第241話 暗雲 ⑨

 邪神は困惑していた。そして苛立っていた。


『何故壊せない!』


 神を冠する存在であるからには、下位次元の物理法則など無視して行動出来るハズが、何故かもろに物理法則の影響を受け、時間も空間も次元も超越した存在であるハズが、そのどれも扱う為には膨大なリソースを必要とする体たらく。


『しゃああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 億単位の時間を掛けて熟成し、多くの魂と絶望と、ありとあらゆる負の感情を星の命と同化させて爆発させ、満を持して降臨したというのに、神としての権能の半分以上を使えてない。


 完全なる星幽体(アストラルボディ)を持ち出したはずが、まるで余分な贅肉を埋め込まれたかのようで、全くもって不自由この上ない。挙げ句は、完璧たる己が体を物理で斬られて痛みを感じるなどと、こんな無様はない。


 そして何より問題なのは、確実に命を奪えたと確信したタツローが、ぎりぎりのラインで生きている事だ。


『邪魔だ! どけ! 木っ端聖女どもがぁっ!』


 このままではタツローが回復するという、全く笑えない最悪の事態になりかねない。ここで確実に仕留めるべきだと、巨大な船に近づこうとするも、こっちを完全に馬鹿にするような動きで、六隻の戦闘艦が確実に自分を阻む。


『ちっ! 来い! 勇者!』


 埒があかないとブレイブ・ブレイバー2をぶつけようとするも、向こうは向こうで本物の勇者の技術を前に、完全サンドバック状態で釘付けにされてしまっている。


『使えんなぁっ! 来い! ルック・ルック! フランク・カリオストロ!』


 ならばと、タツローの戦力を分散させる為に引き付け役をやらせていた二人を呼び寄せる。だが、彼らは邪神自らが復活する為に使用した超新星爆発の影響を受け、現在疑似魂の復元中で動けずにいた。


『まずい! まずいぞ! 何だこれは?!』


 神なのに御都合主義げんじつかいへんが出来ない。世界の中心は神たる自分であるはずが、全てが裏目に出る。まるでお前こそがこの世界の異物であると言われているかのように――


『はっ!? 女神フェリオの介入かっ!?』


 この世界を産み出した世界神、創世の女神フェリオの介入だろうと探っても、どこにもかみのちからの気配を感じない。ならば何故に自分の思い通りに世界が回らないと、ますます苛立ちが募る。


 時間が経過すれば過ぎる程、タツローがじわじわと回復してしまう。もうかなりのリソースをつぎ込んでしまっているが、ここで躊躇するのは悪手であると邪神は決意する。


『致し方無し! 来たれ! 拒絶されし者達よ!』


 大量のリソースを使用し、こうなれば質より量だと、罪深き汚れた魂を呼び寄せ、それに仮初めの命を与える。そうして現れたのは、フォーマルハウト動乱で暴れていた傭兵達と、北部動乱の時のヴェスタリアを詐称した艦隊、神聖フェリオ連邦国を襲撃したオスタリディ艦隊等が幽霊船現象を引き起こして現れた。


『我が軍勢よ! 蹂躙せよ!』

『ひひゃひゃひゃひゃひゃ! もっと殺せる! もっと殺せるぞっ!』

『いやはや、まさか神から直接ご指名を受けるとは』

『我が神に勝利を捧げましょう!』

『おお神よ! 挽回のチャンスを与えて下さり感謝致します!』


 数だけ揃えたから質は考えていない。性格破綻者に寄生生命体、不安要素しかないが、これ以上質を求めるにはリソースが不足してしまっている。だが数だけは揃えられた。


 これならばいかな勇者、聖女だろうと物量で押し潰せる。少なくとも自分がタツローへ止めを刺す余裕は生まれる。邪神はニタリと嗤い、今度こそと巨大な船へ向かおうとして、巨大な金色の瞳を目一杯見開いた。


 その光景に今度こそはっきりと、世界が自分を拒絶していると確信した。




 ○  ●  ○


 ブリッジには絶望が支配していた。だが、トップに君臨する彼だけは違った。


「あれが邪神アダム・カドモン?」

「らしいな」

「ふーん、随分とちゃっちい邪神ちゃんだね?」

「……そういう感想を言えるお前が羨ましいよ」


 ルック・ルックの消失と、マルトと他六隻の緊急離脱、そこからタツローの負傷報告と続き、おっとり刀でジャンプしてきた第五艦隊旗艦トイボックスのブリッジで、珍しく怒りの表情を浮かべたジークが、邪神の姿を見て、タンでも吐き出すんじゃなかろうかという感じにぺっと毒を吐く。


 一方、女房役のハイジはスクリーン越しでも感じる邪悪な気配に肝を冷やし、青白い顔で何とか立っている、という感じだ。それを周囲に悟らせない程度には、何とか気合いでねじ伏せているのはさすがの一言であるが。


「うちの王様を刺したんだってね。気に入らないねー」


 ジークが底冷えするような声色で呟く。何気にジークはタツロー・デミウス・ライジグスという人物に心酔している。飄々としてそうは見えないが、かの国王を相当リスペクトしていた。だから長年相方を勤めているハイジですら、人生で二・三回見たかな? というマジ激怒状態ジークになっていた。


 本気の本気でキレており、メラメラとした熱気を感じるような、強烈かつ異様なプレッシャーを出しながら、どうやって料理してくれようかと頭を回転させている。こうなるとジークはマジで怖い。確実に相手が地獄を見る。


 ハイジが何とか立っていられるのも、ジークが出しているプレッシャーと、邪神なんぞ目でもねぇよ、こいつが見せる地獄の方が恐ろしいわ、と思っているからだったりする。


 そんなジークに、一切触れていない話題を振ってみた。


「陛下の安否は気にしないんだな?」


 タツローの容態を伝えられた通信で、近衛艦隊オペレーターが半狂乱でマシンガンの如く支離滅裂な内容を伝えられ、何とかそれを解読して愕然としたりしつつ、ハイジはハイジで、このまま陛下がお隠れになられたら、ライジグスも分裂しちゃうのかな、なんて心配をしていたのだが……


「ああ、それね」


 相方は実につまらなそうな表情を浮かべ、きっぱりと断言した。


「うちの王様が、あんな邪神如きにたま取られるか! そのうち、やーごめんごめん、ちょっと油断しちゃったわ、てへ! とかって出てくるに決まってる!」


 グッと拳を握りしめ、ムンとそれを天へ突き上げるように持ち上げて吠えるジーク。それを聞いたブリッジクルーは、『あーやりそう』と思わず納得し、それまであった絶望感が一気に消し飛んだ。


「それにだ!」

「ん?」

「殺しても生き返りそうな気がしてる!」

「……何だろう、そりゃねぇだろうって言いたいけど、マジでやりそうなのがまた……」


 あまりにきっぱり断言し、あまつさえ殺しても死なない発言に、ハイジを支配していた恐怖も消し飛んでしまった。


 狙ってやったのか天然か、ブリッジの空気感がまともになったタイミングで、ジークが声を張り上げて命令を下す。


「んじゃまぁ、ぶわあーっとやりますか! スカイツインズ! プラティカルプス! マルトお姉ちゃんズ! やぁってやるぜ!」

『第四艦隊! 前へ! 第五艦隊の露払いをする!』

『旗艦スカイツインズへ続いて! ガンガン幽霊船を成仏させるよ!』

『野郎共! オジキを刺したとかっていう馬鹿野郎だ! 遠慮はいらねぇ! 切り刻め! 今度こそこっちに出てこないようになっ!』

『抜け駆けは許しません! 行きますわよ!』


 ジークの号令に、艦隊ネットワーク通信とタクティカル通信でリンクしていた三つの戦力が一斉に動き出す。特に初戦を問題なく戦い抜いた第四艦隊の動きが素晴らしい。


 やっぱり陛下の見てる世界は違うなぁ、第四艦隊の司令を選出したタツローの眼力に関心しながら、こちらの攻撃に右往左往している邪神へ、ぐいっと親指を真下へ突き立てる。


「ほらほら、怒れる太陽軍団はここだけじゃないよ!」


 ニヤリと笑うジークの目には、邪神の直上へとジャンプアウトしてくる頼もしい艦隊の反応が見えていた。




 ○  ●  ○


 ジャンプアウトと同時に、一斉射撃が直下へと放たれ、慌てて逃げ惑う黒い影を一瞥し、アベルはつまらなそうに鼻を鳴らす。


「誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやる」


 タツローが負傷し意識不明の重体。現在高度医療ポットの延命処置で何とか生きてはいるが、謎の力で傷が塞がらずにいる。このまま回復せずにポットに居続けるか、何らかの解決方法を見つけてそれを施すか……憔悴しきった顔で言うレイジに、アベルは何も言葉を掛けられなかった。


「……邪神だとかアダムなんちゃらだとかは知らん。お前は絶対に踏み込んではいけないラインを踏んだ。その報いは受けろ」


 レイジが憔悴するのも無理はない。アベルだって相当の衝撃を受けたのだ、直で見ていたレイジが受けた衝撃たるや想像も出来ない。


 ただ間違いないのは、邪神は自分達の家族を傷つけた。絶対不可侵の聖域へと、土足で踏み込んできた……


 だからアベルはタツローを失うかもしれないという絶望を、沸き上がってきた激烈な怒りで吹き飛ばした。道に迷い途方に暮れるような焦燥感を、大切で宝物のような家族を悲しませた敵への闘志で塗り潰した。そうして目標を定め、立ち止まらず、今はただただ一点集中して――


「貴様を潰す! 第二艦隊前へ! 第六艦隊遊撃へ!」

『一切承知致しました』

『第六艦隊参る!』


 引き連れた第二、第六艦隊が動き、第四、第五艦隊と連携するように攻撃を開始する。その輝く死のシャワーをモノともせず、プラティカルプスとメビウスが駆け抜けていく。


「邪神如きがナンボのもんじゃい! こちとら太陽神が国王じゃ!」


 アベルの烈火のような怒りに触れ、お通夜ムードだったブリッジに火が入る。それは静かに広まり、静かに燃え、しかしやがて激烈な炎となって燃え上がり出す。


「滅びろ! 腐れ外道神がっ!」


 アベルの怒りに呼ばれたのか、逃げ惑う邪神と幽霊船、ブレイブ・ブレイバー2を狙い討つベストポジションに、歴戦の提督がジャストなタイミングでジャンプアウトしてきた。




 ○  ●  ○


「狙えます!」

「うん、やっちゃって」

「全艦一斉射!」


 らしくない酷薄な口調で、面倒臭そうにプラプラ手を負って命令を下すリーン。その目は完全に据わっていた。


「全く、息子は寝込むわ、陛下は刺されるわ、貴様は何がやりたいのか。いやまあ、邪神なんだから、そりゃあ悪い事をしたいんだろうけどさぁ。人の迷惑を考えろっての」


 移動惑星の超新星爆発に巻き込まれたユーリィ艦隊は、何とかリーンの本隊で回収し、アルペジオへ戻す事が出来た。それなりの被害が出たものの、標準装備になっていたエグゾスーツのお陰で、医療ポットの集中治療で二日程度の療養で済むと診断された。


 ホッと一安心と気を抜いていたところへ、今度はタツローが刺されて重体という情報が流れてくきて、再びのジャンプで今に至る。リーンはこれ以上無く不機嫌であった。


「天国のような職場を奪うとか、こいつ絶対馬鹿だろ」

「同感です」


 リーンは胡乱な目で逃げ惑う邪神を睨み、艦隊ネットワーク通信をリンクさせて、完璧にタイミングを合わせた。


「よし、やっちゃうぞゴッドスレイヤー。各種エネルギー注入ミサイル、チャージ開始」

「了解! 保有する全てのチャージミサイルのチャージを開始!」

「あ、ぎりぎりまでオーバーチャージでお願いね」

「了解! ミサイルオーバーチャージ!」


 せっかく息子と肩を並べて働ける職場に来たのだ。こんな良い職場を奪われてたまるか、リーンは冷たい殺意を邪神へと向ける。


「せいぜい踊れ、腐れ邪神」


 ミサイルのチャージが完了し、リーン艦隊から一斉にミサイルの雨が降り注ぐ――





























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