第265話 命 VS 死 ⑤
帝国領宙域でアリアンとアリシア、書類上では第十二独立遊撃艦隊と呼称される艦隊と、意味不明な事を口走る影人達の幽霊船団が激突した頃、ラヴァム・ウォブァ跡地でアダム・カドモンが歓喜に震えていた。
「ついに第三段階を越える……ついにこれで大神級へ至れる! さぁ、来たれ! 我が肉よ! 我が骨よ! 来たれ! 来たれ! 来たれ!」
アダム・カドモンの呼び掛けに暗黒星団から共和国へ向かっていた肉塊、怪奇生命体が唐突に消え去り、その全てが一瞬にしてラヴァム・ウォブァへと集結した。それだけではなく、それらがアダム・カドモンへと吸収され再び邪神の姿が変化していく。
「師をも越え! 師の師をも越え! 我こそが唯一にして絶対の邪悪なる神となる! 待っているが良い! 最も旧き三柱の神よ! 人の概念に踊らされる数多の下級神よ! 我こそが頂点! 我こそが原点! そして今この時より我が唯一絶対の神へと至る!」
ただでさえ巨大だったアダム・カドモンが、ぐんぐん膨れ上がって行き、その大きさが完全に超大型サイズの惑星規模まで膨れ上がる。
アダム・カドモンが吸い込んだ肉塊がグニグニと動き、背中からコウモリを思わせる巨大な翼が十二枚生えた。
「我が変わる! この力素晴らしい!」
二本だった腕は四本へ、その肩には三本の角が生えた骸骨のようなモノが浮かび上がり、空洞の眼窩に蒼白い炎が揺らめく。下半身に三匹の狼が生まれ、融合したその三匹の背中からアダム・カドモンの上半身が生えるような形になる。
「さぁ、これで準備は終わりだ。勇者よ! 見事抗ってみせよ! なるべく永く、なるべく無様に、多くの絶望と憎悪と怒りと悲しみを我へと捧げるのだ!」
最後に頭部が出現する。三つの鬼面を強引に一つの顔へと融合したような、禍々しいその面が、ひび割れるように笑う。そうしてバサリと翼をはためかせると、その巨体が消えた。
○ ● ○
必要とされるだろう艦船の受け入れ作業が佳境を向かえ、十分な数のライジグス正式規格艦船の準備が完了する見込みが立った。
「いやぁ……やれるもんすね」
高淡白高エネルギー高吸収な栄養ドリンクの入ったボトルのストロー口を、半ば魂が抜け落ちたような表情で咥えているメカニック青年の、やはりどこかフワフワした言葉に、同じような表情をしたベテランの風格がある中年メカニックが溜め息混じりに頷く。
「やらないと終わるからなぁ」
「そうっすね」
彼らは邪神どうこうという話は聞いていない。だが、その存在をボカした上で、国王タツローに重症を与えた化け物がいる事、その化け物が宇宙を滅ぼすような兵器(便宜上)を持っている事、それに対抗する為にまとまった戦力が必要で、今ここで踏ん張らないとライジグスはおろか宇宙その物が消える可能性がある、とだけ伝えられていた。
「さすがに形式も規格も違う、しかもレガリアを現行最新鋭のライジグス規格に統一するのはキツかったっすね」
青年はグッと両腕を伸ばし、うーっと気持ち良さそうな声を出す。
「奴隷上がりのオイラでも人の役に立てるとは思わんかったっす」
「ライジグスでは関係ねぇしなぁ」
「信じられねぇっすけどね」
じゅぞぞぞぞとドリンクを吸い込む中年メカニックの言葉に、青年は苦笑を浮かべて首を横に振る。
「普通、奴隷って見下されるもんっすよ」
「それやるとお勉強が待ってるからな」
「それも信じられねぇっすよ」
ライジグスでは国民は皆平等である。国王タツロー・デミウス・ライジグスの統治下では、種族、出身、出自つまりは犯罪を犯していなければ、国民としての権利が保証される。これを破れば、一度は警告、二度目は教育施設での勉強会、三度目で国民としての権利を失い国外追放を課せられるという法律すらあるのだ。
青年のように、長年奴隷として酷使されてきた人間には、本当にライジグスは信じられない国である。しかも、こうして王国工廠の職員として働けるなど、他国では絶対に無理だ。
「頑張らないと……オイラ、ライジグス大好きっす。この国が無くなるのはスゴく嫌っす」
「それは俺も同じだよ。まさかこの年で嫁貰える日が来るとはなぁ……しかも、今度子供が生まれる」
「え! わ! おめでとうじゃないっすか! お祝い持ってかないと!」
「あんがとよ。だからお互いやれる事をしねぇとな」
「うっす!」
青年はドリンクを一気に飲み干し、気合いを入れるように両手で両頬をパシンと叩いて、ぐっとドリンクボトルを握りつぶした。
「やるぞー! 先行きます!」
「おう、俺もすぐに行くわ」
「うっす!」
青年が元気に走って現場へ向かおうとした、まさにその時、コロニーが、ライジグス首都アルペジオが大きく縦方向へブレた。
「っ?! ふへぇ?!」
一瞬重力制御装置が切れたのか、ふわりと体が二メートル程浮かび上がり、次いで復帰した重力制御装置に引っ張られるようにして激しく床に叩きつけられた。
「ぐはあぁっ?!」
全身を貫く強烈な痛みと、耳の奥で鳴り響くキーンという耳鳴り、何より視界がぐわんぐわんと揺れて定まらず、自分が今どこにいるのかすら分からず混乱する。
「一体何が……っ! おやっさんっ!」
痛む体を無理矢理腕の力だけで持ち上げ、本当は同期だけど、貫禄だけはあるから仲間内でいつの間にかおやっさんと呼ばれるようになった中年メカニックの姿を確認すると、彼は飛ばされた場所が悪かったのか、頭から血を流して弱々しく唸っている。
「おやっさんっ!」
大変だ! 青年はふらつく体にありったけの力を込め、作業場に必ず等間隔で設置されているメディカルキットボックスを開き、簡易メディキットを取り出して、ヨタヨタと中年メカニックに近づく。どうやら自分も見た目より重症らしく、妙に右足が痛いがそれよりもおやっさんを助けなければと、必死で足を動かす。
「おやっさん! しっかり! 今、メディキットを使うっす!」
濃縮医療用ナノマシンと、細胞再生の素材となる高圧縮栄養溶剤が入った無針アンプルガンをおやっさんの首筋にあてがいトリガーを引く。パシュンと気が抜けたような音がし、治療が間に合ったと青年はズリズリ座り込む。
「いっづぅっ!?」
座り込んだ事でおかしかった足が本格的にダメになったのか、強烈な痛みに視線を向けると、右足がS字に折れ曲がっていた。
「うわぁ、久し振り」
前の主人の元で奴隷をしていた時、骨折なんて日常茶飯事だった為、結構な重症でも割りと冷静にそんな感想を言える程度には彼は冷静であった。
「一体何があったんだ?」
ちらりとおやっさんを確認すれば、メディキットが効いてきたのか、頭部の傷は塞がり、蒼白い顔色も普段通りまで戻っていた。それを見て安心した青年は、腕の端末を操作して直属の上司に連絡をするために通信を立ち上げるが――
「繋がらない」
いつもならすぐに出る上司が出ず、コール音が虚しく繰り返されていく。そんなコール待機画面を見ながら、さてどうしようと周囲を見回せば、床に叩きつけられ一瞬気を失っていたらしい同僚達がのろのろと起き上がってくるのが見えた。
「うおーい! 誰か! 医療スタッフを呼んでくれっす! おやっさんが頭打って! メディキットは使ったんだけど検査して欲しいっす!」
青年が大声を出すと、数人の同僚が分かったと返事をし、それぞれの端末を操作するが、やはり通信が通じないようで、のろのろと走って人を呼びに行く。
「本当、何が起こったっすか?」
青年はジクジクと熱を持って痛みだした右足を気にしながら、不安そうに周囲を見回したのだった。
○ ● ○
「ラサナーレ! 怪我は無いか!?」
「だ、大丈夫ですわアナタ。アナタこそ大丈夫ですの?」
「ああ、二度目だからな。それとライジグスさんの強化調整で体が動く」
「良かった」
お姫様だっこで守った妻の笑顔に、ニカノールはふうっと大きく息を吐き出し、周囲の状況を確認しながらレイジを呼ぶ。
「レイジ殿、怪我は?」
「お陰さまで無事です。妻達にぼこぼこにされまくった甲斐がありましたよ」
よっこらせと立ち上がるレイジは、パンパンと服についた埃を払うような動きをし、携帯端末を操作するがムッとした表情を浮かべる。
「端末がエラーを吐いてる」
「先ほど一瞬重力制御が切れた感覚がしましたから、たぶん中枢を狙われたのでは?」
「……やはりコロニーへの直接攻撃ですか?」
「ええ、確実に」
レイジはチッと舌打ちをしながら、砂嵐状態のスクリーンを消し、部屋から頭だけを通路に出して周囲を確認する。悲鳴や怒号といったモノは聞こえてこないから、それ程大事にはなっていないようだが、とにもかくにも端末が使えないのは痛い。
「まずは状況を確認しなければ。格好悪いアダム・カドモンが来たんですかね?」
レイジが軽口を叩きながら肩を竦めると、唐突に端末のシステムが復帰し、ゼフィーナの怒号が聞こえてきた。
『敵、目前だ! 動ける軍人は動け! 緊急出撃! 緊急出撃! 現在アルペジオは邪神の直接攻撃を受けている! スティラ・ラグナロティアで盾になっているが、このままでは守りきれない! アルペジオの戦える人間は全員出撃! とにかく宇宙へ出ろ! このままだと座して死を待つだけだ! 動け動け動けっ!』
ゼフィーナらしからぬ切羽詰まった様子にレイジは一瞬呆けてしまい、こちらを凝視するニカノールと数秒お見合い状態で固まってしまった。だがすぐに自分の頬を張り倒し正気に戻ると、廊下へあらん限りの声で叫んだ。
「緊急事態発生! 緊急事態発生! 戦力をかき集めろ! 宇宙へ出ろ! 緊急事態発生! 緊急事態発生!」
大声で叫びながら、レイジも全力で走って自分の船へと向かう。
『レイジ君、緊急処置だけど何とか通信は構築出来た。さすがに超空間までは復帰できないけど、これでライジグスのコロニーとステーションだったら通信が出来るわ』
「さすがシェルファママン! 愛してるぅっ!」
『あはははは、レイジーうしろうしろー、あははははは』
シェルファからの通信に感激しながら、レイジは早速通信を各所に繋げる。
「メビウスは真っ先に出せ! ホワイトブリムは最後でも良い! とにかく戦闘艦だけでも出してゼフィーナ様をフォローしてくれ! マルト! 頼む!」
『了解! メビウス大隊緊急スクランブル! レイジは建て直しをお願いね』
「おおよっ! アベル! カオス! ガイツ! 聞こえてるな!」
『こちらアベル。ア・ソから引き上げた艦隊をそのまま待機させてて正解だったぜ。すぐにスティラ・ラグナロティアの援護へ向かう』
『シンプラティカルプスは一分くれ、その間に整える』
『特務艦隊の補給完了まで後十分。すまんアベル、持たせてくれ』
『了解。やれやれ、次から次へと忙しい事』
頼れる仲間達の声に安心感を覚えながら、レイジは自分の船へと駆け込んだ。
「準備完了してます。いつでも出撃出来ますよ」
「おおおおおおっ! 嫁達よ! 愛してるぅぅぅぅぅっ!」
ブリッジに勢揃いして待っていた嫁達の姿にレイジは叫びながら、キャプテンシートへダイレクトに飛び乗る。
「妖精達は?」
「もちろんこちらへ」
コンソールをチェックしながらレイジが聞けば、嫁が手を向ける。そこには契約妖精がずらりと勢揃いして小さく手を振っていた。
「君達の力も必要になる場面が出てくるはずだ、頼むよ」
レイジの言葉に妖精達がしゃらしゃらと、笑うような音を出す。その音を満足げに聞きながらレイジは吠えた。
「緊急出撃! 終わらせるぞ!」
「「「「畏まりました、ご主人様」」」」
混迷の戦場へレイジが飛び出して行く。
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