第272話 魂を燃やせ ④

 アベル艦隊がまさしくその身を呈して敵の勢いを抑えていたが、敵の勢いは弱まるどころか強くなる一方だ。


 歴戦の勇士である軍部で最も実戦経験を積んでいるアベルや、特務艦隊、メビウスにプラティカルプス、そしてルブリシュまで投入しても押されている現状に、誰よりも焦っていたのは足手まといになっているコロニー防衛隊であった。


「宰相閣下! 我々は見捨てて構いません! このままでは共倒れになってしまいますぞ!」


 コロニー防衛隊を統括するコロニー治安機構、つまりはコロニーのお巡りさんであるところの一番偉い人物、治安機構総責任監督官セルクタ・イワークが、それこそ血を吐き出すような気持ちで言えば、自分よりも遥かに年若い少年が笑顔でそれを退ける。


『却下』

「閣下!」


 特務艦隊の足を止めている原因となり、ルブリシュ艦隊と防衛戦をしながらも実質ルブリシュに守られ、アベル艦隊では完全にお荷物となっている様子が、高性能観測装置でリアルタイムにメインスクリーンへ映し出されている。何の為に出撃したのか、まさに本末転倒な状況に、セルクタは何度も同じ進言をしては、その全てを宰相レイジにばっさり切られていた。


『為政者が守るべき存在を切り捨ててどうする。ましてや防衛隊なんか、多少特殊な訓練を受けただけの一般人と大差ない。そんな彼らが勇気を振り絞って出撃したんだ。誰も迷惑だなんて思ってないよ』

「しかし現状我々の練度不足が今の状況を招いているのは確かではありませんか! ならば我らを楯として使い、状況を立て直すべきです!」


 ぐぬぬぬぬと唸るセルクタの様子に、レイジはやれやれと溜め息を吐き出す。もしもセルクタの言っている事を実行したとしよう、その後どうなるか? 確かに立て直せるかもしれない、だが確実に激怒する存在がいる。


『国王陛下が許す訳ないでしょうが。あの人のスローガンは、みんなで幸せになろうよ、だよ?』

「っぐぅっぬぅぅぅぅっ!」


 胸を押さえて苦しむセルクタに、レイジは気持ちは分からなくはない、と小さく呟く。


 ちょっと前のレイジであったならば、多分セルクタが思い付いた方法を実行して立て直しを図っただろう。自分が辛抱する痛みを忘れるために、自分の苦しみから逃れるために、その甘美で一番安易な手段に飛び付いただろうと思う。


『……まぁ、確実にライジグスの評判というか、イメージが地に落ちるだろうねぇ』


 おお怖い怖いとレイジは呟き、唸っているセルクタを落ち着けようとなだめる。


『まあ、どっしり構えてましょう。なぁに、案外どうにかなるもんですよ』

「……何をノンキな事を……」


 呆れたセルクタの視線を受け流し、レイジはスクリーンでの変化に気づいてニヤリと面白そうに笑った。




 ○  ●  ○


 メンテナンスドック形態で連結したままのハンマーシリーズから、桜色をしたメイド艦に率いられた艦隊が動き出す。

 

「レイジ、後でシメますの」


 メイド艦スカーレティア・ウルトラのブリッジで、真っ黒な瘴気でも放出しているような雰囲気のガラティアが、思いっきり据わった目でスクリーンを睨んでいた。


「メイド長、落ち着きましょう?」


 副官として控える副メイド長の言葉に、ガラティアはそこいらの宙賊が裸足で逃げ出すような、そんな凄みを感じさせる目付きを副メイド長へと向ける。


「間違い無く総力戦です。宰相のオーダーは間違ってませんよ」

「……ちっ」


 そんなガラティアの視線を柳のように受け流し、困った人ですと小さい子供に言い聞かせるような口調で言えば、ガラティアは口では勝てないと悟ったのか舌打ちで誤魔化す。


 今までガラティアは、レイジからのオーダーを受け、近場の軍の拠点を回り、余り気味な艦船を動かせる人材の出迎えを行っていたのだが、まさかここまでライジグス側が押されているとは知らなかった。


 ガラティアとしては、こんなクソ大事な時に何をさせとんのやコラ、という気分になるのも無理もない。しかもメイド隊の大半を周辺宙域のフォローに回していた事もあって、アルペジオに残っているメイドの数は、見習いにもなっていない本当に小さい子供しかいないという状況で、スーパーお役立ち集団の面目を潰されたように感じてしまった訳だ。


「せっかくの可愛い顔が台無しになってますよ? 国王陛下に笑われてしまいますね」

「ぐっ」


 まだまだ納得出来ないらしいガラティアは厳しくも険しい表情を浮かべていたが、副メイド長にそう言われ、悔しそうに咳払いをするとぎこちないが微笑みを顔へ張り付ける。


「はい、良く出来ました。その顔でちゃんと仕事をしてくれた子達を褒めてあげて下さいね」

「……ちっ」


 すっかり口では勝てなくなった副メイド長を捨て置き、ガラティアはメインスクリーンに映るキラキラと大きな瞳を輝かせて、褒めて褒めてと言った顔をしている子供達へ、それまでの態度はなんだったのかと突っ込みたくなる慈愛に満ち溢れた様子で口を開いた。


「素晴らしい仕事でしたの。さすがはメイドを志す者ですの。花丸をですの」


 ガラティアの言葉を聞いた子供達は、わっ! と歓声をあげて喜ぶ。その頭とお尻でぱたぱた動く耳と尻尾の様子を見て、ガラティアはほっこりして気分になった。


 彼女達はアルペジオに残っていたメイド行儀見習い中の子供達だ。つまりはメイドになる為の前段階、メイドとは何ぞやという部分を習っている最中の子供達なのだが、彼女達はアルペジオの危機にメイドはどうあるべきかと自分達で判断をし、ゼフィーナの放送を聞いて独自に義勇兵の登録業務を行い、それらのリストをガラティアへと提出、こうして余っていた船を動かす人員の確保に貢献したのだった。


「ただ、まだまだ貴女達の体も心も出来上がっていませんの。なので危険な事はしないように今回のようなサポートに徹するよう肝に銘じなさいですの。分かりましたの?」

『『『『かしこまりました!』』』』

「はい。今回のリストは本当に助かりましたの。ありがとうですの」


 ガラティアがしっかり頭を下げて礼を言えば、モニター向こうのメイドの卵達は美しいカーテシーと溢れる笑顔で応じた。


「全く。鍛え甲斐のありそうな人材に溢れていますね」

「ありがたい事ですの」


 手を振って通信を切り、自分と同じくほっこりした表情を浮かべている副メイド長の言葉に、ガラティアは力強く頷いた。


「さて……八重桜、緋桜はルブリシュ艦隊へ合流ですの。問題ありませんの?」

『もちろん、問題ありません』

『頑張ります』


 滑らかにスカーレティア・ウルトラ本体から分離した重巡洋艦・八重桜と巡洋艦・緋桜が、あらかじめ振りかけていた船を引き連れて、ルブリシュ艦隊が戦っている宙域へと向かう。


「こちらはこのまま特務艦隊を拾ってアベル艦隊に合流しますの。全艦分離開始ですの」

「援護へ向かいます。残り五隻の分離を始めなさい。陣形はトライアド。敵、戦闘艦の性能がアップしてます、注意を怠らないように」

「「「「畏まりました」」」」


 深紅の弓矢が戦場へと放たれた。




 ○  ●  ○


 艦隊を守る為に自分直属の部隊を率いて出撃したアベルは、その行動に少しの後悔を感じていた。


「方向性のベクトルは違うけど、完全にデミ師匠と同類やん」


 勇者いそっぷの圧倒的操縦技術に裏打ちされた、とんでもなく正確な攻撃をデミウス仕込みのトリッキーな機動で回避しながら、アベルは額から流れ続ける冷や汗を鬱陶しそうに手で払う。


「にゃろっ!」


 とにかく一直線に、最短距離を詰めて致命の一撃を叩き込むブレイブ・ブレイバー2を何とか落とそうと、アベルが持つ全ての技術をつぎ込んでいるが、その全てをさらりといなされてしまい、まるで勝てる未来が見えない。


 今は一定距離を保ったスケーターでお互いヘッドオンの状態のまま、隙をうかがいつつグルグル回っている状態を維持している。


「未来予知能力でも積んでるのか、こっちの攻撃はどこへどう入れても、そこに来るのが分かってるみたいに回避される……こっちは本職じゃねぇのに、辛いぜ」


 負けるなど微塵も考えていないアベルは、そんな事を呟き、すぅぅっと息を吸い込む。


「行くぞっ!」


 部下達が何とかエンシェント・アヴァロニアとフォレストベア151Aを抑えている間に、一番やばいのを落とす。そう決意を固めてアベルが突っ込む。


「くっ! 毎回毎回、その瞬間移動なんだよっ!」


 アベルはマルトから縮地を教わってもいないし、その存在を知らされていもいない。それでも、実戦経験から対応策を引っ張り出し対応してみせる。相手がジャンプするように突っ込んでくるなら、こちらでタイミングを狂わせれば良いと、フットペダルと制御スラスターをフルに活用して、カクンと音がしそうな急制動をかけた。


「取ったっ!」


 完璧にタイミングがずらされ、ベストなポジションに顔を突っ込んできたブレイブ・ブレイバー2のコックピットへ、チャージしたまま温存していたレールキャノンを叩き込む。


 しっかり反応してシールドで受け止めようとしたが、弾丸として使っている金属の特性のお陰でシールドごと貫き、吸い込まれるようにコックピットを直撃した。


「しゃっ!」


 確実に落ちた。そう少し気を緩めた瞬間、肩に乗っていたユリシーズが思いっきりアベルの耳を引っ張る。


「いづっ?!」


 思わず操縦桿ごと体を動かすと、コックピットを掠めるようにレーザーが抜けていった。


「はっ?!」


 何が起こった?! と困惑している暇もなく、次々正確にこちらのコックピットをピンポイントで狙うレーザーが飛んで来る。


「マジかよっ!」


 ジンジン痛む耳を気にしながら、思いっきり操縦桿を動かし、踏み抜く勢いでフットペダルを踏み込む。一気に加速したアベルの船へ、正確無比な狙撃が次々と撃ち込まれる。


「あの大型レーザーライフル装備の戦闘艦凄い見た事あるんだけど!?」


 アベルを狙撃していたのは、クラン『マカロニ&スミスのウェスタンズバー』のクランマスター専用戦闘艦グレートウェスト。クランマスターマカロニその人が、中間距離戦闘の支配者と呼ばれている存在が、その手腕を遺憾なく発揮し、あり得ない狙撃をし続けてくる。


 そしてアベルがその戦闘艦に見覚えがあるのも当たり前で、ロップイアーが改修した船はグレートウェストの低コスト量産タイプの船で、シルエットはまんまグレートウェストである。


「これ以上の凄腕は必要ねぇ! っ!? こんちくしょーっ!」


 狙撃で逃げ道を誘導され、頭を押さえつけられた状態で、更なる狙撃が襲いかかる。それを数基のスラスターを焼ききる使い方をして、強引に回避したアベル。


「おかわりはいらないんだけどっ!?」


 グレートウェストと連携して致命の一撃を狙っていたのは、マカロニの女房役、もしくはマカロニの保護者と呼ばれているサブクランマスタースミスが乗るキッド・キッド。巨大なリボルバーを思わせる独自の二丁レールキャノンが連続して火を噴く。


「ぐっ!? まずい!」


 今度こそ完璧に誘導されている。そう気づいたが時既に遅し、アベルの目の前に主砲をチャージしきった様子で待ち構えるブレウブ・ブレイバー2の姿があった。


 アベルは顔をひきつらせながら、それでもどうにかして生き残る手段はないか、必死に抵抗しながらも、黄金色のレーザー光が溢れる様子を見ているしかなかった……

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