第247話 顕現する地獄 ②

 フォーマルハウトに現れた化け物は、宇宙港のみならず市街地にも出現し、野火のようにフォーマルハウト全体を侵攻していった。


 だが問題はそこで終わらない。おぞましい化け物はフォーマルハウトのみならず、ありとあらゆるコロニー・ステーションで発生し、唐突かつ突発的に人々を殺戮し、多くの犠牲を産み出していく。


 それは帝国の首都キュテ・キュプパスも例外ではなかった。


 一生に一度は行きたいと言われる憧れの大都会。流行の最先端であり、広大な帝国各地の文化が交わるエキゾチックな場所、であるはずが今は逃げ惑う人々の悲鳴や怒号に支配され、呼吸をすれば味と勘違いしてしまいそうなくらい、濃密な血の香りが漂っている。


 そんな首都の大通り、一番被害が激しい場所で、帝国の治安を守る衛士えいし達が、異形の化け物達と戦っていた。


「一般市民の誘導を忘れるな! そこの市民達はこっちへ来い! 帝城で市民の受け入れをしているぞ! そこまで走れ! 帝城で近衛が守ってくれる! 走れ! 走れ! 走れ!」


 次々現れる化け物を支給されたばかりの新式レーザーブレイドで切り捨てながら、悲鳴を出して逃げ惑う市民に大声で呼び掛ける。


 特大の貧乏くじを引いたと、内心でぼやきながら、うっとうしいくらいに現れる化け物をひたすら切りまくっていた。


「ぜりゃぁっ!」


 新式の使い心地を確認しつつ、新式が三日前に実戦配備完了していて助かったと、第十三衛士隊を任された長が考えていると、周囲を警戒していた部下が叫ぶ。


「隊長! スピティ横町から来ます!」


 部下の声と共に、狭い通路から色々な調理服を着た人々が飛び出してきて、それを追いかけるように化け物が通路から出てくる。


 隊長はあーもーと唸り声を出し、忌々しく舌打ちをする。


「ちっ! 今夜の飲み会は延期だ畜生!」


 日々の潤いがうおー、等と叫べるのだからまだまだ余裕がありそうだ。そして、隊長の叫びに同調するように、部下達もギヌリと化け物達を睨み付けて吠えた。


「「「「おのれ化け物許すまじ!」」」」


 スピティ横町は庶民が愛用する飲み屋街であり、一部の衛士隊の隊員達にとっては無くてはならない場所でもある。何せ大量に飲んで食べて尚且つ安いと、安月給な人間にとってこれ程ありがたい場所は存在しないだろう。


 特に彼ら第十三衛士隊など、衛士の中でもっとも給料が安いのだから。


 そんな彼らの前で、彼らが懇意にしている飲み屋の女将が、化け物にロックオンされ、しつこく追いかけられる姿を見つけた。


「あ! カラマツのおばちゃんが!」

「てめぇ! この野郎! ざっけんじゃねぇぞごらぁ!」


 彼らは衛士の中でも一番下に見られる半端者集団とされており、横町での扱いもあまり良い感じではない。だが居酒屋カラマツだけは唯一客として扱ってくれるそれはそれは大切なお店だ。懐が厳しい時などは、黙ってツケにしてくれるし、精神的に辛い時など頼んでもいない食べ物が出てきたり、彼らにとってカラマツは実家であり、カラマツを切り盛りするおばちゃんはおっかさんに近い。


 そんなおっかさんをロックオンした化け物へ、隊員達が一斉に襲いかかる。


「足遅いの! そのまま店主達を護衛しながら帝城へ行け! 足早いのはこのまま横町まで突っ込んで掃除をするぞ!」

「「「「おうっ!」」」」


 隊長の命令に、部下達が勇ましく返事をし、化け物を駆逐していく。その様子に逃げてきた店主達が、目を白黒させた。


 第十三衛士隊といえば愚連隊。衛士とは名ばかりの半端者集団。帝国衛士隊の恥さらし、鼻摘み者というのが一般常識だった。それがどうだ、先ほど出会った腰の引けた第一衛士隊など比較にならない勇猛さではないか。


「皆さん、帝城へ向かいます。我々が護衛をしますのでご安心下さい。行きますよ」

「「「「は、はい」」」」


 これは一体どうなっているのか、店主達は戸惑いながらもにこやかに笑って誘導を始めた衛士についていく。


 そんな中、後方の守りを任された衛士の一人が、カラマツの女将に声を掛ける。


「おばちゃん怪我してない?」

「ああ大丈夫だよ、助かった、ありがとう」


 いつもなら肝っ玉かあちゃんと感じさせる威勢の良い女性なのだが、やはり化け物に追いかけられたのは恐ろしかったのか、やや顔色が青い。その様子に衛士はことさら明るい声でへへへと笑いながら言う。


「いやいや、俺達の方がいっぱい助けられてっから」


 本心からの言葉だったが、女将は気に入らないのか、青白い顔ながらも呆れた表情で憮然と言う。


「ありゃ商売だよ」


 その言葉に衛士はやれやれと肩を竦めながら、薄笑いを浮かべながらへいへいと頷く。


「良く言うよ全く……給料入ったらツケ払うねからさ」


 衛士の気遣いに女将は強張った顔ながらも不器用に笑い、ありがとさんと衛士の腰を叩きながら言う。


「期待しないで待っとくよ」


 そのやり取りに他の店主達はやはり驚く。


 ここにいる店主達の中で唯一カラマツの女将だけがまともに、第十三衛士隊の衛士と接していた。その事にあまり良い顔をして来なかった彼らは少し居心地悪そうな雰囲気を出す。だが衛士達は気にする様子もない。


 まさに模範的な第十三衛士隊の姿を見て、本当に何だろうなぁと、店主達が首を傾げていると、高級飲み屋街であるハイセット通りから、制服にデカデカと第二、第三の文字が入った衛士達が転がるようにして逃げてきた。


「ちっ、役立たずが……」


 隊員の一人が小さく吐き捨て、後方を守っていた二人へ目配せを送ると、彼らは弾かれたように飛び出し、第二・第三の衛士を追いかけて来た化け物へと襲いかかる。


「これだから元貴族のボンボンは使えない」


 別の隊員が呟いた言葉で店主達はようやっと納得した。確かに第一から第五あたりまでの衛士隊は身形が良い。というか凄く金回りが良い。だが第六から第十三になると、途端に制服が草臥れていく。それにスピティ横町を利用するのは第六からの衛士隊だ。


「アリアン様の改革が進んで、装備関係は真っ先に刷新されたけど、給料が上がるのはいつになるやら……」

「なー、そろそろ隊長も身を固めたいはずだしな。直訴する訳にもいかねぇしな」

「それよかお貴族お衛士隊を解体してくれって思うわ。あいつら使えない」

「だな、もう後がねぇんだから真面目に働けばいいのによ」

「「「「はははは、貴族が働く訳ねぇわ」」」」


 本当に色々腑に落ちた。そして今度からはどこの隊かなど気にせず、ちゃんと客として扱おうと思った店主達であった。


 第十三衛士隊の手によって化け物が駆逐され、助けられた貴族衛士達が憮然とした態度で文句を言う。それを呆れた様子で見ていた一同であったが――


「ん? 各員警戒しろ」


 油断無く周囲を警戒していた一人が、緊張した口調で注意を促す。その言葉に従ってすぐさまレーザーブレイドを構えると、またぞろあちらこちらから化け物がゾロゾロやって来る。その様子を見た第二と第三の衛士達は悲鳴を出して逃げ出し、滑稽を通り越して無様過ぎる後ろ姿を第十三衛士隊の隊員達は呆れた様子でスルーし、護衛陣形を整える。


「このままの配置で帝城まで行くぞ! 押し潰されるな!」

「「「「おうっ!」」」」


 第二と第三が逃げた方角から悲鳴が聞こえた気がしたが、まるっと無視を決め込み、彼らは一直線に帝城へと向かう。


 帝城近くは化け物の密度が薄く、どうやら計画的に軍部が化け物を排除しているらしく、巡回するパワードアーマーを着た軍人と出会うようになった。それを見てここまで来れば安心だと、衛士達は護衛陣形を解く。


「このまま真っ直ぐ帝城へ向かってください。見えている範囲に軍部の人間が配備されているので大丈夫だと思いますが、もし問題があれば立っている軍人に助けを求めて下さい。よろしいですね?」


 先頭で指揮を取っていた衛士の言葉に店主達が頷き、それを見てよろしいと頷き返す。


「ではお気を付けて」


 そう言って再び市街地へと戻ろうとする衛士達に、店主達は深々と頭を下げた。その事に気づきもせず、衛士達は歩みを止めずに市街地へと進む。


「第六からの衛士隊は問題ないと思う。だが先ほども見たように第一から第五まではダメだ。なので我々はあいつらの管轄を重点的に見て回る」


 序列的に一番上の衛士の指示に、他の者達はうへぇという表情を浮かべる。その中の一人が、小馬鹿にした表情で第一から第五の駐在所がある方向を見ながらわざとらしい口調で呟く。


「自称超有能集団はどこへ消えたんですかねぇ」


 その衛士の言葉に仲間達がゲラゲラ笑い、指揮を取る衛士も苦笑を浮かべて肩を竦める。


 しばらく笑ってから、パンパンと手を叩いて号令を下した。


「ほら、行くぞ」

「「「「はっ!」」」」


 まだ逃げ遅れた市民は沢山いるだろう。その全てを救い出すには時間も人も足りていない。せめての救いは、こちらの武器が未知の化け物相手でも通用している事と、こちらの隊員達の士気が高い事だろうか。これで武器が通用しません、隊員達の士気は上がりませんだったらかなり大変であったろう。


「本当に装備の刷新が完了していて助かったな」


 まるで神の配剤か、それともただのタイミングが一致しただけの偶然か、ちょっとしたオカルトチックな気味の悪さを感じながら、衛士はやるべき事をやるための行動を続ける。




 ○  ●  ○


 ウェイス・パヌスに残って清掃作業を続けていた子クマメイド達は、唐突かつ突発的に現れた化け物を難なく倒していた。


「今度は真っ黒いヒトが出たです」

「ワゲニ・ジンハンと違うです?」

「ワゲニ・ジンハンよりヤワヤワです」

「「「「なら問題なっしんぐです!」」」」


 先ほどまで陣頭指揮をしていたガラティアは、国王の負傷という事実を聞いて行ってしまった。残っているのは追加でやって来たアプレンティスの少女が数人で、彼女達もまさか自分達が陣頭指揮を取るとは思っていなかったらしく、絶賛混乱中である。


 なのでクマっ子達は、教えられた通りに掃除を続けていた。


「人を襲ったら、めっ! です」

「あっちこっちイタズラしたら、め! ですよ」


 クマっ子達のお陰で効率的に化け物の排除は進んでいるが、それよりも湧き出すスピードが早く、クマっ子達はアワアワしながら必死に業務を続ける。


「大変です! いきなり修羅場です!」

「ここはわたしに任せて先に行けです!」

「お前にばかり良い格好はさせないです!」


 ただまぁ、クマっ子達が繰り出す会話のせいで、全く必死さが伝わらないが……


 ウェイス・パヌスはたまたま子グマメイド隊が居合わせていたから対応出来たが、他のコロニーでは被害が拡大し続けている。ただ救いだったのは、被害が出ている層というのが軍人だけであり、一番被害が出そうな一般市民の被害が少ないのが救いだろうか。


 ワゲニ・ジンハンの侵攻で避難用シェルターへ逃げ込めていたのが、被害が出なかった大きな要因となっっている。少し不謹慎かもしれないが、世の中何が幸いするか分からないものだ。


 だが、ア・ソ連合体の長い一日はまだまだ終わりが見えていないのも事実である――

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