第253話 顕現する地獄 ⑧

 暗黒星団とは人間が挑むには過酷に過ぎる場所を指す言葉であり、この世界で生活をしている人々にとって、そこは自分達の生活圏外に存在する死地という認識である。


 かつては開拓船団などが送り込まれたりしたのだが、そのほとんどが壊滅、生き残っても廃人が帰ってくるだけとあって旨味が無いと、ありとあらゆる国家権力から見放された外宇宙という感じだ。


 そんな暗黒星団に近しい場所に必ず存在するのが、極地と呼ばれるとんでも空間。トリニティ・カームやベイティナ・フィール、タフィム・ゼールといった空間その物がどうにかしてしまったような異常がある宙域の、更に奥に隠れるように、暗黒星団と呼ばれる場所は存在している。


 北部辺境ティセスコロニーの更に北方にも極地ルヴェ・カーナが存在する。そしてその奥には誰も踏み込む事のない暗黒星団が素材してはいる。だが普段であれば、ライジグスにとってルヴェ・カーナは資源庫でしかない場所であるのだが、現在そこから無数の肉塊が吐き出され続けていた。


「ルヴェ・カーナの拠点の様子はどうか? こちらの防衛隊の出撃はどうなっている? 本国からの指示はあるか?」


 ティセスコロニーの統合指令室の一番偉い人が座る席に、何となく居心地が悪そうな顔で座るドミニク領主代行(代行は自称)は、頼りになるライジグス軍学校卒業生で構成されたオペレーター達に問いかける。


「現在、拠点防衛システムにて対応中。前回から間が空いて、物資が豊富に残っている状態での撤退を渋っているようです」

「ティセス防衛隊の出撃は完了。現在ルヴェ・カーナ方面に向かって陣形を整えつつ、巡航モードで移動中」

「本国からの通信では、リーン提督の艦隊の準備が整い次第、こちらへジャンプで来て下さるようです」


 まさに立て板に水。流れるように情報がもたらされる。ドミニク領主代行は、トントントンと机を叩きながら考えをまとめると、指示を飛ばす。


「拠点のスタッフの引き上げを開始。物資よりも人命を優先。渋るようなら技術開発部からの除名もちらつかせて良い。宰相閣下の名前を出しても良い許可は頂いている」

「了解しました。直ちに」

「防衛隊はルヴェ・カーナにヘッドオンした状態で待機。肉塊が引き上げスタッフを狙うようならば支援へ向かうように指示を」

「了解」

「リーン提督にはこちらの状況を逐一報告。私はこれがまだ前哨戦に感じている。本番はここからだと思う」

「了解しました。通信入れます」


 指示を出し終わり、ドミニクはじっと観測装置が映し出すルヴェ・カーナの極彩飾な、まるでオーロラのように揺らめく美しい現象を睨み付ける。それだけで、かつて自分がこのコロニーで死を覚悟した時のような圧を掛けられているような、そんな不穏な気配を感じているような気がした。


「杞憂だと良いのだが、私は不吉な予感を拭い去れない。すまないが、君達も楽な仕事だと思わず、異常事態の前触れだと言う気構えで望んで欲しい」

「「「「了解!」」」」


 慣れないフカフカの椅子に背を預け、ドミニクは静かに深く息を吐き出す。


「……前とは違う……」


 前回は本当に後が無かった。金は無いし、資源も無い、余裕も時間も無いの無い無い尽くしで、戦って奪うしか方法が残されていなかった。


 自分を利用するだけの野心を隠そうともしない自称策士の宰相。背景が全く見えない怪しい女商人。そんな不確かな力に頼らなければならなかった前回とは比べるまでもなく、今回は充実している。


「……大丈夫だ……提督が戻るまでの時間を耐えれば私達の勝ちだ……」


 ドミニクはぐっぐっと両手を握り、自分を落ち着けるように呟く。そんな自分達の領主をオペレーター達は微笑ましい瞳で見ていた。


「誰か言ってやれよ、ドミニク様は領主として凄い優秀ですよ、って」

「言っても信じてくれないのよ。お世辞でも嬉しいよ、ありがとうって言われるのがオチ」

「あの謙虚さを、俺の出身コロニーのバカ野郎領主が持っていればなぁ……」

「ドミニク様はあれで良いんだよ。どうすんだよ、レイジ宰相閣下みたいになられたら」

「「「「うん、今のままの君でいて」」」」


 小声でコソコソ話し合い、結局は毎度同じ地点に着地をし、お互いに苦笑を浮かべ合う。


「さあ、仕事仕事」

「「「「了解」」」」


 適度に良い気分転換が出来たと、程好い緊張感を持ったままコンソールへ向かうオペレーター達の表情に、一切の不安要素は存在していなかった。




 ○  ●  ○


 Side:帝国首都キュテ・キュプパス


「強襲装甲騎兵イヌイ隊アルファは大通りを、ベータは裏路地を中心に、シータは他二隊のバックアップとしてここに待機だ」

「アルファ了解。大通りを制圧します」

「ベータ了解。裏路地を確認します」

「シータ了解。一応ベースを敷きますか?」

「そうだな。負傷者が出るかもしれない。頼めるか?」

「了解。すぐに展開します」


 帝国皇女となったアリアンの出迎えにやって来たライジグスは、嫁入りの返礼という訳ではないが、限界を向かえつつある帝国衛士隊のバックアップと、邪神眷属の排除を目的とした作戦に参加するために、ライジグス強襲装甲騎兵を介入させる事を決定、迅速に対応が始まった。


「カノエはどう動く?」

「コオノトも借りて良いなら下層に行きたいのだけど」

「下層? 貧民街?」

「ええ」


 強襲装甲騎兵の先駆け的部隊であるイヌイ、カノエ、コオノト、ヘイ、オツの六部隊が帝国の問題解決に駆り出され、その六部隊をまとめる役割をイヌイ隊隊長リュカが担っている。そんなリュカへ、カノエ隊のサリューナ隊長が進言し、その内容にリュカが眉を寄せる。


「先ほどフォーマルハウトのアリシア様から助言というか推測というか、フォーマルハウトの化け物発生のメカニズムが、必ず治安が悪い場所から順々に始まっているという話が回って来ていて、帝国の被害も下から上へ登って来てるんじゃないかと」

「……なるほど……ウェイド! バーバラ!」


 サリューナの言葉にリュカは、コオノトの二人の部隊長を呼び寄せる。


「仕事か?」

「どんな用件かしら?」


 二人にサリューナの懸念を伝えると、すぐに確認すべきだと同行を許諾して貰えた。


「良し。ならカノエを中心として、コオノトも下層へ向かってくれ。状況を見てヘイとオツも使ってくれて良い」

「ありがとう。行くわよ!」


 赤いペイントで統一されたAMSを着込んだカノエが動き出し、それに追従する形で緑色のペイントで統一されたAMSのコオノトが続く。二つの部隊を見送り、リュカは展開されたベース、携行基地のプレハブ小屋のような場所へ潜り込む。


「化け物共の発生状況は?」


 ライジグス謹製空間拡張能力付きの小屋の中はかなり広く、各種専門的な機材が設置されたそこは、完全に巨大な基地と同等の能力を持っていた。


「多いですね。ライジグスのコロニーで全く発生してないので、少し驚いてます」


 部下が苦笑を浮かべながらスクリーンに観測状況を表示すると、味方を示す青色の点と敵性反応を示す赤色の点が地図上に現れ、ほとんど帝国首都全域を真っ赤に染めていた。


「サリューナ隊長の、いや側妃アリシア様の推測を信じるなら、奴ら地下から登って来てるらしいが」

「本当ですか? 立体地図に切り替えて、観測装置の設定を変更してみます」


 AMSで座れるような椅子は用意されてないので、立ったままリュカが外で聞いた事をオペレーターに言うと、オペレーターがすぐぐに観測条件を変更して地下の様子を確認する。


「……異常は……いやこれは……」


 パッと見では敵性反応、つまりは邪神眷属の反応は無いように見える。だが、オペレーターには違うように感じられたのか、カタカタとコンソールを激しく叩き、色々と観測装置の設定を変えて行く。するとあるパラメーターを踏ませた途端に立体地図が真っ赤に染まった。


「北部動乱時に確認された肉の塊です! 後、妙な反応も確認されます! 黒い化け物以外にも何か居ます!」


 変更したパラメーターデータを確認したオペレーターが叫ぶと、リュカはヘッドバイザーの通信機を起動して吠えた。


「ヘイ! オツ! 今すぐカノエを追え! 地下で何か起こってるぞ!」


 通信機越しに二部隊の隊長から返事が来る。それに頷きながら、オペレーターに新しい指示を飛ばす。


「ヴェルモント子爵と通信を繋げ! 帝国にも動いて貰わないとこりゃ無理だ!」

「了解!」

「分析を進めろ! 手空きのオペレーターはそっちへ回れ!」

「「「「了解!」」」」


 にわかに騒がしくなるベース内。リュカはなんでこうも面倒な事態になる場面に俺は居るんだ、と嘆きながら、オペレーターが繋げたロイター・ヴェルモント子爵に小さく頭を下げる。


「挨拶は抜きで失礼。帝国地下貧民区画に異常発生、北部動乱の時に見られた異形の生命体の反応を検知。現在、ライジグス強襲装甲騎兵四部隊を向かわせてますが、検知される数が多い。帝国からの支援を要請したい」


 リュカの言葉にロイターは頭を抱え、ちょっとまって欲しいと断りを入れ、別の誰かに通信を入れる。するとロイターの横に新しいウィンドウがポップアップすると、帝国軍事卿スーサイ・ベルウォーカー・ダンガダムが映し出される。


『状況を確認したい。データを帝国指令室へ送信されたし』

「了解した。頼む」

「はっ! 送信します」


 スーサイの要求に素直に従い、オペレーターがデータを送信し、それをスーサイが確認すると、おーのーと天を仰ぐ。


『具体的な数は分かるだろうか?』


 頭を抱えるスーサイの言葉に、リュカがオペレーターに目配せをすると、オペレーターがカタカタと観測装置を動かし口を開いた。


「正確な数は無理です。数が多いというより、粘菌状に固まっているといいますか、群体のようになっているようで、数を数えきれません。不確かでよろしければおおよそですが、一億」

『馬鹿なっ! 貧民区の全住民の八割以上だとっ?!』


 いやいや貧民区画だからってどんだけ人間突っ込んでるんだよ、とは口に出さず、リュカもあまりの数に顔をしかめる。


「前に確認した時は、自発的な攻撃行動はしていなかったと記録されていただろう? ならそこまで危険性は無いんじゃないのか?」


 ティセスコロニーの顛末は軍事記録として残されており、装甲騎兵隊に所属する軍人達はありとあらゆる状況を想定して訓練をする都合上、かの肉塊を相手にした訓練もちゃんと行っていた。その時の事を思い出しながらリュカが聞くと、スクリーンにサリューナの通信が繋がる。


『訓練の時とは別物と考えた方が良い! こいつら凄いアクティブに動いて攻撃してくる!』


 映像が切り替わり、特殊兵装である大盾を装備したコオノトへ、ガンガン肉の鞭を叩きつける肉の塊の様子が映し出され、リュカは苦いモノを飲み込んだような表情で、スーサイとロイターはすっぱいモノを飲んだような表情でそれぞれ固まる。


『ロイター、衛士隊に余裕はあるか?』

『はははは、あるわけねぇだろ! ただでさえ改革の最中で無能の馬鹿の切り崩しが終わってない状況で、まともに動ける衛士なんざ初期の段階でもう消耗しきっとるわ!』


 あのー一応自分他国の兵隊さんなんですが……と思いつつ、存在感を消して聞こえないフリをするリュカ。そんなリュカに申し訳ない視線を向けながら、スーサイはコンソールを叩く。


『軍部にも余剰戦力は無いのだが……地下の化け物が一気に登って来れば詰みだ。ダンガダム家の私設軍隊を回すしか無さそうだな』


 胃が痛いと、ライジグスでは一般的に販売されている腹黒宰相のマークが刻まれた薬瓶を取り出すスーサイへ、リュカは同情の眼差しを向ける。結構な頻度で、かの宰相の薬を愛用する権力者層というのは多いとは聞いていたが、生で目撃する事になるとは思っていなかった。


『実家の方に掛け合ってみる。それで何とかやりくりするしかあるまい?』

『そうだな、すまないロイター』

『良いって事よ。それよりライジグスさんにはすまない。矢面に立たせてしまって』

「いえ、これも命令なので」


 ビシッとライジグス式の敬礼をし、リュカはこれ以上の出世はしない方向で軍人生活を続けようと内心で決心する。上に行けば行く程、大変だと良く分かったので。


『すぐにダンガダム家の軍隊を向かわせる。それまで状況確認を続けて欲しい』

「了解しました!」


 やれやれ、クーンちゃんの時の再来か? と内心でぼやきながら、リュカはこれからの部隊運営に頭を悩ませる。

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