第243話 暗雲 ⑪

 Side:共和国禁忌宙域教団本部


 教皇の姉を自称する女性の手からこぼれ落ちたおぞましい蟲の大群を前に、誰もが動けず固まる中、唐突に頭の中に声が響いた。


『スクエア、フラッシュ』


 淡々と、冷徹に告げられたその声に、指名を受けたスクエアは全力で精神エネルギーを、輝きに変換して解き放った。


「「「「ぐぐぎゅうぅぅぅぅぅっ!」」」」


 光を受けた蟲が、苦痛に悶える絶叫を上げ、ビタンビタンと激しく床を叩くようにのたうつ。


『リング、パイロキネス』

「っ! うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 再びの声に、指名を受けたリングが超能力で炎を産み出し、それをのたうつ蟲へと叩きつけた。じゅわりと不快な音をたて、ゴムが焦げるような、気分が悪くなる悪臭が会議室を満たしていく。


『ワイト、施設へテレポート。船はある。それに乗って逃げなさい』

「っ!? 集まって!」


 ワイトが声に従い、デルタ達を呼び寄せ、ベルにも手を伸ばしたが、ベルはいつもの張り付けた笑顔を浮かべ、ワイトの手を握らなかった。


『行きなさい』


 ワイトは宇宙よりもくらく、闇よりも深いベルの瞳を必死で見つめながら、デルタ達と共にテレポートでその場から逃げた。


「あらあら、とやらは詰めが甘いんですね」


 スクエアの閃光から一連の動きに一切対応出来なかった教皇の姉を自称する女主人に、ベルはカクンと人形めいた動きで首を傾げ、三日月のような笑みを張り付ける。


 それを見た女主人は、全身から精神エネルギーの奔流を放出しながら、右手をベルの頭へ向けた。


「控えよベル。姉さんも抑えて」


 ベルと女主人の間に、すっと教皇が立ち、ベルには命令を女主人には懇願をする。


「ちっ、性処理人形が生意気に」


 放出していた力を霧散させ、女主人はグッと付き出していた右手を握り捨て台詞を吐く。そんな女主人へ、ベルはにたぁ~と口からヨダレが滴り落ちそうな深い笑みを顔に刻みながら、哄笑と呼ぶのに相応しい笑い声を上げた。


「ぎゃはははははははははっ! 女としての機能がありませんものねぇ~とやら。ああそうだ! きっとライジグスへ行けば、突っ込む穴くらいなら作ってくますよ」


 ほら名案とばかりに言われた言葉に、女主人から激烈な精神エネルギーが放出される。


「……この売女がっ!」


 布で隠されている無数の瞳が精神エネルギーの作用で黄金色の輝きを放ち、バサバサと衣服をはためかせ、女主人の正体を晒す。


 化け物としか言えない異形の体をさらけ出し、その身体中にある無数の瞳が一斉に、ぎょろりぎろりとベルを睨み付け、その眼力にのせられた念動力で相当な圧力がベルを襲い、ミシミシミシギシギシギシと肉体が軋む物理的な音が会議室に響き渡る。それを受けてもベルの表情に変化は見られないが。


「控えろと言っている! 姉さんも!」

「ちっ!」


 再び教皇が間に入って止めると、女主人は苛立たしげに舌打ちをする。


 強烈な念動力をモロに浴びたベルは、口の端から薄紫色の体液を流しながら、全く表情を変えずに嗤う。


「くふふふふふふふ」


 二人の様子に処置無しという雰囲気をかもし出しながら、教皇は強烈な思念波を解き放ち、逃げ出した大司教の居場所を探る。


「……これは?」


 教皇が驚いた声を出すと、女主人がすっと教皇に近づく。


「どうしたのかしら?」


 先程までの鬼神すら裸足で逃げ出しそうな気配を完全に消し、妙に甘ったるい猫撫で声で教皇に聞く女主人。その様子をベルは張り付けた笑顔で見つめながら、けっと馬鹿にしたように嗤う。


「ちっ……それで、何か問題でもあるのかしら?」


 ベルに一瞬だけ殺気を飛ばしながら、教皇の胸に怪しく手を這わせつつ再び問いかけると、教皇は胸をさする女主人の手を握りながら少し困惑した様子で口を開く。


「全く生命の気配を感じない」

「……感応波遮断防壁?」


 教皇の超能力は化け物レベルである。彼一人いれば大司教すら必要ない万能性を誇る存在だ。そんな彼の感応系能力が阻害されるなど、レガリア的技術でも不可能だったはずなのだが……


 女主人が口に出した感応波遮断防壁とは、かつての大量虐殺の時に使用された技術で、一定レベルの感応系超能力を防ぐ効果がある。


「いや、感じがしない。どちらかと言えば……引っ掛からずに通り抜ける?」

「……確かに、何か邪魔をされると言うよりは……ヌルッと感じ?」

「ああなるほど、確かに滑る感じだ」


 お互いに超能力で感じる感触の感想を言い合っている二人に、ベルが呆れた感じに告げる。


「大司教達はよろしいのですか?」

「「あっ」」


 二人は全く同じタイミングで声を出し、確かに姉弟だわと思わせる、良く似た表情で絶句した。


「丁度良いではありませんか、ここで爆破してしまいましょう」


 絶句している二人を放置しつつ、どこか恍惚とした表情を浮かべながら、ベルがうふふふふと悶えるような笑い声を出しつつ、怪しく体をくねらせて言う。


「……それもそうだな。ベル、起爆を」


 ベルの言葉に硬直を解いた教皇が、一つ頷きベルへ指示を出す。


「はい。今回の件が終わりましたら、是非わたくしを殺して下さいね。そういう約束でしたよね? 教皇様?」


 躊躇無く起爆スイッチを押し、遠くから大爆発の轟音が響く。その爆音をうっとりした様子で聞きながら、ベルが発情した声と表情で教皇に確認をする。


「……ああ、そうだな。かならずその約束を果たそう」


 即答では無く、どこか言い淀んだ口調での返答に、ベルはうふふふふと笑いながら小声でポツリと呟いた。


「……そんな意気地もないくせに……」


 その声は誰にも聞かれる事無く、ベル自身の笑い声に紛れ、虚無に消えていった。




 ○  ●  ○


「デルタのおっさん!」

「大丈夫だ! ステルスモードは解除されていない!」


 施設から脱出した直後に発生した大爆発の余波を受け、大型客船よりも大きな豪華客船が激しく上下左右に揺れる。


「どっから手に入れたんだよ! これ!」


 その激しい揺れに耐えながら、リングが叫ぶが、誰もその叫びに対する答えを持ち合わせていない。


 ワイトのテレポートで同胞の保護施設へ飛んだ大司教達は、自分達が来るのを知っていたかのように待ち受けていた保護施設の職員達の案内を受け、秘匿された秘密の大型宇宙港へと連れられ、逃げ出す準備万端だった同胞と共に施設から脱出したのだが、その逃げ出す為に乗った船が問題だった。


 最近、ライジグスが一般企業向けに販売を開始したレガリア級にギリギリ届かないが、確実にどこのシップメーカーよりも高性能な客船、それが堂々と用意されていて、大司教達は目が飛び出るんじゃないかという程驚いた。


 だが、ライジグス製の高性能な船だったお陰で、特殊装備ステルスモードという、もうレガリアでいいじゃん! と突っ込みが入りそうなモードのお陰で、現在も誰にもバレずに粛々と逃走出来ているのだが……


 収まらない激しい揺れに耐えかね、再びリングが叫ぶ。


「あの声の主ってベルだったよなっ!?」


 彼の叫びに誰も返事を返さない。あの瞬間、ベル以外の大司教達は独自開発したテレパス系能力を遮断する事に特化したシステムを立ち上げて、教皇からの干渉を防ごうとしていた。結果としては無意味であったが、そのシステムを突破しかつ教皇に悟らせないレベルのテレパス能力など、教皇より能力が高くなければ不可能だ。


 ベルの能力は確かに高い。だが、教皇を出し抜けるレベルの高さであるか? と問われれば違うという答えしか出てこない。


 だから誰もそうだと断言出来なかった。


「それよりどこに向かうのです?」


 どっちにしろ明確な答えなど出ないと、ラインがリングに苦笑を向けながら聞けば、デルタは航行システムを立ち上げてチェックをする。


「未開拓星域に航路設定されているな……居住可能のそれなりに穏やかな自然環境の惑星へ向かう設定だ……」

「「「「……」」」」


 まるで今回の事が引き起こされるのを全部知っていて、あらかじめ全ての準備を完璧に整え、ジャストなタイミングで逃がしてくれたような状況に、大司教達は言葉を失う。


 何とも言えない空気がブリッジを支配していたが、突然巨大な怨念のような気配が爆発した施設から放出され、それに引き寄せられるように無数の負のエネルギーが方々から施設跡へと流れていく。


「っ!? ぐうぅっおおっ?!」


 優れた感応能力を持つが故に、大司教を含めた全ての人々が頭を押さえ、感情をじゃりじゃりと逆撫でる気配に耐えていると、その悪しき気配に誘われた巨大なナニかが空間を引き裂き向かってくるのを感じた。


「マズいかも……」


 苦しそうに耐えていたワイトが小さく呟くのを聞いて、スクエアが操縦系のシートへ飛び込むように座ると、ステルスモードを解除して、ハイパードライブを起動させるレベルまでジェネレータの出力を上げる。


「いっけーっ!」


 ワイトの感応系は大司教の中で一番高い。そんな彼女がマズいと言うのなら、それは絶望的に駄目だと言っているのと同じだ。


 スクエアは人生全ての幸運をここに注ぐと念じながら、早く早くとハイパーレーンに突入すつのを焦れながら待つ。


 やがて十分なエネルギーを供給されて、船がハイパードライブへと突入、ドヒュンという爆音を出しながらハイパーレーンへと逃げ込めた。


 だがその突入する瞬間、ちらりとだけ巨大スクリーンに映った光景に誰もが絶句し、誰もが絶望した。


「あれが……神、なのか?」


 ハイパーレーンの極彩色な光の奔流を映すスクリーンを呆然と見つめながら、デルタが呟く。


 教団という宗教組織に属しては居たが、実際のところは無神論者であるデルタでも、先程見えた化け物を神とは呼びたくなかった。


 驚く程巨大ではあったが、姿は確かに人型であった。だがその体は脈動し不規則に隆起し、常に狂った人形のように躍り狂い。神経系の奇病に犯されたかようにカクカクと頭や腕、脚を揺すらせ。薄暗く黄金色に輝く瞳は巨大な双眸は、膨らんでは破裂し、破裂しては再生し、そしてまた膨らみ破裂するを繰り返していた。


 圧倒される感触というか、精神を凌辱されるような威圧感は、確かに偉大なる神格を感じたと思う。だが、あの異形過ぎる化け物を素直に神であるとは言いたくない。


「……少し休もう。色々ありすぎた」


 全てを放棄し、全てを忘れて、今は何も考えずに眠ろうと提案したデルタを、誰も責めはしなかった――





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