第242話 暗雲 ⑩
Side:共和国禁忌宙域教団本部
数々の汚れた実績と、名も無き神への狂信、汚泥に似た腐敗と退廃に満ちた共和国の歴史は、実はとても古い。
帝国という強烈な輝きが世の中へ解き放たれ、その引き立て役、やられ役の相方という面だけがクローズアップされた部分が大きいが、実のところ共和国は旧四王家時代よりも前に、共和国の前身となるヴェロナ大国として存在していた。
現在の共和国の有り様を見ると想像もつかないが、ヴェロナ大国はとても優れた統治をする国だった。政治の中心に必ず巫女と呼ばれる神の祝福を受けた特殊な出自の少女達がおり、彼女達が神の信託を受けて時の支配者を決定していたとか。真偽は不明だが、そういう歴史書の記述は残されている。
そんなヴェロナ大国が、ゆっくりと時間を掛けて多くの地方大領主を穏便に抱き込み、ゲド(調和の意)・ヴェロナ共和国となったのは自然の流れであった。
四王家誕生前の宇宙は、巨大な犯罪組織である宙賊達が幅を利かせており、国と宙賊達の戦力が拮抗するどころか、楽に暮らせる宙賊達の方が戦力が充実するなどという現象まで起こっていた。なので、いかな地方で大領主をしていても、一地方だけで宙賊に対抗するには限界があったからだ。
そんな時代背景もあって、望まれ誕生したのが優れた国である四王家だ。意志統一された軍隊、巨大な暴力装置であった宙賊達を更なる巨大な暴力装置で制御するという手法は、宙賊達の効率的な弱体化を進めた。
宙賊が弱体化し治安が安定すると経済の流れも活発化し、経済の活発化は国家の安定化へ繋がる事が証明される。すると四王家にならえ右とばかりに、弱小部族単位の領主達が集まり新興国家をぽこじゃか勃興させまくる結果に繋がった。ゲド・ヴェロナ共和国誕生の背景には、そんな時代の後押しを受けたという側面もある。
閑話休題。
ゲド・ヴェロナ共和国が誕生し、それまで政治の中枢にいた巫女達も政治から遠ざかり、時の支配者、君主を必要としない議会制度が導入され国の主権が支配者層から国民へと移り、君主制から共和制へと緩やかに進む転換期が長く続いた。そんな時期に教団は誕生したと言われている。
だが教団が主張する起源は、巫女達こそが聖典を我らにもたらし、我らが教団を産み出されたのだ、としている。つまりはヴェロナ大国時代から教団は存在していたという主張だ。これは教団の聖典に記載されている文言なので、実際にそうだったのかは不明であるが……
だがしかし、教団の主張する巫女起源説だが、正当性を証明できる事実が存在する。それは巫女達の出自である。
幻想種族ムバァウゾレ。強大な精神感応能力を持ち、優れた超能力を有する種族。しかし、優れすぎた能力と特異な見た目の為に禁忌種族として絶滅寸前まで追い込まれた悲劇の種族。
ヴェロナ大国で用いられていた巫女という装置は、ムバァウゾレの少女達であったという事実はしっかり記録に残されている。そして教団の歴代教皇はムバァウゾレしか就任を許されていないし、大司教に至ってはムバァウゾレか、その血脈を受け継ぐ者しかたどり着けない地位なのは有名だ。
もう一つ教団の主張の正当性を証明できるモノ、いや場所がある。それは教団の本部が置かれている宙域と惑星だ。
共和国禁忌指定宙域。ここはかつてムバァウゾレ種族の生誕の地、出身惑星があった宙域だ。大国時代には巫女しか踏み入れを許されず、現在では教団関係者しか入れない宙域で、教団本部がある崩壊惑星ラヴァム・ウォブァこそがそれを証明できる根拠である。
漂っているだけの巨大な地殻の一部となっているラヴァム・ウォブァに、教団の本部、神聖宮は鎮座している。
普段であるのならば、静寂と破壊しつくされた寂寥感に満ちた宙域で、多くの死を痛む石碑のように、もしくは死者を慰める墓標のように荘厳でありながら神聖さを感じずにはいられないそこは、レーザーが飛び交い爆発が支配する戦場と化していた。
「……これが教皇様が望んでいた世界だと?」
神聖宮最奥、教皇が座す降臨の間から一番近い会議室。信者からは畏怖と敬意を込めて、神意の間と呼ばれている場所に集まった教団大司教六人は、揺れるその部屋で顔を付き合わせていた。
「滅びと絶望の先にこそ、わたくし達が求めた世界がある。それを信じたのではないのですか?」
疲れと諦めと、複雑な負の感情を込めて吐き出された、胸に三角形のシンボルをぶら下げた白髪の初老男性の言葉に、しゃりんしゃりんと涼やかな音を身に纏う、張り付けた笑顔の女性が、カクンと首を直角に曲げて男をジッと見つめる。
三角形のシンボルを持つ初老男性をデルタ、音を身に纏う女性をベルと言う。他には空洞の丸をシンボルとする青年リング、逆五芒星の女性ライン、四角形の青年スクエア、トランプのダイアをシンボルとする少女ワイトと、ここに存在する六人を六大司教と呼ぶ。
教団の運営はこの六人が担い、力関係は平等だと言われているが、実際にはベルが教皇の寵愛を受けているため、大司教筆頭と目されている。それに教団が重要視するテレパス能力も飛び抜けており、超能力を阻害する役割を持つシンボルを身に付けていても、目の前の人形めいた女性は易々と精神へ干渉出来てしまう。実際に現在、他五人が全力で精神を集中し、ベルに心を覗き込まれないよう注意しているが、彼女から発せられる怒気から筒抜けなのは明確だ。
「あらら? おかしいですね。アナタ方が今まで使ってきた特権は、今この時の為に支払われた前払いの報酬だったでしょう?」
相当に整った顔立ちをしているベルが、張り付けた笑顔で凄む様は正直異様だ。彼女がムバァウゾレの血統である証の、ギラギラ滑ったように輝く金色の瞳が、ぎょろりぎょろりと周囲を見回す様は、あらゆる古今東西存在するだろうホラービジュアルディスクよりも迫力がある。
「神が御光臨されたのです。その神が我々の命と魂と絶望を所望しているのです。その神を信奉する我らが命を惜しむとは、実に滑稽じゃありませんか?」
「「「「……」」」」
そう思っているのはお前だけだ、他の大司教は心の中でそう呟く。彼らが教団という狂った宗教団体に所属していたのは、ムバァウゾレという禁忌種族の血筋であっても、それなりに豊かに暮らせる場所だったからだ。他のどの国でも保護される事も無い、同じ人種とすら認めてすらくれないムバァウゾレという呪縛を、この教団だけは解放し認めてくれた、ただの人間だと認定してくれたのだ。
ベルを除く大司教達が真剣に熱心に活動していたのは、実際にところ教義の為では無く教団の為ですら無く、抑圧され弾圧されているムバァウゾレの同胞を助ける為という側面しかなかったのだ。断じて邪悪な神の要望に従い、我が身全てを投げ出す為に活動をしていた訳じゃない。
「ベルさんよ。ここで俺らが死んでだ、一体何があるってんだ?」
目だけがランランと輝く無表情のスクエアが聞くと、ベルはまるで出来の悪い生徒を叱る教師のような雰囲気で、呆れた溜め息を吐き出す。
「全く、それでも教団の大司教ですか……神が御光臨し、全てを破壊し、そして新しい世界が始まるのです。我々教団を中心とした、ムバァウゾレだけの楽園が新生するのだと、教皇様は断言されてますよ」
恍惚とした表情で酔ったように言うベルへ、スクエアは冷めた視線を向ける。確かに神と呼ばれるに相応しい存在だとは思う。あくまで三次元世界においてと注釈がつくが……
確かにこちらが用意したあらゆる計測器を振り切った、超エネルギーの塊だというのはデータが証明している。だがそれだけで、全く別の世界を新しく作れるか、と問われれば首を傾げるレベルでしかない。精々銀河系一つを産み出せる位が関の山じゃなかろうか。
だからそこ懐疑的になるし、高々三次元程度の超常存在が、三次元より上位の高次元生命体が行う奇跡を扱えるとは思えず、ベルを除く他の大司教達は納得できずにごねている状態なのだ。
そんな平行線を辿りそうな会議室へ、二人の男女が入って来た。
「教皇様!」
「「「「っ!」」」」
入室して来たのは教団のトップ、名前を失ったムバァウゾレの青年と、頭からすっぽり布を被ったような衣装の、ギラギラ輝く目だけを露出させた女性だった。女性は教団から出資を受けて商売をしている夢幻商会ムスタファの女主人だったか。
今はそれよりもと、五人の大司教達は慌てて、ベルは優雅にその場へ跪く。
「どうした? ワタシの指示を実行していないようだが?」
宇宙人顔の、両生類を思わせる巨大な黒い目をぎょろぎょろ動かし、妙に甲高い声で言われ、ベルを除く大司教達が萎縮する。
「恐れながら」
萎縮しながらもデルタが声をあげれば、教皇が許すと発言を認める。
「現在、我々が置かれている状況はどのような意図があっての事でしょうか?」
「何が言いたい」
デルタの言葉に教皇が冷たい声で応じ、それに伴い物理的な圧力がデルタを襲う。教皇の念動力による重圧に耐えながら、何でもありませんという態度で言葉を続ける。
「我々の目的は虐げられている同胞を保護し、同胞の未来の為の居場所を作る事ではありませんでしたかな? それなのに何故我々は、崇めている神に攻撃をされているのでしょうか?」
そう、現在ラヴァム・ウォブァを攻撃しているのは復古派共和国軍でもなければ、仮想敵国である神聖フェリオ連邦国でもない。近隣で一番近いフォーマルハウトの軍勢でもなければ、忌々しい太陽王の王国ライジグスが攻めて来ているわけでもない。
現在教団を攻めているのは、邪神の使徒を名乗る幽鬼のような軍勢なのだ。その上で教皇は、ラヴァム・ウォブァの周囲に点在する施設を爆破しろと命令をしてきた。激しい差別に晒されて、心身共に磨耗した同胞達の保護施設を、脱出させずにそのまま爆破しろなどと、もう正気の沙汰とは思えない状態なのだ。
「あの神の事だ。それで我々が絶望し、恐怖し、憎悪するだろうと踏んでいるのだろう。それこそがアレの力の源泉らしいからな」
自分が崇める神なのに、どこか馬鹿にしたような口調で言う教皇。そこに嫌な気配を感じ、デルタは近くにいるリングの足をトントンと叩くと、リングが小さくコホンと咳払いをする。それでベルを除く他の大司教の気配が一変した。
「……ふむ、お前達がワタシに極秘で進めていた計画なら、既に制圧済みであるぞ? お前達が本心ではワタシに従っていない事など、お前達が大司教就任時、いや教団に入信した時からずっと知っていたからな」
「「「「っ!?」」」」
テレパスを阻害するシンボルだけでなく、更に個人で使用できる阻害システムを立ち上げたのに、それまで抜いて心を除かれた事実に、大司教達は驚愕する。絶対に悟らせない為に、ベルにも使用せずにいた対教皇を目的とした仕組み、それを破られるとは思っていなかったのだ。
「どうやらここまでのようね?」
「はぁ……ごめん姉さん、手間を掛けて」
「構わないわ。お姉ちゃんに任せて」
「うん」
驚愕し続ける大司教達を見下し、やれやれと馬鹿にした風に口を開く女主人に、教皇は何と姉と呼んだ。その事にも驚いていると、完全に男女の距離感で親密にやり取りをし始めたかと思えば、すっと女主人が腕を持ち上げた。
「ひっ!?」
それを見たワイトが小さな悲鳴を出し、口でしか笑わないラインも、あまりの事に顔をひきつりながらズルズルと後ずさる。
女主人の手には、うねうねと蠢く巨大なミミズのような蟲が握られていた。それは現在でも帝国を攻め込む旧四王家の軍勢達を操り、人型生命体の脳へ寄生するブレインジャッカーと呼ばれる暗黒星団に生息するおぞましい生物であった。
「従わない手駒に価値はない。残念ね」
女主人は三日月のように瞳を細め、ぼとりと蟲を床に落としたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます