第273話 魂を燃やせ ⑤
ブリッジに悲鳴が轟く。
敵の巧みな誘導により、完全に逃げ場を失ったところへチャージレーザーを叩き込まれ、アベルの戦闘艦が黄金の光に包まれるのを目撃したミィらの悲鳴だった。
「っ! アベルカスタム健在! パイロットの生命反応も正常っ!」
「え?!」
絶望の表情で涙を流していたミィが、輝く笑顔で叫んだオペレーターの言葉に呆けた表情を向ける。
『その船で、そのパイロットの姿で、その技術で……ボクの大切なモノを攻撃するなぁっ!』
チャージレーザーを発射した事で動きが止まったところへ、シューレスト・ストライカーのブレードモードを展開したマルトの、エッグコア・タイプエリートがするりと滑り込むように通り抜け、ブレイブ・ブレイバー2の船体を切り裂いた。
更に狙撃手として専念していたグレートウェストと、キッド・キッドにもライフルモードのストライカーが殺到し、その武装を徹底的に破壊する。
『……さすがに今のは死んだかと思った……』
そして黄金の輝きの中から、アベルの船を完全にすっぽり包んでシールドを張るストライカーの姿が見えた。
『すまんマルト。助かった』
『そこはありがとう! ダメでしょ! 新婚さんが奥さん泣かせたら!』
『……あーうー、返す言葉もありません……』
乱れていた通信が整い、タクティカル通信の調子も元通りへ、そしてスクリーンに焦燥した様子のアベルの顔が映し出された。
『ミィ達もすまん。何とかこっちは怪我も何もしてない。心配かけた』
だらだらと冷や汗を流し、酷く疲れた感じを隠しもせず、顔色も相当に悪いアベルの様子に、ミィ達は口から出そうになった文句を大きく息を吸い込みながら必死に腹の奥へと押し込み、気丈に美しく微笑んで頷く。
「無事ならそれで良いわ」
本音を言えば今すぐ帰って来なさい、そう叫びたい。だが、アベル達が必死に引き離してくれているから何とか艦隊が立て直せているし、徐々にではあるが後方の特務艦隊がいる宙域へとジリジリ後退出来てもいる。艦隊運営を任された以上、冷静に冷徹に感情を圧し殺して判断を下さなければならない。
色々な感情を殺して言った一言に、アベルは嬉しそうに微笑み、それを言ったミィの背中に他の
『ミィお姉ちゃんはこのままゆっくり後退! アベっち! ひよって無いよね?』
『……ふぅっ……誰に聞いてる誰に』
『上等! ボクがいそっぷ兄ちゃんをバカにするこいつを倒す! アベっちは自分の部隊をフォローして! お姉ちゃん達!』
『『『『芋スナは任せろ!』』』』
『うん! お願いね! 切った場所が再生するとか何でもありだ! でも……絶対許さない!』
マルトと六人の姉達が参戦し状況が好転し始める。マルトがその闘志を燃やせば燃やす程、周囲に勇気が伝播していく。
『いそっぷ兄ちゃんから教わった技術の、本物の勇者の力を舐めるなっ!』
完全に縮地をモノにしたマルトが、いそっぷ影が困惑するレベルの完成度で、ぬるりとショートジャンプでもするように懐へと飛び込む。
『流転、ゆめまぼろしがごとく』
そしてカオスが血反吐を文字通り吐き、剣聖スプリングから伝授された技術を、見とり稽古だけで習得してしまったそれを、完璧な形でブレイブ・ブレイバー2のコックピットへ叩き込む。しかし、ルック・ルックのランサー3でも発生したようなズル、チートのような動きで逃げられてしまう。
『ゆめまぼろしからはのがれられず』
だが、マルトはそれすら読んでいたように、剣聖スプリングが見ていたら拍手喝采で褒め称えただろう事をしてのけた。既存の技術を自分の技量で昇華させ、全く新しい技術として発展させたのだ。
ゆめまぼろしのごとくとは接近しての居合い抜きだと思えば良い。レーザーの出力を限界までチャージした状態を維持、その状態を鞘に見立て、すれ違い様に超出力の一撃を叩き込む事でシールドごと船体を斬り捨てる戦闘艦による神速の居合術。マルトはそれをストライカーで再現した上で、のがれられずでは超出力のレーザーを、その斬撃を飛ばしたのだ。
結果、ただ逃げただけのブレイブ・ブレイバー2は回避行動をする余裕すら与えられずに、ばっさりと船体右半分と泣き別れをするように斬られた。
『再生する余裕を与えるか!』
すぅっ、すぅっ、すぅっと瞬間瞬間姿を隠すように、そしてショートジャンプでも繰り返すように、まるで侍の摺り足のような間合いの詰め方でブレイブ・ブレイバー2を追い詰めていく。エッグコア・タイプエリートの船体に、美しく輝くエメラルド色の粒子を纏わせて。
そんな頼もしい仲間の勇姿、後ろ姿を身ながら、アベルはしみじみと心の底からの言葉を呟いた。
『……うん、マルトは絶対に怒らせないように注意しよう……うん』
頭に血が上った状態で、確実にキレているはずなのに、操縦が雑になるどころかより洗練され、まさかの技術向上まで、しかも現在進行形でガンガンレベルアップしている様子に、アベルは絶対注意しようと呟く。
それはそれとしてと大きく息を吸い込み、流れていた冷や汗をユリシーズに拭いてもらいつつ、アベルは意識を切り替えた。
『ふぅ、アヒム、ビアンカ、テオ、連携で行く。船の状態はどうだ?』
指揮官役を務めていた部下の名前を呼べば、すぐに呼ばれた部下が早口で返事を返す。
『アヒム問題ありません』
『ビアンカ同じく』
『テオ問題無し。他の皆も消耗はしてますが、船には異常はありません』
部下からの報告に、アベルはホッと安堵の息を吐き出す。チラチラと状況は確認していたが、何度か危ない場面があり、ダメージを受けた状態で戦っていたのではないだろうかという心配もあったから、それが無くて良かったと胸を撫で下ろした。
『よし、巻き返す』
『『『『了解!』』』』
指揮官としてアベルが座り、その指示で彼が育て上げた部隊が一匹の生き物へと姿を変えていく。
アーサー・ペンドラゴン影が操るエンシェント・アヴァロニアを、その性能が一番発揮される距離、遠距離へと移動させず、クマ・モート・チーマヅ影のペテン師のようなトリッキー戦法に惑わされず、訓練で高レベルにまで高められた正統派ライジグス戦闘艦機動で圧倒していく。
『よし、何とか出来てるな。このまま艦隊が安全域まで抜けられるよう粘るぞ』
『『『『了解!』』』』
アベル部隊が過去の英雄を相手に善戦をし始めると、マルトの六人の姉達もマカロニ影とスミス影相手に大立ち回りを開始した。
『倒しきらなくて良いわ。マカロニとスミスは近距離に近づければ怖くない』
『『『『かしこまり!』』』』
あやめの記憶が残るアイリスの指示で、やはりそれぞれに宿っていた魂の記憶を共有していた他のメンツ達も、マカロニ影とスミス影が連携できないよう分断し、彼らの力を発揮しきれない距離での戦闘に主眼を置いて立ち回る。
『でも勘弁して欲しいわ。いすっぷだけでも厄介なのに、そこへアーサーにクマに、西部バカ二人とか。何この相性ばっちりのラインナップ』
アイリスのぼやきに他の五人も苦笑を浮かべる。
あやめの記憶では、この五人で共闘した事はないと分かるが、もし仮に共闘するならという与太話の中で会話した事はある。そうなったらこのメンツが一番安定するね、みたいな感じで名前が出た五人でもある。それだけ戦術が噛み合う五人だと言う事だ。
『でも、一番の難敵をマルトちゃんが受け持ってくれてるから、何とか拮抗している状態ではあるのよね』
そう、この五人で連携をするなら前提条件が必要なのだ。圧倒的なエース、ガンガン前へ出て敵を追い詰めるアタッカーが必要で、それを務められるのが勇者いそっぷ。つまり、マルトが真っ先にいそっぷを封じ込めたからこそ生まれた状況の有利である。
『ズルを、
『でしょうね』
マルトがいそっぷ影に集中してしまっているから、そのマルトをフォローする意味でもアイリス達が警戒を密にする必要がある。
『サーラ、異変はある?』
『大丈夫。今のところは……ん? いえ! 反応直上!』
『散開! アベル! マルトちゃん! 増援!』
観測をしてくれていたサーラの叫びにいち早く反応し、ばっと散開して逃げれば、グレートウェストとキッド・キッドを完全に巻き込んだ極太のレーザーが直上から落ちてきた。
『トップクランのトップ二人はこんな攻撃すら避けられねぇのかよ! ケケケケケケ! まぁ、逃げられねぇって分かっててヤったんだけどよぉっ!』
『おいおい、いくら壊れないからって酷いヤツだな』
『裏切り傭兵に何を品性を問いているのだ? それより逃げられたぞ』
『へいへい、すぐに殺してやんよ』
多くの偽装カーゴ
『大宙賊連合アバレン、闇商人ギルド何でも屋、傭兵ギルドのクラスター』
『ティーチ、ジャアーク、バット・トリップ……誰得ぅなんだ、このラインナップ』
SIOで最も女性プレイヤーから嫌悪される三大クラン……いや嫌悪なんて生易しい言葉じゃなく、ほとんどゴキブリ扱いを受けていた三大クラン、そのクランマスター達の登場に、あやめ達の記憶に引っ張られたアイリス達がうんざりした口調で呟く。
『およ? ご同輩?』
『残滓は感じますが……違うのでは?』
『がはははははっ! どうだって良い! 捕まえてやっから、ちょっと穴に突っ込ませろ!』
『そうだな。中々そそる体はしてるし、さすがティーチだぜ! 分かってる!』
『薬漬けにしてからヤッて下さいね? その方が商品として高く売れますから』
『『『『……』』』』
これが原因である。
SIOは全年齢対象ゲームで成人向けのコンテンツは存在していなかった。がそれはそれでやりようがある、と彼らを代表するアウトロー系のプレイヤーが色々やりまくり、結果としてとある薬品を使った中毒状態へ持っていき、自分からストリップさせる事で擬似的にヴァーチャルな性交を可能としてしまったのだ。もちろん運営に察知され、すぐさま対応修正され封印された。
被害を受けたのがNPCであり、プレイヤーに被害が出なかった事でそれ程大事にならなかったが、それでもかなり重たいペナルティを課せられた。だが、それでも彼らは同じような研究を続け、結果として運営のブラックリスト上位に掲載され、全プレイヤーにその悪行の手口全てを公開されるという処刑を受ける事となる。これにより全女性プレイヤー共通の敵、ゴキブリ野郎という称号をゲットした訳だ。それでも元気に研究を続けていたのだから、ある意味底抜けではあったのだが……
『ハーレム野郎も妖精バカも陰険クマも、大した事ねぇなぁ』
『我々とは違いますからな、スペックが落ちるのでしょう』
『がはははははっ! 神の使徒も忙しいなっ! きっちりご褒美はいただくがな! がはははははっ!』
レーザーの直撃を受けて動けないグレートウェストとキッド・キッドの近くで偽装カーゴ
『しまっ!』
やられたとアイリスがフォローに動こうとすると、彼女達の前にティーチ達の部隊が立ち塞がった。
『さぁて綺麗なねーちゃん達、気持ち良くなれるお薬の時間でちゅよぉ~。頭真っ白にしてアンアンヨガってくれよ』
神経質そうな表情で、ヨダレを拭くような仕草をしつつバット・トリップが言えば、アイリスが絶対零度の瞳で睨み付ける。
『童貞が粋がるなよ』
『なっ!?』
バット・トリップ。本名、
『リアルで彼女作れてから抜かせ、童貞王』
『クソアマァッ!』
へっと思いっきり蔑んだ瞳で笑われ、一気に頭に血が上ったバット・トリップが突っ込んでくる。そこへ冷静にシューレスト・ストライカーのブレードが殺到、あっという間にバット・トリップのランサー3は爆発四散した。
だが、次の瞬間には何事もなかったように、バット・トリップのランサー3がティーチのランサー3の横に現れる。
『ちっ! やっちまおうぜ!』
『がはははははっ! 情けないヤツよな!』
『うっせ! おら行くぞてめぇら!』
無様を晒してある程度冷静に戻ったのか、バット・トリップが仲間達を動かしてアイリス達へと向かっていく。
『マルトちゃんが心配だから、さっくり終わらせますよ』
『『『『かしこまり!』』』』
チラチラとマルトが戦っている方向を気にしながら、アイリス達はフットペダルを踏み込んだ。
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