第266話 命 VS 死 ⑥
そいつは唐突に現れた。
「は?」
あまりにも唐突かつ、あまりにも現実味が無く、何よりそいつはあまりにも巨大であった。
「砕け散れ、下等生命体よ」
こちらがあまりの現実感の無さに呆然としている間に、そいつはその巨大な拳をアルペジオの巨大リングへ向けて振り下ろした。
多くあるレガリア級のコロニーでも随一の防御力を誇るアルペジオが、それこそ常に最新技術、最新の素材によって強化改修が執拗に繰り返され続けているアルペジオの外壁が、その一撃でひしゃげ、確実に大型の惑星レベルの質量を持つ巨大コロニーが、合成映像を見ているようにガクンと斜め下方へ数千キロ単位で落ちた。
「っ!? スティラ・ラグナロティアを化け物とアルペジオの間へ割り込ませろ! 全ジェネレータ全開で回せ! エネルギーは全てフィールドへ回せ! ルブリシュに化け物への攻撃指示!」
悪夢のような一幕にいち早く正気に戻ったのはゼフィーナだった。ゼフィーナの切羽詰まった叫びを聞いたオペレーター達が、非現実的という鎖を断ち切り、一斉に動き出す。
「スティラ・ラグナロティアを移動」
「通信途絶、原因不明。現在原因を調査中。艦内の通信系には異常無し、当艦に関しては問題なく通信は使えます」
「アルペジオの状況を確認できません」
「艦隊ネットワーク通信不通。モールスで対応します」
「前方、敵性存在動きます」
危機的状況下だったが訓練された才妃達はすぐに冷静さを取り戻し、自分達が受け持つ仕事を最大限の力で発揮し始める。
「アルペジオは絶対に守れ! あそこには我々の玉がある! メカニックスタッフは全員フィールドシステムとジェネレータ部分へ割り振れ!」
「畏まりました」
「スティラ・ラグナロティア、予定位置へ到着。敵の攻撃が来ます」
「っ! 全く! そういうのはビジュアルディスクの世界だけにしてくれ! 総員! 衝撃に備えろ!」
アルペジオと化け物との間に陣取った瞬間、化け物の下半身、三匹の獣の頭部の口が開き、そこから眩い光線が吐き出される。スティラ・ラグナロティアの船首に備え付けられた超巨大主砲のレーザーよりも巨大な、どれだけのエネルギーが込められているのか想像するだけで恐ろしい攻撃が、フィールドに激しく叩きつけられた。
「ぐうっ!?」
スティラ・ラグナロティアという中型サイズのコロニーと同程度の大きさを持つ巨船が、今だかつて一度だって戦闘で衝撃を感じた事の無かったライジグスを象徴する国母艦が、その攻撃を受けて激しく振動した。
「状況を知らせ!」
立っていられない程ではなかったにしろ、船が揺れたという衝撃に、ゼフィーナは愕然としながら叫ぶ。
「サブサブのジェネレータの一つが過負荷で停止しました。フィールドシステムに異常はありません」
「艦内に異常は見当たりません」
「メカニックスタッフによるジェネレータのメンテナンスが入ります。三分で終わらせると報告が来てます」
とりあえず何とかなった、そう安心しようとしたら、スクリーンに映る化け物の、同じ顔が複数強引に融合したようなソレが、まるでこちらの気持ちを見透かしたように嗤った。そして四本の腕を大きく広げると、腹部をグッと前方へと突き出す。
「ん? はぁっ!?」
何をする気だと警戒心を高めて見ていると、その化け物の腹部に巨大な、悪魔を思わせる顔が生まれ、その巨大な顔が大きく口を開けると、そこから小型コロニーサイズの、真っ赤に燃える恒星を思わせる火球を吐き出した。
「それはマズい!」
ゼフーナは直感的にその火球は防げないと理解してしまう。しかし、ここでスティラ・ラグナロティアを動かせば背後にはアルペジオを庇っている訳で……ゼフィーナの背中に冷たい汗がブワリと吹き出す。本能に従うのならば逃げる一択だが、ここで逃げ出せばアルペジオが今度こそ決定的な致命の一撃を受けてしまう。
退艦命令を出したところで間に合わない。これは死んだかもしれないと、ゼフィーナが覚悟を決めた時、火球へ向けて猛烈な攻撃が始まった。
「ルブリシュ艦隊、交戦開始。同じく、アルペジオ防衛隊も交戦開始しました」
深紅のレーザーが、ピンクのレーザーが、チャージされたミサイルが火球へと迫り、その威力を過不足なく発揮。巨大だった火の玉はその威力を減衰されていき、スティラ・ラグナロティアのフィールドへ衝突する時には問題の無い威力まで落とされて事なきを得た。
「心臓に悪いぞ……全く」
ゼフィーナは豊満な胸元を押さえながら、いつの間にか滲んでいた額の冷や汗を手で払う。
「アルペジオ、シェルファ様から通信」
「っ! 繋いでくれ!」
悪い事ばかり、常識の想定外の事ばかりが立て続けに引き起こされている状況下で、初めての朗報にゼフィーナが飛び付く。
『やっと繋がった……まだまだ仕事が残っているので用件だけ。タツローは無事、超空間は使えない、とりまライジグス所属コロニー・ステーションとの通信は問題無く、艦隊ネットワーク通信も使用可能』
「十分だ! シェルファ愛してるぞ!」
『うふふふ、姉妹ですものね。じゃ、そっちは任せます』
「おうっ!」
シェルファからの通信が切れ、ゼフィーナはオペレーターへ通信をアルペジオに繋げるよう指示を出す。
「繋がりました」
「敵、目前だ! 動ける軍人は動け! 緊急出撃! 緊急出撃! 現在アルペジオは邪神の直接攻撃を受けている! スティラ・ラグナロティアで盾になっているが、このままでは守りきれない! アルペジオの戦える人間は全員出撃! とにかく宇宙へ出ろ! このままだと座して死を待つだけだ! 動け動け動けっ!」
あんな化け物は邪神以外の何者でもないだろうと決めつけ、ゼフィーナは吠える。
「レイジが動き出しました」
「マルトのメビウス大隊緊急スクランブル」
「アベル艦隊が動きます」
「プラティカルプス、休息中だった隊員の呼び出しと整備中だった戦闘艦のメンテに時間を取られてますが、すぐに出られそうです」
「ガイツ特務艦隊も同様ですが、問題なく出撃するようです」
「アルペジオへの攻撃でしたが、中枢への過負荷によるシステムダウン以外で大きな支障は出ていません。特に今回の作戦を進めるにあたり、宇宙港関係のシステムを独立させたのが有効に働いたようです」
次々に上がってくる報告に、ゼフィーナは自分の口許が笑うのを止められなかった。
先ほどの火球は本当に死ぬかと思ったが、それ以外の攻撃はルブリシュとアルペジオ防衛隊が参加した事で攻撃密度が下がり、スティラ・ラグナロティアのフィールドでなんなく受け止められている。そして何よりも、頼れる仲間が駆けつけてくれる圧倒的安心感に、焦燥感で慌てていた気持ちに余裕が生まれ始めた。
『ごめん! 呆けてた!』
『こちらもすみませんー、あまりの事にぽけらーと見てましたー』
更に二隻の国母艦がスティラ・ラグナロティアの両サイドへ並ぶ。
「ふふふふふ、何、大した事じゃないさ」
いつもの自分へと戻ったゼフィーナは、いつまでもこちらへ見下す嘲笑を向けている邪神アダム・カドモンへ、むしろ逆に見下す表情を浮かべて、ふふんと鼻で笑う。
「サジタリウスは攻撃を、アイギアスは新しいシステムを使う」
『了解。サジタリウスの弓矢を展開』
『畏まりましたー、イージスシステム起動しますー、スティラ・ラグナロティアとドッキングを開始ですよー』
アロー・オブ・サジタリウス改の巨大な船体の中央が左右に分かれるように開き、船体側面から左右に羽のような物が突き出すように飛び出す。それはさながら巨大なクロスボウのような形へと変形し、船体中央の部分が激しくスパークし始める。
一方パラス・アイギアスはスティラ・ラグナロティアの船体下部へと移動し、腹と腹を合わせるような形でドッキングする。二隻のジェネレータをリンクさせ、さらにパラス・アイギアスのフィールドシステムともリンクする事で、より強固な
『ケイローンペイン行くわよ! 射線上の味方艦は待避しなさい!』
『イージスシステムドッキング完了しましたー。続いてー武装の展開を開始しますー』
巨大クロスボウと化したサジタリアスの中央に、ジャンプを利用して弾丸、ボルトにあたる物が空間転移してくる。それは大型重巡洋艦サイズの流線型をした、馬鹿馬鹿しいまでに巨大な弾丸であった。
そしてスティラ・ラグナロティアとドッキングを果たしたパラス・アイギアスも変形を開始。まるで針ネズミのように戦艦の主砲サイズのマルチタレットガトリングレーザー砲台がせり出し、船体後部が轟音を立てて開くと、みっちり詰まったミサイルの弾頭がその顔を出す。
『脳漿ぶちまけて死ねや! この腐れ神! うちの旦那を刺した事は滅びても忘れないからなっ!』
『ミサイル全力射撃開始ですよー。うふふふふ、空間拡張の技術を使ったプラント付きですからー、いくらでもおかわりありますからねー。たらふく食べて下さいーアダム・カドモンとか言う駄神さんー』
般若も逃げ出しそうな、確実に子供は泣くだろう形相で吠えるファラと、穏やかに笑っているのに目が完全に据わってホラーなリズミラ、二人の怒りが化け物、アダム・カドモンへと殺到した。
○ ● ○
頭部がぐちゃぐちゃになって吹き飛ぶ感触を感じながら、アダム・カドモンは困惑していた。
「おかしい」
今まで多くの世界を破壊してきた偉大なる邪神、その最も神々しく最も恐ろしく、知的生命体原初の痛み、死への恐怖を強引に呼び起こす姿を見せているのに、この場にいる知的生命体は誰一人として自分を恐れていない。
「おかしい」
砕け散った頭部が自然と生え、チクチクと自分に刺さるレーザーやミサイルを鬱陶しげに振り払いながら、アダム・カドモンは考える。
こいつらは何故に恐れないのか――
何かに守られている? 神フェリオの祝福でもあるのか? それとも自分を恐怖の対象として見たい無いのか? いやまさか……そんな事をつらつら考えて、ああ、と納得した。
「助かると本気で考えているのか」
その考えの源泉はどこだ? ブンブンと周囲を飛び回るコバエの如き船か? それともひときわ巨大な船か? いいや――
「そこだろ?」
ニチャァと嗤って巨船が庇う背後のコロニーを見る。地球に原子記号のような形をした、中央の中枢区画を守るように数多くのリングが回転するように動いているそのコロニーを。
「つまり勇者はそこにいる。まずはそこから落とそう……いやぁ、それでは面白くない。絶望はより深く、より果てしなく、我がじっくり楽しむ為に熟成は必要だ」
再び頭部が砕けて散ったが、そんな事は気にせずに、アダム・カドモンは両腕を広げた。
「来い、飯の時間だぞ。そして働け、無能な者共よ」
アダム・カドモンの呼び掛けにアルペジオ内部に邪神眷属が発生する。そしてバサリとはためかせた十二枚の翼から、影人、アーサー・ペンドラゴンを筆頭としたスペース・インフィニティ・オーケストラのプレイヤーの影が大量に出現した。
「楽しい楽しい破壊の時間だ。勇者よ、世界の希望よ、さぁ、我に絶望を捧げよ」
邪神アダム・カドモンの本格的な攻勢が始まった。しかしアダム・カドモンは気づかない、あれ程危険視していた存在、タツロー、いや日下部 達郎の存在がすっぱりと頭から抜け落ちている事を。ライジグスという国の存在を忘れてしまっている事を。
魂を輝かせ命を燃やす日輪の楽園ライジグスと、破滅と破壊と死滅を渇望するおぞましき化け物アダム・カドモンの戦いを、しゃらりしゃらりと涼やかなベルの音色を奏でる煌めく粒子が見守っている事も、邪神は気づかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます