第268話 命 VS 死 ⑧
立体ホロモニターの国王陛下が、ニヤリとガキ大将のように笑ったかと思えば、頷きながら口を開く。
「この映像が流れていると言う事は、ライジグスのコロニーかステーションに緊急事態が発生しているという事だろう。緊急事態の最中だろうから手短に、まずは変身ブレスレットを左腕にしっかり固定するように装着してくれ」
いきなり出てきて何を言っとんのじゃ? と困惑気味にしどろもどろで変身ブレスレットと映像に視線を向ける彼。
「えっと、は、はい? ちょっと陛下?」
「ハリーハリーハリーハリー!」
「はっはいぃっ!」
記録された映像のはずなのに、まるでこちらの様子を分かっているとばかりに急かされ、彼はあたふたしながら明滅する変身ブレスレットを指定された左腕にしっかり装着する。
「装着したね? そうしたらこう左の腕を前へ突き出すように、そしたらブレスレットに携帯端末を押し当てるようにこう」
映像で国王当人が大真面目に格好良いポーズとばかりにバッチリきめっきめな表情で、ポーズを決める。
「ほれはよせえや」
「あーもぉー!」
子供と母親の様子をチラチラ見ながら、彼は指示された通りのポーズをする。
「ブレスレットのヒーローモードを解除。ブレスレットの使用者を設定、完全ロック。この変身ブレスレットは以降、登録者クラウド・レクスのみの使用が可能です」
「んんんっ?! え、はい?! ちょっ!?」
彼、ちょっとお人好しが過ぎる元奴隷の安月給サラリーマンで、多分ライジグスで最初に大きなお友達として要請戦隊ライライジャーにどっぷりはまったオタク、クレウド・レスク氏は困惑に目を白黒させる。しかもブレスレットから聞こえてくる声が、ライライジャーで憧れの副司令のお姉さん、レイチェル(レイジモチーフなかなり彼に似ている男前な、けれど女性として相当見せ方が分かっている女優)様の声が聞こえ、二重の意味で困惑を深める。
「はいご唱和下さい! やぁってやるぜ! さんはい!」
困惑しっぱなしのクラウド氏を置き去りに、国王陛下が妙にキリリとした表情でそんな事を叫ぶ。え? これやる流れ? と周囲をキョロキョロ見回しながら、顔を真っ赤にして口を開く。
「ええぇぇぇぇぇ……や、ゃぁってゃるぜ?」
「声が小さい! 腹の底からワンモアセッ!」
ちっちゃい声でそう言えば、絶対お前どこかでモニタリングしてっだろ! というタイミングで国王その人に突っ込まれる。もう自棄だとばかりにギュッと目を閉じながらクラウド氏は大きく息を吸い込んだ。
「ああくそっ! やあってやるぜえっ!」
「パスワード確認、緊急ヒーローモード起動します」
自棄っぱちで叫べば、妙にノリノリな感じのレイチェル様の声でそんなアナウンスが入り、全身がビッカビカに輝き出す。
「おーもーマジかよぉ……」
ライライジャーをエンドレスに繰り返し見続けているクラウド氏には、この現象が何かすぐに分かった。これは劇中で戦隊のメンバーが変身する際、変身中の安全を守るために敵の目を眩ませるフラッシュで、超図解ライライジャー入門データブック(発売日にクラウド氏即購入)には、通称変身バンクと記載されていた物である。
「ライジグスレンジャー、タイプレッドのヒーロースーツ着用を確認。スーツ着用者へのヒーローアシストシステムを起動します。近くにプレミアムライジャーソード、プレミアムライパルサーの存在を感知しました。スーツの腰に備えてあるホルダーへの装着をおすすめします」
光が消え、自分の体を確認すれば、どこか既視感のあるピッチリした真っ赤なスーツを着用し、頭を確認するようにペタペタ触れば、やっぱりどこかゴテゴテしい装飾が施されたヘルメッツをがっちり被っている。これ絶対見た目ライライジャーじゃん、とクラウド氏は遠い目をしながらも、レイチェル様の指示には素直に従う自分がいて、いそいそとバックの中からやはり完全受注生産品の大人用プレミアムライジャーソードとライパルサーを、指定された腰のホルスターへ納める。
「これで君はライジグスを守る本物のレンジャーだ。緊急事態限定だけどな。そのスーツは来季に予定していた軍用コンバットタイプのエグゾスーツのプロトタイプだから性能はバッチリ保証しよう」
「陛下ぁー!」
違うそうじゃない! クラウド氏の叫びは届かない。
そんなクラウド氏の内心をガン無視し、国王はキリリとした真面目な表情を浮かべ言った。
「今度は自分の手で守れるぞ、行けクラウド」
それだけを言うと、立体ホロモニターが消えた。
「えっ!?」
用意された映像のはずなのに、自分の名前を呼ばれ驚くも、それよりも何よりもまるで自分の過去を知っていると言わんばかりの言葉にクラウド氏は固まった。
「注意、前方の生命反応微弱。このままでは生命の危険域に入ります」
「っ!?」
レイチェル様の声に、はっ! と正気に戻り、クラウド氏は自然とライジャーソードを手に取った。
「ライジャーソードのリミッター解除。エクスソードアクティブ」
「は? え? うわあっ!? 体が勝手にぃっ?!」
手に取ったは良いが、正直運動はからっきし、国民の義務である訓練もドベのドベな成績しか出せないどん臭い自分が何をやれるというんだと尻込みしていると、ライジャーソードから本来なら両刃の剣がナノマシンによって形成されるのだが、見た事の無い片刃の刀身が形成され、体が勝手に動いてその刃を振り下ろした。
「うわちょちょちょちょっ!?」
刃は邪神眷属の腕をすっぱりと断ち切り、その腕に捕まっていた子供が勢い良く宙へと投げ出され、クラウド氏は大慌てでキャッチする。
「……れっど……らいじゃー……きてくれた……おかあさん……たすけ……おねが……」
受け止めた子供が本当に心の底から助かったという表情を浮かべ、これで絶対に自分の母親も大丈夫だと安心しきった表情で気絶するように寝てしまう。
「……」
クラウド氏は宝物を扱うように子供を地面へ寝かせ、近くに散乱していたメディカルキットの中からメディキットを取り出し、パシュと一回注入してから立ち上がる。
「うん」
この子にとって自分はレッドライジャーなんだ。あの悪に屈せず、どんなに辛い状況にあっても勇気で進み、困難な状況だからこそ前へ前へと歩くヒーロー……かつての自分が夢見た、馬鹿げた力でふざけた現実をぶち壊す、都合の良い英雄。
「うん」
真っ白いグローブに包まれた左手を、何度かグーパーと閉じたり開いたりしながら、クラウド氏は惨劇を引き起こした邪神眷属を睨み付けるように見る。
「良い子の夢は壊せない。それがヒーローの責任だから」
いつもはちゃらんぽらんな総司令が、道に迷った部下へと告げた言葉。どんなに傷ついても、どんなに苦しくてもヒーローはその背中を、子供達に見せ続けないといけない。何故なら――
「子供達の未来が僕達の目指す未来だから!」
戦う決意を胸に、グッと踏み込んだ足は軽やかに地面を蹴り、体は驚く程俊敏に、思った場所へ思った通りに刃が走り抜け、子供の母親の腹部を貫いていた腕を衝撃を伝わらせずに切り落とす。
『しゃぎゃああぁぁぁぁっ!』
先程は夢中で気づかなかったが、邪神眷属が痛がるような絶叫をあげる。その大口めがけ、左手で引き抜いたライパルサーをロックオンした。
「ライパルサーリミッター解除。フォースブレイダーアクティブ」
妙に男心をそそるガシャコンガシャコンと音を立ててライパルサーが変形し、軍用レイガンの見た目に近い形へと姿を変えた。
「吹き飛べ!」
迷い無くトリガーを引くと、レイガンにあるまじき、ズドンと轟音を出してピンクのレーザーが吐き出され、痛がり叫ぶ邪神眷属の頭を綺麗に消し飛ばし、そのまま眷属は塵のようになって霧散した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
消えた眷属がいた場所を見ながら、クラウド氏は肩で息をする。
「出来た……はは……出来ちゃった……」
今さらになってガタガタ震える両手を見ながら、クラウド氏は泣き笑いの表情でへへへと笑う。
「うぅぅぅぅ……」
「あっ!?」
すぐ近くでうめく声に、助けたまま放置していた母親の存在に気づき、クラウド氏は散乱しているメディカルキットを拾って救命活動をする。
「これで良し……うん」
顔色が良くなった母親の近くに、助けた子供を優しく寝かせ、クラウド氏は顔を上げ周囲を見回す。
良く良く聞けば、あちらこちらで悲鳴や怒号が聞こえてくる。その状況に不安を感じながら、再び真っ白いグローブに包まれた自分の両手を見る。
「行け、クラウドか……はい! 行ってきます! 総司令!」
どうしてこんな事になったのか全く分からない、分からないけど自分には助ける力がある。ならもう後は覚悟を決めて進むしかない。クラウド氏は寝ている子供にグッと親指を立て、力強く頷き駆け出した。
○ ● ○
「全く、どうしてこう予想の斜め上方向の準備はしっかり進めてるんでしょうね、私の旦那様は」
「ノリ! 勢い! 格好良いからだ!」
「まぁ確かにそんな事を良いそうだけどん、ルルちゃん? ドヤって顔で言う事じゃないわん」
「でも助かってるよー?」
「……そこが頭の痛いところなんですよね」
カタカタカタとコンソールを叩きつつ、アルペジオ内部で発生した邪神眷属発生に対応していたシェルファが、唐突にルル=ガイアの『こんな時のためのびっくりどっきりスイッチ! ぽちっとな!』などと叫びながら押したスイッチの効果に苦笑を浮かべていた。
「完全受注生産と言う名前の適性検査を行い、その適正検査を高いスコアで通った購入者限定に、超強力なヒーロースーツを渡し、こうして緊急事態の時に動ける自由戦力として活用する……とー様頭良い」
キラキラ輝く瞳でタツローを全肯定するブルースターへ、いやいやと首を振りながらアビィが突っ込みを入れる。
「絶対にそこまで考えてませんのん! これは結果オーライの方ですのん!」
多分そうだろうなぁとはシェルファも思う。だが、実際にお役立ちどころか、多くのメイド隊が出払っている現状、最大戦力として邪神眷属に敢然と立ち向かっている姿を見ると、この状況を予想してたんじゃなかろうかという気がしないでもない。
「でも、子供達にとっては良いのかもしれませんのん」
「ん? それはどういう事です?」
呆れていたアビィが納得はできませんがと前置きをしつつ、モニターを操作して子供達の様子を映し出す。
「あ」
それだけでアビィが何を言いたかったのか分かった。
モニターでは子供達が必死な顔で戦うヒーロー達を応援していた。そこに悲しみもなければ絶望もない。あるのはヒーローに対する絶対的な信頼と、ヒーローと敵対する相手への怒りだ。
「斜め上方向の遊びが、邪神の狙った事を粉砕してる」
「はいですのん。絶望もしなければ悲しみもしない、完全にヒーローショウを見ている感じですのん」
あの旦那様は本当にもう。シェルファは苦笑を浮かべながら、医療ポットで眠り続けるタツローへ視線を向け、キリリと表情を引き締めると再び激しくコンソールを叩き始めた。
「さっくりアルペジオを正常に戻して、私達もあの駄神をしばきに行かないと」
「……この夫にしてこの嫁あり、ですのん……」
状況は圧倒的に悪い、だが何故だか焦燥感は無いし、もうダメかもしれないという絶望感も無い。あるのはいつも通りの日常的空気感で、その事にシェルファ達は頼もしさを感じながら作業に没頭するのであった。
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