第264話 命 VS 死 ④

 ライジグス、帝国、フォーマルハウト、ア・ソ連合体、ネットワークギルドと邪神への対策が着実に進んでいた頃、邪神の好むエネルギーを産み出す元凶、デデド(宇宙ゴキブリ)と同じく一匹いたら百匹は必ずいると云われる宙賊達は、必死こいて逃げていた。


 ここは帝国の監視網から外れ、裏ルートを使用する偽装商人や違法奴隷商、闇組織の隠れ拠点などが点在する宙域。そこを取り仕切っている宙賊にしては巨大な、それこそ自分達を宙賊ギルドなどと嘯いて調子に乗っていた連中も、他の宙賊と同じく逃げ惑っていた。


 多くの金と資材を突っ込み築き上げた拠点内部には、予備パーツとして集めた違法奴隷が変じた肉塊や、研究と称して行われる違法人体改造の犠牲者達は、細長い胴体に足がついたような見た目の蟲へなったりと、この拠点が出来てから一番の悪夢に襲われている。


 そんな悪夢から逃げ出した宙賊もいたが、宇宙へ逃げ出しても悪夢はどこまでも追って来た。


「俺達はカーゴシップじゃねぇぞっ! 積み荷なんざ酒とフードカートリッジしか積んでねぇぞ!」


 影のような戦闘艦に追われ、絶妙な距離感で付かず離れず、ただただ執拗に完全に遊ばれていると分かるような状況下でなぶられ続けている宙賊。通信から聞こえてくるのは、こちらを馬鹿にする笑い声。つまりはいつもと全く逆の立場になっているのだった。


 この宙域では敵無し、規模も装備も宙賊にしては整い、独自の販売ルートと裏組織との強固な繋がりもあって資金も潤沢。宙賊家業でありながら順風満帆だった彼らに実際敵は少なかった。いや、いる事にはいたのだが、そのほとんどを袖の下や懐柔工作により回避し、のらりくらりと今日までやってこれたが正しいだろう。


 弱きを食い物に、強きとは上手に渡り合い、目立たず証拠を残さず、そうやって彼らは宙賊にして歴史を刻むレベルで生き残って来たのだ。


 だが今回の相手はこれまでの常識が通用しなかった。金も女も酒も違法薬品も、どんな賄賂をちらつかせても反応を見せない。それどころか通信を繋げれば、返される言葉は同じ。


『NPCは経験値。金なんざお前らの装備を売り払えば良い。殺されて経験値になれ』


 NPCとは何か、経験値とは何か……分からない、分からないが理解出来るのは、こいつらは自分達を同じ人間だと思っていないというところだ。


 言葉が通じない、考え方がそもそも違う……というより、まるで異次元世界から飛び出してきたような異質な感じすらする。そんな存在に分からせられるように、じわりじわりと追い詰められていく様は、死神に首筋を撫でられるような恐怖を感じずにはいられない。


 いや、今までの恐怖が単なるファッションだったと気づいたと言うべきか、本当の死はこんなにも無慈悲に恐ろしく一方的にやってくるのかと、多くの人間を一方的に殺してきたツケが巨大な利子となって襲いかかって来たと、ようやくその事に気づいたのだった。


『っかしーな、ミッションに賞金が載ってねぇぞ?』

『気にするな、こんなところに拠点作ってコソコソやってる段階でギルティだし』

『ぎゃはははははっ! 違いねぇ! さっきから金はあるだの、女を用意するだの、まんま悪党の台詞しか言わねぇのな。もう少しマシな交渉しやがれってんだよ』

『どっちにしたってただの経験値だ。次のイベントも近いんだ、さくさくレベリングすっぞ』

『『『『やっぱりNPC周回は一番効率が良いぜぇ! ひゃっはーっ!』』』』


 もうイヤだと思った。これまでの行いを棚に上げて神様助けてとすら願った。


「いいぞ、助けてやろう。だからワレの糧となって消滅するが良い。それこそが救いとなるだろう」

「っ!? な、なにっ!?」


 唐突に耳元で、男とも女とも、子供とも大人とも老人とも、ありとあらゆる感じに聞こえる声に囁かれ、慌ててコックピットを見回すが、誰もいない。そんな男を嘲笑うように不気味な笑い声が響き渡る。


「しゃしゃしゃしゃしゃしゃ! ワレの為に永遠に、その苦しみ悲しみ恐怖を無限に捧げ続けよ。それこそがワレの救済!」


 酔った狂人の戯言のように聞こえるが、どこまでも真実を告げていると理解出来てしまう。男はこんな場所にいられるかと、無茶を承知でハイパードライブに入ろうとして、自分の腕を見てしまう。


「なっ! 何じゃこりゃぁっ!?」


 コンソールを操作しようとした手は、老人の手のように痩せ細り、それだけでは無く、刻一刻と水分が抜け落ちて行くように乾いていく。


「ひっ!? ひやぁっ!?」


 手だけではない。パイロットスーツなんて装備に出す金が勿体無いと、小汚なく破けたタンクトップとボトムズボンという服装をしていた為に、自分に起こっている異常の全てを目撃してしまう。


 違法人体強化と調整によって丸太のように太かった腕が見る見る皮と骨だけになっていき、仲間達に自慢していたぶ厚い胸板やバッキバキに割れていた腹筋も、どんどんツヤとハリが失われ、肋骨が浮き上がり腹部が抉れるように痩せていく。


「ひゃめてふへぇ?!」


 誰が行っているか分からないが、やめろと声を出そうとすれば、ボロボロと歯が抜け落ち、自分の声が老人のモノへと変化していく。あまりの恐怖にカタカタ震えて、やがてそのままボロリと頭部が落ちる。だが恐怖は終わらない、そのまま幽霊のような状態になったかと思えば、周囲からギザギザの牙がついた触手が自分を拘束すると、ゆっくりじっくり自分をカジリ始めた。


「なかなか良い。もっと恐怖を! もっともっともっと! 出来るだろ! もっともっと絞り出せ! ワレに全てを捧げろ!」


 しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃと不気味な笑い声を聞きながら、自分は簡単に死ぬ事すら出来ないのかと男は絶望するが、今の状況は彼だけではなかった。


 触手に必死の抵抗をしながら、どうにかならないかと周囲を見回せば、いつの間にか仲間達が自分と同じような状態になっているのが見えた。誰もが恐怖し、誰もが絶望し、誰もが憎悪する。


「しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ! ワレが大邪神に至るのも直ぐだ! さぁ! もっともっともっともっと寄越せ! しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!」


 邪神の笑い声が悪党達の耳元で木霊する。あまりにも自業自得な罰は、邪神が望む限り永遠に続く……




 ○  ●  ○


「ねぇ? 毎回あんな訓練をずっとしてるの? あんな時間加速とかっていう意味不明あたおかな装置を使って?」

「今回は軽くですよ? アリアン様の強化調整が完全ではありませんし、即席よりマシなレベルで止めましたが」

「……時間加速で二百年分の訓練を即席よりマシって……そりゃぁ、ライジグスの将兵は精強になるわ……」


 国母艦エルファ・ガルーダのブリッジで、訓練を仮終了させたアリアンは、ひきつった表情で呆然と呟く。


 エルファ・ガルーダはロックロックに保管されていた戦艦をベースに、改修というよりは新造というレベルでの改造をし、国母艦として相応しい能力を与えられたアリアン専用の船だ。


 そんな船のブリッジで軍を首席で卒業し優秀なオペレーターが、立て板に水とばかりに追加説明をしてくれた。


「我が国ですと、あまり戦闘向きじゃないレイジ宰相閣下で総訓練時間二千万年。当人は器用貧乏で何も特化してない中途半端と卑下するアベル様が総訓練時間二億でしたか。暇な時はほぼ時間加速装置の住人と化している近衛機甲大隊のロドム様が五億位。最近の正妃様や側妃様、才妃様達も必要だとおっしゃって平均で十億位は。圧巻なのは国王陛下ですね、カウント出来ずにカンストしたってゼフィーナ様が苦笑してました」

「……」


 改めてトンでもない国へ嫁入りしたと頭を抱えるアリアン。そんなアリアンへ、艦隊ネットワーク通信で繋がっている国母艦タルタロス・ノヴァールのアリシアが苦笑を送る。


 国母艦タルタロス・ノヴァールはフォーマルハウトに眠っていた船で、やはりエルファ・ガルーダと同じような経緯を辿ってアリシア専用の船として用意された。


『私達の訓練が様子見と、ゼフィーナ様がおっしゃってた理由が分かりますね』

「本当、とんでもない国と王様のところへ嫁いできちゃったわ」


 いやまぁ、あのでっかい赤ん坊である皇帝マザコンの世話を焼かなくても良くなったのは相当大きいんだけどね、アリアンはそんな事を考えながら、スクリーンへ目を向ける。


「さてさて、私達のターゲットはガイツ提督が状況判断で撤回した旧四王家の反乱軍処理だけど……この宙域で合ってるよね?」


 情報部の報告書で見た限りでは、ここには中規模のコロニーが存在しているはずだけど、私の記憶違いかしら? とアリアンが首を傾げる。そんなアリアンにオペレーターが淡々と告げた。


「合ってます。合ってますが……あるはずのコロニーが消失してます」


 あまりに淡々と、だけどとんでもない事を言われて、アリアンは苦々しい表情を浮かべてあーもぉと頭を掻く。


「……悪い予感しかしないわ……厳重警戒態勢! 監視強化!」


 ぼやいてても仕方がない、とアリアンは意識を切り替え、凛々しい声で命令を下す。


「了解。旗艦エルファ・ガルーダより全艦へ、厳重警戒態勢。重巡洋艦デメテル、監視を強化」


 打てば響くようなオペレーターの対応に、これが私の訓練時間を越える成果か、とアリアンは遠い目をする。そんなアリアンを放置して、優秀なオペレーターはこんな状況をも想定されているマニュアルにそって行動をする。


「分析入ります……コロニーの残骸は残されているようです。この反応からすると……破壊されたようですね」


 流れるようにコンソールを操作し、観測特化型の重巡洋艦デメテルから送られてくるデータを処理し、アリアン的には受け入れがたい事実を告げられる。


「……コロニー破壊を躊躇わない相手」

「はい。こちらの常識を当て嵌めないようにするべきですね」

「本当、悪い予感しかしない」


 アリアンの常識では、いくら凶悪な宙賊であってもコロニーを破壊するという手段は用いない。コロニーを襲撃して乗っ取るという場合はあるが、それでもコロニーを痛め付けるような真似はしない。何故ならコロニーを破壊するのは禁忌とされているから。


 コロニーとは国であり家であり、もっと古い感覚であるならば揺りかごだ。皆ここで生まれここで育ち、そしていずれはここで死ぬ。だからどんな悪党でもコロニーだけは破壊しない。それがこの宇宙の常識でもある。


『経験値はけーん!』

『おっ! 戦艦じゃん! うまー!』


 さてどうするか、そう思案しているとそんな通信が入ってくる。


「……」


 不快な気持ちを隠さずスクリーンを確認すれば、うすらぼんやりした輪郭の、どこか影を思わせるパイロットの姿が確認できる。


「幽霊船団です」

「これが、ね」


 もうちょっと悪党らしく潔い感じだったはずだったけど、何このお子ちゃま達は? とアリアンは不快感を隠しもせずに目付きを鋭くする。


『戦艦落とせっか?』

『エネルギー注入タイプのミサイルあるっしょ? 落ちるまで当て続ければいけるって』

『ひゅー! おっかねもちー!』

『てめぇのミサイルも使うんだよ!』

『ぶっぶー抹茶しか持ってきてねぇし』

『てめぇざけんなよっ!』

『しらんチンチン』

『後で殺す!』


 こっちをガン無視して喧嘩を始める一団に、アリアンのコメカミにハッキリと青い血管が浮かび上がった。


「クソガキは退場願おう。全艦戦闘開始!」

「了解、戦闘を開始します」


 アリアンとアリシア、二人のライジグスの妃のデビュー戦がこうして始まった。

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