第262話 命 VS 死 ②
神聖フェリオ連邦国女王ミリュ・エル・フェリオは語る。
『そも神とはなんぞや?』
なかなか哲学的な話ではあるが、ミリュの言葉に明確な答えを言える人物はいなかった。そうじゃろうそうじゃろうと頷きながら、彼女は右手を持ち上げて人差し指を振る。
『全知全能? 万能の願望成就の器? それとも大昔の考え方、大宇宙の大いなる意志の具現化であるのか? 答えは、否である』
ミリュの言葉に首脳陣が真剣に耳を傾ける。その様子にミリュはニヤリと笑いながら告げた。
『神とは観測者である』
「観測者、ですか?」
『うむ、一番重要で大きな部分では、と申されておったがの』
世界創造、生命創造、概念の構築等も仕事に入るらしいがの、とミリュは想像もつかないが、と苦笑を浮かべる。その上で真剣な表情になり首脳陣へと問う。
『世界が正常に動くのは何故じゃ?』
「ええっと?」
いきなりなミリュの問いかけにレイジは答えを窮し、他の首脳陣は眉根を寄せて唸るばかり、そんな中、ニカノールがなるほどと呟く。
「つまり神にとって世界とはビジュアルディスクのようなモノなんですな?」
『おお! それはとても分かりやすい例えじゃの。そうじゃ、世界が正常に動くのは世界というディスク映像を観測する、神という存在がいるから、だからこそ世界という形が定着するのじゃよ』
ミリュの説明にレイジはちょっと待って下さいと口を挟む。
「この世界の神は、もう距離を置いていると聞いてますが? それでは世界は……」
『ああ、説明が足らなかったの。神の観測とは、世界が世界として定着させる為に行われるのじゃ。世界が安定して一個の強固な世界として存在し続ける軌道に乗ったら、神はそれをもって親離れ子離れをし、観測業務から手を引くのじゃよ。まぁ、神は全知全能の万能な存在じゃから、離れたからといって見ていない訳じゃないがの』
「ああ、なるほど、そういう……」
レイジは納得し、他の首脳陣達も概ね理解できたのか頷いている。そこへミリュが件の邪神の名前じゃが、と口を開き、まずは神の名前の説明が必要か、とそちらの説明から始める。
『神フェリオが偽名というのは言い方が悪いが、そうじゃの……役者の芸名、作家のペンネーム、あるいはコードネームのような感じだと説明すれば良いか……神としても感謝や純粋な祈りのような感情を向けられるのは好むからの、自分の根源に影響を受けない程度に自分と紐付けされる名前を用意するのじゃよ』
これが神フェリオが偽名と言った理由じゃよ、とミリュが説明すると、レイジが少し考えてから疑問を問いかける。
「……あの、素朴な疑問ですが、本名と言って良いかどうかはわかりませんが、本当の名前の方が信仰を受けた時、より多くの恩恵を受けられるのでは?」
レイジの言葉にミリュはニヤリと笑う。
『逆じゃよ逆』
「逆、ですか?」
『そう逆じゃ。知的生命体の想念というのは厄介での、神はそれを概念兵器と呼んでおる』
ミリュの説明にニカノールがなるほどと手を叩き、何て難儀なと呟く。
『さすがはア・ソ連合体に現れた最強代表じゃな……本名を出して信仰など集めてみよ、あっという間に本来の神格を失うどころか、その本質まで知的生命体の想念という名の暴力にさらされ、全く違う存在へと歪められて仕舞いじゃ』
「なるほど、だから逆だと」
レイジも納得し、それからアレっと呟いて女王ミリュの得意気そうな顔へと視線を向けた。
「アダム・カドモン、本名?」
レイジの確認にミリュはそれはそれは楽しそうにニタァと笑って頷いた。
『こう見えて妾は
ケッと唾でも吐きそうな口調で言うミリュに、レイジは面白くなってきたという表情を浮かべる。
「アダム・カドモンは最弱の邪神である。アダム・カドモンは人間に殺される為に生まれてきた。アダム・カドモンは愚かで知能が低い全知全能から一番遠い存在である」
レイジが早口で一気に捲し立てるように言うとミリュがニヤリと笑って頷く。
『うむ、理解出来たようじゃな。そうじゃ、間違い無く神じゃが、
レイジが高らかにアダム・カドモンをこき下ろす言葉を叫び続け、ミリュの声が聞こえていない様子だったが、レイジの代わりに紅茶などの給仕業務をこなしていたレイジ妻が、ミリュの疑問に答えた。
「確かア・ソ連合体でワゲニ・ジンハンが急に幽霊船団へと化けて、その中にいた自意識のある人物が、邪悪なる神アダム・カドモンが使徒、と名乗りをあげてました……ただ――」
『ふむ、ただ?』
レイジの妻は言うか言わないか少しだけ葛藤をしたが、必要な事だろうと口を開く。
「わたくしが確認したのはアベル・デミウス・ジゼチェス様が遭遇した映像でした。その映像でアベル様の名前を聞いたフランク・カリオストロを名乗る人物が、腹を抱えて笑ったんです。馬鹿だ馬鹿がいる、何だこれと言いながら」
『ふむ?』
ミリュが小首を傾げるのでその時の映像を呼び出し、実際に首脳陣へ見せる。彼らがそのフランク・カリオストロの狂態にドン引きする中、ミリュは興味深そうに映像を見ていた。そして、納得したようにレイジ嫁を見る。
『これはどう見ても、邪神を馬鹿と言っているんじゃな?』
「はい、どういう訳か、国王陛下に近しい間柄の人間にはそのように感じるようで。実際そこでトリップしているうちの宿六も、自分が産み出した存在に馬鹿だって爆笑される邪神ってどうなん? って失笑してました」
『なるほどのぉ』
レイジ嫁とミリュの言葉に、ただフランクの狂態ばかりへ目が言っていた首脳陣が驚きの表情を向ける。
『となると……こやつは神の
「故意に告げたと考えた方が自然です」
レイジ嫁の断言に、各国首脳は唸り声を出し、ミリュはなるほどのぉと嬉しそうに天へと視線を向け、静かに祈りを捧げた。
『そやつらには報いてやらねばならぬ、が……難しいのぉ。さすがに魂へ干渉するような技術はない……ないよな?』
「さすがにそれは不可能です。まさに神の領域ですので……もし仮にやれたとしても、国王陛下が許可を出しません。技術馬鹿のマッドな気質なお方ですが、そういう部分の線引きは驚く程しっかりしておられますので」
うちのパパン、そういう部分の信頼度めちゃ高ですよ、と可憐に微笑むレイジ嫁に、ミリュはうむうむと頷く。
『これで妾が、かの神の名前を呼ぶべきだ、と言った理由は納得出来たかと思う。利用方法は現在レイジが行っている事を大勢にやらせれば良い。だが注意も必要だ』
いつの間にかレイジから主導権がミリュへ移っている状況に、うわはははははと邪神をこき下ろしているレイジの頭へ容赦ない拳を叩き込むレイジ嫁。
「あいたーっ!?」
「仕事中でございます、宰相閣下?」
「はひぃ! すいません!」
強制的に正気に戻ったレイジを、席へグッと押し込むように座らせ、レイジ嫁は失礼しましたと優雅に一礼すると退室していった。それを苦笑で見送ったミリュが、改めて口を開く。
『こほん、
「心から馬鹿にして見下し名前を呼べばそのままの効力、恐怖に歪み絶望の中で名前を呼べば確かにそれは邪神となる、ですかな?」
『うむ、その通りじゃよ。なので当面は上級将校のみに限定して呼ばせ、いざ優勢へと傾いたら、民衆達にも参加してもらう、というのが望ましいじゃろ。さすがに腐っても神じゃし、何をやらかすか分からぬからの』
「それもそうですな」
ミリュとニカノールの言葉に、レイジがにっこり笑って言った。
「はい、ですので飛びっきりの策をご用意しました!」
まるでいかがわしい商人のような口上を言いながら、はいどん! とスクリーンにレイジが言うとびっきりの策とやらの内容が映し出される。それを読み込んだ皇帝が、物凄く嫌そうな顔をしてうわぁと呻いた。
『ライジグスは関わる人間が全員タツローさん化か、デミウス化でもするように出来てるの?』
心底嫌そうな皇帝の言葉に、レイジはにっこり笑って礼を言う。
「お褒めいただき恐悦至極」
『褒めてねぇよ! 思いっきりディスってんだよ! 察しろよ! 馬鹿なのかよっ!』
パパンに似ただなんて褒め言葉じゃないですかヤダーと、皇帝を馬鹿にするような事をレイジが口にし、皇帝も皇帝でそれを真っ向から受け止め、かなりの暴言を吐き出す。それを腹を押さえて青い顔をしたスーサイが、弱々しくやめましょうよと言うが、全く効果は無い。
そんな二人を完全に放置した各国首脳は、レイジが表示した情報に、呆れが大量に含まれた視線を向ける。
『妾とアリアン、アリシアを求めたのは各国をまとめる為じゃろうと思っていたが……他にもこんな手を考えていたとはのぉ』
「というか、こんなに稼働してないレガリア級のコロニー・ステーション、人工惑星が存在していたとは……」
『フォーマルハウトの国家予算の何億年分でしょうかねぇ』
『現実感がないねぇ……おっさんびっくりだわ』
レイジの作戦。それはマスター登録がされていないレガリア級のコロニー・ステーションをライジグスのサポートAIで登録してしまおう、というモノだった。
実際、現在ファルコンとパピヨンが動いており、すでに何基かのコロニーのマスター登録の上書きは終わっている。これが第一段階。
第二段階はマスター登録が完了したコロニー・ステーションが保有するレガリア級艦船の譲渡というオブラートに包んだパクリ……善意の提供を受ける事だ。
この艦船にライジグスが持つ技術を導入、現在ライジグスで使用している制式統一規格艦を大量に製作する。これが第三段階。
そして第四段階。戦力の補充が十分であると確定した段階で、女王ミリュ、アリアン帝国第一皇女、アリシア初代大統領との結婚を全宇宙を向け喧伝する。それと同時に、帝国、神聖フェリオ連邦国、フォーマルハウトを円満に併呑したライジグス統合統一国の樹立を宣言。用意した艦船で邪神へ立ち向かう聖戦を開始するという感じだ。
「ア・ソもどさくさに紛れていれてしまいましょう」
「ニカノール氏?!」
「このままでは置いていかれるのは目に見えてますし、なーに私がライジグスの高官としてア・ソ連合体の権限を守るために出向したとか何とか理由を付ければ大丈夫大丈夫」
はははは、と爽やかに笑ってとんでもない事を言うニカノールに、隣のラサナーレは素晴らしいですわと小さく拍手をし、ミリュは心強いのぉと目を細める。頭を抱えたのはレイジとスーサイだ。
「未来に禍根を残すような事はしたくないんですけど」
『ニカノール殿までライジグスに入られると、帝国がですね』
平気平気と笑うニカノールに、レイジは結局何も言えなくなり、スーサイは現実逃避気味に、俺も妻と一緒にライジグスへ転職しようかしら、と呟くのであった。
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