第248話 顕現する地獄 ③
フォーマルハウトで異形の化け物が発生する前後――
ライジグス王国が買い上げた中古コロニー『クラップ・クラック』の行政区画、それなりに大きな会議室にライジグスの主要メンバーが集合し、六人の少女を睨むように見ていた。
「……あの、さすがにそこまで眼光鋭く見られると、ちょっと怖いんですが……」
六人の中でもリーダー格である、アイリスの体を借りているというあやめが、苦笑を浮かべて頬を掻きながら言うと、自覚があったのかゼフィーナ達が咳払いをして視線を緩める。
向けられる視線の圧が減り、少しだけ安堵の息を吐き出すと、あやめは軽く頭を下げてから口を開いた。
「ありがとうございます。時間が切迫してますから要点だけ……邪神が次の段階に入りました。邪神は自分の現状を維持するために、もしくは次の段階へ移行するために、無差別の殺戮を開始します」
あやめから告げられた言葉に、ゼフィーナ達は意味が飲み込めず『ぽかぁん』と口を開け、意味が分かったレイジはあやめに向かって小さく手を挙げる。その様子に苦笑を浮かべつつ、レイジへどうぞと頷く。
「次の段階とは?」
「そうですね……私も聖女としては急造で、役目を果たす前に殺されてしまったので、聖女としての知識が不足しているので詳細に説明は出来ないのですけど……簡単に言うと侵食でしょうか」
「侵食?」
「はい、侵食です」
あやめは不思議な力を使い、空中に青っぽく輝く球体を産み出す。本来ならば驚くべき場面だろうが、先ほどまで幽霊船団だの邪神だのと戦っていた彼らの反応は薄い。
あやめは別に驚かせるために作り出した訳ではないので、そんな塩反応を気にする風も無く、球体をゆっくりゼフィーナ達の前へと飛ばす。
「この球体がこの宇宙全部を包括する一つの世界、と思ってください」
あやめがパチリと指を鳴らすと、青い球体の近くに黒い小さい球体が現れる。
「黒いのが邪神です。本来ならば青い球体を管理する別の神様がいるんですが、世界が安定してくると神様が故意に放置をするようになる時期が来るそうです。その時期を狙って力の弱い邪神のような神がちょっかいを出します」
黒い小さい球体から、レーザーのように細い線が激しく青い球体へと降り注ぐ。だが青い球体は影響を受けず、ただただ黒い小さな球体が虚しくレーザーを射ち続ける。
「本来ですとこのように、神の管理が緩んだ世界であっても、小さい邪神程度の力では世界をどうこうする事は出来ません。出来ないのですが、一つだけ例外があります」
黒い小さい球体が、更に小さく無数の球体へと分裂し、それが青い球体の各所へと吸い込まれるように消えていく。
「自分の力を削り、狙っている世界へ紛れ込む方法です。この状態だと神としての力は使えず、そのままだったら消えていく運命にあるんですが、ここで邪神という特性が生きます。邪神は負の感情、死したる魂を捕らえ、それを自分の
青い球体に吸収されたように消えた黒い小さい球体の一つが、青い球体をじわりじわりと黒く染めていく。その様子を見ていたレイジが、深々と溜め息を吐き出しながら額を手で押さえた。
「侵食とはつまり、世界の乗っ取り」
レイジの言葉にあやめは、心苦しそうな表情ではいと返事を返した。
「あまり申し上げたくないのですが……世界を産み出して管理するな高等神と言うのは、超常の偉大なる神々が決めた厳格なルール、神を神足らしめる為の法を守らなければならないそうで、その法によると例え邪神が悪辣な手段を用いて、自分が産み出した世界を侵食しようとしても、神が神としての力を使ってこれを排除するのは禁忌であるとされているんです」
「「「「……」」」」
あやめの言葉に全員が重苦しい息を吐き出す。
タツローが不在。相手は邪神。しかもこれを乗り切れなければ世界が邪神の手に落ち、あやめの口ぶりからすれば、ゾッとしないような未来が待ち受けているだろう事は確実。つまりは世界の滅亡が待っているという事になる。
あまりに重たい。さすがに規模が大きすぎて、普段なら真っ先に口を開きそうな正妃達がお通夜のような状態になってしまう。
「……希望はあります」
そんな空気を切り裂くようにあやめが告げると、全員がすがり付くような視線をあやめに向ける。そのあやめの表情はどこか困惑気味であった。
「今のこの状況を、この世界を作り出した神が感知し、世界の守護者を選定すれば助かる可能性がある……んですが」
あやめは言葉を一旦区切り、凄く困ったような苦笑を浮かべ、言い辛いそうに口を開く。
「多分、この世界の守護者ってプロフェッサー、タツローさんなんですよね」
「「「「はあぁぃぃいぃぃぃっ?!」」」」
告げられた事実にゼフィーナ達がすっとんきょうな声を出し、あやめはたはははと頬を掻く。
「タツローさんが行った場所全てで問題が発生し、その問題を解決する度に確実に世界が進んで行く感じでしたから。それと何より、邪神が数億年単位で準備していたあれやこれを、こっちへ来て短期間で潰して回っていましたしねぇ」
「「「「……」」」」
反論出来ねぇ……誰もが納得せざるを得ない言葉だった。
「……このままタツローが目覚めなかったら?」
ざわざわとする喧騒の中、正妃の中で一番焦燥が激しいファラが、祈るような口調であやめに聞くと、あやめは少し視線を泳がせて、だけど逃げる事無く言った。
「邪神の勝利です。
ファラは顔を押さえて鼻をすすり、肩を震わせて声を殺して泣き、そんなファラの背中を撫でながらシェルファもポロポロと大粒の涙をこぼす。ゼフィーナとリズミラは何とか耐えているが、その顔色は青を通り越して白い。一番重症なのはガラティアだ。完全に表情を失い、瞳は虚ろで人形のようにしか見えなくなっていた。
これは不味いかも。あやめは出来れば第二段階に入った邪神が、あちらこちらで眷属を使った虐殺を行うのを止めて欲しかったが、この様子ではまともな判断は下せないだろうと二の足を踏む。
どうしよう、そう思って仲間達の方へと視線を向けると、仲間達が心底驚いたというっ表情で部屋の入り口付近を見ているのに気づき、あやめもそちらへ視線を向けた。
「っ!? ガ、ガイア?」
そこには新雪を思わせる純白の長い絹のような髪を持つ褐色の神々しい女神がいた。豊かな胸には泣き疲れて眠ったのかブルースターを抱き、左側には両腕を組んでツンとした表情を浮かべたせっちゃん、右側には柔和に微笑むアビィが付き添っている。
「皆さん安心して下さい、大丈夫。タツローは今こちらへ戻って来る為に必死で戦っていますよ」
褐色の女神は、まるで滑るように歩き、立ち尽くすガラティアの両頬に触れると、勢い良くパンと叩いた。
「っ!?」
「しっかり、タツローは帰って来ます」
「ほ、本当に?」
「はい」
正気に戻ったガラティアに、ガイアは美しく微笑みながら断言した。
「タツローが生み出した王国は闇を払い、邪を討ち、混迷の宇宙をしっかりと導く明星となりました。その明星へ祈りを真摯に捧げる人々がいる限り、ライジグスの光は消えず、太陽は必ず登ります」
ガイアはタツローの嫁達を見回し、深々と頭を下げる。
「さあ、勇者が選びし聖女達。いつまでメソメソしているのです? 旦那様が帰って来ますよ。こんな場所で止まっていて良いのですか? これが鍛え上げた自分の全てですか? ここで立ち止まる事が、とと様への愛情ですか?」
ガイアの問いに、どんどんゼフィーナ達の表情が凛々しく引き締まっていく。それまで身に纏っていた弱々しさのヴェールが剥がれ落ち、その様子にガイアは満足そうに頷いた。
「邪神第二段階は眷属の召喚です。これよりかのモノは、無差別に知的生命体を殺す殺戮者へ変貌しますよ。立ち止まれば立ち止まっただけ人が無駄に死に、助かる命も助からなくなります。タツローがそれを聞いたらどう思うでしょうか?」
ガイアの言葉にゼフィーナがレイジを見る。視線を向けられたレイジは、よっしゃぁっ! と気合いを入れるように吠えると、アベルとアッシュに声を掛け、走って会議室から抜け出した。
「リーン」
「はいはい、やれやれ人使いの荒い」
更にリーンを呼ぶと、提督は嬉しそうに笑いながら、面倒面倒と嘯きつつ会議室から出ていく。
そんなリーンの後ろ姿に仕方のない奴だと苦笑を向けながら、ゼフィーナは自然な感じにガイアに言う。
「旦那様はいつ目覚める? 分かるかルル?」
「っ!?」
ゼフィーナの問い掛けにガイアは驚き、ほらねと言わんばかりのアビィと、甘く見すぎじゃとしたり顔で頷くせっちゃんにそれぞれ視線を向けたガイア=ルルは、叶わないなぁと朗らかに笑う。
「わかんない。けど、だじょぶー」
「そうか」
ルルの口調で答えるガイアに、ゼフィーナは良しと気合いを入れる。
「近衛は一旦本国、アルペジオへ帰還するぞ! ガラティア、ここの守りはアプレンティスの子達でも回るか?」
「誰に聞いているですの! 我がメイド隊は常在戦場! やれと言えばやるのが我がメイド隊ですの!」
らしい状態に戻ったガラティアに、ゼフィーナはならば頼むと指示を出し、六人の聖女達へ頭を下げた。
「情報をありがとう。君達は休んでくれ。ここから先は、この世界に生きる私達が始末をつける」
わーぉ宝塚ぁー、と感嘆の声を出したのは仲間の誰だろうか……だが、こちらを見るゼフィーナはまさしく仲間の言ったような感じであった。
「すみません。肝心なところで役に立たず……」
ゼフィーナの言葉にあやめがそれでもと頭を下げると、ゼフィーナはキリリとした表情でいいやと首を振る。
「君達の勇者がいなければ旦那様は終わっていた。君達が奮闘してくれなければ、腑抜けていた我々は邪神によって討ち取られていた。君達は一番重要な場所で私達を守ってくれたよ。ありがとう」
その言葉にあやめ達は救われたような気持ちになり、すっとガイアに視線を向けると、彼女も嬉しそうに頷いていた。
私達の役目もここまでか、ちょっと寂しい気持ちになりながら、心の中で『またねママ』と呟き、ゼフィーナに精一杯のエールを込めた視線を向けて激励を送った。
「頑張って」
「ああ、ありがとう」
あやめ達はそこでアイリス達と入れ替わった。満足そうに薄く微笑みながら。
六人の様子が激変し、いつものアイリス達に戻ると、彼女らはくわっと目を開き、ビシリとガラティアへ背筋を伸ばして報告する。
「メイド長、ただいま戻りました」
「はい、お疲れさまですの。まだまだ仕事は山積みですの。お休みはちょっと待つですの」
「余裕です。ガンガンぶちのめしましょう。ちょっとイライラしているので」
アイリス達はパシーンパシーンと両手を打ち鳴らしながら、ゴリゴリと首を鳴らす。邪神のやり口をあやめ達を通じて知った彼女達は、邪神ぬっころすと意気込んでいた。
「その意気で頼む。さぁ、アルペジオへ戻るぞ!」
「「「「はい!」」」」
頼もしい仲間に恵まれたな、ゼフィーナもらしさを取り戻し、ひょいっと長身のガイアを抱き上げると、スタスタ歩き出した。
「この姿でこれはちょっとはずかちい」
「気にするな。将来の姿はこれか?」
「ルルが拒絶しなければ、自然とそうなるかと」
「ふむ……旦那様は君を手放すだろうか?」
「とと様以上の男がいるとは思えませんが?」
そんな会話をしながら、ライジグスは進むべき方向を定め、猛然と前進を開始するのだった。
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