第246話 顕現する地獄 ①


 タツローが人生映画館で、過去の自分と向き合っていた、まさにその頃――



「っ! これはっ?!」


 自分の脱け殻と戦っていたいそっぷ=マルトは、唐突に発生した気持ちの悪い波動を感じ、慌てて邪神の方を確認する。


「ちっ! やっぱりそう来るよなっ!」


 いそっぷが見ている前で邪神はすぐさま召喚していた幽霊船団を引っ込めると、その姿を消し、次の瞬間にはブレイブ・ブレイバー2のコックピット上部へと瞬間移動し、その様子を見ている事しか出来ないこちらを見てニヤリと嗤ってその姿を消した。


「まずい!」


 慌ててコンソールを操作するいそっぷ。


『どうかしたの?』


 タクティカル通信と艦隊ネットワーク通信、両方を使って観測データを洗い出すいそっぷへ、内なるマルトが首を傾げる気配を出しながら聞いてくる。


「妙な気配を感じたかい?」

『ゾワッって吐きそうな感じの?』

「ああ、あれは人が大勢死んだ時に出るマイナスのエネルギーなんだ。邪神のエネルギーの源と言っても良い」

『大変だっ!』


 内なるマルトがあわあわする。その気配に少しだけ緊張を緩め、いそっぷは急いでデータを確認する。


 実はマルトには言わなかったが、人が大勢死んだくらいではマイナスエネルギーは発生しない。邪神が一目散に回収へと向かうくらいの、濃密かつ莫大なマイナスエネルギーを発生させるには条件が必要だ。


 それは絶望――

 それは憎悪――

 それは悲痛――

 それは辛苦――


 生きとし生きる全ての生命を呪う程の呪詛を吐き出しながら、今後生まれてくる新たなる命の死を願う。美しき生命の蹂躙する様を懇願するような、そんな冒涜的な知的生命体が死んだ時に、今のような気持ち悪い最上級のマイナスエネルギーが発生する。


「候補は共和国か」


 今現在、内乱が発生しており、マルトの目を通して見てきた教団という狂った組織の本拠地もある。いそっぷは邪神が向かった先を共和国だと予想した。


「マルト君、邪神は多分だけど共和国へ向かったと思う……それとゴメン、もうそろそろお別れが近い。心苦しいんだけどね……後の事を頼む事になる……」


 戦っている最中から、意識がぼんやりする感じがちょくちょくあり、時間切れが近い事は気づいていた。今はもうハッキリと、自分とマルトの繋がりが希薄になっていくのを感じ、ああここまでだ、と分かってしまった。


『いそっぷ兄ちゃん……もう会えない?』

「そうだね……ごめんね」


 本気で別れを悲しんでくれているマルトに申し訳ない気持ちで一杯になるが、本来ならばこうやって会話を交わす事すら出来なかったのだから、これはこれで幸せな事なんだろうなぁといそっぷは思う。


「出来れば、あの害虫をぶっ倒したかったよ」


 といそっぷは弱々しく笑う。そして完全にマルトとの魂の繋がりが切れた。


(頑張れマルト君。あとすみません……頼みますプロフェッサー……)


 エッグコアのコックピットで胸を押さえて涙を流すマルトの姿に苦笑を向け、もう願う事しか出来なくなった自分に歯痒さを感じながら、せめて出来る事をと真摯に祈り続けた。




 ○  ●  ○


「……」


 邪神が消えた空間を睨みつけていたアベルは、大きく息を吐き出すと攻撃中止命令を全艦隊へ向けて発信する。


「敵は消失ロストした。全艦攻撃を中止せよ」


 激しくゲーミングな空間となっていたレーザーとミサイルのシャワーが程無くして止まり、アベルは力無くキャプテンシートへ倒れるように座り込むと、頭を抱えた。


 ジークなんかは大丈夫だろうと楽観的だが、アベルはそう気楽には構えられなかった。


 タツローの事、国の事、今後の事を考えると壮絶に頭が痛い。


「……すまないが少し離席する」


 ウジウジしていても仕方がない、そう思い直接スティラ・ラグナロティアへ向かってレイジとかの様子を確認しようと、キャプテンシートから立ち上がろうとした時、タクティカル通信経由で通信が入る。


『……ぐし……メビウス大隊だいぢょ……ぐず……ばどぅどぉでぶ』

「あんだって?」


 涙で顔面をぐっちゃぐちゃにしたマルトが、鼻水と涙でぐっちゃぐちゃになった声で通信を入れてきて、あまりの聞き辛さにアベルがつい突っ込みをいれてしまう。


 その突っ込みが効いたのか、マルトは乱暴に顔をごしごしエグゾスーツで拭い、今度はハッキリした、聞き取り出来る感じに喋り出す。


『消えた邪神は共和国にあり。邪神の目的はマイナスエネルギーの回収。このまま放置するのは危険だと判断します』


 涙に揺れてはいるが、断固とした決意を感じさせる力強い瞳でマルトが断言する。先ほどの動きと言い、この見た事がない実に男らしい顔と言い何があったのか……とりあえず、なんでそんな具体的な事が分かるのか理由を問い質さなければならないと、アベルは鋭くマルトを睨む。


「何故そんな事が分かる?」

『それは僕も知りたい』


 アベルの言葉に乗っかるように新しくウィンドウがポップアップし、そこに酷い顔をしたレイジが映り込む。かなり憔悴はしているが、瞳の輝きを見るに、しっかりはしているとアベルは判断し、余計な事は言わずマルトに説明を求めた。


『先ほどまで、ボクの体は陛下と同郷のいそっぷというお兄ちゃんが動かしてました』


 つつぅーと新しい涙を流しながら、それでも声を震えさせずにマルトが言いきる。確かにデミウスクローンAI並みの戦い方をしていたから、違和感があったのは確かだ。


「……マジかよ……」

『なるほど、確かにプロフェッサーと呼んでいたとは聞いてましたが』


 マルトが覚醒して超技術を次々産み出しているのか、と勘違いしていたが、そういうタネがあるのなら納得は出来る。というか、邪神やら幽霊船団やら超常過ぎる現象ばかり発生している状況だと、もう何でもありだという気分になってきていた。


『いそっぷ兄ちゃんが言うには、邪神の力の源がマイナスエネルギーというモノで、ボクは何故かそれが発生したのを感じました。それを感じたのと同時位に邪神が逃げたので間違いないと思います』


 少し焦った表情で言うマルトに、アベルは天を仰ぎ、レイジは精悍さが戻りつつある顔で顎先に手を当てて呟く。


「……また面倒な……」

『……邪神の力の源……』


 二人の反応など気にせず、マルトはいそっぷから託された事をしなければと言葉を続けた。


『いそっぷ兄ちゃんが邪神が向かったのは共和国じゃないかって』


 マルトの落とした爆弾に、アベルはベシベシ額を叩きながら呻く。


「……そりゃまた面倒な……」


 レイジはなるほどと頷き、ブツブツと呟く。


『内乱の真っ只中で、確かにマイナスなエネルギーが生まれそうな場所ではあるか……』


 急いで向かわないと、その想いからマルトが口を開こうとした時、お姉ちゃんズから通信が入る。


『確かに邪神を追いかけるのも重要なんだけど、問題がそろそろ起きるの』

『アイリス……お姉ちゃん?』


 通信を繋げてきた姉が別の人間に見えて、マルトが呆然と聞くと、その女性は寂しそうに微笑み、今は黙っててねと口に人差し指を当てた。


『先ほどその子が言ってたように、私もこのアイリスの体を借りて話しをしています。私の名前はあやめ。プロフェッサーと同郷の人間であり、役に立たなかったですが聖女という役職をしてました』

『『「……はぁ?」』』


 常識は投げ捨てるモノ。そんな時間はまだまだ終わらないようだ。



 ○  ●  ○


 Side:フォーマルハウト



 異変は唐突に、突然に始まった。



 学術を前面に押した政策へと舵を切ったフォーマルハウトであったが、それで強みであった商業が弱くなったか? と問われればそうでは無く、むしろしっかりした政府が出来たお陰で、以前よりも商業の発展が目覚ましい感じであった。


 一番の要因は、やはりレガリア級の警備ボットの存在だ。もちろん政府が新設した警備部門の職員達も素晴らしいが、休憩を必要としない警備ボットはフォーマルハウトの治安を一気に高め、来訪者達は安心して利用出来ると評判である。


 その日もフォーマルハウト最大の宇宙港である中央宇宙港区画は盛況で、多くの商人が新しい商材目当てに、知識を求める若者達、単なる旅行者と、ひっきりなしにやって来ているような状況であった。


 別に今日が特別という訳ではなく、これがフォーマルハウトの日常風景。あっちこっちで喧騒が広がり、小さなトラブルなどが発生したりもしていたが、その全てを警備ボットと政府の警備部門の職員とで対応し、混乱など起こるわけもなく処理が粛々と進められているような感じだ。


「いやぁ、今日もお客さんが多いな。相棒」

『イエス。昨日よりも五パーセントの上昇を確認』

「うひゃーそりゃ多いわ」


 人の波のような光景を前に、警備部門新人警備員である彼は、少し呆れたような口調で相棒の警備ボットに話しかける。警備ボットは警備ボットで定型的な回答しか出来ないのだが、彼は別に気にしない。


「交代まで後五時間って感じだな。上がったら、メンテナンスオイル持ってくるよ」

『ありがとうございます。定期的なメンテナンスは必要ですから』

「はははは、君達は特にね。何しろフォーマルハウトの治安を守る要だから」


 最初はあまりに高性能な警備ボットの存在に、警備部門なんか必要? と誰しもが首を傾げたモノだが、実際にこうして働いてみると警備ボットも万能では無い事が分かる。どうしても抜けてしまう部分というのがあり、そこを埋めるのが警備部門の仕事であると思えるようになっていた。だからこそ、彼は警備ボットを相棒と呼び、例えそれが定型文の返事であっても、感謝の気持ちを忘れずに接する事にしているのだ。


「今日も平和に終わってくれるといいけど」

『はい。トラブルは御免被りたいです』

「だよね」


 いつも通りに気張るのでもなく、ただただ自然体で宇宙港から流れていく人の波を眺めていると、急にあちらこちらから悲鳴のような声が聞こえてくる。


「ん? またケンカかな?」


 肩がぶつかっただの荷物が当たったなどでの、小さい言い合いだったり、ちょっと深刻になって殴り合いになったりは日常茶飯事だ。なので彼もいつものケンカかな? と慣れた風に人混みを掻き分けて現場へと向かった。


「はいはいフォーマルハウト警備部門の警備員と警備ボットですよー、失礼しますねー。はいちょっと失礼」


 するすると人混みの中を抜けると、ぽっかりと空間が空いており、多くの人々が恐怖の表情を浮かべて一点を見つめていた。


 そこには男性か女性かの判別は出来ないが、人が一人倒れており、その人物へ繰り返し繰り返し腕を振り下ろしている歪な形をした、けれど何とか人型であると判別できるナニがいる。


「ん? ケンカじゃないのかな?」


 場の異様な空気と不穏な気配に、警備員は腰ベルトのショックバトン(金属の棒に電流を流してショック状態にする警備用装備)の柄を握り、トントンと背後に立つ警備ボットの胸装甲を叩いた。


 それは警備ボットへ周辺をスキャンしてくれという合図であり、スキャンが完了するまで、彼は空間の中心で倒れている人物が妙な行動を取っても対応できる姿勢で待機する。


『スキャン完了……倒れている人物の生命活動の停止を確認……』

「おいおいおいおいおい……」


 マジかよ、警備員はショックバトンの柄から手を離し、もう一つ吊るしてあるレーザーガンをホルスターから抜くと、銃口をいまだ腕を振り下ろす事を止めない人影へと向ける。


「こちらはフォーマルハウト警備部門の者だ! そこの人物! 両手を挙げて跪け! 抵抗するのはやめた方が懸命だぞ! 今すぐ両手を挙げて跪け!」


 警備員の声が聞こえてないのか、そいつは倒れている人物を殴り続ける。その音がドムドムドムという弾力を感じさせるモノから、びちゃりびちゃりびちゃりという音に変化し始め、これはダメだなと警備員が警備ボットに合図を出す。


『強制執行モードに移ります』

「行くぞ」

『了解しました』


 警備員がまず威嚇射撃として、異様な人影の近くへレーザーを打ち込む。するとやっと人影が止まり、ゆっくりと警備員の方へ顔を向けた。


「っ?!」


 そいつは影だった。真っ黒な影。歪な人の形はしているが、絶対に人間的な、命ある存在とは思えないナニかであった。


 そいつは顔を警備員へ向けると、胴体に当たる部分に切れ込みが入り、それがすっと裂けると巨大な薄汚れた金色の、巨大な双眸が開き、その下の腹の部分が裂け大きな口が開いて笑いだした。


「くかかかかかかかかかかかぁーっ!」


 あまりの事に警備員は動けなかったが、警備ボットはすぐさま動き、制圧用の低出力レーザーをそいつに叩き込む。しかし、レーザーはそいつの表面をすべり、威力を失って消えてしまう。


「っ! 本部へ連絡! 治安維持最高レベルモードへ移行! 制圧するんじゃなく殺せ!」


 警備員はアニマリアン、犬系の獣人族だった。そんな獣部分の本能が、あれはヤバイ生き物だと警鐘を鳴らし、彼もその本能に従い、今現状最高威力の攻撃を繰り出す事にシフトした。


 手に持つレーザーガンのモードを非殺傷から殺傷モードへ切り替え、低出力状態だったのを最高出力に設定し直し、ゆっくり近づいてくる化け物へレーザーを射ちまくる。


「うそだろっ! 周囲の民間人! 避難しろ! 避難だ! 走れ!」


 レーザーは全て化け物の表面を滑り、その威力を減退させて消えていく。それは警備ボットのレーザーも同じで、全く化け物には通用していない。


 警備員はこれは非常事態だと判断し、あらんかぎりの大声で周囲の人間に逃げるよう指示を出し、警備ボットの背後へ回る。


「アーマーモード」

『了解』


 警備ボットのもう一つの姿、強化外骨格、つまりは高性能なパワードスーツ形態に変形してもらい、警備員がパワードスーツへ乗り込む。そして、最大の威力を誇るアームステイク(火薬でナックル部分を瞬間的に突き出す、いわゆる杭打ちみないな機構)を化け物に叩き込んだ。


「これでどうだ?!」


 アームステイクを受けて吹っ飛んだ化け物だったが、何事も無かったようにそいつはぴょんと身軽に立ち上がった。


「どんな構造してるんだよ……ん? え?」


 どう対処しよう、そう思って周囲を見回して、彼は後悔した。


「……冗談キツいぜ、これ……」


 目の前の化け物と同じか、それより歪な異形のモノ達がぞろぞろとあちらこちらから湧き出してくるではないか。


「本部! 本部! 応答を!」


 一匹でも対処しきれるか分からないのに、こんな数は無理だ。警備員が通信を必死で呼び掛けるが、通信が全く繋がらない。


「……交代まで後何時間だよ、ちくしょうが!」


 フォーマルハウトの非日常が始まってしまった――











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