第255話 抵抗する者達 ②

 首都下層区画ゴミ処理施設。それは帝国首都地下施設であり、本来の使われ方は上層部のゴミを集積所に集め、そこからダストシュートを使って五つある処理施設へと回される仕組みになっている。


 地球のように燃えるゴミ燃えないゴミ、資源ゴミ、プラスチックのような分別はされておらず、一括して落とされたそれらは、施設のコンピューターのよって判別され分別される。これが地下のゴミ処理施設本来の使だ。


「冗談、キッツいわぁ……」


 ゴミ処理施設五番炉のある区画へ突入したライジグス強襲装甲騎兵カノエ隊は、目の前の光景に絶句していた。


 ゴミが詰まった時の為だろう、ダストシュートは材質不明の半透明なチューブ状になっており、そこを落ちてくる物体が見えるような作りだった。


 問題は、そのチューブを落ちてくるモノだ。


 上で暴れている邪神眷属の仕業か、それとも別のナニかがいるのか、現在チューブの中を生きた人間が落ちてきている。彼らはそのままゴミ処理施設へと吸い込まれていき、しばらくすると耳を塞ぎたくなるような咀嚼音が聞こえてくるではないか。


「ベースキャンプ!」

 

 ゴミ処理施設四番炉では見られなかった状況に、サリューナは通信を繋げ怒鳴るようにベースキャンプを呼び出す。


『見えている。ダストシュート入口のある地点へ現在近隣にいる隊を向かわせている』


 ムカつく程に冷静に、腹立たしい程事務的にリュカが返事をする。いや、バイザーに表示されている顔色の悪さからすれば、あえてそうしているのだろうか。それとも他のゴミ処理施設の方が状況が悪いのか。どちらがどうかは分からない。知らせる必要がないとリュカが判断しているのか、何も言わないという事はそういう事だ。


 まったく嫌になるわ、と小さく愚痴を吐き出しながら、施設の入り口へと視線を向ける。


「中に何がいるっていうのかしらね」


 サリューナは弱々しく呟きながら、背負っている大型銃器レールガンを両手に持ち、部下達へ合図を送る。


「はあ……給料が高くて、福利厚生も手厚く、何より生存率を高める最新鋭の技術を回してもらえる夢のような職場だけど」

「宮仕えの悲しみかな、やっぱり私たち兵隊さんなのよねぇ」


 わざとおどけるような口調でぼやく部下が、それぞれに巨大な斧を持ち、施設の入り口の両脇で構えたまま待機する。そこへサリューナの大型銃器レールガンが巨大な弾を吐き出し、そのまま施設の入り口を破壊して奥へと飛んで行く。


「異常無し!」

「敵性反応無し!」


 入り口が破壊された瞬間に中へと飛び込んだ二人から、安全確認の声が聞こえると他の部下達が用心深く施設へと突入する。サリューナは銃器を背負い直し、腰にぶら下げた軽機関銃(AMFだからそう見える)を構えて最後に施設へ入った。


 施設の中はビックリするくらい普通で、無人なのを除けば、役所のような印象を受ける場所であった。


「レナリア、建物全体のスキャニング開始して」

「了解!」


 サリューナに名前を呼ばれた隊員が、背負っている携行観測機を展開し、建物全体の精密スキャンを始める。それを確認してから、残っている隊員へサリューナが指示を出す。


「スキャン終了後に、問題となっている場所への制圧を開始する」

「「「「了解」」」」


 それぞれがそれぞれに持つ武器のチェックを開始すると、スキャンを担当していた部下が慌てて口許を手で押さえたのを目撃し、サリューナは嫌な予感を覚えながら、部下が見ている映像をチェックする。


「……こう来たかー……」


 参ったねこりゃ、と乾いた笑い声を出しながら、遠くを見る目を天井へ向けるサリューナ。そんな頼れる隊長の姿に興味を持った数名が、同僚の観測機へアクセスし映像を確認して、見るんじゃなかったと後悔しながら口許を押さえた。


 そこに映っていたのは、歪な姿をした赤ん坊。頭部の右半分は人間、左半分は魚類。胴体は一見すると四足獣の物に見えるが、成熟した女性の乳房がブドウのように生えていてそこもマトモではない。右腕は極端に長く、手と思われる場所には五枚の翼が生えている。左腕は極端に短く、手と思われる部位にはハ虫類のような尻尾が五本生えている。足はマトモかと言えばやはり奇妙で、右足はバッタのような形状、左足はタコの足のような吸盤がある物がそれぞれ生えている。


「生きている人間をこいつが喰ってるのかしらね」


 現実逃避から戻ってきたサリューナが、青白い顔で呟くと、映像を見てしまった部下達は想像してしまったのか、耐えきれずにゲーゲー吐き出してしまった。


 彼女達とて軍人だ。宙賊の拠点制圧などでミンチになった死体であったり、手酷く扱われ辛うじて人間という姿をしている被害者などなど、それなりの惨状、修羅場は見ているし経験もしている。しかし、今回のこれは正直方向性が違い過ぎて、耐える耐えないの前に理性が否定するレベルだ。


「今のうちに映像を確認しておきなさい! 突撃してゲーゲー吐いて動けませんでしたでは話にならないわよ!」


 サリューナの言葉に、部下達はかなり及び腰になりながら確認し、数人が吐き、数人が現実逃避をし、数人がちょっと錯乱した。


 そんな部下達に少しの同情を向けながら、それでも仕事は仕事と切り替えて、観測機を確認している部下へ問いかける。


「レナリア、場所は?」

「……地下の焼却炉ですぅ……」


 弱々しい返事に仕方ないなと苦笑を浮かべ、どんよりとした部下達の尻を叩く。


「制圧に向かう! 直視してケロケロしたヤツは追加の訓練があると思え! 行くぞ!」

「「「「了解」」」」


 士気が駄々下がり状態であったが、時間をかけてケアをしている猶予は無い。サリューナは一抹の不安を感じながらも、命令を下さなければならなかった。


 いまいち動きが鈍い部下達を叱咤激励しつつ、焼却炉へ続く道を探し進むが、施設はごっついパワードアーマーで行軍するような作りになっておらず、なかなか思うように進ない。


 時間が押している事もあって、施設を破壊するような形で先へ先へと進む。突入から十分の時間をかけて、何とか力業で焼却炉の前の防御隔壁までたどり着く事ができた。


「各自、武器のチェック! 安全装置外し忘れました、何て馬鹿をやらかしたヤツは懲罰房送りだからな!」


 サリューナのジョークに少しだけ笑いが漏れ、ちょっとだけ部下達の纏う空気が緩んだように見えた。


 それでも士気は低いんだけども、全くもう因果な商売だわ、と内心でボヤキつつも気持ちを切り替えて叫んだ。


「コンバットモード!」

「「「「セット!」」」」


 サリューナの号令に全員のAMFのヘルメットが装着され、妖精と契約をしている隊員達は妖精とのリンクが本格的に繋がり、背中のジェレネータ格納部分が唸り声を出す。


「よいしょっ!」


 サリューナを含む大型銃器レールガンを持つ隊員が、厳重にロックがかかった防御隔壁へ向けて大型弾を発射する。


 弾は問題なく隔壁を貫通し、AMFが余裕で通れる穴を空けた。タイミングを計っていた近接武器を携行する隊員達が流れるように中へと突入した。


 大型銃器レールガンを背負い直し、軽機関銃へと持ち替えたサリューナ達も中へ突入、一際巨大な反応のある方向へ銃口を向けた状態で中の状態を確認しようとする――が……


『まぁんまああああぁぁぁぁぁぁぁっ!』

「「「「っ?!」」」」


 冷静に状況を確認する前に、突如として目の前の歪な赤ん坊が吠えた。しかも精神に直接攻撃をしてきたのか、数人の部下がその咆哮で気絶してしまう。


 気絶をした部下を、咆哮を耐えた部下が慌てて後方へと引きずり、瞬間呆然としてしまったサリューナは、それを見てすぐに正気に戻って指示を叫ぶ。


「妖精のサポート! アンチサイキックフィールド急速展開!」


 妖精と契約している部下達から歌声が聞こえ、AMFのシステムが稼働し精神感応系統の攻撃を防ぐフィールドが発生する。


「ガンナーアタック!」


 気絶している部下を引き摺る他の隊員達の前へ立ってサリューナが号令を飛ばすと、銃器を携行していた隊員達が赤ん坊へと集中砲火を食らわせる。


『おんぎゃあああああああぁぁぁっ! まあんまぁぁあああぁぁぁぁあぁぁっ!』


 再び赤ん坊が叫ぶが、今度はアンチサイキックフィールドのお陰か、気絶をする隊員は出なかった。


「近接は厳しい! 各員、銃器にて対応せよ!」


 機関銃の形をしたレールガンを連射しながら、サリューナが指示を飛ばせば、近接武器を持っていた隊員達が、バトルライフルと持ち替え、サリューナ達の射線を塞がないようにしつつ前へ出る。


『うあぅぅぅぅうぅぅ! まんまあぁっ! まぁんまあぁぁぁぁぁぁっ!』

「うるさい! 吠えるな! 早くくたばれっ!」


 キレ気味に隊員の誰かが叫び、それに同意するように隊員達の射撃の密度が上がっていく。しかし、巨体だからかそれとも生命力がそもそもケタ外れなのか、傷を負って血液と思われる液体も流しているのに、弱っているように見えない。


「リュンクス! 光子バズーカ!」

「うぇいっ?! ここでですか!?」

「やれ!」

「りょ、了解!」


 埒が明かないと判断したサリューナが、ごっつい大きな筒を背負う隊員に指示を出すと、指示を出された部下はマジでという表情を浮かべ、本当に大丈夫かなぁとブツブツ呟きながら背中の大筒を肩に担いだ。


「ライーナ、フェレミィ補助!」

「「了解!」」


 大筒を担ぎ、発射口を赤ん坊へ向けて構えた状態で固定した隊員に、他の隊員が補助に入る。


「エネルギーチャージ入るっす!」


 大筒を構えた隊員の言葉に不穏なモノを感じたのか、赤ん坊が人の目と魚類の目を開いて、ギョロリと隊員を睨む。


「ひぇっ!」


 虚ろな白濁した人の目と、生気を一切感じない魚類の目を向けられた隊員は、小さい悲鳴を出し、担いでいる大筒を揺らしてしまう。


「動くな!」

「維持した状態で目を閉じてろ! 狙いはこちらでやる!」

「す、すまないっす!」


 同僚の言葉にぎゅっと目を閉じ、びしっと大筒を保持した状態で動かなくなった同僚の代わりに、システムをリンクした補助の二人が状況を確認する。


「エネルギーチャージ完了!」

「隊長! 狙いは!」

「ドタマ潰してやれ!」

「了解!」


 光子バズーカのターゲットを赤ん坊の頭にロックすると、保持をしている同僚の体が勝手に動いて発射口を赤ん坊の頭へ向けた。システムのサポートでAMFを直接動かし、狙いをつけたのだ。


「発射!」


 気合いの入った叫びと一緒に、空間を飲み込むような輝きが解き放たれた。それは一直線に赤ん坊の頭部へと向かい、赤ん坊が寄りかかっていた場所ごと抉るようにして消し飛ばした。


 頭部を失った赤ん坊は、その体から力を失い、やがて四肢を投げ出すように脱力する。それでもサリューナ達は攻撃を続けていたが、ピクリとも動かないのを確認して銃撃を止める。


「やれやれね……レナリア! スキャンをお願い!」


 敵は死んだと判断し、メイン中枢炉への攻撃はどうなっているかの確認をするためのスキャンを要請する。


「は、はいっ!」


 自分の指示にあわあわしながら動く部下を微笑ましげに見ながら、頭部を失った赤ん坊から大筒、光子バズーカを片付けるのに四苦八苦している部下へと視線を流す。


 装甲騎兵が携行できる最大にして最強の威力を誇る武器、光子バズーカ。帝国に支援へ向かうという話が決まった時に、技術開発部の一番偉い女性がやって来て、必ず必要になるから持ってったって、と押し付けられた武器だ。


 存在そのものは知っていたし、威力が携行タイプの武器ではないという噂を聞いていたので、持っていく予定ではなかったのだが……まさかこれを予想してたとか言わないだろうなぁ、とサリューナが薄ら寒さを感じていると、スキャンをしていた部下が悲鳴を上げる。


「どうした!」

「エネルギー動力パイプから来ます!」


 何が、とは聞かなくても分かった。頭を吹っ飛ばして倒した赤ん坊の体が前のめりに倒れたかと思えば、その背後にあった大きな穴から、にゅっきりと赤ん坊そっくりの姿をした化け物が次々と這い出して来た。


『『『『まぁんまあぁぁぁぁぁぁっ!』』』』


 小型にはなっていたが、その姿は成長したようにも見え、より気持ち悪さが際立つ造形になっており、さすがのサリューナもムカムカとしたモノが込み上げてくるのを感じずにはいられなかった。


「第二ラウンド開始かしらね」


 この仕事終わったら、絶対にエデンで遊び倒してやる! そう決意しながら軽機関銃の銃口を化け物達へと向ける。


「ガンナーアタック!」


 装甲騎兵隊の一日は終わらない。

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