第240話 暗雲 ⑧

「いやいや、ごめんね? いきなりで驚いたでしょ?」


 しゃーしゃー発情した猫のように威嚇音を出して、認識の外側から襲ってくる化け物を相手にしながら、実に軽い口調で朗らかに言う相方に、マルトと同じく体を貸し与えたお姉ちゃんズの一人アイリスは、あやめと名乗った女性へ呆れた溜め息を吐き出す。


『いやまあ、あの国で生活してると驚天動地レベルの出来事は多くありますが……まさかの精神生命体ですか?』


 さすがのライジグスでも、お伽噺に登場するような精霊、精神生命体と呼ばれる高次元生命体との遭遇記録は無い。もしかしてこの女性がそうなのではと確認すれば、女性、あやめは儚げに微笑み首を横に振る。


「そこまで上等な存在じゃないよ。私も仲間達も、私達が愛した勇者も、今回だけの特別出演。これが終われば二度目は無いわ」

『……』


 繋がっているから伝わる感情。同情、憐憫、悲哀……そんな感情が流れてきて、あやめはありがたいな、と微笑む。


『あやあや! ちょっと遊んでないでよ!』

「ああ、ごめんごめん。また皆に会えて嬉しくてね」

『あやめはすぐサラッとイケメンな事を言うです。惚れないですよ?』

「いらないわよ。ほらNANAとムーナ、まゆな達がやきもきしてるから」

『『はーい』』


 姉妹のように和やかで温かい空気感。自分達がメイド隊へ入隊を決意した時に憧れた世界。そして努力と根性と気合いで勝ち取ったその世界。彼女達の美しい世界が失われていいのだろうか、アイリスは深い悲しみを感じずにはいられない。


 あやめの中でアイリスは、自分達を救い上げ、更には腐った世界すら力業で変革してしまった国王の姿を思い浮かべながら、あの国王だったらどうにかしてくれるんじゃないだろうか、そんな事ばかりを考えてしまう。


 だが悲しいかな、それは不可能だとも理解してしまっている。


 彼女は言った。自分達は死者であると。死者は消え行くのが決まりであると。だからアイリスがどんなに考えても、消え行く彼女達を救う方法は残されていない。


 本当にそうだろうか? アイリスは何も残されていないじゃない、と苦笑を浮かべ正論を並べる自分を否定して、もう一度考える。そして頼れるメイド長、ガラティアのにんまりと笑う笑顔を思い出した。


 確かに救う方法は無いかもしれない……救えないだけで、別の方法で慰める事なら出来るかもしれない。その方法ならば、とアイリスは決意を込めて宣言した。


『絶対、貴女を産むわ』

「へっ?! わっ!? ぅわちちちちっ!」


 あまりに唐突に妙な事を聞かされ、危うく敵の攻撃に当たりそうになって、あやめはムッとした表情で叫ぶ。


「いきなり何っ!」


 アイリスはグッと決意を固め、今度こそはっきり宣言する。


『私には貴女が宿っている。けどそれはやがて消えてしまう。なら消えてしまう前に、私と可愛いマルト君とで子供を作るわ。その子に貴女の名前をつける』

「……」


 あまりにぶっ飛んだ理論に、あやめがあうあうと口をパクパクさせていると、精神的な繋がりがある他の仲間達からも、自分と同じような事を言われた感覚が伝わり、いやもうどうなってるのこの子達と頭を抱える。


『私達、ライジグスメイド隊は紡いで繋げる存在である、とメイド長から徹底的に教育を受けるの』

「いやそれは見てたから分かるけど」


 彼女達もいそっぷと同じく、長い漂流の末にクヴァーストレードコロニー時代のアルペジオへとたどり着き、やはりいそっぷと同じような経緯で、自分を受け入れてくれた少女達に寄生するように同化していた。なので、彼女達がこれまでどんな事を体験してきたか、ちゃんと見ている。


『想いも願いも記憶も体験も、次の世代へ、その次の世代へと紡ぎ繋いで行くのがメイドの仕事なの。私達はそれに誇りを持っている。だから貴女の想いも願いも記憶も体験も、私が私達が紡いで繋いで行くわ、絶対に』

「……」


 あやめはぐっと口を結んだ。


 いそっぷが勇者として選ばれた時、あやめ達もその場に居たのだ。そして彼女達は勇者を支える聖女という立ち位置であった。


 いそっぷは勇者と呼ばれる事に嫌悪感があったから、反射的に拒絶してしまったが、彼女達は自然と聖女である事を受け入れていた。だからこそ、聖女としての力の残滓を使い、邪神の牢獄から抜け出し、魂の半分が限界であったが、いそっぷの魂を逃がす事も出来たのだ。


 ただ邪神に弄ばれる事を嫌って、本当に親に反抗する子供みたいな感情のままに、反骨精神を発揮しただけなのだ。それに今回の事も、流れというか八つ当たりというか、そんな壮大な決意や覚悟があった訳じゃない。


 見返りを求めて行動を起こした訳じゃない。同情されて悲しまれて哀れに思われて、それだけでもちょっと救われた気分になれたのに、彼女達は自分を自分の子供として産んでくれるという。


 自分達に残っている聖女の能力から、魂の領分は神の領域であり、人間の気合いや根性でどうこう出来るモノではないと知っている。もしも仮に、自分達の魂が消える前に彼女達が妊娠したとしても、その新しい生命へ直接宿れる訳じゃないと理解しているのだが……何だろう、この子達なら気合いで本当にどうにかしてしまいそうな、そんな確信すら感じてしまう。


「ふふふ……ならアイリスが私のママ?」

『そうなりますね。大丈夫です。今度は愛した殿方を逃がさない技術を叩き込んであげますよ?』

「……ふふふふ……あははははははっ! うん! うん! お願いねママ! 次は惚れた男を絶対に手放さない幸せ人生送ってやるんだからっ!」

『任せて下さい。しっかりきっちり教育して差し上げますよ』


 あーあ、報われちゃったな。あやめはそう思った。訳も分からず人生が終了し、意味不明な空間に魂ごと囚われ、自分の自我を希薄にさせながら逃げ、無限と勘違いするような時間をさ迷い、この子と出会って同化して、そして今……無意味だと思っていたこれまでが、完全に全肯定されてしまった。


「さぁて、この幸せ一杯パワーを、そこの腐れ外道にぶつけてやりますか!」

『恋する乙女の恋路を邪魔してくれたんです。那由多の彼方へ吹き飛ばす勢いでやって上げなさい!』

「おぅけーぃママ!」


 繋がっている仲間達の気持ちも自分と同類のモノだ。仲間達も報われたのだろう。ならば、新しく産まれてくる弾みに、目の前の邪神(笑)をぶちのめしてくれよう、そう決意を固める。


「いそっぷラバーズ! 全力で行くよ!」

『『『『任せてっ!』』』』




 ○  ●  ○


『……っ!? っ? っ?』

「どうしたマルト君」

『なんか、お股がきゅっとした気がしたの』

「……」


 自分の中でびくりと震え、何やらきょときょとしている様子を感じ、いそっぷが確認すれば、どこかのアニメで聞いたようなセリフを聞かされ、いそっぷはちろりと素早く懐かしい気配へと視線を向け、ご愁傷さまと心で合掌した。


 まさかこんなに身近に、かつての仲間達が自分と同じような境遇で居たとは……更にはどういう訳か、彼女達と精神的に繋がっている感覚もある。だから彼女達が、マルトお姉ちゃんズにどんな事を言われていたかも知っていて、何でマルトが股間に異変を感じるような気配を覚えたのか分かってしまったのだ。


 お姉ちゃんズって二桁……ええっと、マルト君って成人まで後何年だっけ? などとちょっと下世話な事を思い浮かべながら、自分の脱け殻へ、ガンガンストライカーをぶつけていく。


「うーん、やっぱり妙な魔改造されてるな」

『堅い?』

「うん。少なくともシューレスト・ストライカーのソードモードぶつけて、装甲が全く無傷ってのがおかしい」

『……ならデータを収集して、後で技術開発部の変態さんへ渡せば良いと思う』

「……変態さんって……」


 マルトの目を通して見た技術開発部の連中は確かに立派な科学狂のマッドばかりだ。マルトが変態と呼ぶのも納得の奇人変人オンパレードな部署でもある。しかし、ドストレートのそう呼ぶとは予想外ではあった。


 いそっぷはペチペチと軽く頬を叩いて意識を切り替え、よしと頷く。


「よし、それで行こう。あのコスイ邪神の事だ、復活とかさせそうだからね。丸裸にするレベルで観測しよう」

『ボクはいそっぷ兄ちゃんの戦闘テクニックを覚えるね』

「じっくりたっぷり存分にどうぞ……よし、耐えてみせろよ、僕のトリガラ野郎」


 フットペダルを小刻みに踏み、エッグコアがブレたように見える感じに、急加速を行う。


「プレイヤースキル縮地。正面に陣取って自信満々にしてる馬鹿には有効」

『なるほど……くいくいっぐって感じ』


 デミウスとかデミウスとかデミウスとか、と心の中で呟くが、それでも素の能力の高さで強引に潰してくるんだけどね、とも付け加える。


 正面に構えていたブレイブ・ブレイバー2は、いそっぷの縮地に対応出来ず、まるで瞬間移動したように目の前へ迫ったエッグコアへ、無様に腹を晒してしまう。


 その隙を逃さず、操縦桿を小刻みに動かしながら、テンポ良く低出力レーザーをピンポイントで同じ場所、一点に連続してヒットさせれば、相手のシールドが飽和して消えた。


「プレイヤースキル鎧通し。さすがにライジグスの最大出力フィールドは抜けないけど、シールド発生装置しか無い、他国の戦艦レベルなら抜けるテクニックだよ」

『ほえぇ……』


 何だよフィールドって、あれもうバリアーじゃん! やっぱりプロフェッサーつーかタツローさん変態じゃん! と心の中で呟くいそっぷ。そういう彼も、ゲーム時代に不可能とされた戦闘艦による戦艦撃墜とかをサラリとやっているので、同類ではある。


「おっと! 対応してきた!」

『今のは?』


 シールドが飽和したところへ、ストライカーのライフルを連射して攻撃していたが、そのレーザーを船体をローリングさせ、レーザーを乱反射させながら回避し、そのまま安全圏まで逃げていくブレイブ・ブレイバー2。そのローリングもテクニックなのか? とマルトが目を輝かせる。


「本来なら起死回生の、博打技なんだけどねアレ。マカロニっていう人が一か八かでやってた技で、シールド装置の回復に合わせて船体を回転させて、相手レーザーをパリングして弾き飛ばす、フォックスロールって技だよ」

『ふぉっくすろーる?』


 宇宙の狐さんが戦うレトロなゲームがありましてね、口に出さず苦笑を浮かべつつ心の中で呟くいそっぷ。


「あれはマネしなくていいから。行くよ!」

『うん!』


 デミウスへ挑戦して、何度も追い詰められて八割の手持ち技が博打っていうお兄ちゃんのマネなんかしたらダメです。そんな事を想いながら、素直なマルトに自分が持つ全ての技術を見せつけていく。


「スケーターの上位互換フィギュア、フィギュアの派生メダリスト、これに合わせてサーカスにオープニングと」

『うわぁぁ』


 自分以外に同性の仲間がおらず、ちょっとこういう感じに仲間へプレイヤースキルを伝授する事に憧れがあったいそっぷは、上機嫌で超絶技巧を披露し続けた。


「良いな、こう言うの」


 やっぱり弟が居たらこんな感じかな、そんな思いに口許を緩め、自分の脱け殻をボコボコにしていくいそっぷであった。

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