第256話 抵抗する者達 ③

 アルペジオ中枢区画にある、超空間通信を前提とした統合情報統括処理室。別名シェルファの館。


 ライジグスが日進月歩で開発を続ける技術をふんだんにつぎ込み、情報処理オペレーティング能力がバグっている人材を在中させたそこは、まさにライジグスの頭脳と呼んでも差し支えない部署である。


 本来ならば館の主である正妃シェルファが詰めているべき場所であるのだが、彼女はゼフィーナやリズミラ、ファラからタツローの側で見守っていて欲しいと要望を受け、高度医療区画で寝泊まりしているので不在である。その代打として、才妃マリオンが詰めていた。


 完全裏方の目立たない彼女であるが、直近の工作艦ブルーエターナルでの活躍もあって、知名度が上がり麗しの水霊姫ウンディーネなどと呼ばれるようになっている彼女であるが、実は情報処理能力がシェルファに次いで高いという事実はあまり知られていない。


 本来ならばシェルファにしか扱えないはずの、彼女専用に作られた統合統括情報処理端末Vレイジングコンソールシステムに入り込み、シェルファ並みの動きで使いこなしている姿は、その場に詰めている多くのオペレーターの度肝を抜いていた。


「手が止まってますよ」


 確実に脳がバグりそうな瞳の動き、ありとあらゆる場所にポップアップするウィンドを瞬時に追う、かくかくし過ぎて最早ホラーな動きをしながらも、そんな状態でもしっかり自分達を見ていたらしい、マリオンの優しい注意に気を引き締めて、オペレーター達は自分の仕事に向き合う。


 その様子を視界の隅に収めながら、マリオンは帝国の強襲装甲騎兵隊からの情報、フォーマルハウト近衛機甲大隊からの情報、北部ティセスコロニーのドミニク領主、リーン提督からの情報、ルヴェ・カーナ以外の極地開拓拠点施設からの情報等を総合的に俯瞰視点で見て、溜め息を吐き出す。


「つまりは全ての場所で発生している眷属以外の、気持ち悪いナマモノ達は共和国方面を目指して動いている、という事ね」


 タタンとコンソールを叩くと、正面の巨大なメインスクリーンに宇宙図が表示され、肉塊やら蟲やらの怪奇生物が大発生しているポイントが点滅、そこから更に移動を開始しているモノをラインで表示させて、移動先と思える方向にラインを伸ばせば、そのラインが交わる地点は共和国の最奥、共和国のデータベース上では空白ブランク宙域とされている場所へとたどり着く。


「レイジ宰相」

『はい、やっぱりそうなりますか』


 情報室と大指令室は常時通信が繋がったままの状態が維持されており、マリオンの呼び掛けにレイジがすぐに反応し、マリオンが読み取った情報を見て、ううむと唸る。


 以前の彼ならばもう少し可愛気のある反応をしただろうに、タツローが目の前で殺されかけてから、一気に少年から青年へと成長してしまった。それが少し残念ではあるが、タツロー不在の現在、これ程頼れる宰相はいないと多くの信頼を獲得している。タツローがいないという穴を、レイジはしっかりと埋めていた。


『そしてこれまた綺麗に抜けて行きますなぁ』


 マリオンが昔を、具体的にはフォーマルハウトでクソガキムーブをかまして、ちょい中二病ちっくな『俺の右腕に封印された禁じられし魂がぁ』(マリオン視点です)な彼を思い出していると、レイジが宇宙図のとある宙域を黄色いラインで丸く囲む。


 意識を切り替えてそれを見たマリオンは、レイジが何を思ってそこを気にしたのかすぐに理解し、その部分の情報を引き出す。


「……レイジ君が気にしてる宙域、全部ライジグス所属のコロニー・ステーションとの間隔が同一?」

『……やっぱり、そう来たか』


 レイジが気にしていたのは、ライジグスグレートラインと呼ばれている、ライジグス所属のコロニー・ステーションがライン状に広がっているラインの途中の宙域だった。


 もちろんライン状にひしめき合って実際に線になっている訳では無く、一定の距離を保ったように点在するコロニーやらをラインで結ぶと、といった物だ。そのコロニーとコロニーの間を通り抜けなければ、共和国側へと向かえない、という宙域。実際にそこを通っておらず、あくまでも予想でしかないが……ラインが通ると思われる場所が、全く同じコロニー間隔である分析結果が出ていた。


「という事は……」


 もしかしてと思い、マリオンはコロニーの中枢へ向かって攻撃を開始した帝国とフォーマルハウトの情報を再分析して、目的の物をすぐに見つける。


「帝国のゴミ処理施設から排出される、再リサイクル不可能なガス等を排出する排出口の方向、それとフォーマルハウトで侵攻を受けている物資搬入口の向いている先が――」


 スクリーンに新しい情報を加えると、やはり見事に共和国空白ブランク宙域へと向かうラインになった。


『怪奇生物がどのように邪神(笑)とやらの力となるか、そのメカニズムを解明する気にはならないですが……うむ、邪魔しましょう』

「ですよねー」


 ライジグスで一番冷静でいなければならない人が、実は一番キレている不具合。マリオンは目の前で邪神よりも悪辣な表情で嗤う青年に、ほどほどにねと苦笑を向ける。そんなマリオンに対し、レイジが血走った目でくわっと睨み付ける。


『マリオン様達タツロー嫁軍団は良いですよ! 何かすっかり落ち着いて、それこそ意識不明なんてファッションで、明日にでも起き上がって、ああー良く寝た! とでも言っててへぺろしそう、みたいな感じですがね! 私はそこまで達観して待っていられる程、肝は大きくないのですよ!』

「いや、私に言われましても……」


 そうなのだ。ルル大人化事件後、ルル=ガイアとか珍妙生物認定された王女様の断言を聞いてから、タツロー嫁軍団の悲壮感はどこかへ消えていってしまった。いや、その瞬間から不安が、絶対に大丈夫だという確信に変わったと言っても良い。


「まぁ、レイジ君達が怒るのも分かるんだけどね……説明しづらいんだよ、この感覚」


 確かに目の前で邪神に貫かれたのを見た時、彼女達は全てを失ったと絶望した。その後、スティラ・ラグナロティアへ運び込まれた愛する夫の姿に嘆き悲しんだ。だが、必ず帰ってくる、今も必死で足掻いているという趣旨の言葉を聞いてから、ああと納得してしまったのだ。そして声も聞こえた。


「嫁が待ってんだよ! 邪魔すんな! って声がね、あの時聞こえた気がしたんだ」


 水霊姫ウンディーネと呼ばれるだけはある、美しくも清浄な微笑みを浮かべて言うマリオンに、レイジはジト目を向けながら、ケッと吐き出すように言う。


『……惚気ですか?』


 レイジの言葉にパタパタ小さく手を振り、うんとうんと、と可愛らしく呟きながらマリオンが感じているナニかを言葉にする。


「違う違う。何て言うのか……ああ、もう絶対私達は本当に死が別つまでずっと一緒にいられるんだ、っていう確信に魂を掴まれたって感覚?」


 どうよ! とドヤ顔でマリオンが断言すると、レイジは胡乱な表情でウガーと叫んだ。


『惚気じゃないですかやだー!』


 レイジの叫びにボフンと顔を真っ赤に染めたマリオンは、何で分かってくれないかなと叫び返す。


「だから違うの! 上手く言えないんだけど!」


 そんな上二人のやり取りを、既婚者どころか彼氏彼女すらいない独り身連中が、どんよりした目で見つめている事に気づいていなかった。


「ライジグスってさぁ、なんかカップルの仲良し度というか親密さが、他国より馬鹿高いよなぁ……羨ましくなんかないけど」

「基本、男が女性に対して優しく紳士っていうのがあるとは、知り合いから聞いているがな……羨ましくなんかねぇよ、けっ」

「下心が無いように扱うってのは凄いよね……扱われた事なんて無いけど、ちっ」

「なんか傾向はあるらしいよ。肉食系は凄いモテないみたいな……私、どっちかと言え草食系だと思うんだけどなぁ……はぁ」


 独り身オペレーターの怨嗟を前に、既婚、もしくは恋人がいる連中が必死に存在感を消して仕事に集中する。


「「「「どっかに良い女(男)いないかなぁ」」」」


 声を揃えて言う独り身達の独白に、多分、そういう部分が邪魔してると思うんだけど、と既婚、恋人持ちは思ったが口には出さなかった。


「気がつけば職場が修羅場」

『私は助言出来ませんよ? 気がついたら外堀埋まってましたから』

「私達も無理かなぁ、どっちかと言えば超肉食だったし」

『まぁ、お母様方は、ねぇ?』


 やっと職場の雰囲気に気づいたマリオン達が、部下達の言葉に色々察し、何とも言えない微妙な表情を浮かべて眺める。


『こほん、では引き続き情報の分析をお願いします。私は邪神(笑)の妨害工作に入りますので』


 レイジはキリリとした表情を浮かべて姿を隠し、残されたマリオンは逃げたなと呟きながら、最新の情報へ意識を持っていく。


「……さすがに、二十四時間ずっと抱き締められているような感覚、は義理の息子でも言えないよねぇ……」


 情報のチェックを行いながら、マリオンがうっとりした口調で呟くと、それが聞こえてしまった部下達から激しい、それこそ拍手かと思うレベルの舌打ちが飛ぶのであった。




 ○  ●  ○


「だーぁもぉー! 何だよぉーっ!」


 思い出爆弾終了しました! どうもタツローです! 何てやってる場合じゃねぇ!


「ふんぬらばっ!」


 映画館でのカタカタ体験が終わったと思ったら、今度は年末にやるような巨大アトラクションゲームのような場所へ転移させられました! どちくしょうっ!


「嫁が待っとると言っておろうがぁっ!」


 気がつけば何故か持っていたエクスカリバーで、坂道を転がり落ちてくる大岩を一刀両断で斬り捨てる。これが出来るようになるまで、何度この大岩君に潰されかけ吹っ飛ばされた事か……恨み骨髄じゃぁっ!


「ぜぇぜぇぜぇぜぇ……くそぉぅ」


 そして大問題が一つ。どうやら身体強化調整が消えている感じが凄いする。まぁ、外見年齢的な肉体感覚なので、そこは助かってるが……これが元の四十後半のおっさん肉体だったら、ここまで頑張れた気がしない……


「ちっくしょう……ゴールが見えねぇ」


 ダラダラ流れる汗を手の甲で拭い、アトラクションを見上げれば、全然ゴールが見えない状態どころか、がんがん新しいアトラクションが追加されていくんだけど……クソがっ!


「これ、マジだろうなぁ……」


 どうしてこのアトラクションをクソ真面目に攻略しているかと言えば、所々に立てられている看板に、ゴールで嫁達が待つという文言が……


「摩訶不思議空間で、こんなモンにすがらないとならねぇとか、素晴らしく情けねぇなぁ……」


 そもそも、あの真っ黒クロ助に刺されたのがなぁ。でもあの時のあの声って――


 ピュイイイイィィィィィィィ!


「だぁー復活するんじゃねぇ!」


 奇妙な笛の音に、大慌てでダッシュを決める。この笛、大岩君が再装填された合図である。何の音かしらとぼんやりしてたら大岩君に吹っ飛ばされた思ひ出。


 ちな吹っ飛ばされると、もれなくスタート地点に戻される。そしてそして、この大岩地帯まで戻ってくるのに、体感的に確実に半日レベルの時間が必要である。けっ! どちくしょうがっ!


「待ってろよっ! 絶対ゴールしてやっからっ!」


 うおおおおおおっ! と走って、インビジブルして突貫してきた大岩に吹っ飛ばされました。


「あぁいるぅびぃーばぁっくっ!」


 吹っ飛ばされた先、真っ黒な空間に俺の叫びが木霊する。これなら羞恥心をガリガリ削られる映画館の方がマシだった……


 もうね、実家かと思うレベルで見慣れたスタート地点に立ち、俺はうんざりした気持ちを抱えながら、重たい足で走り出した。


「うおぉぉぉぉおおおぉぉぉぉっ! 嫁達ー俺だー結婚式やろうぜー!」


 まだやってないからね、帰ってもろもろ終わったら、盛大にやってやるぜ!

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