第275話 魂を燃やせ ⑦

 マルトが恒星サイズの火球に飲み込まれた頃――


 旧四王家へ対応するために出撃し、気がつけば影のような存在が操る戦闘艦と戦うハメになったアリアンとアリシアだったが、突然の幕切れに呆然自失となっていた。


 戦っていた相手、ひたすらやかましかった戦闘艦が――本当にすぅっと消えたのだ。


「……オペレーター」


 困惑しながらもアリアンが問えば、オペレーターもその声で正気に戻ったのか、素早く各種データに目を通す。


「……こちらの観測装置ではありとあらゆる反応がロスト」


 さらに周辺をカメラで確認していたオペレーターが、上がっていた報告を告げる。

 

「展開している戦闘艦部隊も、唐突に消えたと報告が来てます」

「……」


 オペレーターの淡々とした報告を聞き、アリアンは困惑した表情で通信が繋がっているアリシアを見る。


『偽装、という線は?』

『完全に痕跡が消えてます。はじめから居なかったと言われた方が納得出来る消え方です』

『……』


 アリシアも困ったように額を押さえ、とりあえず一番無難だろう行動を取る。


『本国へ連絡。目指すべきコロニーも無ければ、討伐するべき勢力も無く、妙な風に喧嘩を売ってきた存在も消えた今、我々の作戦目的が不明です。宰相に指示をもらいましょう』

『了解しました。超空間通信を開きます』


 確かに確かに、とアリアンも納得しつつ、こちらの事をやたらとNPCだの経験値だのと騒いでいた連中が消えた空間を見る。


「……随分と場馴れしていたわよね」

「はい。戦い方がライジグスの翼士に似てました。まぁ、相当粗削りで戦い易かったですけれど」

「いやまあ、ライジグスの翼士レベルのパイロットがゴロゴロ居たら、それはそれで恐怖だけどね」


 いやもう手遅れかもしれないけど……メビウス大隊とかプラティカルプス大隊とか、ホワイトブリムのエッグコアとか、ライジグスではごくごく当たり前にいるけどさ、とアリアンがボソボソ呟いていると、通信から悲鳴のような報告が届く。


『超空間へアクセス不可能! 原因不明!』


 そのオペレーターの報告に、ブリッジクルーが一斉に原因を調べる為、コンソールを叩く音がさざ波のように広がっていく。


「近くのライジグス所属コロニー経由はどう?」

「駄目です! コロニーへ通信が届きません! 根本的な何かが妨害している感じがします!」

「粒子濃度確認!」

「通信に影響を及ぼす粒子の存在を確認できません! 全て正常です!」


 何か大変か事が起こっている。本能的にそれを感じ取ったアリアンは、キャプテンシートに座り直し、胸の前で手を組んで目を閉じる。その間にもオペレーター達の悲鳴混じりの報告が次々ともたらされる。


「本艦の通信装置の不備か?」

「メンテナンスクルーを走らせて確認しました。異常ありません」

「他にどんな要素が残ってる?」

「マニュアルにある対処法は全て確認済みです! むしろこちらが聞きたい!」


 アリアンはゆっくりと目を開けると、パンパンパンと大きく手を叩いた。


「まずは落ち着きましょう。アリシア、そちらの艦隊の損耗率をチェックして。こちらもよ」

『了解したわ』

「直ちに行います」


 アリアンの言葉で冷静さを取り戻したオペレーター達が、指示された事のチェックを開始する。


「大きな損耗はありません。フィールドシステム、装甲、ジェネレータ全てオールグリーン」

「艦隊の火器関係も問題ありません」

「艦内ファクトリー正常稼働。レールキャノン及びエネルギー注入タイプミサイルの生産問題なし」


 いつ聞いても戦艦の中に弾薬を作る工場があって、ジェネレータと用意してある資材すらあれば永遠に補給が受けられるって何だろう……とアリアンは遠い目をしながら、オペレーターの報告に頷く。


「アリシア」

『こちらも問題無し』

「良ろしい。全艦隊へ、陣形トライアド。このままアルペジオ近郊、帝国側の防衛拠点にジャンプします」


 アリアンの指示にオペレーター達から動揺が消えていく。


「ここでウダウダしてても分からないモノは分からない。なら一瞬で戻れる手段があるのなら戻りましょう。これでただの通信装置の不調であったならば笑い話で終わります……ただ」


 悪い予感がするんだよねぇ、とアリアンは溜め息を吐き出す。


「私は即戦闘に入ると予想します。なのでいつでも動けるように警戒を怠らないように。アリシアもそれでお願い」

『了解……やっぱりザワザワする?』

「貴女もなの? いやねぇ」


 妙に腹の底の座りが悪いと言うか、高いところから落ちるような内蔵が浮く感覚と言うか、息を止め続けて生命の危険を知らせるような切迫感というか……兎に角ザワザワするのだ。アリアンは意識せずに心臓の上を手で押さえながら、何とか気持ちを切り替える。


「ジャンプ航法へ移れ!」

「ジャンプ航法入ります。ジェネレータ管理、正常」

「ジャンプ先の座標を入力、完了」

「フィールドシステム最大稼働開始」


 オペレーター達の仕事を眺めながら、アリアンはタツローのおどけた顔を思い出す。


「あ」


 ただそれだけでどうにかなりそうだと、そんな無責任な根拠に満たされ、アリアンはクスリと可憐に微笑んだ。


「なんとかなるって感じかな」


 誰にも聞こえない小声で呟き、アリアン・アリシア艦隊はジャンプした。




 ○  ●  ○


「オペレーター!」

「観測装置に異常無し!」

「肉塊、怪奇生命体の反応完全消失!」

「戦闘艦、駆逐艦による確認作業開始!」

「一体何だっていうんだ……」


 北部辺境ルヴェ・カーナから無限とも思える数の肉塊と怪奇生命体の大群相手に、大艦隊を展開して戦っていたリーン・エウャン提督は、目の前の状況に困惑していた。


「周辺の反応ありません。ステルス装置使用も疑いましたが、それらしい反応もありません」

「戦闘艦、駆逐艦による確認作業続行しますが、完全に反応は消えています」

「ルヴェ・カーナ内部の異常反応が安定しています」

「……うーん、どうなってんだこりゃぁ……」


 オペレーターから上がってくる報告にリーンは頭をガリガリ掻きながら、見るもの気持ち悪い肉塊に埋め尽くされていた、だが今はただ星が瞬くだけの空間となったそこを眺め唸る。


「合体してスーパー肉塊登場とかってフリじゃねぇよな?」

「どこの国王様の秘密兵器ですか」

「だよな……驚異は消え去った、俺達は勝ったんだ! と素直ちゃんなら信じ込むんだろうが……」

「絶対何かあります」

「ですよねー」


 こりゃちょっと俺一人の判断だと怖いわ、とリーンが本国アルペジオへ通信を繋げるように要請する。


「……あれ?」

「どうした?」

「……超空間通信不通?! あれ!? 繋がらない! 通信系クルー! チェック!」


 超空間という上位空間を使う通信が使えなくなるという異常事態に、ブリッジクルー達が大慌てで原因を探る。


「超空間にアクセスは可能です! ただジャミングのような現象が発生してます!」

「通常通信にも影響あり! ここから一番近いライジグス所属コロニーへの通信が繋がりません!」


 オペレーター達の報告に、リーンは再びガリガリと頭を掻き、タンタンタンと足の爪先で床を叩く。


「……アダム・カドモンが何かしやがったなこれ……」


 忌々しい気持ちを隠しもせずリーンは呟き、大きく両手を打ち鳴らす。


「落ち着け! ティセスへは通信入れられるか?」

「は、はい! 試します……っ! ティセスには通信行けます!」

「よし、ティセスへ繋いでくれ」

「了解!」


 スクリーンに少々疲れた様子の領主ドモニクの顔が映り、リーンは少し安堵しながら口を開く。


「ドミニク領主代行、旧ティセス艦隊は万全だろうか?」

『? え、ええ。常に整備は万全整えておりますが?』

「それは重畳。ですがまずは報告を……敵性生物の大群、我々が対応していた肉塊及び謎生物だが、一斉に消失した。ありとあらゆる手段を用いて確認したが、どこにもその反応を確認する事が出来ない」

『それはまた……』


 頭が痛い現象を、とドミニクが疲れた表情で乾いた笑みを浮かべる。それを見て悪いなとは思いつつ、リーンは本題を口にする。


「あまりにも奇っ怪な現象なので、本国に報告がてら相談しようと思い超空間通信を使用するも通じない。通常通信にも難があり、ティセス以外の近場なライジグス所有のコロニーと通信が出来ない」

『……はあ……悪い予感しかしませんな』

「同感です」


 頭を抱えて大きく溜め息を吐き出したドミニクだったが、パンパンと頬を景気良く叩くと、キリリとした表情でリーンを見る。


『分かりました。ティセスは旧ティセス艦隊による警戒防衛網を敷き、ティセス防衛に専念します。北部大艦隊提督リーン殿は、本国アルペジオへ向かい、状況の確認を行って下さい』


 さすが分かってらっしゃる、リーンはニヤリと笑い、恭しく胸に手を当てるライジグス式敬礼を行う。


「ではこのままアルペジオへ急行致します」

『頼みます。こちらの心配は無用です。陛下を頼みます』

「はっ! 全力を尽くします!」


 通信が切れ、リーンはすぅっと大きく息を吸い込むと吠えた。


「アルペジオへ飛ぶぞ! 艦隊のチェック急げ! 万全の体制を整えろ!」

「「「「了解!」」」」


 リーンはゆっくりキャプテンシートに座ると、ゴキゴキと首を鳴らした。


「さてはて、何が起こってるやら」


 部下達のチェック作業を眺めつつ、どんな状況でも即対応出来るように準備を整えつつ、リーンは頭の中で様々なシミュレートを行いながら神経を尖らせていった。




 ○  ●  ○


 会談中唐突に途切れた通信に嫌な予感を感じた女王ミリュは、与えられた国母艦ゴッド・オリンポスのキャプテンシートに座り、神聖フェリオ連邦国航宙軍の準備が整うのを待っていた。


「やはり練度が低いのぉ」


 手間取り、もたついている神聖国将兵の様子に、ミリュが不満げに呟くと、ゴッド・オリンポスのオペレーターを務めるライジグス軍学校出身の女性軍人が苦笑を浮かべる。


「ライジグスと比較するのは、相当酷かと」

「……なぜじゃ?」

「ライジグス基準だと、どこの国も悲鳴をあげると思われます。うちのメカニックも港の職員も、ちょっとその……異常ですので」


 ちょっとどころじゃなく異常である。タツローに対する忠誠心がマックス過ぎて、はいよろこんでー! とほぼトランス状態で働いていような国民達を基準に考えたら、それは絶対に酷というか間違いだろう。まさしく違うそうじゃない状態だ。


「そんなモノかのぉ」

「はい」


 うちの国では確かに幸せですが、それを他国の人に求めるのは駄目です、言外にオペレーターがそういう意味を込めて断言すれば、女王はつまらなそうに鼻を鳴らす。


「妾はキビキビ働くライジグスの奴らを見るのが好きじゃよ。気持ちが良い働きっぷりじゃからの」

「……」


 あれ一種の労働バーサーカーなんですけど……オペレーターはたらりと内心で冷や汗を流す。そして、ああこの方はライジグスに相応しい才妃様である、と安堵もする。


「……さて、そろそろかの」


 駄弁りながらもスクリーンから視線を外さなかった女王が呟けば、確かに神聖国航宙軍の準備が整ったように見える。


「何やら気分が悪い。あまり状況はよろしくなさそうじゃ。諸君らには少し気張ってもらわねばならないかもしれぬ」


 ミリュの言葉にブリッジクルーらはにこやかに微笑んだ。その静かな迫力に頼もしさを感じながら、ミリュは通信を神聖国総司令へと繋げた。


「整ったかの?」

『はっ! お待たせして申し訳ありません! 準備完了致しました!』

「良い。気分が悪い、状況は切迫してると思われる。そちらも覚悟を決めよ」

『はっ! 元より楽が出来ると思っておりません! 存分に引き回して下さって結構です!』

「ふふん、なら遠慮無く使おう」


 ばっと最上級の敬礼をする総司令との通信を切ると、ミリュは覇気に満ちた声で命じた。


「国母艦ゴッド・オリンポス! 出撃せよ!」

「「「「了解!」」」」


 ゆったりとした動きで船首を巡らし、優雅に加速を始めたゴッド・オリンポスは、船首を守護宮へ向け動き出した。その巨大な神殿を思わせる船に、神聖国航宙軍が続く。


「さてはて、いーびるごっどすれいやーでもするかの」


 ふふふふふと悪戯に笑うミリュは楽しみじゃと呟き、その時が来るまで力を溜める為、ゆっくりと瞳を閉じた。

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