第245話 ???????
カタカタカタカタカタカタ――
「……ん?」
カタカタカタカタカタカタ――
「は? 何じゃこりゃぁ?!」
俺? 死んだ? いや、それよりまず何で映画館におるし? え? ここがいわゆるあの世か?
カタカタカタカタカタカタ――
「さっきからうっせぇっ! んだよカタカタカタカタ! スクリーンにゃ何も――あん?」
映画館の座席的には中央ど真ん中、一番体に負担が少ない、ベスポジ的な場所にドッカリ座ってホワイトスクリーンを見ていたはずが、唐突に映像が流れ出した。
「……ん? ここって……」
スクリーンに映し出されたのは、俺が子供の頃によく逃げ込んでいた実家からほど遠い、子供の脚だとちょっと行くのがきっつい公園だった。
俺の家って、まあ大人になった今なら冷静に見れるから、あんま大した事ねぇじゃんと言えるんだけど、俺が子供の頃はそれはそれは巨大に見えたんだよ。俺が生まれた地方の一応名士的な立ち位置だったし、県会議員を結構な数輩出していた名家とかって認識を受けてたし。うちの父親も市議会議員をやってたからなぁ。
んで俺はそんな家の連中から疎まれて生きていた。理由は簡単だ。俺は両親とも年の離れた兄貴とも似ても似つかない容貌をしていたから。母親の不貞を疑われるような、どっちかつーと親父の弟、親戚の叔父さんにそっくりな外見をしていた。
いやまあ叔父さんってのがイケオジで、子供の頃に遊んでもらった事が何度かあるけど、町中を歩けばキャーキャー言われる類いには美形だった。んで母親はその叔父さんの魅力にやられてコロリと不貞を働いたんじゃないか、と親父に疑われた訳だ。実際の所は叔父さんが母親を蛇蝎の如く嫌っていた訳だけど、そんなのは外面のポーズだって怒鳴ってたっけっかな。
そんな背景から母親からの当たりが特にキツくて、子供の頃はどうしてそんな事をされるのか分からなくて、目の前の公園に走って逃げ込んでたんだよなぁ。懐かしい。
「……ん? あれっ!?」
ちょっとノスタリジー的な感傷に浸っていると、いつのまにやら映画館からその公園に移動し、俺は昔職場で着ていたスーツ姿で立っていた。
「どうなってんのこれ……お?」
いやもう訳が分からないよ、と某白き淫獣よろしく呆然としていると、公園の入り口からとぼとぼ歩いてくる全身ボロボロの見慣れたショタっ子が……小学校位の俺やん……
え? マジでどうなってんのこれ? タイムリープ? いやいや、過去に戻ってる場合じゃねぇんだって、嫁達が泣き叫んでるだろうから今すぐにでも戻りたいんだが?!
俺がオロオロしながら困惑していると、ショタ俺はいつも定位置にしている、当時親近感を持っていたズタボロなベンチに座って、解雇を言い渡されたサラリーマンのような哀愁を醸し出しながら、ジッと地面を見つめたまま動かなくなってしまった。
「ああ、ああやって時間が過ぎるのをただ待っていたんだよなぁ」
頬をポリポリ掻きながら、そういやそうだったと溜め息が口から漏れる。
「思えば酷い事を言われたよなぁ俺」
親父からはありとあらゆる暴力を、母からは言葉の暴力を、兄貴からは腕力的な暴力を日常的に受けてた。良く心が死ななかったもんだよマジで。
その大前提があるから、限りなくブラックのグレー企業で社畜をやれちゃったんだけどさ。
でも何で耐えれたんだっけ? 確か……
「そうそう、ある日フラりと現れた叔父さんとこの公園で会って、かなり高級な店でご飯を食べさせてもらって、その後、家の近くまで送ってくれて……ああ、その帰り道で近所のおばちゃん達に、うちの甥っ子なんだけど虐待受けてて気にかけてあげ――あれ?」
ちょい待ちちょい待ちちょい待ち……おかしい。その記憶は果てしなくおかしい。
俺が小学校から中学三年まで叔父さんは海外で自分探しの旅をしてたはずだ。そもそも叔父さんは一度も日本に帰国をしてないって言ってたし……あれ?! 俺、一番ヘビィな時期に何度か叔父さんと会って遊んでるぞ?!
叔父さんからクソダサい男になるなよって言われて、何かそれが救いになって、歯を食いしばって頑張れたんだし……あれ?
叔父さんってそんな事言うキャラじゃなかったよなぁ……あれぇー? いやいやもしかしてこれって……
「おいおいおいおいおい、まさかまさかまさか――」
え? 小さい時に会ってた叔父さんって、もしかして俺自身……か?
「オジチャン?」
「っ!?」
色々と驚愕の事実に愕然としていたら、ショタ俺が不安そうな顔で俺の事を見上げていた。
確かにそれは子供の時の俺で、当時は消えて無くなれと願う程憎悪し嫌い否定し続けた自分で、だけど痛々しい姿に俺は自然と笑顔を浮かべて頷いていた。
「元気にしてたか? 達郎」
「……」
なるべく優しく頭を撫でてやれば、子供の俺は大粒の涙を浮かべ、それをポロポロ流し、やがて生まれたばかりの赤ん坊のように大きな声で泣き出した。
「そっか。元気じゃないか」
俺は慟哭レベルの鳴き声を出す自分自身を抱き締め、優しく丁寧に傷つけないように、ポンポンと背中を叩き続けた。
○ ● ○
「そいつは大変だったな」
「うん……」
ショタ俺は両手で缶ジュースを持ち、ずっとその飲み口を見つめて動かない。でも知って欲しかったのか、口は動き続けて自分の事をポツリポツリと語ってくれた。まあ、自分の事だから知ってるんだけどさ。
何かこの時代の貨幣をちゃんと持ってたんだよ俺。だからショタ俺に、昔懐かしの缶ジュースなどをおごれたんだけどね。本当、どうなってんだこれ……
「んで、どうしたいんだ?」
「どうしたい……って?」
確かこんな感じだったっけと、昔の記憶を引っ張り出しながら、かつて自分に投げ掛けられた言葉を言う。
「方法としては、このまま耐え続ける、国の偉い人に頼るって二つのパターンがあるんだが。簡単に言えば戦うか逃げるか、になるか」
「……」
この当時の行政は本当に機能してなくて、かつ親父が市議会議員なんかしてる影響もあって、児童相談所的な通報とか握り潰されたりしてたらしい。親父の事業が失敗して夜逃げした時に、本物の叔父さんから聞いた話だけどね。気づかなくてゴメンて謝られて、結構不思議に思ったんだよなぁ……こう繋がるのね……
「どっちも大変なんだけどな」
「……分からない」
「だよなぁ」
出涸らし出涸らしなんてバカにされた学生時代だったけど、学業運動全てが高水準だったんだよなぁ俺。それも社会人になってたまたま再会したクラスメイトから聞いた話だと、親父が圧力掛けてたらしい。つまらない事に権力を使うなって呆れ果てる。正に草ボーボーじゃねぇか! っていう感じだ。
「叔父さんから言えるのは一つだけ」
「……」
ライジグスを整備する段階で、何度も何度も見たけど……それが例え過去の自分でも見ていて実にムカつくなぁ……この全てを失ったような虚無的な瞳ってさ。鏡を見る度にこれを見せられたから、余計にあっち世界ではこの瞳を持つ子供を撲滅してやろうって躍起になったんだよ。
俺は迷子のような表情を浮かべる俺に、ニヤリと笑って親指を立てる。
「クソダサい男にならなければそれでいいさ」
俺はこの言葉に何度も救われた。なんなら、ぐっもーにんぐ! ゆにばぁーすぅ! したあの世界へ行った時からも、この言葉を忠実に守っていたと思う。
「格好良い男ってのは、マジで格好良いんだぜ?」
「……オジチャンみたいに?」
「はははははは! 残念ながら俺もまだまだ届かないんだわ! こりゃ一生使っても届かんかもしんねぇや」
「……」
不安そうな顔に少しの絶望が混じる。確かこの時、こんな立派な服を着た大人でもダメなのか、って勝手に絶望したんだっけっか。いやぁーショタ俺、すげぇナイーブだったんだねー! 恥ずかしいっ!
「失敗したっていいじゃねぇか。恥をかいたって問題ねぇよ。必要なのはな」
「……」
何も映していない、まるで墨汁を垂らしただけのような瞳を向けるかつての自分の胸に、俺は軽く自分の拳を押し当てた。
「未来を生きるっていう勇気を持つ事だ。クソダサいってのは、勝手に未来を否定してダメにする事を言うんだよ。お前のここにはちゃんとあるだろう? 生きたいって勇気が」
押し当てた部分に手を当てて、ショタ俺は俯いてその場所を確認するように見る。そして見上げた顔には、ちょっと照れ臭いような、少しだけ覚悟を決めたような男らしい雰囲気が浮かんでいた。
「悪いけど叔父さんは直接助けられないんだ」
まぁ、何でこんな事になっているか理解できてないからね。軽々助けるなんて言えんわ実際。
「約束は出来ないが、君が一番辛い時には、君がどこに居ても助けに来るよ。まぁ、そうは言っても、今日みたいに辛い気持ちを聞くだけになってしまうけどね」
叔父さんとの記憶はそんな感じだったから、たぶんこの後も不思議現象を体験するんだろうなぁ……いやもう早く泣いているだろう嫁達のところへ戻りたいんだけどさ!
「とりあえず、上手いモンでも食わしてやるよ。その前に少し綺麗にしないとなんねぇけどな」
なんか持ってた財布に百万近い札束が入ってたし、ここで使いまくっても俺の金って感覚がないから痛くもない。なら過去の俺に使ってやるのが正しい使い道って奴だろう。
俺はポンポンとショタ俺の頭を叩き、ほら行くぞとその腕を引っ張りあげた。
確か、一緒に銭湯に入って……凄いビックリするような高級レストランへ連れてかれて、そうそう近所のお姉さま達に叔父役である俺が愛想を振り撒いてショタ俺の現状を広めたんだよな。この後、近所の大きなお姉さま達から結構食事面とかの支援があって、俺はそれで育ったようなモンだったしな。必要必要と。
「オジチャン」
「ん?」
「オレ、クソダサい男にだけはならないよ」
「……そうか、なら叔父ちゃんと仲間だな」
「うん! ガンバる!」
「ほどほどにな」
こっからが俺の人生のスタートだったかな多分。こっから俺は本格的に自分というモノを作るようになったし。
「いやはや、何とも痒いね」
自分の青春の追体験とか、いやもう何て言う羞恥プレイでしょうか! ああ痒い痒い……うま……
○ ● ○
「ははははははははは! だあーははははははは! ひぃ! ひぃー! あははははははははっ!」
タツローと達郎の邂逅を見ていた存在の一つが、その場で転げ回るレベルで爆笑をする。
「幾星霜。幾星霜なのだよ。正に幾星霜。多くの知的生命体の試練を見てきた我々ですら、このような事象は初なのだよ」
転げている存在を、厳しい視線で貫きながら、いかにも厳格そうな堅い口調の存在が、巨大な困惑を混じらせて、多くの呆れを含んだ言葉を吐き出す。
「さすがは、と言った感じではあるかな。自分を誰よりも嫌い憎み否定しながらも、自分の内にあるもっとも大切な部分を握りしめて離さなかった……実に彼らしいじゃないか」
朗らかで聞いているだけで心も体も温まるような声色で、親友に向けて語りかけるような感じにその存在が言う。
「だから愛しいんですよね、兄様。だからこそ許されないんですけども」
涼やかな、まるで極上の楽器の音色に似た声の存在が、優しい口調で宣言し、ついで地獄の悪鬼羅刹すら逃げ出す恐ろしい口調で吐き捨てる。
「んでよぉ、てめぇ、どう責任を取るつもりだよ? あぁん? こっちの顔にまで泥塗りたくりやがってああん?」
笑い転げていた存在がバネ仕掛けの人形めいた動きで立ち上がり、厳格な口調の存在を睨み付ける。それだけで空間が圧縮され、多くの古い世界が滅びを迎える。
「残念だが、消えてもらうしかない」
「はぁ……その前の尻拭いをやらせて、か?」
「その資格を持ってしまった」
「馬鹿野郎! あの世界に送ったのはな! あいつが元気に幸せに生きて暮らせるようにって、ただそれだけだったんだよ! てめぇの教育が行き届かなかったせいでこっちはどれだけ修正に走らされたと思ってやがる!」
「……申し訳ありません師匠」
「てめぇみたいな不出来な馬鹿、もう弟子でもなんでもねぇよ! このカスが!」
笑い転げていた存在の怒気に触れ、厳格だった存在が、その存在力を縮めて体を丸めるように小さくなっていく。それを他の存在がなだめる。
「まぁまぁそこまでで。こちらにも不手際はあったんだし。そもそもあの世界にしたって妹は放置気味で歪だったからこそ、あそこまでの状態になってしまったのだし」
「うぇい?! この状況でこっちに火種を飛ばすって鬼ですか兄様!」
「事実だろう? まぁそのせいで彼が今のような状態になったのだから、痛し痒しではあるんだけどね?」
「もぉ……あーあ、もっと早く食べとくんだった」
「こらこら、淑女淑女」
「はーい」
兄妹漫才を見せられ毒気を抜かれた笑っていた存在は、縮まった厳格存在の頭部的部分をドゲシと遠慮無く蹴り砕き、切り裂けるレベルで厳しい視線を暴れている見にくい化け物へと向けた。
「我が世の春は短いぞ、せいぜい謳歌してみせろや」
見ているだけで正気を失うような、正にそれこそが邪悪と思わせるような嘲笑を浮かべ、その存在は気遣わしげな視線をタツローへ向けた。
「はあ、すまねぇな……」
その謝罪は聞かせたい相手に届かずに消えていった。
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