第244話 暗雲 ⑫
邪神がア・ソ連合体領宙域でタツローの命を狙っている時刻まで遡る――
第五艦隊旗艦キングトイボックスのブリッジで、ジークが目は全く笑っていないが、外見上はヘラヘラ笑っている風を装いながら、ざまぁ見やがれ的な気持ちを込めて言う。
「いやはや、これは笑う」
最初は第二、第四、第五、第六そしてアベル艦隊とリーン艦隊による攻撃であった。それはそれで凄まじい光景だったのだが、そこへ更に近衛艦隊の攻撃が開始され、さながら宇宙大戦争を目撃しているような状態になっていた。
ライジグス極地調査船団が持ち帰った新素材を、変態集団技術開発部のねちっこい研究によって誕生した数々の技術の結晶。殺意? 違うな、これは滅亡の力だっ! と言わんばかりの威力増し増し、出力天元突破なレーザーとミサイルが、狂ったように幽霊船団と自称邪神へと襲いかかる。
「……うん、逆鱗ってあるんだなぁー」
ちょっと目が痛くなるような、カラフル過ぎる発光現象を、どこか遠くを見つめる目で眺めながら、現実逃避をするハイジ。
無理も無い。この光景は、ア・ソ連合体の住人達も目撃し、ちゃんと記録に残され、正式に歴史書で語られる事になる程の、圧倒的破壊の坩堝なのだから。
ちなみに歴史書には、ライジグスの激昂と記載される事となる。
へらへら笑っている風でありながら、激しく頭の中は回転しているジークは、顎先に指をトントンと当てながら、冷静に邪神の動きを観察し続けていた。
「ふーん……この状況で逃げないという事は……これは少し安心かな」
「ん?」
ジークの呟きを拾ったハイジが、何がという表情を向けると、ジークはニヤリと笑う。
「国王陛下が回復する可能性がある、って事さ」
「っ! 本当かっ?!」
近衛艦隊との艦隊ネットワーク通信を繋げてから、まるで実況中継のようにタツローの容態が伝えられて来ており、どうも妙な力が働いていて傷口が塞がらず、意識も戻る様子が見られないという、そんなもん実況すな! とハイジが突っ込みを入れた現状も知らされている。
わりと絶望的な容態だと、ハイジなどは悲観していたのだが、ジークは回復する見込みがあると言う。
「この状況で、あのズタボロ状態で逃げずにこちらへ向かってこようとしているって事は、自分から手を下した陛下が回復するかもしれないって恐れてるって事だ」
「っ!? あっ!」
タツローが不意を突いて邪神自らの手により負傷した、というのは聞いている。その段階では確実に命を取ったと、邪神は確信していたのだろう。だが、タツローは意識は戻らないが生きている。その事が邪神にとってのイレギュラーであり、このまま捨て置けばタツローが回復する可能性すらあると、逃げずにどうにか止めを刺そうと狙っているとすれば、なるほど無様をさらしても居座り続ける理由として納得出来る。
「まあ、それすら見通しが悪いと、お前は本当に神なのか? と問い詰めたくなるレベルで未来を見据えていない」
ジークがゾッとする低い声で言うと、まるでその発言とタイミングを合わせたように、邪神・幽霊船団の直下に艦隊がジャンプアウトしてきた。
「チェックメイト」
「うわあぁ……スカーレティア・ウルトラ、側妃ガラティア様に、ルブリシュ艦隊、ルータニア提督まで」
ジークが静かに親指をくいっと下へ突き立て冷たい声で宣言する。そしてスクリーンに映し出された映像を目撃してしまったハイジは、自業自得ではあれど邪神にほんの少しだけ同情を向けた。
「わあー虎の子のうさ耳大隊が全力で出撃してるー」
メイド隊の中で戦闘艦乗りとしての能力が高い人員を中心に作られた大隊、正式名称はメイド戦闘艦大隊と捻りも何もない名前だが、所属するメイド達はもっぱら通称であるうさ耳大隊と名乗る。理由は可愛いからだそうだが……
閑話休題。以前から彼女達専用の戦闘艦であったロップラビットを、新しい設計で新設し、数々の技術を組み込んで新生した戦闘艦がホワイト、ブルー、グリーンラビットと命名された船だ。
ホワイトラビットがスピーダータイプ。ブルーラビットがライザー(パワー)タイプ。グリーンラビットがバランサータイプとそれぞれ得意とする戦闘方法が違う。
だが、彼女達の真骨頂は混成編成での戦闘にあり、その異様に呼吸のあった連携は、カオスやマルトと言ったエースパイロットから見ても異質であると言わしめるレベルにある。
「わあールブリシュ騎士団まで出撃しちゃったー」
そっと両手を合わせてハイジが半笑いで投げやり気味に言う。
邪神・幽霊船団直下にジャンプアウトした瞬間から、全力砲撃を射ちまくり、更にはお手本のような流れで綺麗な編隊を組みながらルブリシュ騎士団が右往左往している幽霊船団へと食らいつく。
「オワッタ」
迷わず死ねよ、とわりと辛辣な事を言いながらナムナムと両手を擦り合わせるハイジに、ジークは呆れた視線を向けながら、周囲の状況を確認して新しい指示を出す。
「第五艦隊はこのまま押し潰す。第四は一旦スティラ・ラグナロティアの後方へ移動。プラティカルプスは近衛艦隊全体を監視。悪足掻きをするならここからだ。旗艦を陛下を守れ」
『第四艦隊了解! スカイツインズ全速力!』
『カオス了解。てめぇら! ぬかるんじゃねぇぞっ! 二度目はねぇからなっ!』
『『『『ったりめーよっ!』』』』
第五艦隊の前方で盾役を引き受けていた第四艦隊が、綺麗な動きで後方へと回り、それを守るような形でプラティカルプス大隊が続く。
『やっぱりそう判断するよな』
ポピンと音を立ててスクリーンにウィンドウがポップアップし、そこに厳しい顔をしたアベルの顔アップが映し出される。
「アベルっち、あ! ごめん!」
よぉと片手を上げてジークがアベルを普段通りに呼び、しまったと顔をしかめて謝る。それを見たアベルは、苦笑を浮かべて肩を竦める。
『構わないよ』
ちょっと気が抜けたのか、アベルの表情から険しさが抜ける。その様子にジークはおや? と面白いモノを見たという表情を浮かべたが、すぐにその顔を引っ込める。
「悪足掻きポイントはここからだと予想するけど、アベル司令はどう予想しますかね?」
ジークがしっかり艦隊司令らしい口調と態度で聞くと、アベルは薄く微笑み頷いた。
『同意見だ。第四とカオスの大隊を近衛へ回したのは英断だと思う。こちらからも第六を向かわせた。リーン提督も艦隊の一部を回してるようだね』
やっぱりそう見るよね、とジークは内心で頷く。さすがはアベルとリーンだと、同僚の機転を嬉しく思う。
「このままレッツゴッドスレイヤーと洒落込みたいところだけど」
『ああ、討伐出来るならそれに越した事はないが……何だかんだ、あれだけこちらの攻撃を受けながら原型を保っているところを見ると』
『根本的なダメージを与えていない、んだろうねぇー困った事に』
ジークとアベルの会話に、しれっとリーンが混じる。ある意味ジークの心の師匠と化している、ザ・昼行灯なリーンにジークは嬉しそうな視線を向ける。
『やあ、お二人さん。おつかれちゃん』
かなり渋目の湯呑みを持ち上げて、やる気なさげに挨拶をしてくるリーンに、ジークはビシッと敬礼をし、アベルはいつも通りで羨ましいなぁと頭を掻く。
『ずっと各種エネルギー注入タイプのミサイルをぶち当てているんだけどねぇ、うちの観測手の話だと、えーとなんだっけ? 名前は名前は……もういいや、アレが内包しているエネルギーの数値に変化は無いらしい』
あー面倒くさい、とばかりにずぞぞぞぞと湯呑みをすするリーン。そんなリーンへにたりとした笑顔を向けて、ジークがすっとぼけた顔で言う。
「アダム・カドマツでしたっけ?」
ライジグスの正月飾りにありますなぁ、とニヤニヤ笑うジークに、呆れた表情でアベルが真面目に言う。
『アダム・カモンだろ』
カムンだっけ? あれ? カルダモンだっけ? とアベルも真面目な顔で悪のりをしていると、ふへっと笑ったリーンがやめやめとばっさり切る。
『いいんだよ、あんなんアレで』
三人は顔を合わせて朗らかに笑う。
「こうやってバカやってれば、陛下が気になって見に来そうですよね」
『『あー』』
「いやごめんって、ちょーと油断しちって、てへみたいな感じで、ファラ様やシェルファ様にどつかれながら現れそうな気がします」
『本当だ、ありそう』
『悪びれもせずに謝るだろうねぇ』
三人はゲラゲラ笑って、一頻り楽しげに笑うと、キリリと顔を引き締めた。
「では奴の内包エネルギーを削る方法を探る方針でよろしいか?」
艦隊司令の顔と口調でジークが確認をすれば、アベルがやはり引き締まった顔で頷く。
『それぞれの艦隊で保有する武器を試し、それぞれで観測、データは随時リンクして検証』
アベルの言葉を引き継ぐ形でリーンが、湯呑みを揺らしながら続ける。
『試してないミサイルがまだあるから、こっちはそれを試すわ……んじゃまぁ、さっくりと倒すぞ』
さも当然とばかりにリーンが言うと、ジークは最上位の敬礼ではっ! と返事をし、アベルは柔らかな口調で了解と返した。
○ ● ○
『なんだこれはっ!?』
ライジグスの軍勢からの攻撃を受けながら、邪神は訳が分からないと困惑していた。
『誰に対する信仰だっ!? 何だ、この濃密な祈りの力はっ!』
ライジグスの軍勢が増えれば増えるほど、その攻撃の密度が濃くなればなるほど、ライジグスの軍隊を無形の信仰する祈りが包み込んでいき、邪神が感じる痛みが強くなっていく。
『女神フェリオではないのかっ!? 誰に対する祈りだっ! これは誰に祈っているっ!?』
邪神は知らない。ライジグス・グレートベルトと呼ばれるライジグスを構築するコロニー・ステーション群の形が、実は歪な形ながら円形をしている事を。
円という形は巡る力を増幅させる最上の形である事実を。
タツロー・デミウス・ライジグスへ対する国民達の感情が、支配者に対するモノというよりは
深刻な容態であると伝えられた国民達が、一斉にその場で国王の回復を祈りだした事実を邪神は知らない。
邪神は何も見えていない。何も理解出来ていない。
何も……何も……何も……
もしも女神フェリオが介入したとしたら、その事実を秘匿した事こそが女神の奇跡だったかもしれない。
『このままではいずれ蓄えた魂が削られかねん……何か無いか……』
邪神は焦りながらその知覚を広げて行き、それを感じてニタリと笑った。
多くの人間が絶望と憎悪と悲しみに支配されながら死んでいった、実に都合の良い醸成された負のエネルギーが発生したのを感じたのだ。
『この方向は……くふふふふ、やるではないか。無能は無能なりに役に立つ』
邪神は幽霊船団を吸い込み、ブレイブ・ブレイバー2のコックピット部分へと飛び乗ると、その場から消えた。
『すぐにお前達を滅ぼしてやろう。感謝するが良い、お前達の魂も有効活用してやろう、くふ、くふふふふふふふ、ふはははははは、あははははははははっ!』
亜空間を飛びながら、邪神は激しく体を揺らして笑うのであった。
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