第238話 暗雲 ⑥


 タツローがスティラ・ラグロティアから出撃する時まで遡る――


 レイジやゼフィーナの制止を振り切り、ブリッジから一目散にダッシュをかましたタツロー。艦内監視装置で確認出来る、走っているタツローの後ろ姿に、苛立ちの舌打ちをしながら、わがままな国王の行動を制限するための先手を打つ。


「出撃拒絶!」


 レイジの指示にオペレーターがすぐに対応するが、悲鳴に似た叫び声で返事を返す。


「オールドシルバーから直接干渉! 出撃拒絶出来ません!」

「はっ?! オールドシルバー艦内の監視装置を起動!」

「ただちに!」


 スクリーンにオールドシルバー艦内の映像がポップアップされ、そこにはルルをはじめとした娘ちゃんズと、AIサポートロイド達の姿が確認出来る。位置的にメインオペレーションシートに座るルルが、こちらのシステムに干渉しているのだろうとレイジが驚きながら叫ぶ。


「嘘だろっ! シェルファ様の特別製のシステムをルル様がハッキングしたって事?!」

「いえこれは……サポートロイド、ポンポツによるハックです!」

「はぁいぃっ!?」


 あまり自己主張が激しくない、どちからというと周囲から存在を消すような立ち位置をするサポートロイドの名前が出てきた事に驚くレイジ。そもそも、システムに干渉するような事を率先してやるイメージが無いから、余計に驚くレイジ。


「オールドシルバーのシステムに干渉は出来ないのか?」


 びっくりして動きが止まったレイジを視界に収めながら、ゼフィーナが近くの側妃に確認すると、側妃は苦笑を浮かべて首を横に振る。


「無理ですよ。オールドシルバーのシステムはタッくんお手製で、しかも今あそこにはアビィとスーちゃんとファル君に、極めつけはせっちゃんまで居るんですよ? シェルファ様じゃないんですから、あのAI達と喧嘩なんか出来ませんよ」


 それもそうだろうなぁとゼフィーナも苦笑を浮かべ、意識を切り替える。


「損傷箇所の確認は?」


 ゼフィーナの表情がキリリと引き締まり、それに釣られて側妃の表情も引き締まる。


「技術開発部肝いり技術案件である積層重装甲のお陰で表層が破損した程度でダメージは軽微。ただ、どう見抜いたのか、我が艦の重要区画に影響を与えるポイントにダメージが入った影響で、システムがエラーを吐き出しています。現在、緊急システムメンテナンスにて対応中です」


 なるほどなぁ、とゼフィーナは溜め息を吐き出しつつスクリーンに視線を向ければ、近衛艦隊の集中砲火の中を優雅に飛翔するダークグレーの戦闘艦が視界に入る。その戦闘艦は時々思い出したように攻撃を繰り出し、それが的確に艦船の動きを阻害する効果的なダメージを与え、ライジグスで最も高い練度を誇る近衛艦隊の隊列を乱していく。


「……なるほどな、アレを自由にさせるのを旦那様は危険と判断した訳か……」


 アレを知ってるみたいな感じだったしなぁ、とゼフィーナはポリポリ頬を掻き、こちらの妨害を回避して出撃ゲートへ進むオールドシルバーに苦笑を向ける。


「国王が出撃するぞ。我々はいつでもジャンプが出来る準備を進めながら、国王のサポートに入る」

「「「「畏まりました」」」」


 ゼフィーナの指示にオペレーターが返事を返し、正気に戻ったレイジが非難するような視線をゼフィーナに向ける。


「そんな視線を向けるな。ああなったら誰の言葉も聞かんだろ?」

「そこは奥様の力でどうにかして分からせて下さいよ」

「ははは、それは難しいな」


 爽やかに笑うゼフィーナにレイジは肩を落として額を押さえる。そこは頑張りましょうよと呟くが、それは周囲の側妃、才妃の苦笑を誘うだけで誰もやりましょうとは言わなかった。


「オールドシルバー出撃します」


 出撃ゲートが開き、オールドシルバーが発進状態に入ったタイミングで少しだけ空気が緩み、いつもの空気感に戻ってきたブリッジだったが、油断無く戦闘艦の動きを追っていたオペレーターが叫んだ。ちょうどオールドシルバーが出撃ゲートを飛び出した瞬間だった。


「っ! 敵、戦闘艦がオールドシルバーへ向かいます!」

「近寄らせるな! マルチタレットキャノン起動! 全力で迎撃!」


 オペレーターの言葉に反射的に反応したゼフィーナが指示を出し、火器管制システムオペレーションシートに座るファラが、スティラ・ラグナロティアのマルチタレットキャノンを全て起動させて、一斉に戦闘艦へ集中砲火を浴びせる。


「うそでしょっ!?」


 ファラが信じられないと言う声を上げるような光景が広がる。相手はまるでどこにどのような射線が走っているのか見えているように、気持ち悪い位的確な動きで回避を繰り返す。


 絶対に直撃コースという射撃も、姿がブレるようたような動きでぬるりと回避し、当たったと思ったら、極小まで絞って防御力を高めたシールドで弾き、こちらのタレットの動きを予測したようなポジショニングで追撃を抜けていく。火器管制に磨きをかけていたファラの自信が、粉微塵に砕かれるような、そんな人外の動きでオールドシルバーへ迫る。


「タツロー!」


 ファラが全力で両手を動かしながら愛する男の名前を呼ぶ。しかし、彼女の迎撃は意味を成さず、敵の戦闘艦によるレーザーキャノン攻撃がオールドシルバーへと放たれる。


「「「「っ!?」」」」


 嫁達の表情が悲痛に歪む。しかし、オールドシルバーは分かってましたとばかりに、船体を斜めへ動かしつつ、シールドでレーザーを艦船が展開していない空間へと受け流した。


「心臓に悪い……」


 レイジが胸を押さえながら、苦しそうに息を吐き出し、オールドシルバーの動きを追いかける。


 ゼフィーナもうるさく鳴る胸を押さえていたが、すぐに気持ちを切り替え艦隊へ指示を出す。


「ファラ攻撃中止! 他艦船にも通達! 攻撃を中止! オールドシルバーの動きを阻害しかねない!」

「了解! すぐに通達します!」


 カラフルなレーザー光のシャワーがたちどころに止まり、オールドシルバーと敵の戦闘艦のダンスが始まった。


 ライジグスが誇るトップエース。エース・オブ・エースと呼ばれているマルトやカオスですら、タツローは別格、と言わしめる技術が展開されるが、信じられない事に敵の戦闘艦の方がより洗練された動きでオールドシルバーを翻弄し始める。


「……うそだろ……」


 レイジが呆然と呟く。レイジも嗜みレベルではあるが、ちゃんと戦闘艦で戦闘をやれるレベルの操縦技術は持っている。それはアベルやカオスに付き合ってクローンAIデミウスと訓練をしたからだが、レイジの目から見ても敵の戦闘艦レベルは、完全にAIデミウスレベルか、もしかすればある意味上のように見える。


 デミウスは野獣。直感と天性のインスピレーション、何が飛び出すか分からないビックリ箱のような戦い方とでも言えば良いだろうか、つまりは型にハマらない天衣無縫な戦闘スタイルと言える。


 だが目の前の敵、戦闘艦の動きはどこまでも基本に忠実。戦闘艦の操縦訓練を始める時に、タツローがチュートリアルと呼ぶ基本的な操縦方法を、そのまま超高度に持っていったような印象を受ける戦闘テクニックだ。


 タツローとカオスを含むプラティカルプス大隊の操縦テクニックは野生的、感性とか超感覚で戦う感じで、マルトを含むメビウス大隊が敵の戦闘艦と似た理性的、基本に忠実な操縦テクニックという感じか。


 荒々しく感情的に激しく攻撃を繰り出すオールドシルバーを、理性的に理詰めで潰していく敵の戦闘艦。


 オールドシルバーのくすんだ銀色と、敵のダークグレーがメビウスの輪を描くように、攻守を入れ換えながら激しくぶつかり合っている。あまりに高度な駆け引きに、こちらから一切の手出しを許されない領域に突入していた。


「……ん?」


 互いに互いの隙を探るような戦い、バチバチに近距離で致命の威力を誇る武器で斬り合っているのに、示し合わせたダンスでも踊ってるような気軽さで回避をする二隻をぽけっと見ていたオペレーターの一人が、コンソールで点滅している反応に気づき、何だろうと調べて、すっとんきょうな声を出す。


「はあぁっ!?」

「どうした!?」


 あまりに大きな声にゼフィーナが吠えると、すっとんきょうな声を出したオペレーターが叫ぶ。


「マイクロブラックホール消失! いきなり三つ共、突然消失しました!」

「「「「は?」」」」


 何を言っているんだコイツは、という視線を向けられたオペレーターは、慌てた手付きでスクリーンの一部に記録観測していたデータを表示させる。


 立体図でマイクロブラックホールの観測データをアップし、簡易的イメージとしてY軸とZ軸が用意され、その中心で小さな穴が空間をたわませて鎮座している様子が表示されていた。がしかし、本当に瞬き一つくらいの瞬間に小さな穴が消滅、たわんでいた空間も何事もなかったように戻った様子がそこにはあった。


「何だこれは……」


 ゼフィーナが呆然と呟く。


 科学が進んだこの世界でも、ブラックホールの明確な発生条件は解明されていない。もちろん、ブラックホールが自然消滅する条件も解明されていない。だが、少なくとも規模が小さかろうが大きかろうが、ブラックホールが痕跡を一切残さずに消滅するという現象など聞いた事はない。


「っ!? そうだ! 重力波を出している元凶が消えたのだから超空間通信はどうか?」

「っ!? 確認します!」


 呆然としていたのもつかの間、すぐに不吉な現象よりもポジティブで前向きな部分へスポットしたゼフィーナが指示を出せば、不安に固まっていたオペレーター達が動き出す。


「超空間通信復活! 本国との通信復帰しました!」

「よし。本国で問題は?」

「少々お待ちを、向こうも突然こちらとの通信が途絶した事で混乱が生じているようなので」

「そうか。それはすまない事をしたな」


 ゼフィーナが苦笑を浮かべると、オペレーターもおどけたように肩を竦める。


「本国から報告は……共和国でこちらが体験しているような現象の発生を確認! 共和国復古派と幽霊船現象の艦船との戦闘が始まっていると報告が来てます!」

「……」


 ゼフィーナは激しくぶつかり合っているオールドシルバーから視線を外し、レイジへと視線を向ければ、レイジも同じく自分へと視線を向けており目と目が合う。


「タイミングを合わせた?」


 ゼフィーナが確信に近い口調で聞けば、レイジは顔を歪めながら胸を押さえる。


「……オペレーター! 無駄でも良い! タツローさんに通信! 撤退するように要請! 凄い嫌な予感しかしない!」


 レイジの悲痛な叫びにオペレーターがすぐ通信をオールドシルバーへ繋げるように動いたが、その動きはスクリーンの映像によって阻害されてしまう。


「何あれっ!」


 別のオペレーターの悲鳴に似た叫びで、全員が一斉にスクリーンへ視線を向ければ、オールドシルバーのコックピット上部に立つ、揺らめく影のような存在が居た。


 黒一色で宇宙と同化して見えなくなりそうなのに、何故かそいつの存在感が強く、誰の目にも身長二メートル前後の人形に見える。


「「「「ひっ!?」」」」


 そいつは不意にこちらへ顔を向け、ギラギラと不吉に輝く黄金色の瞳を開き、何もなかった瞳の下をぱっかり開くと、真っ赤な口でニタリと嗤う。


「ファラ! 落とせ!」

「コックピットに当たる! 無理!」


 ゼフィーナの悲鳴に近い叫び声に、ファラが泣き出しそうな声で叫び返す。


 そこからは時間が粘りついたようにゆっくりと進んだ。


 その不気味な存在が腕を持ち上げると、そこにテラテラ気持ち悪くうごめくような輝きを持つ尖った物体が出現し、再びこちらへ視線を向けると、ますます嗤う口許を引き裂いて狂ったように肩を震わせながらゆっくりとそれをコックピットへ突き立てた。


「タツローさん! っ!? ファラさん! 敵の戦闘艦の動きを阻害して! 止めを刺される!」

「っ?! このぉっ! 落ちろクソ野郎!」


 オールドシルバーの上部で狂ったように踊る人影を呆然と見ていたレイジだったが、動きを止めていた敵、戦闘艦が一直線にオールドシルバーへ向かう様子に気づき、ファラへ指示を出す。


「避けるなっ! 当たれ! 当たれ! 当たってぇっ!」


 ファラの攻撃を全て潜り抜け、敵の戦闘艦がエネルギーチャージを開始する。


「「「「やめてぇっ!」」」」


 ブリッジ全体に悲鳴が響き渡るが、無情にも敵のエネルギーキャノンは発射されてしまう。


 粒子加速エネルギーキャノンのレーザーは、一直線にオールドシルバーのジェネレータがある部分へ突き進み、そのまま吸い込まれていく……かに見えた。


『させるかっ!』


 シューレスト・ストライカーがオールドシルバーとレーザーの間に展開し、強力なシールドを発生させ、間一髪でレーザーの直撃を防いだ。


『サブパイロットは健在か? 健在なら撤退しろ! を死なせたくなければ逃げろ!』


 メビウス大隊隊長専用戦闘艦からの通信を受けたオールドシルバーが、猛烈な勢いでその場から逃げ出す。


『……この野郎、……』


 いつもの甘ったるい感じの口調じゃない、どこか青年っぽい口調でメビウス大隊隊長マルトが吐き捨てると、猛烈な勢いで敵の戦闘艦と、いつの間にか敵コックピット上部へ移動したナニかへ攻撃を開始した。


「マルト?」


 呆然とその様子に呟いたレイジだったが、慌てて首を振り、勢い良く両手で頬を叩いて、毅然とした態度で指示を出した。


「医療チームを出撃ゲートへ回せ! 高度医療ポットの準備を進めろ! 動揺している間に陛下の命の危険が上がる! 動揺を押さえて冷静に動け!」

「「「「っ!」」」」


 レイジの声で正気に戻ったタツローの嫁達は、目尻に浮かぶ涙を乱雑に拭って行動を開始する。


「大丈夫……大丈夫……大丈夫……」


 一番動揺しているのは自分だ、その自覚のあるレイジはグッと拳を握り締め、痛みで正気を保つように努力しながら、祈るように大丈夫を繰り返すのだった。




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