第250話 顕現する地獄 ⑤
額を悩ましい表情で押さえるミリュ女王。聞いた当初は驚きの声を出したが、冷静になると何となくレイジがやろうとしている事が分かったのか、静かに状況を見守るゼフィーナ。レイジはうがあっ! と吠えてからは胡散臭い笑みを張り付けたまま、女王の事を眺めている。
そんな状況で、女王が口を開く。
『何を企んでいるか分からないが、そこはせめて正妃じゃろうが。象徴とは言え、妾は女王ぞ? 才妃となれば側室でも下ではないか……国民が納得せんわ』
一般常識的な国家における奥様序列を例にあげて、女王が話にならんと肩を竦める。
「いえ、ここで正妃に入ると女王が苦労します」
『なんじゃと?』
「我が家の国王陛下、どうやら神フェリオの使徒らしいです」
『なんじゃとぉっ!?』
レイジが聖女から告げられた事を女王に説明すると、女王はバタンと机に突っ伏し、フェリオ様試練強めェ~と力無く呟く。
「こちらの目的はタツロー陛下が復活するまでの時間を無駄にしない事です。先程邪神を劣化精神生命体と評価したのもそこに繋がります」
『……聞くのじゃ』
弱々しく顔をあげた女王に、レイジは自分が予想する邪神の正体を説明した。
「邪神とは、つまるところ神ですらない。その存在は確かに強大ではありますが、実際はいわゆるマイナスエネルギーで超常現象を発生させる、少しだけ規模が大きな超能力を使うガス状生命体のようなモノだと思われます」
『ばっさり切るのぉ……一応、神なのじゃろ?』
「だから劣化精神生命体と申し上げたのです。精神生命体は何をしても討伐出来ません。ですが邪神は討伐出来ます」
『ぅうむぅぅ……』
レイジが言っている精神生命体とは、ざっくり言ってしまえば精霊に近い。ありとあらゆる場所に存在しながらも姿は見えず、だけど確実に世界へ影響を及ぼす高位次元な存在として人々は認識している。
なので人々は神フェリオを信奉するか、精神生命体を信奉するかのほぼ二択であり、神フェリオと同じ位の信者がいる。まあこちらは宗教と言うよりも、日々の生活が送られている事に感謝的な軽い感じではあるが。
「問題はマイナスエネルギーなのです」
『む?』
うーうーと唸る女王にレイジが告げると、彼女は少し間が抜けたような表情で、コテンと首を傾げる。
「知的生命体が生活をする以上、負の側面は必ずついて回ります。これを全く無くすのは無理です。神ですらやれません。ですが中和出来ると思うのです」
『ふむ、続けてくれ』
「はい。ライジグスに現在邪神の眷属は発生しておりません」
レイジの身も蓋もない説明に、女王はお手上げだとばかりに両手を挙げる。
『……なるほどのぉ……それ、為政者として一番難しい奴じゃろうに……』
女王とてライジグスへ間諜の類いは放っている。そこからもたらされる情報に、何度も為政者として羨望を向けた。
「だからこそハードルは低いと思いませんか?」
『ふむ?』
レイジはアルカイックスマイルを浮かべて、更なる爆弾を落とす。
「神聖フェリオ連邦国をライジグスに組み込めば良いのです」
『……さらっと凄い事を……』
もうやだこの腹黒宰相、とへにゃる女王へレイジがにこやかに告げる。
「神フェリオに選ばれた太陽の王タツロー・デミウス・ライジグスに、我らが銀月の妖精女王が邪神という恐ろしき存在に立ち向かう為に、その身を捧げて太陽王と並び立つ。だが、王へと下るのだから序列を乱さぬよう、我らが女王は自ら才妃としての身分を望んだ。王はそんな聡明な女王に心を打たれ、神聖フェリオ連邦国の有り様はそのままで女王に引き続き統治するよう求めた」
立て板に水のようなお涙頂戴話に、女王は呆れた視線をゼフィーナに向ける。
『……お宅の宰相、頭おかしい』
『ふふふふふ、褒め言葉として受け取っておこう』
ゼフィーナはレイジの狙いを何となく理解していたので、今度は驚くこと無く傍観に徹していた。だからこそ余裕の態度で女王の言葉をさらりと流した。
レイジの狙いは邪神の眷属に殺戮をさせない事である。つまりはマイナスエネルギーを便宜状プラスエネルギーとするが、そのプラスでマイナスを打ち消す事を目的としている訳だ。この場合、神聖フェリオ連邦国内で発生するだろう眷属の出現を抑制する方法として、女王の慶事を使おうとしているのだ。三文芝居も添えて。
「女王にもメリットはありますよ?」
『どのような?』
やや投げ槍な女王の口調に、レイジは胡散臭い笑いを浮かべて言った。
「たぶんこれが女王にとって最後の婚期です。これ以上ありませんよ? 神フェリオの使徒との結婚って。国民の誰もが納得しかしないし、誰も文句を言えない」
『……マジかー……』
女王の後継者問題は、もうずっと長年付きまとって来た難問だった。何しろ女王は神フェリオから直接神託を受けれられる、聖女を越えた神子なのだ。そんな肩書きの相手と軽々しく結婚できる相手などいるわけがなく、だからといって後継者目的で見知らぬ男と……なんて事は女王自身が拒絶していた。
『女王』
『なんじゃ?!』
うーあーと悶絶し始めた女王に、ゼフィーナが恋する乙女の表情で告げる。
『我が国はな、正妃、側妃、才妃の差はない』
『なんじゃと?』
お前は何を言っているという表情を浮かべる女王へ、ゼフィーナは艶かしい色気たっぷりな表情で語る。
『名目上……まぁ、その名目も旦那様がエクスカリバーを所有してしまったから必要無くなったが、私達四人が正妃だったのも旧四王家の血統でそれを利用する為だ。そもそも夫婦の営みも時間加速を使用するから、いくらでも時間はあるし、良くある順番で揉めるなんて事も発生しない』
『え、マジ?』
なにそれずるい、と女王の真顔の突っ込みに、ゼフィーナはうふふふと笑って懐かしいなぁと事実を告げる。
『うむ。お互いあまり知らない状態だからと、時間加速で百年くらいイチャイチャしたぞ? そこの宰相などもやっておるし、その後ろのお前何やってんだよって顔をしている義理の息子も利用しておる』
「あのシステムはライジグスの伝統にすべき素晴らしい時間加速の使い方です」
「ちょっ! なんかこっちに飛び火したっ?! 義母上ぇっ?!」
レイジはうんうんと頷き、いきなり話が飛んで来たアベルは真っ赤な顔でちょっとママ? と困惑の表情を見せる。その様子に本当だと理解した女王は、ゴクリと唾を飲み込む。
『つ、つまり、そ、その……恋愛ビジュアルディスクのようなベッタベタな?』
『それはファラがやってたな。学園青春モノみたいな感じはリズミラがやってたし。私は戦場で孤立した男女が吊り橋効果で、みたいなのをじっくり楽しんだ』
『にゃっ! にゃんですとぉっ!?』
レイジは心の中でタツローに合掌し、アベルはあちゃーと両手で顔を覆い、アッシュは必死に口の中で歌を唄って全力で音が耳に入
るのを防いでいた。
レイジ嫁達はゼフィーナらの訓示を受けて時間加速を使用した口で、自分達も同じような事をしていた為に、あれは良かったとうっとりとした表情を浮かべていた。
『それにな、旦那様は実にノリが良い』
『な、なんとっ!?』
いやまあ、あれって本当になりきってやった方が後々ダメージが少ないんですよ、とレイジとアベルは心の中でタツローに同情する。地獄はここにあった。
「こほん、いかがです? 自分もハッピー、お前もハッピー、皆ハッピーな素晴らしい方法だと思われませんか?」
『うむむむむむむ……ちょっと待つのじゃ』
唸り声をあげて女王が引っ込むと、レイジは嫁に帝国のアリアン殿とフォーマルハウトのアリシア殿との通信を開け、と命令を下す。
「……お前、後でタツローさんにキレられるぞ、これ……」
何となくレイジがやろうとしている事に気づいたアベルが、アルカイックスマイル野郎と化したレイジに言うと、レイジは胡散臭い笑い声をあげて言いきった。
「ははははははは、先陣切って負傷して意識不明になる国王が悪い」
「いやまあ、ぐうの音も出ない正論だけどよぉ……これってつまりライジグス宇宙統一国家樹立を目指すって事だろ? 無茶苦茶だろ実際」
そう、レイジはライジグスのネームバリュー、この世に現れた楽園の王国というイメージを最大限活用し、なおかつ各国の国家元首もしくはそれに近い相手とタツローとを婚姻させて、ライジグス同一国家を作っちゃおうという物だ。
つまり次のターゲットは帝国がアリアンで、フォーマルハウトがアリシア、多分ア・ソ連合体は負傷して収容しているニカノールをこのままライジグスへ引き入れて囲ってしまおうという感じか。それでも弱いようなら各部族の族長クラスの娘を引き込む、位の事はしそうだ。
「文句はありますでしょうか? 母上?」
『いや、文句などありはしないさ。政治の世界は上に行けば行くほど婚姻というのはままならないモノであるしな。これ以上ない優良物件だと思うぞ旦那様は』
はははははと男前に笑うゼフィーナに、レイジもそうですよねはははははと笑う。そんなゼフィーナの頭を側で聞いていたファラが、レイジの頭をアベルがそれぞれ手加減抜きで殴り付けたのは致し方ない事だろう。
こうしてミリュ・エル・フェリオ女王陛下は、レイジのシナリオ通りにライジグスへと臣籍降下のような感じで嫁入りを発表し、神聖フェリオ連邦国は正式にライジグスの対等な属国という、摩訶不思議な立ち位置で組み込まれる事となる。
「さあ、サクサク行くぞっ!」
『何だろう、凄く嫌な予感しかしない』
『あはははは、奇遇だね。実は私もなんだよ』
新たにスクリーンへアップされたアリアンとアリシアが、やる気を漲らせるレイジを前に超絶不安そうな表情を浮かべるのであった。
○ ● ○
『という話があったのじゃよ』
いやー楽しみじゃ、などと言いつつ、コロニー『ハリケーン』へと神聖フェリオ連邦国の闘士と共に侵入した外交官ルミエ(ミリュ女王)はカラカラ笑いながらそう説明した。
もちろん邪神の眷属を蹴散らしながら。
「それ……外交機密じゃないんですかぃ?」
先程までの絶望感を返しやがれ、とどこか気が抜けた感じにグウェインに言われると、お前は何を言っているという表情をグウェインへと向けた。
『我が国宰相の計画には、お前も入ってるぞ?』
「はっ?!」
『当たり前じゃろう。ネットワークギルドなんて便利な組織、組み込むのに決まっておろうに。だからこそ、妾が来てやったんじゃぞ?』
さしものグウェインも歳かのぉ、そんな馬鹿にしたような表情でルミエが笑い、呆けていたグウェインはその言葉にカチンと来ながらも、冷静にその言葉の意味を考える。
「なるほど、神聖国と同じような処置という事か」
『分かっとるじゃないか』
つまりは後ろ楯になってやるから、とっとと建て直して正常にしろ、と言われていると理解し、グウェインはやれやれと呆れた表情を浮かべる。
「そんなぽこじゃか人は増えんぞ?」
こっちはコロニストの多くを失っていて、そこを回復させない事には独立自治を保てないぞ、こればかりは後ろ楯だけではどうにもならんぞ、と言えばルミエはお前は何も分かってないと、残念な子供を見る目付きで言う。
『そこはそれ、帝国とフォーマルハウトがの』
「……なんだろう、泣いてるアリアンちゃんとアリシアちゃんの後ろ姿が見える」
実際に二人はレイジの鬼畜ぶりに泣いていたのだが、グウェインは預かり知らない事だ。
「でもまぁうん……正直、もうダメだと思ってたよ。ありがとう」
『うむ、妾もあの国王の妻じゃからな、これぐらいはやってのけねばなるまいよ』
あー確かに。色々と伝え聞くライジグス国王伝説を思い浮かべてグウェインは苦笑を浮かべた。
静かに確実に広がっていた野火だったが、それを上回る爆風を受け、端からゆっくり消えていく気配へと変化しつつあった。
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