第252話 顕現する地獄 ⑦
そこは有益な資源もなければ交易路も無い、そんなど田舎。ただポツンと中型サイズのステーションと小型のコロニーが存在するような宙域。少しハイパーレーンを使って移動すれば、帝国領内の地方都市的な商業コロニーがあるとあって、好き好み訪れるような人間はいないような場所。
表向きはのどかな田舎コロニーと簡易的な補給ステーションを装っているが、実態は宙賊達が支配している偽装されたコロニーである。
社会から外れ、常識の範囲からあぶれ、進んで外道の道を選択したような犯罪者達の巣窟たるそのコロニーは、更なる外道によって蹂躙されていた。
「な、何だって言うんだよっ! 何だよ! あの化け物! 誰かどうにかしてくれよぉ!」
一般コロニストを装い善良な行商人を殺して物資を奪い、善良な旅行者を皆殺しにしてデータ端末を奪う、そんな非道を行って来た奴らが部屋に閉じ籠りガタガタ震え、災害が立ち去るのを待っている様は滑稽だった。
見目が麗しいからと、両親が無惨に殺された後も性奴隷として生かされた少女は、そんな宙賊達の滑稽な姿に、ケタケタと狂ったように笑う。
「てめぇ! 黙りやがれ!」
苛立ちを募らせた男が、いつものように全力で顔を殴り付け、いつものように残った歯がポロリと口から落ちる。それでも少女は笑うのを止めなかった。
『憎い? 壊したい? 殺したい? ならワレに従え! ワレの声に従い命と魂を捧げよ! さすれば力を授けよう!』
きっとこれはずっと望んでいた神からの声だ。少女は笑う。この殺戮が始まってからずっと自分に語りかけてくる声に、愉悦が止まらない。
「おえあい」
お願い、もうほとんど歯が残っていない口では正確にしゃべれなかったが、自分が持つ全ての憎悪を込めて願った。
『しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!』
邪悪な笑い声が聞こえ、自分の体がみるみる醜い肉の塊のようなモノへと変貌していく。
驚愕に顔を歪める男達の姿に、これまでの人生で一度も感じた事のない、ほの暗い絶頂するような愉悦に体を震わせながら、少女は、いや元少女は爆発しそうな力の全てを宙賊の下半身へと叩きつけた。
「ぐぎいぃきぃぃぃぃぃっ?!」
毎晩毎晩されたくもない行為を強要されたモノを潰し、元少女、いやライジグスが北部動乱の時に出会った肉塊と全く同一の存在となった化け物が、男達の下半身を執拗に潰し回る。
そんな光景が見られるのはこの部屋だけではない。宙賊共の劣情を処理する名目で監禁されている少女と女性らは彼女一人だけではなかった。
邪悪な言葉に同意し、その溜め込んだ憎しみ苦しみ悲しみ怒りを、全身が膨らむような肉の塊に変換させ、良いように使っていた男達を殺し回る。それはありとあらゆる場所で繰り広げられていた。
コロニーでは性奴隷的扱いを受けていた女性達が物言わぬ肉塊の化け物へと次々変貌を遂げていたが、一方のステーションでは違法人体実験の検体として扱われていた商品価値の低い人々が、別のモノへと変貌を遂げていた。
『操られるのが嫌ならば、操る存在になれば良いであろう? 食い物にされるのが嫌ならば、お前が喰らいつけば良いとは思わぬか? さあ、その憎しみと怒りと恨みをワレへと差し出せ! さすれば大いなる力をくれてやろう!』
細々と行商を続け、長年の夢が叶い、今度帝国内の地方都市で店を構えられるようになるはずだった男は、その声を受け入れた。いや、度重なる人体実験によって自意識など薄く、何とか家族の記憶だけにすがり付いて生きていたような状態だったから、誘導されるがままになったという方が正しいかもしれない。だが、その心を支配する憎悪は邪神にとって好ましいくらいに純度が高いモノだったらしく、男にも声が届いてしまった。
『しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!』
邪悪な笑い声が心地好いと感じた。そして崩れ落ちる自分の体を、他人事のように見つめてもいた。
「ひっ! ひいぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
自分の体を散々弄くり回した老人が、汚い汚物を盛大に下半身から漏らしながら、必死の形相で逃げようとする。それを許さぬとばかりに男の体達が喰らいついた。
それは現在も帝国領宙域内で大暴れをし、北部動乱の時にも暗躍をしていた蟲の姿であった。
彼は、彼達は老人の体を喰らい尽くすと、激しい飢餓感に突き動かされ、ステーションに残る人間を襲う為に動き出す。それはまるでネズミの大群のような様相で、真っ黒な津波となってステーションでの蹂躙を開始した。
『しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ! 強欲な下等生命体が多くて助かるぞ! もっとだ! もっとワレに命と魂を捧げよ! 貴様らの母なる世界を喰らい尽くす為にワレへと献身するのだ! しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!』
偽装されたステーション、コロニーでの殺戮ショーを神の力で見通し、狂った操り人形のような動きで狂喜乱舞する邪神。そして、自分の中へと流れ込んでいく汚れた命と魂、そして薄汚れた憎悪と呪詛、悲哀を溜め込みそれを自身の力として変換する。
巨体はますます巨大化し、子供がかんしゃくを起こして粘土を叩き潰して作ったような全身の造形も整い、禍々しい気配と神性さを併せ持つ姿へと変貌していく。
「この力! 素晴らしいっ!」
漲る力に新たな顔、鬼面と虎とハ虫類が融合したような、歪さの中に畏怖を感じさせるようなそれをひび割れた笑顔にし、しゅっと腕を振り下ろせば、近くの死んだ惑星が粉々に砕けた。
「しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ! さぁ! 我が眷属達よ! もっとワレに捧げよ!」
自身に酔ったように両腕を広げ、一際巨大な咆哮を全宇宙へ轟かせるように響き渡らせた。
○ ● ○
Side:フォーマルハウト
「君らは賛成である、と?」
「「「「はい」」」」
「……」
フォーマルハウト初代大統領アリシア・ジョーンズは、清々しいまでの笑顔で返事をする部下達の様子に額を押さえた。
凛々しいアフガンハウンドの外見はそのままに、どこか哀愁が漂う様子は妙に色気がある。だが見目麗しきお犬様という外見なので、その色気にコロリと行くような、彼女と同じ種族の者はおらず、部下達はモフりたいという欲求がむくむく膨らむだけで実害はなかった。
「確かに現状は厳しい。我が身一つでそれが解消されるというのならやぶさかではない。だが……神聖国の女王陛下を差し置いて、私が側妃と言うのはどうなんだ?」
ここでも帝国と同じような問題が当事者の精神的障壁となって立ち塞がっていた。
「ですがミリュ女王陛下は気にしておられませんでしたよ?」
お前は副大統領であって私の秘書官じゃねぇだろ、と何度も突っ込んだ、常に秘書官ポジションで待機する副大統領に、アリシアは胡乱な視線を向ける。
「……そういう事を言ってるんじゃない。世論を恐れてると言っている」
アリシアが恐れているのはそこだ。ただでさえフォーマルハウトは成り上がり国家だの、ライジグスの太鼓持ちだのと陰口を言われる立場で、それが原因となった外交摩擦など枚挙に暇がない。先日も外交長官に任命したケイトから、愚痴という形の苦言を貰ったばかりだというのに、まるで反省していないと言わんばかりの対応をする訳には行かないのだ。
フォーマルハウトは絶対王政、帝政の政治形態をしている訳じゃない。国家代表が国民の感情を逆撫でるような行動をすれば、国家運営が傾く事だってあるのだ。そこは注意するべきポイントだろう。
「などと言い訳を並べていますが、ようはタツロー陛下を恐れて二の足を踏み、ヘタレているだけという現状です」
「うぐっ?!」
アリシアが訥々と説明し、それを聞いていた副大統領が、やれやれと肩を竦めてばっさり切る。
だってだってぇ怖かったんだもん! とでっかい体でイジイジするアリシアに、副大統領は溜め息を吐き出し、携帯端末を操作してとある人物と連絡をとる。するとすぐに連絡は繋がり、アリシアの前に立体ホロモニターが起動した。
『とっとと婚姻を結べ小娘! こっちは忙しいのじゃ!』
「せっちゃん様ぁっ!?」
モニターの人物に悲鳴に似た声を出し、この野郎という視線を副大統領に向けると、彼はにこやかに紳士的な表情で受け流す。
『ああ! このクソ忙しい時に! リソースを割いている場合じゃないのじゃ! 用件だけを伝えるぞ! お前が逡巡すればするほど邪神は強くなる! そうなれば世界は救われる前に壊れる! お前の純情な乙女の感情が覚悟を決める前にお前が愛した全てが失われる! 腹を決めぇいっ!』
せっちゃんはそれだけ言うと通信を切ってしまった。普段の超然とした幼女という姿ではない、本当に切羽詰まった状態を目撃し、アリシアは衝撃を受けた。
「……すまない、ちょっとアリアン殿との通信を繋げて貰えるだろうか?」
「了解しました」
紳士の笑顔を張り付けた副大統領に頼むと、まるで予想していたようにすぐにアリアンと通信が繋がる。
『……どうでしたか?』
絶対に弱々しさを表に出さない帝国の鉄の女が、迷子の少女のような様子で聞いてくる様に、アリシアは完全に覚悟が決まったと思った。
「お受けします。ですのでアリアン様も私と一緒に参りましょう。すでにミリュ様は宰相閣下の指示を受けて動いてらっしゃると」
政治の舞台に立ち、自分がまさか一国の顔として働くとは思っていなかったが、結婚に関しては政治的な思惑が働くとは覚悟を決めていた。冷静になれば、レイジが提示した事はアリシアにとってかなり優しい条件である。それはミリュにしてもアリアンにしても同じで、完全に対邪神の為の攻撃手段として扱われている訳だ。
多分だが、タツローが復活して彼が難色を示し、婚姻を結んだ自分達も難色を示せば無かった事に出来るような配慮をされていると感じている。
「我々が迷えば、被害は拡大すると思います。ですので……覚悟を決めましょう」
アリシアの言葉にアリアンは深いふかぁい溜め息を吐き出し、気持ちを切り替えて凛々しい表情を浮かべた。
『了解した。アリシアもこれから苦労をかけると思うがよしなに頼む』
「はっ! 若輩者ですがよろしくお願いします正妃様」
伝え聞く情報から、かの国では正妃である側妃である才妃であるという区分は無く、外聞的な意味だけで分けられており、むしろ才妃になる方が難しいとか笑い話すら聞く。だから多分大丈夫だとアリシアは自分に言い聞かせた。
「……それでもタツローさんは苦手なんだけどなぁ……」
どうしても対面した時の印象というのは抜けきらず、その後の付き合いで面白い男だという認識はしているのだが、どうしても精神的に構えてしまう部分がある。
その心をグッと飲み込み、アリシアは席から立ち上がると準備して待っていた護衛達へと視線を向けつつ、それでも女々しく不満を小声で呟く。
「……これで妻としてのお勤めを果たせるのかしら? こほん、では行きましょうか」
はぁと溜め息を吐き出し、アリシアは護衛を引き連れて宇宙港へと向かう。
レイジは全てを完全に整えた状態で話を進め、かつライジグスが持つジャンプとかいう馬鹿げた技術を使い回し、ありとあらゆる場所へ使者を送り込んでおり、フォーマルハウトにもライジグスの使者がすでにやって来ていた。
つまりはずっとアリシアの覚悟が決まるのを待っていた状況だったので、アリシアの部下達がやきもきしていたわけだ。何せ宇宙港には――
「近衛抜刀!」
メタリックシルバー一色で統一されたAMS(アーマードモジュールスーツ)に、深紅のマントを装着したライジグス近衛機甲兵が綺麗に整列した状態で待機していたので、副大統領の胃はにこやかな見た目以上のダメージを受けていたりした。
「ライジグス王国タツロー・デミウス・ライジグス陛下直属近衛大隊隊長ロドム・デミウス・オスタリディ・ライジグスであります! アリシア・ジョーンズ様の護衛を勤めさせて頂きます! 近衛休め!」
儀仗用の武器であろう巨大な剣を軽々捧げたり、軽々動かして床へ突き刺すように置いたり、近衛という役職らしく実に仰々しく応対をする彼ら。そんな様子にアリシアの繊細な精神はキリキリキリキリと悲鳴をあげ、ずどんと重たくなる胃の腑と両方を笑顔で封じ込め、気合いで優雅にカーテシーを決める。
「ご苦労様です。これからもお世話になるとは思いますが、何卒よろしくお願いします」
「はっ! お言葉ありがたく! 近衛納刀!」
一糸乱れず大剣を腰の鞘へ、多分見せる事を意識した優雅な動きで納める近衛の皆様方へ、アリシアはひきつらないよう精神を削りながら精一杯の笑顔を向け、ざざっと音を立てて左右に別れた近衛の中を歩く。
「いやまぁ、うん、頑張れ」
ひきつった笑顔でなんとかたどり着いた先にはファラが待っており、アリシアの表情を見た瞬間、何とも言えない顔でそんな台詞をのたまわった。
「ご指導ご鞭撻お願いしますね正妃様」
何とか全力の皮肉を込めてファラに言い返すと、アリシアは駆け出したくなる欲求を押さえながら、しずしず優雅にアロー・オブ・サジタリウス改修タイプへと乗り込んだ。
「むしろアタシらが教えられそうな気がするんだけどねぇ」
ファラはポリポリ頬を掻くと、ロドムに合図を出し自身も船へと乗り込んだ。
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