第274話 魂を燃やせ ⑥

 マルトの姉達がティーチ達と激突し、六対三桁以上の戦闘艦、偽装カーゴシップと戦う中、マルトは苦戦を強いられていた。


「ここでスナイパーの援護は厳しい!」


 いそっぷ影を圧倒し、何とかマルトだけで完全に行動を封じていたのが、偽装カーゴシップの爆発で吹っ飛ばされて来たグレートウェストとキッド・キッドが直ぐ様再生し、実に嫌な場所へピンポイントで狙撃をしてくるようになると、立場が逆転しマルトは徐々に追い詰められていた。


 マルトがいそっぷ影を追い詰める為に多用する縮地は、はっきりした弱点が存在する。それは中遠距離だと、ただの緩急をつけた機動にしか見えないというモノだ。


 そもそも縮地は近接戦闘でこそ輝く機動であり、だからこそマルトはいそっぷ影へ接近戦で挑んでいた。だが、中間距離に陣取るグレートウェストやキッド・キッドからは、マルトの動きが丸見えとなり、結果としてレーザーやレールキャノンの弾を。それだけでマルトの縮地は封じられ、結果としていそっぷ影を自由にしてしまう事になる。


 だからこそマルトもいそっぷから学んだ技術を駆使し、グレートウェストとキッド・キッドの狙撃のタイミングを外したり、シューレスト・ストライカーで攻撃を行ったり対応をしているのだが、そうすると自由になったいそっぷ影がマルトを叩きに来る。連携とはこうやるのだよ、と手本を見せられている気分だ。


「くおぉぉっ! お姉ちゃん達は無理! アベっちも無理! 艦隊は立て直し中! はははははっ! 参ったなっ!」


 戦闘艦に乗り始めてここまで追い詰められた事は初めてだ。しかも命の危機である。だが、どんなに厳しくても、どんなに辛かろうとマルトは笑顔である事をやめない。


『一番格好良い大人……ねぇ? あーそうだなぁ……俺が思う大人って事で良いのか? ああ良いの。そうだな、厳しかろうが辛かろうが、この程度何でもねぇよって笑ってられる男じゃねぇかな? 俺の叔父さんがそういう格好良い大人だったぜ』


 ニヤリと笑う国王の笑顔と、彼に聞いた格好良い大人の姿にマルトは思った。ボクもこういう大人になろう、と。


 マルトが理想とする格好良い大人、男って言うのは――


「でもこの程度! ボクのお義父さんなら、笑って切り抜けられる!」


 誰あろう、ライジグス国王タツロー・デミウス・ライジグスその人だから。ありとあらゆる困難に、常に先頭に立ち続けるマルトのお義父さんだ。


 タツローの養子マルト・デミウス・ヴェスペリアとなって、何が嬉しかったか。それは自慢のお義父さんですと胸を張って言える父親が出来た事だ。優しいお義母さんですと、甘える事が出来る母親が出来た事だ。何より、あの強い人達の家族の一員になれた事が、マルトの誇りとなった。


 だからどんなに厳しかろうが、どんなに辛かろうが笑える。そんなん大した事ねぇと笑い飛ばせる。だって自分はタツローやシェルファ達の自慢の息子だから。どんな困難でも力を合わせて切り抜けてきた人達の息子だから。


「メダリスト! マオウとユズユ混合! 行ける!」


 気持ちを意識を切り替える。届かないんじゃない、足りないんだと。追い詰められているんじゃない、対応出来てないからそう感じているだけだと。じゃぁどうすれば良い?


「成長すれば良いってだけの話!」


 操縦桿を思いっきり動かし、これまでのコンパクトで洗練された機動から、どこか荒々しい、それこそカオスやアーロキ、ノール達元傭兵戦闘艦乗りのような動きへ変える。


「いそっぷ兄ちゃんの技術だけが全てじゃない! なら思い出せ! もっと師匠はいた! もっと先生はいた! もっと手本と見本は溢れていた! やれる! ボクならやれる! なぜなら! ボクはタツローお義父さんの自慢の息子だから!」


 鼓舞と呼ぶには無茶苦茶で、言い聞かせるには暴論。だが、マルトは心の底からそれを信じ込める。


「対応してみせろ! お前達なんかボクの、の敵にすらならない!」


 ひねり込みのように急上昇し、そのまま自由落下するよう直角にブレイブ・ブレイバー2の直上から突っ込む。絶好のポジションだが、直後キッド・キッドの二丁レールキャノンが火を噴き弾幕を張る。


「ふぅっ!」


 それを予知していたように、マルトが戦闘艦でトリプルアクセルをするようにクルクル回転させて強引に機動を変化させる。その鼻先目掛け、グレートウェイストのレーザーが撃ち込まれる。


「ふっ!」


 レーザーを戦闘艦を沈み込ませるようにして回避し、その動きに合わせてシューレスト・ストライカーのライフルモードで狙撃を飛ばす。まるで予期しない場所からの狙撃に、グレートウェストの主砲とキッド・キッドの二丁レールキャノンが爆発して吹き飛んだ。


 マオウスタイルとユズユスタイル。スケーターの三次元機動バージョン、アスリートやらメダリストなどと呼ばれる超絶技術。デミウスの戦闘実況動画を見た女子フィギュアスケート選手が、オリンピックでアレンジした動きで金メダルを取ってしまい、それを面白がったデミウスが実戦で同じ事をやって、それを見た男子のスケート選手がこんにゃろと真似し返したという逸話を持つ技術だ。ちなみに男子スケート選手も金メダルを取っている。


 戦闘艦でフィギュアスケートをするというとんでも技術だが、トリプルアクセルやトリプルサルコウ、トゥーループ等々フィギュアスケートのジャンプは戦闘機動に取り入れても十分に使える。その動きは実にトリッキーかつ不規則で読みにくい。ましてやマルトがやっているのは、マオウ時々ユズユもしくは両方みたいな感じで、いそっぷ影達は全く対応出来ずに振り回されている。


「動転、せんさへんげん」


 振り回され、動きが単調になったところへすかさずストライカーのブレードが襲いかかる。再びバッサリ切られたブレイブ・ブレイバー2の動きが完全に止まった。


「食らえっ!」


 完全に消滅させれば多少の時間稼ぎは出来る、ここで決めるとストライカーの最大出力でのレーザーを叩き込む。


「見つけたぞ! 勇者!」

「っ!?」


 確実に入った、そう確信したマルトを嘲笑うように、巨大な掌がレーザーを受け止めると、マルトの意識外から飛んで来た巨大な拳がエッグコアをピンボールのように吹き飛ばす。


「ぐぐううぅぅぅぅぅぅっ!?」


 激しくシェイクされ、押し潰されるようなGに耐え、エグゾスーツのアシスト機能に助けられ、何とかギリギリ耐えきった状態でモニターを確認すれば、そこにはアダム・カドモンの姿があった。


 コックピットに煙が充満し、スパークがパチンパチンとレッドアラートと一緒に鳴り響く。モニターも良く見ればあちこち割れて、それで良く機能していると感心するレベルでボロボロだ。


「何が起こったんだ」


 コンソールを操作して船のダメージを確認するが、それすら動かず、軽く操縦桿やフットペダルを動かしたり踏んだりしてみるも、全く船は動かない。


「一発でイッたか……こっちはエグゾスーツのお陰で五体満足だけど……」


 マルトはひきつった笑顔で、近づいてくるアダム・カドモンに視線を向ける。


「小賢しい勇者め。無駄な抵抗ばかりして我の邪魔をするとは万死に値する」

「……ボクが勇者な訳ないじゃん……」


 マルトは溜め息を吐き出し、どうやって逃げるかを考える。こんな場所で邪神ごときにくれてやるほど、自分の命は安くない、とマルトは足掻く事をやめない。


「爆発に偽装して……救助ビーコンでバレるか? 一か八かでシューレスト・ストライカーで一直線にガイツ兄ちゃんとこへ向かう? あまり賢い選択とは思えないな、さて」


 ブツブツ呟きながら、アダム・カドモンが腕を振り上げるのを見上げる。その間にも、どこかに生きている装置は無いかと、コンソールを操作する手は止めない。


「あーもー! ムカつくな!」


 大きく振りかぶって落とされる拳に、マルトは苛ついた叫び声を出し、エグゾスーツの生命維持装置を稼働させつつ宇宙へと逃げた。


 背後から金属が砕ける音と、次いで爆発音が響き渡る。マルトはそれを無視し、スペースデブリを利用するようにして身を隠しながら逃げる。


「逃さぬ! 死ね! 勇者!」

「ボクは勇者じゃないって言ってるだろうに!」


 こちらの居場所を検知出来るのか、アダム・カドモンは下半身の獣からレーザーを吐き出したり、近くのデブリを握り潰して散弾のように飛ばしたりして攻撃をしてくる。マルトはそれでも生きる事を諦めず、的が小さい事を利用した動きで翻弄しつつ、何とか逃げ続けていた。


「しゃらくさいっ!」

「っ! それは不味い!」


 だが、ついにアダム・カドモンが腹部の巨大な口を開き、巨大な火球を撃つ動作をし始め、マルトは必死に隠れる場所を探すが、それを防げそうなモノは無く、せめてもの抵抗とばかりにアダム・カドモンを睨み付けた。


「死ねぇっ! 死ねえぇぇぇぃっ! 死ねええええぇぇぇぇえぇぇぇぇぃっ! 勇者よ滅びろおぉぉぉっ!」


 アダム・カドモンはにちゃりと嗤い、その巨大な火球を吐き出した。


 視界ではゆっくりと、だけどその巨大さからすればかなりの速度で迫ってくる火球に、マルトは最後の賭けに出る。メビウス大隊が着用するエグゾスーツには、ストライカーを動かす脳波を増幅させる仕組みが組み込まれていて、エグゾスーツの機能だけでもストライカーを操作する事が可能であった。マルトはそれを利用し、ストライカーを呼び寄せる。


「こんなところで死んでたまるか!」


 三基のストライカーを呼び寄せ、三角形のスペースを作り、その場に自分を乗せて一気に加速させる。


「きっつぅ!」


 コックピットのような重力制御装置が組み込まれているわけでもない、自分の体一つで慣性の力に抵抗しなければならず、マルトは歯を食い縛って耐える。しかし、火球の迫る速度が早まり、徐々に体を焼くような熱を感じる始めた。


「もっと早く! もっと遠く! 行け行け行け行け!」


 祈るようにマルトが叫ぶが、それを嘲笑うような急激な加速が火球に加わった。アダム・カドモンの下半身の獣がレーザーを吐き出し、火球へと当てて加速させたのだ。


「ちっくしょう……行け行け行け行け行け行け! 頼む!」


 心が折れそうになりながら、魂が絶望に支配されそうになりながら、それでもマルトは逃げ続けた。だが、火球は無情にもマルトを包むようにして飲み込むのだった……

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