第254話 抵抗する者達 ①

「行って参ります父上」

「うん、こっちはシーゲル中心に回すから、アリアンは自分の事に集中して」

「ありがとうございます」


 グランゾルト家の象徴、クリムゾンレッドの軍服を着こなし、その上からライジグスの紋章がデカデカと刺繍されたダークブラックのマントを羽織ったアリアンが、ほのぼのぉーという表情で見送る皇帝を苦々しく睨みながら、緊張気味に振り返る。


「……やっぱり場違いぃ……」


 誰にも聞こえないように注意しながら呟く。そこには絢爛豪華な正妃の正装を纏う、ライジグス正妃ゼフィーナとリズミラが立っていた。


 同性だというのにうっとりしそうな美貌の二人を前に、ちんちくりんな私がこんな人達と並んで良いの?! ってかやっぱり正妃とか無理ぃっ! と内心で悲鳴を上げるアリアンの肩を、二人がむんずと掴む。


「おっそいわっ!」

「時間は有限なんですよー? お分かりー?」

「ひぇっ!?」


 アリシアとの通信後に一旦は覚悟を決めたのだが、やっぱり無理っ! と逡巡すること十数回。出迎えに来ていた二人を約二時間近く待たせるという失態を演じてしまい、ちょっとだけそれに呆れて帰ってくれないかなぁなどと期待なぞしていたりもしたのだが、当たり前に許されなかった模様。


「まぁまぁ、まりっじぶるーってヤツだって、初婚なんだし許してやって」


 あははははとキラキラ輝く笑顔でのたまう皇帝に、アリアンはじっとりとした目を向ける。こいつ、私が嫁に行って授業ちょうきょうが無くなるなんて能天気アホな事を考えてるんじゃ? と勘ぐる。


 皇帝の様子とアリアンの様子を見て、ゼフィーナがどこぞの宰相を思わせるニヤリと悪い顔で笑うと、皇帝を震え上がらせるような事を告げる。


「ああそうだ。皇帝があまりに酷いという話をうちの義理の息子レイジが聞いていてな、これから対等な関係になるのにトップがアホでは困りますからビシバシしますね、と言ってたぞ?」

「ひぇっ?!」


 まるでタツローに叱られたように縮こまる皇帝に、アリアンは少しだけ溜飲を下げる。


「アルペジオへ戻るぞ」


 二人に両肩をガッチリ掴まれた状態で、アリアンは宇宙港に係留されているパラス・アイギアスへと連行された。


 後にシーゲルは語る、まるで叱られて家出をした子供を親が確保して、説教をされながら引きずられる様であったと。




 ○  ●  ○


 アリアンがゼフィーナ達に連行されていた頃、帝国下層区域へと潜ったライジグス強襲装甲騎兵と、ダンガダム家の私設軍隊、ヴェルモント子爵私設軍隊はコズミックホラーな体験をしていた。


「これ、全部、元人間?」


 サリューナがバイザーの観測装置を使い、目の前の巨大な肉の塊をスキャンした結果におののく。


 老いも若きも男も女も関係なく、下層区域にあるゴミ焼却施設へ、べったり張り付くように融合しているソレの正体を知ってしまい言葉を失う。


 それは帝国側の軍人達も同じで、サリューナに嘘と言ってくれと懇願するような視線を向ける者もいる。だが残念ながら、ライジグスで最新型へバージョンアップされたばかりの観測機器は、目の前の肉塊が人の集合体だと告げている。


 この場所にたどり着くまでの間、目につく肉の化け物は徹底的に焼却処分をしてきた。その事実が今はちょっと重たい。


 だが、ここで正気度を削っていても仕方がないと、サリューナがバイザーの通信装置を繋げる。


「ベースキャンプ、見えてる?」


 サリューナのバイザーに苦々しい表情をしたリュカの顔がポップアップし、非常に低い声で返答する。


『残念ながら素晴らしい解像度で見えている』

「なら良かった」


 リュカの皮肉をさらりと受け流し、サリューナは肉塊が融合しているような場所を重点的にスキャンを行いながら、その観測データをベースキャンプへ送信しながら聞く。


「これまで通りの対処でよろしいかしら?」


 どういう理屈で人間がこのような肉の塊へ変貌し、どのような過程を経てゴミ焼却施設へ張り付いたのかは知らないが、こいつらが完全にこちらを敵視している状況で放置はまずい。これまで通りに焼却処分で良いかとリュカへ確認を行う。


『……いや、問題発生だ』

「はあ……すんなり行くとは思ってなかったけど……どんな問題?」


 うんざりした口調でサリューナに聞かれ、リュカは端末を操作するように指示を出し、それに従ったサリューナが自分の携帯端末の立体ホロモニターを起動させて、帝国下層の立体地図を表示する。


『今、点滅させている部分が諸君らが今いる地点、ゴミ焼却施設四号炉だ』


 立体地図の一部が点滅し、そこが現在地点である事が一目瞭然で分かる。その点滅している施設から、今度は赤いラインが走り下層より更に下へと伸びていく。


『ゴミの有機物を取り込んだのか、それとも直接施設のエネルギーを吸収しているのか不明であるが、そいつらは成長しながらコロニーのメイン中枢炉へ向かって増殖を繰り返している。赤いラインがそれだ』


 リュカのさらりとした説明に、サリューナが目を向いて赤いラインの行方を追い、嘘でしょと頭を抱えながら叫ぶ。


「ちょっ!? それって!」

『ああ、このまま放置すると奴ら首都キュテ・キュプパスのメイン中枢炉へ到達する恐れがある。つまり首都が落とされる』

「「「「マジかよっ!」」」」


 思ったより深刻な状況に全員が悲鳴に似た叫びを上げるが、更にリュカは冷静に追加情報を加える。


『先ほどゴミ焼却施設、と言ったがな、下層には全部で五つの焼却施設があるんだ』

「……嘘でしょ……」


 リュカが何を言いたいのか理解してしまったサリューナは、弱々しい声を出しながら額を押さえ、コオノトのウェイドとバーバラも顔を青くし、ヘイとオツの隊員達もあまりの事態に顔を硬直させる。帝国の皆様方に至っては絶望の沼に沈み、どんよりしていた。


 本国に増援を要請はしたがね、と前置きをしてからリュカが、淡々と事実を告げる。


『いかにジャンプで瞬間的に増援が出せるとは言え、ライジグスの装甲騎兵の数は少ない。それに虎の子の近衛機甲の方は、こちらの状況を知ってフォーマルハウトへ救援に向かってしまい来れない。つまりは――』

「新設された他の装甲騎兵は完熟訓練中。ルブリシュのところの騎士団という手はあるけれど、アルペジオから動けない。私達でやるしかない」

『ご名答』

「はあっ! もおっ!」


 そんな事だと思ったわ! とサリューナがキレ気味に不満を吐き出し、他の部隊員達もやれやれと言った表情の苦笑を浮かべる。


『目の前の四号炉は一番増殖が遅い。まずはそこの処理をしてから他の処理施設へ向かう

形となる』


 安全第一、命大切にを守るリュカへ、サリューナはホロモニターの侵食状況を確認しながら厳しい表情で口を開く。


「いえ、ここはオツに任せましょう」

『ん?』


 怪訝そうな表情を浮かべるリュカに、サリューナは鋭い視線を向けながらホロモニターの状況を指差し、首を横に振る。


「迅速に確実に危機は回避すべきよ」


 サリューナの主張にリュカは、任せるよと苦笑を浮かべ肩を竦める。サリューナは小さく礼を言いながら、それぞれの部隊へ指示を飛ばす。


「時間が惜しい、猶予もあまりない、なので部隊を四つに分けます。コオノトはウェイドとバーバラで分かれて、それぞれダンガダムとヴェルモントの部隊と第一、第二処理施設へ向かって」

「「了解!」」


 ウェイドが大声で隊員達を振り分け、バーバラが帝国側の部隊とどのように動くかを相談する。その様子を確認しながら、サリューナは残った部隊へ指示を出す。


「ヘイは第三処理施設へ。カノエはこのまま第五処理施設へ向かうぞ!」

「「「「了解」」」」


 サリューナはそれぞれの部隊を指揮するリーダーを指名し、慌ただしく担当区域へと向かう。


「はあもお、帰ったら絶対休暇取ってエデンで遊び倒してやる!」

「それいいですね」

「私も彼氏連れて行こうかな」

「いつ作ったの?!」

「えへへへ、紹介してもらっちった」

「ちょっと誰に紹介してもらったの?」

「メイド隊に友達が居て、その友達の行き着けのお店でね――」


 女性だけのカノエでは良く見慣れた光景だが、危機的状況でありながら女性らしく姦しい。これが余裕から来るのか、生来のモノなのかは正直分からないが、頼りになるのは確かである。


「おしゃべりはそこまで! 走れ走れ走れ!」


 サリューナの叱責に口を閉じ、全力で駆け出すカノエは、まるで真っ赤な風のようになり、通路を駆け抜けていった。




 ○  ●  ○


 アルペジオの中枢、大指令室に陣取ったレイジは、各方面から飛んで来る情報を次々受け取り、その内容に目を通しながら最適と思われる指示を出し続けていた。


「先に帝国領内を荒らしている旧王家を名乗る反乱軍の処理をお願い」

『簡単に言ってくれる』


 通信先はガイツの特務艦隊だ。


 レイジの、ちょっとあれ買ってきて、な言い分に呆れた表情で苦笑を浮かべる。


「でも出来るでしょ?」


 何を言ってるんだかと呆れを滲ませるレイジへ、ガイツはへっと鼻で笑う。


『まぁ、俺も八つ当たりしたかったところだからな』


 ガイツはカリカリ頭を掻いて、ニヤリと笑いながら通信を切った。


「ふぅ……やはり、地方が厳しいか」


 流れてくる情報に目を向ければ、治安が悪い、犯罪組織が幅を利かせているようなコロニー・ステーションの被害が甚大。そしてある程度の治安が約束されている帝国やフォーマルハウトなどを、頭を使って落とすような動きが見られる。もしかしたら本能に根差した天然の可能性も無きにしろあらずかもしれないが、コロニー中枢へ攻撃の手を伸ばしているのは確かだ。


「そして神聖フェリオ連邦国に被害無し。神聖国に隣接するタフィム・ゼールからの侵略も見られない」


 トリニティ・カーム、ベイティナ・フィール、ルヴェ・カーナとライジグスが開拓し、拠点を築き上げた場所では、宇宙を浮遊して移動する肉塊の侵攻が確認されているのだが、タフィム・ゼールではその兆候がまるで見られない。


「……神フェリオのなにかしらが作用しているんだろうか?」


 レイジはマイナスエネルギーを中和する勢いのプラスエネルギー(仮)があれば、邪神の眷属は発生しないと予想した。だがそれだと、神聖国の状況が説明できない。なので、他に外的要因があるのではなかろうかと予想をつける。


「となると、もしかしてライジグスの状況もそれに似た感じなのでは?」


 レイジはうむむむと唸りながらも、器用に手と目と頭を動かしつつ、飛んで来る情報の取捨選択を続ける。そんな旦那の人外染みた活躍を見つめる嫁達は、どこか呆れ顔だった。

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