第237話 暗雲 ⑤

 ブレイブ・ブレイバー2の粒子加速エネルギーキャノンがスティラ・ラグナロティアに直撃した直後――


「な、なんですのん!?」

「この巨大な船が揺れとるのじゃっ!?」


 ルル達娘ちゃんズ用に用意された一室に集まっていたAIサポーターズと娘ちゃんズは、揺れる床に張り付きながら、周囲をきょときょと見回していた。


 その状況の中、スティラ・ラグナロティアのメインシステムとリンクをして確認をしていたファルコンが、そのコーギーチックなボディをビクリと震わせて吠える。


「敵からの砲撃ですわん! 敵はブレイブ・ブレイバー2ですわん! 粒子加速エネルギーキャノンの砲撃ですわん!」

「はぁっ!? 勇者いそっぷじゃとっ!?」


 一番大きな揺れは収まったが、緊急事態を告げるレッドアラートは鳴り響き、まだまだ状況が切迫している事を告げている。そのアラートの音に負けない大声でファルコンが状況を知らせると、馬鹿なっ! とせっちゃんが驚愕の声を出す。


「あね様、勇者いそっぷ?」


 ポンポツがいそいそと、自分達がいる部屋のアラートだけを解除する作業をする中、ブルースターがコテンと小首を傾げるように、せっちゃんに聞く。


「ふむ、そうか、スーが封印される頃はまだ勇者は有名ではなかったからのぉ」


 せっちゃんがうーむと眉根を寄せて考え混み、ポンポツによる独自システム構築でレッドアラートが解除される中、せっちゃんはトントンと寄った眉の中心を指先で叩きながら呟くように口を開く。


「そうじゃな……スペースインフィニティオーケストラという世界では、特異点のような超越存在がいるのじゃ」

「特異点? 超越存在?」


 スーの最初の主人も片足くらいは入っておったぞ、と口には出さずに心の中で呟き、きょとんとした顔で自分を見るブルースターの頭をよしよしと撫でる。


「なんと言えば良いかのぉ……特定分野における天元突破した存在と言えば良いかのぉ。我らが国王はプロフェッサーと呼ばれ、生産分野における特異点、あの世界で生まれた技術体系の八割強に関係しておる」

「ふむふむ」


 真剣な表情で頷くブルースターに微笑みを返し、せっちゃんは指を振りながら説明を続ける。


「戦闘関係の化け物はデミウス一強なのじゃが……そこに食らいつく奴が勇者じゃ。まぁ、魔王のような圧倒的力で戦うデミウスに、ハーレム状態で戦いを挑む姿に当時のプレイヤー達が面白半分に異名をつけて、それが定着した形なのじゃがな」

「ほへぇー」


 ぽけらと口を開けて感心するブルースターの口を、そっとアゴを押し上げて閉じてながら、そう言えばルルが静かじゃな、とルルがいる方へ視線を向けてギョッと目を剥き出して固まる。


「ル……ルル?」


 呆然と呟くせっちゃんの様子に、全員の視線がルルへ向けられ、ポンポツに表情が存在しないから分からないが、それ以外の全員が同じ表情を浮かべて呆然とする。


 そこには真っ白な髪に淡いブルーの燐光をまとわせ、踊り子のような衣装に身を包み、褐色肌の抜群のプロポーションを惜しげもなく見せつけ、スカーレットの瞳に悲しみの色を宿しながら、憂いた表情で天井を見上げる謎の美女がいた。


「ル、ルルかや?」


 一番最初に異変に気づいたせっちゃんが一番正気に戻るのが早く、やや呆然とした口調ではあるが、確認をするように声をかければ、ゆっくりせっちゃんへ視線を向けた謎の美女が寂しげに首を横に振る。


「違います。わたくしの名前はガイア。言うなれば消える宿命さだめにあった愚かな神格の残滓に過ぎません。この体の主であるルルが、まさか自分の意思で自分の成長を留め、ここまでわたくしを回復までさせて生かしてくれるとは思いませんでした」


 自分の豊かな胸に両手を押し付け、慈しむように祈るように瞳を閉じながら荘厳な雰囲気で瞳を閉じながら言う。


「いえ、今はそのような場合ではありませんね」


 閉じていた瞳を開き、キリリとした表情を浮かべ、深々とガイアと名乗った女性が頭を下げる。


「わたくしをも滅ぼした邪悪なる神アダム・カドモンが、とと――こほん、タツロー・デミウス・ライジグス様を殺そうと動き出しました」

「「「「っ!?」」」」


 やはり表情が変わらないポンポツ以外の全員が驚愕の表情を浮かべ、ガイアの言葉に表情を引き締める。


「わたくしが選んだ勇者は邪悪なる神の手に落ち、その役目も汚され、タツロー様を殺す事だけに特化した存在へ堕とされました。わたくしの力はすでに無く、こうして恥を晒して願う事しか出来ません」


 ガイアは頭を上げると、真っ直ぐにせっちゃん達を見る。


「我々神の理より外れる皆様にお願いします。どうか、どうか! あの邪悪なる神からタツロー様を守って下さい。きっと彼はこの状況で勇者と戦い、仲間を守る道を選びます。それこそが彼が背負う王道ですから……そしてその好機を彼の邪神が見逃すハズがありません。ですからどうか」


 決死の表情で深々と頭を下げるガイアの頭へ、せっちゃんとブルースターがポンと手を乗せた。


「言われるまでもないのじゃ」

「あね様、あちしに任せて」


 ガイアは頭に乗せられた手を両手で掴み、涙を流しながらありがとうと感謝を捧げる。


「はいはい、お涙頂戴な場面じゃないですのん。貴女もそんな格好してないで行きますのん」

「え?」


 ガイアの涙をごつい指先で、いたわるように拭いながら、アビィが美しい笑顔でトントンと細い肩を叩く。


「ルルでありガイア、ガイアでありルル、それで良いじゃないですのん。さあ、行きますのん。貴女がアビィ達の妹である事実は変わりませんのん」

「……」


 アビィの笑顔にガイアは、柔らかな微笑みを浮かべ全身を輝かせる。するとその体が縮み、光が消えるといつものルルが、ぽけっとした表情で周囲を見回していた。


「ルル行くぞ! タツローのピンチじゃ!」


 いつもより三割増しで間抜けに見えるとぼけた顔を両手で挟み、せっちゃんがルルのスカーレットの瞳を覗き込むように見ながら言うと、ルルは真剣な表情をすぐに浮かべてせっちゃんの両手を掴む。


「とと様っ! ルルたすける!」

「うん、行こう! あね様!」


 ブルースターはギュッとルルを抱き締めると、ダッシュで部屋から飛び出す。


「ほらほら、追いかけてらっしゃぁ~い、置いてっちゃうのん、おーほほほほほほっ」


 妙にクネクネした感じの走りでアビィが、ヒラヒラとルルに手を振りながらエコーを残しつつ部屋を立ち去る。


「やれやれですわん。邪神とか神とか、これは是非に本体へ持ち帰らないといけませんわん」


 とててて、と小走りにファルコンもアビィの後を追いかける。


「行くぞルル!」

「あいっ!」


 ルルの手を引いてせっちゃんが駆け出し、にっこにこの笑顔でルルも駆け出す。そんな仲間達の様子を眺めていたポンポツが、C字状のアームでコリコリ頭部を擦るように掻く。


「……バカタレ、ダゼ」


 どこの誰に向けた言葉か、ポンポツはやれやれとオーバーな感じに肩を竦めるようにアームを動かし、体をトランスフォームさせてきゅぃぃぃんと足のローラーを回転させながら部屋から飛び出した。




 ○  ●  ○


 ポンポツのお陰ですんなり出撃できた。あそこでモタモタしていたら、他の近衛の船が落とされかねない。


「ブレイブ・ブレイバー直上ですのん」

「はいよっ!」


 出撃直後に狙い射つのはセオリーとは言え、きっちり狙ってくるな勇者!


 流れ弾で艦隊に被害が出ないように、シールドできっちり角度をつけて流し、変則的なパリィで艦船がいない空間へレーザーを弾く。


「食らっとけなのじゃっ!」


 俺の動きに合わせてせっちゃんが主砲をぶっぱするが、さすがは勇者いそっぷ、華麗な操縦テクニックで簡単にシールドでパリィをしやがる。こっちの最新鋭レーザーキャノンをめちゃくちゃ紙一重な最小限の動きで、コンパクトに弾きやがって!


「シールド三枚重ねを咄嗟とか凄いテクニックですわん!」

「直感?」

「多分それですのん。こっちのレーザーの威力に気づいてから変更したのが見えたですのん」

「小癪なのじゃっ! オラオラオラオラオラオラオラオラ!」


 近衛艦隊から引き離すように動きながら、攻守を激しく入れ換え、何もない空間で激しくぶつかる。


「くっそっ! 何でライザータイプなのにスピーダーの動きが出来るんだよっ! 貴様はデミウスかっ!」


 ガンガンこちらの船に接近して、ほとんど殴り合いの距離で高出力のレーザーをぶち込んできやがる! こっちはオペレーターが四人いる状態だから、ギリギリでなんとか対応出来ているけど、きっついぞこれ!


「バンカー! ダゼ!」

「っ!? そんなのまで積んでるのかよっ! くそっ!」


 超接近したタイミングで、ブレイブ・ブレイバーの鋭い船首が、ガゴンと外れてそのままズドンと伸び、こちらのシールドを数枚貫く。


「そこじゃっ! オラオラオラオラ!」


 伸びきった船首へ、せっちゃんがすかさず副砲を連射し、ピンク色の煙を吐き出しながら小爆発を起こす。


「動きが止まったのじゃ! チャージ済みのミサイル全弾持ってけドロボーなのじゃ!」


 オールドシルバー船体後方のハッチが開き、ミサイル発射口から全力で数十のミサイルが吐き出される。これは行けるか?


「バカ! 止マルナ! ダゼ!」

「へ? うおっ!?」


 船体をくるんと回転させてブレイブ・ブレイバーに船首を向け、ミサイルの爆発を確認しようとしたら、ポンポツの注意喚起に咄嗟に操縦桿を捻った。ほとんどコックピット直撃コースのレールガンの弾頭を、奇跡的偶然の産物で回避に成功。


 まじかよ! あそこから冷静に狙うか普通?!


「ブレイブ・ブレイバー健在ですのん」


 アビィの淡々とした言葉に、思いっきりフットペダルを踏み込み、相手の頭上へ回り込む。


「読マレル! 単純スギ! ダゼ!」

「っ! うおっ!」


 ポンポツの指示で一瞬フットペダルの踏み込みが甘くなり、加速が落ちた目の前を粒子加速エネルギーキャノンのレーザーが駆け抜けた。


 まじかよ勇者……デミウスより戦い辛い……


「感覚デ戦ウナ! 相手ハ理詰メデ来ルゾ! 相手ノ思考ノ裏ノ裏ヲ突ケ! ダゼ!」

「お、おうっ!」


 ポンポツのダメ出しに、素直に気持ちを引き締める。


 自分が強くなってたと思っていた。自分はデミウスにも勝ち越していると傲っていた。これはそんな小さいプライドすら許されない、どこまでも真剣な勝負だ。集中のレベルを引き上げないと、目を醒ますとかいそっぷ君を救うとか以前の話で、全力を尽くさないと俺が死ぬ。


「とと様! とまってる!」

「おうよっ!」


 こちらの動揺を、判断の甘さを、戸惑いを、それらすら見抜いて的確に追い詰められて行く。これが勇者の戦い。これが本当の戦闘系プレイヤートップ層の、限られた化け物だけが生存を許される世界。


「いそっぷ君ごめん! 君を倒す!」


 俺の腕じゃ彼を生かして追い詰めるなんて芸当は出来ない。完全に打倒する意識で行かないとダメだ。


 すまない……いそっぷ君。本気で倒しに行く!


「っ!? タツロー! 回避しろ!」

「え!?」


 意識を切り替えて、操縦桿を握る手に力をいれた時、鋭い口調で言われた言葉よりも、その懐かしい声色に気を持ってかれたと思ったら、胸に激しい痛みが走った。


「……ぐっ?!」


 何が起こったのか理解できず、ただただ激しい痛みの原因を探ろうと視線を胸に向ければ、そこには黒い大理石のようなモノが生えていて、何だこれはと視線を上に向ければ、ギラギラと瞳だけは輝いている黒い化け物が見えた。


「とと様っ! とと様っ!」


 今まで一度も聞いた事のないルルの叫び声が、妙にキンキンと耳の奥で響く。このままじゃダメだ、妙に冷静な自分が目を閉じたくなる欲求を強引にねじ伏せる。激痛とドンドン消えていく感覚に逆らいながら、何とか腰のエクスカリバーの柄を握り締め、精一杯の力で振り抜けば、胸から生えた大理石は粉々に砕け散った。


「タツロー!? アビィ! 撤退するのじゃ!」

「了解ですのん! ファルコン!」

「スティラ・ラグナロティアに緊急治療リクエスト要請済みですわん!」

「とと様! とと様!」


 周囲の悲痛で、悲鳴のような叫びを他人事のように聞きながら、俺は目の前の化け物を睨み続けた。そいつはとても愉快そうに体を揺らし、目の下に赤い裂けた口を開くと、ギャギャギャギャギャと空間を軋ませるような音で嗤った。


 俺の意識はそこで途切れた――

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