第249話 顕現する地獄 ④
ライジグスの面々が行動を開始し、帝国の市街地に邪神の眷属、ハーヴェスタと呼ばれる異形が出現し始めた。それは野火のように広まりを見せ、被害は拡大の一途をたどり続けている。
そんな状態の中でフォーマルハウトと帝国は、技術革新が進んでいたお陰でぎりぎり対応が出来ていた。それでも犠牲は発生しているが、その数は最小で抑え込まれている。しかし全ての場所で対応が出来ているかと言えばそうではない。
為政者達の間では苦笑と共に語られる言葉がある。ライジグスインパクト、太陽王国の衝撃などの言葉だ。
一番の好例はフォーマルハウトだろう。かの国は新政府樹立に際してライジグスの後ろ楯、技術支援を手厚く受けたお陰で、フォーマルハウトとして再スタート後、信じられない速度で周辺国への影響力を持った。
つまりライジグスインパクトとは、国家の中枢、特に技術回りの革新を促す衝撃を受けたか否かを指し示す言葉である。
そう、ハーヴェスタに対応出来ていたのは、ライジグスインパクトを受け、その技術力を驚異であると認識し、自分達もその技術に屈しない、もしくは学ぶべきであると積極的に受け入れた国だけであった。
棚ぼた式に守られているア・ソ連合体は抜きにして、その刷新が進んでいない部族単位小国、小領主独立自治領や、国際的に複雑な兼ね合いの関係上、中立的な立場を守らなければいけない組織等々は、受け入れたくても受けられなかった国家、コロニー・ステーションでは地獄が生み出されている。
まさしくネットワークギルド本部のあるギルド特別領がそれであった。フォーマルハウトにハーヴェスタが出現するよりも早く、ギルド特別領はその脅威に襲われていた。
これは聖女達の知識にない事実であるが、ハーヴェスタの出現にはちゃんと法則が存在する。それは邪神との距離と、淀みの存在だ。
ギルド特別領とフォーマルハウトでは、ギルド特別領の方が邪神が存在する共和国と近い。そして問題となるのが、治安の悪さだ。
ギルドとは、ならず者一歩手前的な奴らが腕っぷしを頼りに成り上がる事が許される、そんな仕事を斡旋する組織である。
もちろんクライアントが存在する以上、ある程度の常識と品性は必須とされているが、本質的には暴力的な傾向が強い。特に近年の宇宙情勢的に宙賊の力が増加傾向だった事もあり、ギルドでも宙賊に対応する戦闘部門のギルドメンバーを広く浅く採用していた経緯もあって、ギルド本部お膝元だからこその治安の悪さが問題となっていた。
邪神のエネルギー、その源泉は知的生命体の負の感情であり、死の穢れだ。それらを結果的に多く背負い、かつ自身の粗暴さもあって刃傷沙汰が日常茶飯事、恫喝恐喝強請集りが基本挨拶的な場所に、それらを一番好むハーヴェスタが発生しないなどという事は無く、むしろ豊富なエサを前にした蟻のように大量発生した。
結果、ギルドが所有しているレガリア級コロニーの内の一基、タイフーンで生活をしていた全一般コロニストが、数分で根絶させられてしまう。
事態に気づいたギルド本部グランドギルドマスターのグウェイン・ウェスパーダによる緊急招集を受けた、戦闘部門でもトップクラスのギルドメンバーによる反撃が開始された、のだが……
「武器、通じてないよねぇ、あれ」
やや呆然とした様子で呟くグランドギルドマスター。そんな彼を補佐する立場の女性が、巌のような巨体を見上げて心を痛める。
昼行灯を体現したような、どんな時でも一定のペースを乱さない、そんなどっしりとした安定感があったグウェインが、急に老け込んだように見えた。
「困ったねぇ」
困った困ったと言いながら、二重三重四重と策を練り、魑魅魍魎有象無象がひしめくギルドをまとめる怪人が、本気で困り本気で絶望している。その姿は道に迷ったか弱い迷子のように小さく、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。
「周辺国に救援を求めましょう」
無駄だと分かっていても提案はしなければならない。女性は分かりきった返事が帰ってくるのを承知で提案をすると、グウェインはたははははと頭をぺしぺし叩きながら言う。
「政治って難しいよねぇ」
遠回しに出来ないと言われ、予想していた答えではあるがショックを隠しきれない女性。そんな彼女を気遣わしげに見ながら、グウェインはどこに助けを求めれば良いんだろうか、と苦笑を浮かべる。
ギルド特別領はあまりに共和国が近く、救援に向かったら向かったで確実に共和国から難癖をつけられる、そんな場所に存在していた。
問題の共和国からの介入自体は、袖の下対応でほぼほぼ軋轢無しに回避可能であるし、実際に攻め込まれたとしてもギルドが保有する秘匿レガリア戦力があって問題はないのだが、このような緊急事態になると共和国が邪魔をするという痛し痒しは、以前からちょくちょく問題になってはいた。
まさかここで最大級のデバフとなって立ち塞がるとは、さしものギルドの怪人でも予想出来なかったが……
グウェインは一気に百歳レベルで体が衰えたような錯覚を覚えながら、それでも切り抜ける術はないだろうかと、頭を回転させ続ける。
「コロニー……サイクロンの生命反応……
そんなグウェインを嘲笑うように、最悪の事態を告げるオペレーターの報告が入り、グウェインはドゴンと机に拳を叩きつける。
「「「「……」」」」
ギルド本部ステーション『フェルメリア』のコントロールルームに重苦しい空気が漂う。各コロニーの監視システムとリンクした映像群には、肉片と血の海と異形の化け物が映り、その化け物が子供が粘土でもこねるように死体をもてあそぶ様子まで記録している。
他の映像では、コロニー所有の最後の一基、ハリケーンで化け物相手に防戦一方のギルドメンバー達の様子と、彼らの攻撃を嘲笑うように殺戮を繰り返すハーヴェスタの様子が映っている。
「打つ手無し……困ったねぇ」
どんな時でも諦めなかったグランドギルドマスターの心が折れた。無理も無い。タイフーンとサイクロンで生活をしていたコロニストの合計は六千万人。抵抗中のハリケーンで半数の生命反応が消えた事を踏まえれば、七千五百万人の命が消えた訳で、ネットワークギルドの意義、機能、役割諸々全て破綻したと言って良い状態だ。
言い訳にしかならないが、こちらの世界的にコロニー内部へ直接攻撃するようなバカはいない、という常識もあって備えが十分でなかったというのもある。だが、彼は知らないが対応出来ている帝国やフォーマルハウトなどがある以上、その言い訳は通じないし言い訳にすらならない。もう力無く項垂れるしか無かった。
『ほっほーう。随分と萎れておるじゃないか』
「っ!?」
そんなグウェインをからかうように声を掛ける存在が現れた。コントロールルームの通信へ強制的に介入し、全てのスクリーンを占領するように顔アップで映る美女。
「神聖フェリオ連邦国の女王陛下が何用ですか?」
そう、そこに映っていたのは聖女王ミリュ・エル・フェリオ……では無く、お忍びで行動する時に使う仮の姿、神聖国外交官ルミエ・ユリ・エフリオの姿があった。
『そこは親しき仲にも礼儀有りじゃろうに……今はルミエじゃ』
ほっほっほっほっと暢気に笑う女王に、グウェインがギリリと奥歯を噛む。
「状況を知っていて嘲笑いに?」
『全く、かつての自分を見ているようじゃのぉ……』
余裕を失って噛みつくグウェインに、自分も後が無くなった時同じ感じじゃったなぁ、などと呟きながらルミエは見慣れぬ敬礼をする。それはライジグスが採用している軍部の敬礼であった。
『ライジグス才妃ルミエ・デミウス・ライジグスは、ライジグス国王タツロー・デミウス・ライジグスの筆頭補佐レイジ・コウ・ファリアス宰相の命を受け、ネットワークギルドに介入を開始します』
「……は? え? ちょっ!? はあぁぁぁぁっ!?」
ちょっと待てお前! と目を剥くグウェインに、ルミエいや女王ミリュ時代ですら見た事がないような可憐すぎる、乙女チックな表情でスクリーンの美女は笑った。
○ ● ○
フットワークが軽すぎる国王を補佐するために、特別に建造された駆逐艦サイズの船『レイジスペシャル号』へと駆け込んだレイジは、彼の嫁達が配置につくまでの時間を利用してアベルとアッシュに説明を開始する。
「さっき子クマメイド隊が邪神の眷属と接敵した報告が来た。残念ながら既存技術の武器では有効とならず、メイド隊の標準装備でしか駆逐が出来ていない状況である」
「そりゃまた、犠牲が増えそうだなぁ」
「さすがに全てのフォローは難しいと愚考しますが」
レイジがコンソールを操作しつつ現状を報告すると、アベルは面倒臭いと頭を掻き、アッシュはしかめっ面で淡々と現実を語る。
「僕は偉大な父とは違う現実主義者だ。全部を救うなんて誇大妄想を吐く程夢少年してないからね」
「「……」」
いやお前も大概タツローさん寄りやぞ、と二人が無言でじっとりレイジを睨むが、レイジはどこ吹く風とばかりに嫁達へ指示を飛ばして超空間通信を開く。
「ゼフィーナ母上とは繋げたまま、アルペジオ行政部門も繋げ、このまま神聖フェリオ連邦国と通信」
「畏まりました」
「アベルとアッシュは私の補佐役を頼む」
決意と覚悟、少年らしい甘さを脱ぎ捨て、一気に大人の男の表情を浮かべる親友に、アベルはマジかお前とばかりに天を仰ぐ。そんな二人をアッシュは眩しそうに見ていた。
「……はぁ、そうやってすぐ先へ行く……」
「これが若さか……」
レイジは完全なるアルカイックスマイルを浮かべ、アベルとアッシュを背後へ控えさせてピンと背筋を伸ばす。
『ん? いかがしたかの? 宰しょ……宰相殿?』
神聖フェリオ連邦国との通信が繋がり、そこに映ったミリュ女王が、レイジを二度見、いや三度見しながら困惑の表情を浮かべる。
「神聖フェリオ連邦国女王ミリュ・エル・フェリオ陛下ご機嫌麗しく」
『……お、おう』
やっほー元気位のノリで通信を繋げてくるような相手が、突然最上級の外交挨拶をしてきた違和感に、ミリュは嫌な予感を覚える。
「色々と申し上げたき言葉はありますが、現在世界が終わらんとしている異常事態の最中でありますので、そちらは控えさせていただきたく」
『は?……なんじゃと?』
ミリュは予想外の方向から飛んで来た予感的中な言葉に、呆けた顔をさらす。そこへレイジが実に分かりやすい説明で、現状どのような事が発生しているかを女王に告げると、女王はおーのーと突っ伏した。
『次から次へと……何じゃ?! 呪われておるんじゃなかろうか! 神フェリオよ! ちょっと試練強めじゃありませぬかっ!』
うがーと天へ向けて吠える女王。そこにゼフィーナと通信が繋がり、困惑している彼女へオペレーターの嫁子が簡潔に状況を説明し、なるほどと納得する。
「女王陛下本題に入ります」
『ぬうぅ』
童女のように膨れっ面で口を尖らせる微笑ましい女王へ、一切の感情を読ませないアルカイックスマイルを向けるレイジ。そんなレイジの様子を見たゼフィーナがおや? という表情をするが、口を挟まずに状況を見守る。
「私は情報を提供してくれた方の話を聞いて、邪神とはつまるところ劣化精神生命体であると結論付けました」
『……劣化しようがしていまいが精神生命体は高位次元生命じゃろうに』
「いえ、アレは絶対にそんな崇高な存在ではありません。せいぜい子供がうなされてる程度の悪夢が凝縮したようなモノでしかありません」
はっきり断言するレイジに女王は胡乱な視線を向け、ゼフィーナは完全に別人になっているレイジを頼もしげな表情で見る。そんな二人の視線を受け、レイジは背筋が凍りつくような薄笑いを浮かべた。
「アレは簡単に弱体化できます」
お前こそ邪神じゃねぇの!? と思うくらいそれはそれはおどろおどろしいひっくい声でレイジが告げる。
ドン引きの表情で自分を見る二人に、レイジはコホンと咳払いをして、元のアルカイックスマイルへと戻り、胡散臭い語り口で飛んでもない事をさらりと告げた。
「そこでゼフィーナ母上、ミリュ陛下を才妃へ迎えて欲しいのです」
『『は、はあぁぁぁっ?!』』
レイジはキレていた。自分に、邪神に、そして勝手に意識不明の状態になった父親に。そして誰よりも怒っていた。理不尽を体現するような邪神という存在に。
――ならば全てを使って抵抗しよう。ありとあらゆる手段を用いて絶望をくれてやろう。ライジグス舐めんなクソ存在が――
レイジの怒りは激しく深く、そして底無し沼のようにどこまでも引きずり込む陰険さであった。
「邪神滅ぶべし! 慈悲はない!」
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