第269話 魂を燃やせ ①

 タツローが仕組んだ秘密道具の活躍により、コロニー内部で発生した邪神眷属の被害は広がらなかった。それはもうビックリする程、被害は少数で済んでいる。


 だが逆に宇宙での戦いは、苦戦を通り越して苦境という言葉がぴったりな様相へと突入していた。


「くそ! 動きが良すぎる!」


 メビウスが出撃し、プラティカルプスと特務艦隊も合流し、更にはレイジが後方に陣取ってゼフィーナのフォローに回っているのに、全く楽にならない。それどころか確実に徐々に、ライジグス側が力でも技術でも上を行かれ、特に戦闘艦の損耗率が本当に洒落にならないところまで来ている。


 それでも何とかなっているのは、レイジ発案のレガリア級コロニー・ステーションの上書きマスター登録でパク……コロニー・ステーション管理システムから無償提供してもらったレガリア級戦闘艦と、その余剰部品が大量にゲット出来た事で整備が間に合っているのと、アルペジオ近辺で展開していた工作艦が全く被害を受けずにいた事、それによって全力自転車操業だが何とか回っている状態を維持出来ているだけ、というのが現状だ。


 そんな状況に歯噛みしながらも、アベルは戦闘艦と艦隊が機能出来るように、誰よりも前で誰よりも危険な場所で踏ん張っていた。


 しかしアベルの巧みな采配を嘲笑うように、アベル艦隊の損耗率をひたすら上げている化け物が三隻……


「くっ!? もう勘で良い! マルチタレットキャノンにオペレーター張り付けて射ちまくれ! こっちの予測射撃は読まれてると思って良い! あの三隻だけ別格すぎる!」


 その三隻とはブレイブ・ブイバー2、エンシェント・アヴァロニア、フォレストベア151A――つまり、勇者いそっぷ、ヴェスペリア建国王アーサー・ペンドラゴン、ア・ソ連合体の英雄クマ・モート・チーマヅの影が操る本物の伝説に襲われていた。


「マジかよ! あっちの現役時代にはライジグスのフィールドなんて無かっただろ!?」


 的確にこちらのフィールドが薄い場所をピンポイントで撃ち抜き、それによってフィールドが明滅するように無効化する刹那のタイミングに、その三隻はアベルの旗艦ラクシュミ改二の装甲にダメージを与えてくる。神芸とかそういうレベルじゃない、やられている方からすれば悪夢のような技術だ。


「当艦の損耗率イエロー! このままだと装甲が持ちません!」

「フィールドシステムへの過負荷が無視できないレベルに達しています! このままではフィールドシステムその物がオーバーフローを引き起こす危険性があります!」

「ジェネレータに異常発生! サブジェネレータ不調! メインジェネレータも不安定!」

「システムの一部に異常発生! 生命維持、火器管制システムがエラーを吐いてます!」


 かつてここまで追い詰められた事はあるだろうか、ヤバイヤバイと思っていても直接的な生命の危険という体験は圧倒的に少なかったように思う。それは何だかんだ、自分達が乗っている船が、今まで敵対してきた船よりも隔絶した技術の隔たりがあり、その進んだ技術の恩恵を最大限受けていた事で直接的な命の危険というのは感じる事は無かったからだろう。


「……でもここで弱気になって下がれば……」


 アベルとてここで死ぬつもりはない。そもそも後ろには頼れる仲間達がおり、こんな場面で命を賭す理由もない。だが、ガンガン攻められている現状で、背を向けようモノなら……


「自分なら喜んで喰らい尽くす、わな」


 だからもうしばらく耐えなければならない。耐えていれば必ず仲間達がやって来る。そこまでは我慢しなければならない。


「でも、さすがにこれは……」


 アベルは冷たい汗を額から流し、ひきつった笑いを浮かべる。


 問題は三隻だけじゃないのだ。他の有象無象だと思っていた影達も、確実にライジグスのエース軍団よりも腕が上であるのが問題だった。


 メビウスとプラティカルプスは何とかなっている。その二つの大隊はさすが超エース軍団と思える活躍をしているのだが、他の戦闘艦達は苦戦を強いられており、どうしてもメビウスとプラティカルプスはフォローに回らずを得ず、上手く機能していない。


 特務艦隊や防衛隊も同じで、敵の戦闘艦が妙に大型艦船との戦いに慣れており、的確に大型艦船の弱点を突くような戦い方をされ、やはり十全に機能していない。


 かといって国母艦は邪神アダム・カドモンへ全力で攻撃をしている為に動けないし、と状況は刻一刻と悪化していっている。


「真っ先に超空間通信が断ち切られたのが痛すぎる」


 ならば増援をと思っても、増援要請をしようにも伝える手段が無い。それでもライジグス所属コロニー経由で増援要請を送っているが、正直望み薄だ。


 何しろ、ほとんどの艦隊が広域での作戦行動をしていたはずで、通常通信が届くような距離で活動している艦隊はいないのだから。


「フィールドシステムダウン!」


 つらつらそんな事を考えつつ、それでも余裕ですが何か? と虚勢を張っていたアベルへ、一番聞きたくない最悪の事態が発生してしまう。


 アベルは内心の苦々しさを隠し、切迫感を出さないよう最大限努力をしながら吠えた。


「重巡洋艦、巡洋艦を前へ! 今まで温存してきたエネルギーを全開でフィールドへ回せ! メカニックへの確認はっ!?」


 一応の対応は決めていたので、旗艦後方で温存させていた重巡洋艦と巡洋艦を前へ出し、システムを連結した強固なフィールドを展開させる。それとていつダメになるか分からず、アベルは祈るような気持ちでメカニックの回答を聞く。


「修理は絶望的! メンテナンスドッグか丸々機材の入れ換えしか無理との回答!」

「ふうぅぅぅぅぅっ」


 その回答も聞きたく無かったなぁと、内心でぼやき、ちょっと絶望的な気分になりながら、激しく動きまくる三隻の戦闘艦を睨む。


「絶対、逃がしてくれないよなぁ……」


 これで少しでも後退しようモノなら、今よりも激しい攻撃を受けるのは間違いない。そうなったら旗艦のフィールドより性能が落ちる重巡洋艦と巡洋艦がやがては落とされ、拮抗が崩される、そんな未来しか見えない。


 こりゃ腹を括らないとダメだな、アベルはそう決意して口を開いた。


「仕方ない……自分が戦闘艦で出る! その間に後方へ撤退!」


 アベルの言葉にオペレーター達がギョッとした表情でアベルを見る。


「危険です!」


 全く持って反論を許さない、実に正論な事を言われ、アベルは苦笑を浮かべながら肩を竦めて見せた。


「危険も何も、やらなきゃ多くが死ぬでしょうに……そうなったらタツローさんがキレるよ?」


 キレる前に、その事実で潰れてしまいそうな気がするけどね、アベルはそう小さく呟きながら、いつの間にか近くに立っていたミィの肩に手を置く。


「後は頼む」

「はいはい、危なくなったら逃げ帰って来るのよ」

「へいへい、ヤバかったら一目散に逃げるよ」

「そうしなさい」


 手を真っ白にするくらいに握り締め、それでも気丈な態度でいつも通りの会話を心がける自慢の妻に、アベルは気軽な感じに応じ、スタスタとブリッジから立ち去る。その肩にヒラリと乗った妖精ユリシーズが、ミィを見て力強く自分の胸を叩いて見せた。それは私が守ってやんよ、という彼女なりの意思表示であった。


「お願い」


 ミィが祈るように頭を小さく下げながら言えば、ユリシーズはとびっきりの笑顔で親指を立てて頷いて見せた。




 ○  ●  ○


『アベルがやべぇ!』

「分かってる! 分かっているがっ! くそがぁっ!」


 アベル艦隊の遥か後方、アベル艦隊との合流を目指していた特務艦隊・防衛隊の前方に、メビウス・プラティカルプスと防衛隊の戦闘艦が陣形を組み展開していたのだが、そこへ影達が操る戦闘艦が突っ込み大混戦状態へ突入。その混戦に邪魔される形で特務艦隊・防衛隊が足止めを食らい、メビウス・プラティカルプスも、予想より操縦技術が高い影達の動きに翻弄されていた。


 何よりも影達はこんな混戦状態での戦いに手慣れた感じで、ここまでの混戦を体験した事がない防衛隊が不覚を取り、そのフォローをメビウスらでしなければならず、全く前へ進めていない状況に、カオスの苛立ちが募る。


「マルトォッ!」

『こっちも手一杯! くぅっ!? 操縦技術はこっちが上なのに!』


 やっぱりそっちもかとカオスは奥歯を噛む。


 マルトが言うように操縦技術、テクニックは勝っているのだ。少なくともメビウスとプラティカルプスに所属するパイロット全員がそう感じている。だというのに、何故か上手い具合にこちらがやりくるめられるのだ。


「ちっ!」


 絶妙なタイミングで狙いを外される。そのタイミングで他の影達のフォローが入って進行方向を潰される。強引に逃げた方向に待ち伏せを置かれ、無様に攻撃を受ける。先程からこれの繰り返しだった。


 それでも致命的なダメージを受けておらず、少なくない影達の戦闘艦を撃墜しているが、奴らは幽霊船団と同じく復活をする。これではいずれこちらが潰されてしまう。


「何だ? 何がこちらを邪魔している?」


 カオスは瞬間瞬間にフレキシブ・バトルアームを動かし、最小限の動きで通り抜け様に敵船を斬り捨てながら、どうしてこうも手玉にとられているのか、その原因を考える。


『経験の差ってヤツさ』

「っ!? 誰だっ!」


 唐突に通信にどこかで聞いた事のあるような気がする誰かの声が入り、カオスがドスが効いた誰何の声を出せば、モニターにこれ以上は無理だというくらいに苦々しい表情を浮かべたスキンヘッドの巨漢が映る。


『よぉ、また会ったな』

「ルック・ルック」

『おう、名前を覚えてくれて光栄だ』


 巨漢の男は何度か無理矢理腕を動かすような仕草をするが、全くどうにもならず、けっと唾を吐き出しながら溜め息を吐き出す。


『どこまでもコケにしてくれるぜ、アダム・カドモンのクソが』

「……? 仲間じゃないのか?」

『ははははははははっ! 無理矢理従わされている状態を仲間とは呼ばんだろうがよ』

「……」


 ルック・ルックは疲れた表情を浮かべ、話の続きだと口を開く。


『俺たちSIOプレイヤーはデカブツ相手の戦闘には慣れきってる。それとゲームの仕様上の問題で、理不尽な状況での戦闘にも慣れていてな、どんな状況でも解決手段を見出だす事も得意なんだわ』

「……厄介すぎるんだろ」

『はははははは! これでもSIO以外のゲームに行けば、プレイヤー一人一人が文字通り一騎当千と言われているだけはあったんだよ』


 どこか懐かしそうにどこか寂しそうに、ルック・ルックは笑う。失ってしまった何かを思い出すように……


『残念ながら今回は手加減をしてやれん。どうやら前回のに気づきやがったみたいでな……すまんな』


 再び何かに抵抗するように体を動かし、やはり無駄に終わってルック・ルックは苦虫を噛み締めた表情で軽く言う。


「……残念だ」

『ああ、本当にな』


 操られてなけりゃ最高に楽しい戦闘になったのによ、ルック・ルックはそうつまらなそうに呟いて目を閉じる。それが彼が出来る最大限の抵抗であった。


『死ぬなよ。是非、あのクソ神を殺してくれや』

「ああ、勿論だ」


 カオスはチラリとミクとリアへ視線を送り、ルック・ルックの言葉に力強く頷いた。


「ここは俺の死に場所じゃない」

『その意気だ』


 操縦桿を握る手の位置を微調整し、カオスは決意を込めてフッドペダルを踏んだ。











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