第239話 暗雲 ⑦

「ちっ! 脱け殻の癖に完コピしやがって!」

『でも、間に合って良かった!』

「おう! 協力ありがとう、マルト君」

『ううん、ボクだって自分のおうちが無くなるのは困るから』

「……そう言ってくれると報われるよ」


 ブレイブ・ブレイバー2と壮絶な戦いを繰り広げるエッグコア・タイプ・エリートに乗艦するマルトは、内なる声と会話を繰り広げていた。


「ちっ! 勝手にソード・オブ・ソーサリスを持ち出されてムカつく!」


 シューレスト・ストライカーのシールドを巧みに使い、ブレイブ・ブレイバー2の粒子加速エネルギーキャノンのレーザーを弾き、その隙へ潜り込むようなタイミングでライフルモードでの反撃を加えるも、角度をつけたシールドでパリィされて弾かれてしまう。


「くっそ! そんな連発して射てる武装じゃないのに! まゆなが見たらキレるぞ、それっ!」

! アダムなんちゃら上!』

「しゃらくせぇっ! だりゃぁっ!」


 いつの間にか這い寄って来ていた真っ黒の人型を、シューレスト・ストライカーソードモードで切り捨てる。


「手応え無し! 面倒なっ!」

『倒せないの?』

「今の僕は勇者の資格を失ってる魂の残滓でしかない! 倒せる可能性を持ってるのはプロフェッサーだと思う!」

『……タツローさん、大丈夫かな……』

「……僕が知っているプロフェッサーだったら、このまま死ぬと思う……でも、今のプロフェッサーだったら、絶対生きる事を諦めないと思うよ」

『……うん』


 もしもリアルに弟がいたら、こんな感じなんかなぁ、などとあり得ない気持ちを味わいながら、マルトに協力を求めた時の事を思い出していた――




 ○  ●  ○


 昼も夜も無く、ただただ気が狂いそうな、静かで雄大な宇宙空間を漂い流れ、やがてとあるコロニーに辿りつくと、まるで誘蛾灯に誘われる虫のように、自分の魂の残滓が、コロニーの裏路地で弱っていた少年の魂と同化したのはいつだったか……正確には覚えていない。


 少年は不幸で、少年は弱かった。だけど自分はそれを見ている事しか出来ず、声を掛ける事も出来ず、ただただ少年の魂の一部にすがり付く事しか出来なかった。


 自分がどこのどいつで、何者なのかすら曖昧になりつつあった時、少年を助ける為に現れた。


『プロ……フェッサー……?』


 自分が日本で生まれ、日本で育ち、それなりに良い成績でそれなりの進学校へ進み、フルダイブゲームと出会って、スペースインフィニティオーケストラというゲーム内で勇者とかハーレム野郎とか呼ばれていた事を、ここで思い出した。


 少年マルトの目を通して見る、かつて全てを拒絶していたようなおっさんは、何故かとある面倒臭いプレイヤーそっくりの外見で、それでもやはりプロフェッサー本人と分かる不思議さで、人情味溢れ優しく温かい表情で笑う好青年へと変貌していた。


 そこからは痛快だった。悪党を懲らしめ、ありふれた日常の悲劇へ手を伸ばし、多くを救い多くの笑顔を生む。世の中全てを恨み憎み斜に構えて馬鹿にしていたと同一人物とは思えない位に輝き、そして国王にすらなってしまったのだから。


 この時になって少しマルト少年に干渉出来るようになった。彼が訓練に励む時、少しだけ自分の知識や体験を与えるようにすると、マルトはぐんぐんと腕を伸ばした。まあ、その副次的効果で多くの年上のお姉ちゃん達を虜にしてしまったが……こちらは日本と違って一夫多妻が許された世界だから、役得と思ってもらおう、などと自己弁護に走ったりもしたが……


 やがてマルトは出世し、ライジグス王国でも有名な軍人として認知されるようになる。それでもマルトは増長などせず、ただひたすらに自分の腕を高める事だけに集中した。それを見て、なるほどなぁ僕の時もこんな感じだったのかな、とマルト少年をじっとり獲物を狙うハンターの目で見る少女達の姿を確認しながらゲーム時代の自分の事を思い出したりもした。


 そんな生活が続き、マルトの目を通して多くを見て多くを体験した彼は、ついに自分の名前を思い出す。


 磯村いそむら 恭兵きょうへい。父親がとあるとんでも刑事ドラマが好きで、ドラマで刑事役を演じていた俳優の名前から名前を取ったとは、晩酌で酔った母から聞かされた与太話。そんな事も思い出した。


 友達からいそっぺとかいそっぷとか呼ばれている内に、ゲームの主人公の名前は全ていそっぷになった。だからスペースインフィニティオーケストラも『いそっぷ』というキャラクターネームで始めたんだった、そういう細かい部分まで思い出した。


 そして自分が死んだ理由も――


『いきなり過ぎて、覚悟を決めるとか、段階を踏むとかってのをすっ飛ばされたからなぁ』


 その事を思い出し、じっとり沸き上がってくる苦々しさを噛み締め、もう過ぎた事だと追いやろうとした時、の気配を感じ取った。


 そう、自分の命を奪い、まだ彼女なかま達の好意に対する返事すらさせてもらえず、一方的に自分を含めた多くのプレイヤーの命を奪い去った邪悪なる神の気配を。


 女神ガイアを名乗る美しき白髪の褐色肌の、自分こそが地球を守る勇者だと選定した神の気配も感じた。


『ガイア? それと……アダム・カドモン!』


 激しい怒りに燃えている目の前で、かつて邪神に命を奪われたティーチ・キッド、フランク・カリオストロ、ジャアーク・ビショップ、ルック・ルック、バット・トリップが復元され、あろう事か自分のダミーまで復元された。


 命を奪われたプレイヤーはもっと多く居たが、どうやら自分を復元させるのに相当魂の力を使ったようで、自分を含めた六人までしか産み出せなかったようだ。


『くっそ! 僕の姿を使ってプロフェッサーを殺すだと! ふざけんなっ! やっとあの人は笑顔で人と接するようになれたんだぞ! それを奪わせてたまるか!』


 ダミーと自分は繋がっているようで、邪神が自分のダミーへ話しかけるのを聞き、何とかしようともがき続ける。すると次々に魂の塊と絶望の塊、悲しみの塊が爆発を引き起こし、膨大な量の暗黒物質が発生してしまう。


『顕現する気か?! くそっ! 頼む! マルト君! 僕の声を聞いてくれ!』


 この現象には苦い記憶しかない。まさしく自分達が殺された時の焼き直しだ。このままでは確実に、あの邪神が世に解き放たれる。


 女神ガイアに見いだされた時、ほとんど反射的に勇者となる事を拒絶してしまったが、それでも少しだけ勇者としての、星の守護者としての知識と力は残されていた。勇者いそっぷとして、彼は使い慣れないその力でマルトとやっとの思いで会話をする事が出来た。


「っ!? だ、誰っ?!」

『時間が無いんだマルト君。僕の名前は礒村――じゃない、いそっぷ。プロフェ――じゃダメか、タツローさんの仲間だった存在だ』

「え!? タツローさんの?」

『うん。頼む! 少しだけ君の体を貸して欲しいんだ! このままだとタツローさんが死んでしまう! 頼む!』

「っ!? わ、分かった! ボクはどうすればいいの?」

『ありがとう、そのままで、そのままで大丈夫だから』

「う、うん」


 移動惑星と暗黒エネルギーを同化させて爆発させた影響で、一時的にルック・ルックの魂も吹っ飛び、その空白の時間にいそっぷはマルトの体に憑依した。


「……うん、違和感はあるけど……大丈夫そうだ。マルト君、すまない。報酬は僕の技術の全て、知識の全てを見せる事……そんなモノしか提供出来ないが許してくれ」


 マルトの体をゆっくり動かし確認し、じっくり自分との認識合わせをしながら言えば、頭の中でマルトが朗らかに笑った。


『十分魅力的な報酬だよ、いそっぷ兄ちゃん』


 知ってはいたが、やっぱり良い子だなといそっぷはしみじみ噛み締め、邪悪な気配を感じる方向へヘッドオンし、フッドペダルを踏み込んだ。


「消しぞこないの残滓野郎、絶対にお前の思い通りになんかさせない!」


 加速にありとあらゆるテクニックを使い、ぎりぎりハイパードライブに入らない、戦闘艦が出せる最高速度で飛翔し、いそっぷ=マルトは間一髪タツローの危機を防いだのだった。




 ○  ●  ○


『やはり勇者は勇者か』


 ブレイブ・ブレイバー2と激闘を繰り広げるエッグコアを眺め、邪神アダム・カドモンは鈍く輝く黄金色の瞳を細める。


『屈服させるには、勇者の想い人共を使うか……ちょうど良い感じに絶望が広がっているからなぁ』


 ちろりと巨大な城を思わせる船へ視線を向け、アダム・カドモンは口を裂いた嗤いを浮かべ、自分が保有する魂をこねくる。


『……? あやめ、まゆな、ニンフ、NANA、ムーナ、翼……んん? 確かに回収したハズだが……』


 まるでサイフをどこにしまったっけ? 状態で全身をペタペタさわるアダム・カドモンだったが、やがて愕然とした声で呟く。


『馬鹿な、我が拘束より逃れた? この神である我から?』


 いやいや、そんな事はないと再び全身をまさぐり始めると、その隙を狙ったようにシューレスト・ストライカー連結合体ソードモードで切り裂かれる。


『ぐぬうぅっ?! 痛みを感じるだと!?』


 ぎぬろんと巨大な剣を振り下ろした相手を睨み付け、再びアダム・カドモンは驚きに瞳を見開く。


『馬鹿なぁっ!?』


 六隻のエッグコア・タイプ・エリートが猛烈な勢いで自分の脇を通り抜け、その時にもソードモードで切り裂かれる。


『ぐがぁっ! 鬱陶しいっ!』


 不意打ちでタツローに突き刺した黒い大理石のようなツブテを投げるが、六隻は余裕の動きで回避してみせる。


『ぅおのれぇぇっ! どうやって我の束縛から逃げ出した! 聖女達よっ!』


 底冷えするような空間を振動させる邪神の叫びに、六隻の戦闘艦に乗る少女達は、輝かしい笑顔で中指を立てた。そしてどこまでも冷たい目付きになると、親指を立てて喉をかっ切るジェスチャーを同一のタイミングでやるのであった。


『しゃらああああぁぁぁぁぁぁぁっ!』


 その行為は邪神を激昂させ、言葉を無くした獣以下の無様を晒しながら少女達へと襲いかかった。




 ○  ●  ○


「とと様! とと様! とと様!」

「ルル! 落ち着くのじゃ! まだ大丈夫じゃ! タツローは生きておる! だからそこから離れるのじゃ! 治療が遅れてしまう!」

「君! そう君! 鎮静剤は?! ある! ルルちゃんに打って! その方が早いですのん! シェルファちゃんの船に行ってるマヒロちゃんを呼んで頂戴ですのん! あたくしより医療ポットの扱いが上ですのん!」

「解析中、解析中、解析中……謎の物質が傷口を広げてますわん! これの除去方法は……解析中、解析中、解析中――」


 スティラ・ラグナロティアの出撃ゲートは怒号と悲鳴に包まれていた。駆けつけた医療チームは、胸に巨大な風穴を開けた国王の姿に絶句し、たまらず駆けつけたタツローの嫁達は悲鳴のような泣き声を上げ、金切り声を上げて狂ったように同じ事を繰り返すルルを、必死に抱き止めるせっちゃんの姿が痛々しい。唯一冷静に動けているアビィが必死に指示を飛ばし、それでやっと現場が動いている状態だった。


「とと様っ! とと様っ!」

「失礼! ルル様!」


 せっちゃんに抱き止められたルルへ、アビィの指示を受けた医療チームの衛生兵が、鎮静剤をケミカルガンで注入すると、ルルは糸が切れたようにぐったりと力を抜く。


「大丈夫じゃ。こちらは任せてくれなのじゃ。そちらはそちらで我らの太陽を助けて欲しいのじゃ……頼む」

「全力を尽くします」


 悲痛な表情でそんなルルを抱き締めたせっちゃんが、ケミカルガンを持ったまま動かなくなってしまった衛生兵へ言うと、はっと我に帰った彼が気合いをいれた表情で返答する。


「医療ポットへ! まずは延命だ! そこから状態を調べる! 気合いを入れろ!」

「「「「っ!? おうっ!」」」」


 ショックばかり受けている場合じゃない、ケミカルガンの衛生兵が声を張り上げて指示を出せば、やっと他の衛生兵達も平常心を取り戻し動き出す。そこからは早かった。


 白を通り越して青い顔をしているタツローを高度医療ポットへ入れ、すぐに延命処置へと入り、タツローの弱々しかったバイタルが正常よりも低いが、なんとか安定し始める。


 それを見届けた衛生兵は、ほっと安堵の息を吐き出しながら、てきぱきと指示を飛ばす。


「よし! 医療区画へ運ぶ! 静かにゆっくり確実に!」

「「「「おうっ!」」」」


 同僚達が慎重に医療ポットを搬送するのを見送りながら、ケミカルガンの衛生兵はアビィへ視線を向ける。


「マヒロ様には医療区画へ回るように伝言お願い出来ますか?」

「任せてですのん。どうかタツロー様をお願いしますのん」


 アビィが真剣な表情で深々と頭を下げ、そんなアビィに彼はライジグス式の敬礼をしながら、力強く断言した。


「はい、全力を尽くします」




 ライジグスの太陽が地平に沈み、その輝きが失われようとしていた――







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