第263話 命 VS 死 ③
ライジグス、帝国、フォーマルハウト、ア・ソ連合体、ネットワークギルドそれぞれの最高責任者もしくは代理による対邪神会議が進んでいる最中の事。
ライジグスが所有するコロニー・ステーションの、メンテナンスドック機能がある港へ、次々とありとあらゆる古今東西なレガリア艦船が運び込まる光景が広がっていた。更には場所が足らないと、工作艦ハンマーシリーズが即席のメンテナンスドック機能を展開し、さながらレガリア艦船の見本市、地球的に言うならばモーターショウのような様相を呈していた。
それはここアルペジオでも同様であり、特殊フィールドで包まれた艦船が次々とジャンプしてくる光景は見ていてちょっとワクワクする。だが同時に呆れもする。そんな相反する感情を表情へにじませ、しみじみと彼は呟いた。
「冷静に冷徹に、そして確実に追い詰める事を淡々と進めるよなぁ、うちの
帝国領宙域での作戦行動を撤回し、邪神眷属の大量発生という情報をもたらしたガイツは、肩に乗っかる相棒マーズにエデン特産ナチュラルドライフルーツを差し出し、自分は上級将校だけが飲める最高級コーヒーをすすり、執務室から見える光景に苦笑を浮かべていた。
「レイジはスゴいよ。最近はマルトとかアベルとかもだし」
そんなガイツの執務室には、懐かしき傭兵時代の中心メンバーが揃っていた。
切り込み隊長のカオス、ノール、アーロキ。作戦参謀のオリバー。天才的操舵手ジューン等々、女っ気皆無なところもシン・プラティカ時代から変化がない。
カオスやアーロキの周辺とかはまた違うが、今回は少しは休もうぜ、とガイツの号令で集まったので野郎ばかりだ。ちなみに女性陣はアルペジオの街へと繰り出し、現在ショッピングを満喫中である。
「あらら、鬼の切り込み隊長でもそういう事気にする大人になったん?」
ノールがニヤニヤ笑いつつ、エデン産の木の実を口へ放り投げる。そんなノールへアーロキが呆れた表情を向ける。
「茶化すな。カオスだけの問題じゃねぇんだよ」
ゴツイ体を丸め、手に持つ紅茶が入ったタンブラーにストローが一体化したようなドリンクボトルを揺らし、アーロキはノールを睨み付けていた目をガイツへ向ける。
「今回の集まりだって、ただのダベリって訳じゃねぇんだろ? カシラ」
傭兵時代の呼ばれ方をされ、ガイツは苦笑を浮かべて頷く。
「まあ、ちょっとした認識の再確認と、引き締めだな」
執務室で一番高価そうな椅子に座り、慣れねぇなぁと苦笑を浮かべながら、座りが悪そうに何度か尻の位置を直しつつガイツが言う。
「認識というのは傭兵時代の悪癖かな?」
居心地が果てしなく悪そうなガイツへ、何やってるのという表情を向けながら、オリバーが言えば、苦笑のままガイツが頷く。
「ああ、俺とかカオスとか、まぁ直接オジキと会話したりつるんだりがある面子に関しては問題ねぇよ。手前でも驚く位にあっさり手放したからな。だがそうじゃない連中は完全に抜けきってねぇ。俺のところに所属してる連中だったら頭を押さえつけりゃ問題ねぇが、そうじゃない奴らは出先でやらかす危険があるってか実際に
困ったもんだと肩を竦めるガイツに、オリバーもそうだねと頷く。
「あー英雄的行動? 結果的に被害拡大?」
「「「「あああぁぁぁ、それか」」」」
ノールがバリバリ木の実を砕きながら、うまそうに冷たいエールで胃の中に流し込みつつ心当たりを言えば、ノールのように酒をガンガン飲んでいた連中が面倒臭そうに同意し、お前だお前という視線をカオスへ向ける。
視線を向けられたカオスは、昔の彼からは想像できない素直さで、気まずそうに顔を背けてその視線から逃げた。
「カオスがやってくれたから、今の俺達がいるってのは確かなんだ、結果として生き残ってるわけだし。だが若い連中にとっちゃ憧れがあるんだろ」
いやまあカオスも十分若いってか幼いが、ガイツはそう呟きつつも、困ったようにコーヒーをすする。
「
「強襲装甲騎兵隊と近衛機甲大隊、現在戦闘中のフラクタとベルフェで、ちょっとな」
「「「「アホかぁっ?!」」」」
そりゃお前阿呆だろ、と酒を飲む古株連中が口を揃え、アーロキとノールは苦笑を浮かべてながら天を仰ぎ、カオスは鬼のような表情を浮かべる。
「君らも少なからず残ってるからね?」
そんな中で一人冷静なオリバーがじっとりとした目を仲間へ向けると、心当たりがあるのかカオスですら目を泳がせる。
「メリット、デメリットにコスパはどうしても考えちまうしな。それこそ元奴隷上がりだと、てめぇの価値は低く見積もるから。つかライジグスの兵隊さんってだけで、てめぇらの価値は爆上がりだってのに案外気づかんよな」
俺ちゃんも綺麗なねーちゃんの店でチヤホヤされるまで実感ねかったしよ、とノールがおどけて言えば、他の古参達もああと声を出す。
「自分から認識を変えたって感じじゃねぇか……確かに大して親しくしてる訳じゃねぇ、一般の人達からいつも守ってくれてありがとう的な事を言われてから、一命一殺みたいな事は考えなくなったかもしれん」
「ああ、そういうのはあるよな。俺も良く使う雑貨屋の店主に、無事に帰ってくるんだぞ、って言われて、ああちゃんと家に帰ってこなくちゃ、って思うようになったし」
「一番有効なのは家庭を持つ事だぞ。意地でも未亡人やら孤児にさせてたまるか! って気合いが入る」
「「「「お前……
「……すまん」
変わらぬ昔のままの空気感に、ガイツは懐かしそうな表情を浮かべ、本題を切り出す。
「でだ、何で今そんな認識の再確認をしようってナシになったかと言うとだ。現在ライジグスはレガリア級コロニーで眠ってる船を引っ張り出して、急いで改修作業をしているわけだが、圧倒的に指揮官が足らん。んで、実戦経験が突出している特務艦隊所属の軍人、それも面倒臭いから階級を上げる申請をしてねぇ
「「「「はあっ!?」」」」
ガイツの言葉にカオスら戦闘艦乗り、オリバーを除く面々が驚愕の、むしろ正気か? という表情でガイツを見る。
「特務艦隊が特殊過ぎるくらい特殊だったからな。むしろお前らが素直に昇格申請してりゃ、もう少しマシな状態でのスタートに立てたんだがな?」
ガイツの迫力に満ちた眼光に、古参達がうっと言葉に詰まる。
そうなのだ。特務艦隊の指揮官職以外の連中は、食うに困らないからという理由と、偉くなっても面倒臭いという理由から昇格申請を行わず、功績値と訓練記録、スキル習得規定数から見ても完全に上級将校へ昇格が可能なのに申請を行っていなかった。本来ならば、とっくの昔に艦隊を持てるレベルの階級へ行っていてもおかしくない人々である。
それもこれもタツローの、やりたくないって言ってる人達を強引に引き上げても仕事しないんじゃないの? 好きにさせたら? という鶴の一声で実現しているが、実際国防に
関わるレイジ達からすれば、ふざけんなてめぇレベルの怠慢である。
「今、ライジグスでの義勇兵の数がスゴい事になっててな。そいつらを指揮する立場の人間が必要なんだよ。それと平行して、改修が完了した船に乗って各方面へ出撃して欲しいと言われている。まずはオジキの嫁さん達にウェイトが集中し過ぎてるからフラクタとベルファ方面に早急な増援を送りたいそうだ。そこでてめぇらが若い奴らに釘を刺せ」
「「「「うへぇ」」」」
見るからにテンション駄々下がりの仲間に苦笑を向け、それから自分達は関係ないという表情をしていたカオスらに愉快そうな表情を向ける。
「アーロキとレーンもそれぞれ部隊を率いる事になるぞ」
「「うぇいっ?! ちょっ! プラティカルプスは?!」」
俺達しがない戦闘艦乗り、と他人事をしていたアーロキとレーンが、ちょっと待てよお前と声を出すが、ガイツはそれをバッサリと切りながら新しい爆弾を落とす。
「そっちはカオスとカオス嫁の担当だ。心置きなく隊長職に邁進したまえ」
「ぶほっ!? よ、嫁? ガイツ!?」
今度はこっちに飛び火した、と目をひんむくカオスに、ガイツはうんうんと頷きながら言う。
「いやもうお前ら相思相愛状態なの分かってるから、どう見てもお互い好きあってるだろうに。分からないから知らないからって踏み込めないカオスには悪いが、俺が許可を出した。ミクとリアは今回の事が終結したら、正式に式を挙げると伝えてある」
「き、聞いてない!」
「今言ったぞ?」
「そうじゃねぇっ!」
うがー! と吠えるカオスに、ガイツはシニカルに笑う。
「諦めろ。俺んとこと合同だ」
「「「「はいっ?! ガイツ結婚するの?!」」」」
更に爆弾を落とすガイツに、その場の全員が驚きの声を出す。
「アネッサと所帯を持つ事になった。他にも傭兵団時代に色々あった奴らと数人な」
「「「「まさかの姉さんっ!? しかも複数人だとぉぅっ!? 誰だっ!」」」」
わちゃわちゃしだした執務室に、ノックも無しに人が入ってくる。
「うるさいよアンタ」
まさかの嫁登場である。
「悪いな、こいつらに結婚の事を話してた。それと報告にあった事の対策もな」
「ああ、なるほど。まぁほどほどにね」
「ありがとう」
しっとりとした熟年夫婦のような会話をし、自然と目配せなどで合図を送り合う二人に、仲間達は完全に言葉を失う。
「カオス」
「ん? 何?」
そんな男連中を面白そうに眺めながら、アネッサはカオスを呼ぶ。
「何とかなるもんだから、あまり複雑に考えない事さね。特に男と女なんかなるようにしかならない」
「……そこがちょっと怖いんだけど」
「それは相手も同じって考えれば気が楽になるんじゃないかい? なぁに時間はあるんだ、一緒に探せば良いじゃないか」
「……うん、そうかもね」
「そうさね」
何気にカオス関連でミクとリアから相談を受けていたアネッサは、同じくカオスから相談を受けていたガイツと情報をやり取りしていた経緯で、そんな助言をする。
しかしカオスやミク、リアは知らない。それがきっかけとなりガイツとアネッサの関係が進み、結婚をという話しになった事を。その事を感謝してるからこそ、ガイツとアネッサは多少強引でもカオスとミクらをくっつけてしまおうという手段に出た事も。
そんな二人をひゅーひゅーと無責任に囃し立てていた古参連中を、アネッサがギヌリと睨み付ける。
「あんたら、即時戦闘可能状態での待機って話なんだ、酒飲み過ぎました戦えませんとか無様さらすんじゃないよ? そんな事をしたら……分かってるね」
「「「「そのニギニギ怖いっす! 一体ナニを潰すんですかねぇっ?!」」」」
カオスとアネッサのやり取りを見ていた古参連中に、アネッサが何かを握り潰すような仕草で言うと、古参連中がひぃと情けない悲鳴を出す。同時に腰を引いて急所を守るように両手で隠した。
「たく……いつまでも傭兵のままじゃいられないだ、しっかりライジグスの将兵だって意識を持ちな! アンタも仲間だからって甘やかすんじゃないよ! ったく、陛下も陛下さ、本当に身内には激甘なんだから」
ブツブツ文句を言いながら部屋から立ち去るアネッサ。その様子にガイツはポリポリと頬を掻いて困った表情で笑い、注意された古参達は居心地が悪そうにモゾモゾし、カオスは少し気合いの入った表情で頷き、アーロキとノールはがっくり項垂れる。そんな様子を見て、オリバーが口を開いた。
「じゃ、命超大切にって事で、解散しようか?」
その言葉に全員が頷き、三々五々それぞれの場所へと戻って行った。そんな級に静かになった執務室で、ガイツは冷めてしまったコーヒーを飲みながら、ふぅと息を吐き出す。
「相手は死をオモチャにする神、それと戦うのならば命を輝かせよ、か」
遠い昔、ガイツが奴隷として売られる前、それは寝物語に母が読み聞かせていたホロブックの内容だったか、その一文を思い出して呟いてみる。
「そうだな……絶望と死を糧とするなら、武器はそうなるんだろうな……まぁ、負ける気はしないんだが」
これからもこんな日々が続くだろう、そんな確信を持ってガイツはニヤリと笑った。
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