第271話 魂を燃やせ ③
ランサー3のコックピットへ向けて一直線に振り下ろされる深紅の刃。カオスは取ったと確信し、刃を向けられたルック・ルックはキレイにやられたとむしろ清々しい気分だった。
「は?」
『はぁっ!?』
しかし、コックピット直撃コースだった刃は空振りに終わる。ランサー3がまるで巨大な腕で引っ張られたように、どんなに高性能な船でも絶対にその動きは出来ない、そんな動きで瞬間移動したようにバックしたのだった。
『チート使ってンじゃねぇっ!』
ルックが叫ぶが、そんな彼の意思を完全に無視して体が勝手に動き、これまでそんな威力が出ていなかった主砲から、確実にライジグスの技術レベルのレーザーが吐き出され、
アルス・クレイ・ナルヴァスのバトルアームで一番脆弱な箇所を直撃、小規模な爆発を引き起こし激しく回転しながら吹っ飛んだ。
「があああぁぁああぁぁあぁぁぁっ!?」
不運な事に、ダイレクト・トレース・ファイティングシステムとリンクしていた事で、カオスの右腕もバトルアームと同じ動きをトレースしてしまい、あり得ない方向へと捻られ、ボキンなどという生易しい音ではなく、装甲板に亀裂が入るような音を響かせて右腕が砕けた。
不運の中で幸運だったのは、エグゾスーツの医療システムが即座に反応し、鎮静剤を打ち込まれて激痛が瞬間的だった事。ファイティングシステムが異常を検知した事で緊急解除が実行された事。それらが複合的に絡み合いカオスの右腕がねじ切れずに済んだ。
「ミク! リア!」
痛みは瞬間的ではあったが、体が感じた死の恐怖は鎮静剤でどうこう出来るモノじゃない。カオスは真っ青な顔で大量の脂汗を流しながら、それでも船を安定させようと抗う。そして、この場で最も信頼すべきパートナーの名前を叫ぶ。
「オートバランサー起動! サブパイロットプログラム起動! メインパイロットのサポート実行!」
「バトルアーム右腕パージ! 船体チェック! メンテナンスボット起動!」
信頼すべきパートナーはすぐにこちらの意図を汲み、全力のサポートとアシスト、フォローを入れてくれる。だが、そんな彼らを嘲笑うかのように、ランサー3が突っ込んでくる。
『クソクソクソクソクソッ! ゲロみたいな卑怯な事にも手を出したがな! チートだけは手を出してねぇんだぞっ! ふざけんな! クソがぁっ!』
これまで以上にランサー3のコックピットで、それこそ自分の頭すらガンガン操縦桿へ叩きつけながら全力で抵抗するルック・ルックだが、それらは全く意味を成さない。
『真剣勝負に水差しやがって! 動けっ! 動けっ! 動けってンだよっ!』
通信からはルック・ルックだけじゃなく、フランク・カリオストロの呪詛のような叫び声が聞こえてくる。どうやら向こうでも同じような現象が起こったようだ。
「こんな場所で止まる訳にはいかない」
カオスは妙に熱っぽい体を無理矢理動かし、左腕だけでなんとか操縦桿を操作する。
カオスと二人のオペレーターの懸命な抵抗が実を結んだのか、激しく回転していた船体がなんとか止まった。
「こなくそっ!」
気合いでフッドペダルを踏み込み、迫ってくるランサー3から逃げる為に、全力でパルスエンジンを働かせる。瞬間的に襲ってくるGに、砕けた右腕がミチミチと嫌な音を出す。
「アーロキ! ノール!」
『……何とか生きてる』
『とは言え……さすがの俺ちゃんでも、これはキッツイぜ』
ランサー3から逃げつつ、二人の様子を確認すれば、アーロキの方はレッドアラートが激しく明滅し、アーロキ自身も額がパックリ割れて、かなりの出血をしている。彼の後ろで必死にサポートをしているローヒとフラタも顔色が悪い。ノールは見た目は大丈夫そうだが、左手で脇腹を押さえているのを見るに、そこが折れている可能性はある。
「相手の船の性能が急に上がった」
『同じく。しかもジャンプでもしているのか、ポンポン跳びやがる』
『へへへ、まぁでも、マルっちはちゃんとアベっちのとこへ向かったぜ』
ノールの言葉にカオスはニヤリと笑う。これで何とかアベル艦隊は耐えられるだろう。だが問題はこっちだ。
「右腕がおじゃん」
『ちょっと目が見えにきぃ』
『さっきから腹ん中がチクチクすんだが』
それぞれの状態を口に出して、三人はぶふっと吹いた。
「へっ、なかなかに絶望的だ」
ちらちらとランサー3を確認すれば、今この瞬間にも性能がアップしているのか、徐々に距離が詰まって来ている。
「まぁだからと言って負けるつもりも死ぬつもりもない」
『同じく』
『キレイな姉ちゃんとのいたし中の腹上死を予定してるから、こんな殺風景なトコで死ねっか』
三人は顔を見合わせ、不敵に笑い合うと力強く頷く。
「ライジグスの底力見せてやる! ミク! リア! 頼む!」
「「了解!」」
『こっちも行くぞ! 行けっかローヒ! フラタ!』
『『当たり前』』
『こっちは一人寂しく頑張るしかないっちゅうのがつれぇわん』
オチ担当のノールの言葉に笑いが漏れる。状況は悪いが最悪じゃない。三人は生きるための戦いを続ける。折れない心がそれを支え、激しい闘志が船を動かす。
「こんなところで死んでたまるか」
かつて生きる事を諦めた少年は、今は生きる事に執着するようになっていた。
○ ● ○
敵の戦闘艦による攻撃を受けていた特務艦隊も、カオス達が直面した現象への対処に追われていた。
「艦隊の損耗率上昇! いきなり敵の船の性能が上がりやがった!」
「フィールドシステムの稼働率が落ちた! 敵のレーザーの出力上がってんぞ! どうなってやがる!」
「防衛隊の船がやばい! カシラ! 一旦下げた方が良いぞ!」
まるでかつての傭兵時代へ戻ったような鉄火場に懐かしさを感じながら、ガイツは冷静に指示を出す。
「下げるな。現状のまま耐えろ。下げたら弱ってる船から各個撃破される。オリバー」
「防衛隊は特務艦隊の中心へ移動させよう。それで損耗率は押さえられる。ついでにこちらのフィールドシステムとリンクさせて安定させようか」
「了解! そう指示を出す!」
ガイツとオリバー、特務艦隊の頭脳二人が冷静でいてくれるからパニックが起こっていないが、そうじゃなければ今ごろ、艦隊は完全に総崩れになっていただろう。
とは言え、現実は厳しいを通り越し悪い状態であるのは間違いない。
「アダム・カドモンの力が上がった、か?」
「どうだろう。力を集めていた、という事はその力は消耗するんだろう? それをポンポンつぎ込んでたら減ると思うんだけど。自分なら現状維持を続けて、徹底的に相手を弱らせてから一気に潰しにかかるけどね」
「……お前が味方で助かるよ」
ガイツの呟きに、大真面目に答えたオリバー。そんなオリバーに恐ろしいモノを見るような目を向けつつ、ガイツは心の底からの言葉を贈る。
ガイツの顔を見て微苦笑を浮かべたオリバーは、それにと続ける。
「あれだけ直撃を受けて、何事も無く肉体を再生出来ているとは思えないんだよね」
国母艦三隻の総攻撃を受け、頭がザクロのように弾け跳び、十二対の翼はズタボロに引き裂かれ、肩のドクロは砕かれ、とそんな攻撃にずっとさらされ続けている。今のところアダム・カドモンは何事もなかったように再生し、腹の口から火球を吐き出し、下半身の獣からレーザーを吐き出しと攻撃をしているが……
「攻撃が通ってるって事は、少なくとも自分達と同じ世界の理の中に居るって事だよね。つまりはどこかで絶対に限界は来るはずなんだよ。何も代償無しに無限の何かを得られるはずがない」
冷静にそんな分析を口にするオリバー。ガイツはなるほどと頷き、疲れた表情を浮かべる。
「我慢比べか」
「結局ね」
オリバーが肩を竦め、ガイツは面倒くさそうに溜め息を吐き出す。
「せめて他の艦隊が来てくれると助かるんだが……」
「超空間通信を封じられたのが痛いね」
敵とは違い、こちらは破壊されたからすぐに次をというような戦い方は出来ない。我慢比べと言っても、これ以上は我慢するどころの話ではなくなる。
「困ったな」
「そうだね」
さてどうやって切り抜けようか、そう考えを巡らせていると、防衛隊の一隻の巡洋艦が、艦隊中央へと移動するタイミングを外し孤立してしまい、敵戦闘艦の集中砲火を受けてフィールドが飽和してしまう。
「ちっ、練度が足りてねぇな。後で血反吐が出るまで鍛えてやる。艦隊を移動させる。弾幕の密度を上げろ」
「アイサー!」
とは言え、本当にこのままだとじり貧でどうにもならなくなるぞ、とガイツは焦る内心を必死に抑え込みながら、何か無いかを必死に考え続けるのだった。
○ ● ○
戦場全体を見ていたレイジは、自分の予想を越え始めた状況に対応すべく動いていた。
『つまり直接行って直接伝えろと?』
ア・ソ連合体で負傷し、高度医療ポットに入り治療を受けていたが、すっかり回復したユーリィ・エウャンが、ポリポリ頬を掻きながら聞いてくる。
「原始的ではあるけど、幸いな事にジャンプがあるからね」
レイジが大真面目に頷けば、なるほどとユーリィも納得する。
『確かに、ならまずは女王陛下ですか?』
女王にも国母艦を渡してある。彼女が参戦してくれれば心強いだろうとユーリィが言うと、レイジは首を横に振った。
「いや、まずは各国の首脳陣に状況を知らせて欲しい」
『なるほど、船、余ってますもんね』
レイジの指示にユーリィはすぐ納得し、どうやって回ろうかすぐに頭の中で計画を練る。
『なら帝国、フォーマルハウト、ネットワークギルドですかね?』
「君は帝国だ。戦況は思ったより悪化してるから、君以外にも動いてもらう」
『あ、そりゃそうですよね。では今すぐに帝国へ向かいます』
「頼むよ」
緩い感じに敬礼をしたユーリィが通信を切る。レイジは直ぐ様別の人物へと通信を繋げ、次々に指示を出す。
「アベル艦隊、そろそろ限界」
「プラティカルプスも厳しいです」
「特務艦隊、防衛隊、被害が拡大しつつあります」
淡々と戦況を報告してくる嫁達に、レイジはそれでも不敵に笑う。
「この程度を絶望とは呼ばない」
バザム通商同盟と呼ばれていた頃のフォーマルハウトで、孤児院のクソガキしていた頃の方が絶望感は強かった。
孤児院を占拠されて、日々の食べ物が無くなっていく状況に比べれば、今の状況など生ぬるい。
あの変態神官に目玉をくり貫かれ、永遠自分達の心の中の弱い部分を言葉攻めにされた事に比べれば、こんなのは天国だ。
「何より!」
あの頃とは違い、今の自分は、自分達は全力で抵抗出来る力がある。それを支えてくれる仲間がいる。いつでも帰れる故郷がある。何を恐れる必要があるか、レイジはそう思って笑う。
「まだ特大の切り札が動いてない!」
レイジの言葉に嫁達が苦笑を浮かべる。確かにアルペジオには最終兵器国王がいるのだ。何を恐れる必要があるのか。
「早く起きて来ないと全部終わらせますよ」
レイジは不敵に笑い、戦況を安定させる為にその手腕を全力で振るうのであった。
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