第236話 暗雲 ④

 リーン・エウャンが率いる艦隊の前で、ただの惑星が何故か超新星爆発を引き起こし、何故かマイクロブロックホール化したのを、近衛艦隊の観測装置でもしっかりその現象を確認していた。


 正体不明の巨大な振動波は近衛艦隊も直撃したが、リーン艦隊の体験したような威力は減衰、だがその振動はア・ソ連合体コロニーまで届き、ありとあらゆる中枢システムをバグらせるという被害を撒き散らしていた。


「本国の方に被害はっ!」


 新たに購入して現在改修が進み、真っ先に中枢システムの換装を終わらせたコロニーに異常は発見されなかった。それと同一かそれ以上の強度を誇るシステムを積んでいる、本国のコロニー群の心配はしていなかったが、万が一という場合もある。やや焦った口調で吠えるレイジに、オペレーターが冷静に返答をした。


「超空間通信にて確認した限りでは、ライジグス全コロニーに異常は確認されておりません」


 全く動揺を見せず淡々と仕事をこなす、流石の才妃オペレーターの様子に、レイジは一気に冷静さを取り戻す。


「ふぅ……ア・ソ連合体コロニーの様子は?」


 大きく息を吐き出し気持ちを整え、レイジが状況確認に乗り出す。


「ウェイス・パヌスで中枢システムが完全にシャットダウン。独立した生命維持システムが緊急作動をしたようです。この状況にガラティア様が独自に支援活動を開始、中枢システムの強制起動を進めています」

「外環コロニーの被害甚大。複数の緊急脱出挺の救助支援シグナルを確認。極地調査船団司令代理アッシュ様による人道支援開始。シグナルの数が膨大で対応に苦慮していると通信が入ってます」

「シェルファ様のミュゼ・ティンダロス改によるネットワークサポート開始。ア・ソ連合体コロニー中枢システムへ介入を開始。同時平行で一体何がシステムへ干渉したのか調査も実行中だそうです」

「アルペジオでも異常振動波は確認したと報告が上がってます。特務艦隊が緊急出動。無いだろうとは思われますが、どさくさ紛れの犯罪行為の抑止力として睨みを利かせるとガイツ司令が動いてます」


 ほぼ自主的に動き、ほぼ最適な行動をしている頼もしい仲間達の様子に、レイジは誇らしい気持ちで頷く。


「アルペジオへ通信、残っている外宇宙移民モデル大型船をこちらへ派遣。脱出挺の救助活動に参加」

「直ちに」


 とりあえず直近で一番優先度が高い人命救助のヘルプ増援を要請し、レイジはノイズがちらちら走る宇宙図マップに視線を向けながら、渦中にいるだろう人物の確認をする。


「リーン提督に通信は?」

「重力波の影響か、あるいは未知の粒子のいたずらか、超空間を含めて全ての通信が途絶。データリンクも繋がりません」


 小さく聞こえない程度に舌打ちをし、すぐ冷静に頭を回転させる。


「分かった。そのまま呼び掛けは続けて」

「了解しました」

「救助活動とア・ソ連合体コロニー中枢システムの安定を確認したら、近衛はアルペジオへ帰還する。色々と不確定要素も多いし、邪神アダム・カドモンなる存在の使徒とやらも出現し始めた。最上位の安全対策を取る」

「「「「了解」」」」


 ここが譲歩の限界だろうと判断を下し、レイジは唖然とした表情のまま固まるタツローに視線を向けた。


「陛下! 一旦近衛は撤退をしますよ! よろしいですね!」


 大声で確認すれば、タツローは弾かれたようにレイジを見て、相当動揺した様子で頷いた。


「ゼフィーナ様もそれで?」

「最上だろう……少し嫌な胸騒ぎもするしな」


 どこか気遣わしい目付きでタツローを見るゼフィーナに、レイジも嫌な予感めいたナニかを感じ、このまま旗艦だけでも先にアルペジオへ戻そうか、そう考え始めた矢先、残されていた二つの移動惑星が異常エネルギーを発生させながら爆発を起こした。


「通信が繋がっている全ての艦船に伝達! フィールド全開で防御せよ!」

「了解、伝達開始」


 二つの移動惑星も超新星爆発並みのエネルギーを放出しながら爆発を繰り返し、その二つもマイクロブラックホールへ変貌していく。


「これも邪神とやらの仕業か?」


 何が起こっているか理解不可能な現実を前に、レイジが苦虫を噛み潰したような表情で呟くと、オペレーターから報告が上がる。


「シェルファ様から通信、仮称ジャミング波を無力化に成功。ライジグスの艦船に異常は見られず。このままネットワークでのフォローを続行。旗艦は先にアルペジオへ戻りたし」

「……」


 この短い間に、謎ジャミング攻撃を無力化したシェルファの手腕に関心しながらも、シュルファも自分と同様の、嫌なナニかを感じている事実に少し考え、すぐに決断を下した。


「旗艦スティラ・ラグナロティア撤退。この場に半数の近衛を残し、残り半数と共にアルペジオへ帰還する」

「了解しました。そのように指示を出します」


 オカルト的な感覚、胸騒ぎだったり虫の知らせだったり、その手のモノを否定するレイジであったが、何故かこの場だけは自分が感じている予感を信じなければならない、そんな脅迫めいた確信があり、レイジはその感情のままに命令を出す。


「残りの近衛の指揮はリズミラ様にお任せします」

『心得ましたー、我らが陛下をお願いしますねー』

「はっ!」


 すでに自身の国母艦パラス・アイギアス(アイギアス改修型)へ移動していたリズミラが、いつも通りの笑顔で対応してくれた。レイジは最上位の敬礼で返答を返し、自分が出来る最大の仕事をこなすべく指示を出していく。


「宰相閣下、ジャンプの準備整いました」

「実行して下さい」

「了解。ジャンプシステム、座標固定、ジャンプ保護フィールド正常、専用ジェネレータ出力安定、装置の稼働正常――」


 オペレーターの淡々としたチェックの声を聞きながら、レイジは少しだけ気を抜いてタツローへ視線を向けた。するとタツローが驚愕の表情を浮かべ、ついで一度も見た事の無い表情で叫んだ。


「ジャンプ中止! 攻撃が来るぞ! ジャンプのエネルギーを全部フィールドに回せっ!」

「っ!? ジャンプ強制中止! 余剰エネルギーをフィールドシステムにバイパス! っ!? きゃああああああああぁぁぁぁっ!」


 ギリギリ防御フィールドが間に合わず、何かの攻撃の直撃を受け、スティラ・ラグナロティアの船体が激しく揺れる。


「くっそっ! 何で君がそっちなんだっ!」


 激しく揺れ、ライジグスで最も頑強な船であるスティラ・ラグナロティアのレッドアラートが鳴り響く。そのアラートに負けない音量でタツローが叫んでいた。




 ○  ●  ○


 ブレイブ・ブレイバー2……正式な名称は別にあるけど、ゲームをやっていたプレイヤーは全員が全員、彼が操縦する船をそう呼んでいた。


 もちろんブレイバー1も存在しており、そちらは無印だとか、先代、初代なんて呼ばれ方をしていたっけ。


 あの船の持ち主は……スペースインフィニティオーケストラの主人公。勇者と呼ばれたプレイヤー……キャラクターネーム、いそっぷ……


 多分、デミウスの存在がなければ、俺は彼とクランを共にしていたかもしれない、それくらい彼は良い奴だった。


 多くの女性プレイヤーに本気で愛され、口さがない独り身男達からは、ハーレム野郎と呼ばれたりした人物。実態は全く軟派では無く、色々と手助けをしている内に惚れられたというのが実情だけどね。何度か一緒に遊んでて、その惚れさせる現場を目撃した身としては、あっち世界のマルト君だと断言できる。性格が圧倒的に爽やかだったしね、彼。


 そして何よりも、本気デミウスと、あの超理不尽大王にして大天災と呼ばれた馬鹿野郎と唯一対等に戦え、デミウス本人からも、いそっぷきゅんはオイのヨメ(ライバル)、なんて言わせたプレイヤー。


 好人物、性格イケメン、悪党を許さない熱血漢、全プレイヤーの模範……だからこその主人公、だからこその勇者……そう呼ばれていたのがいそっぷ君だ。


 いそっぷ君のクランに所属していた彼の恋人を自称する生産職人によって製作されたブレイブ・ブレイバー2……そいつのユニーク武装、粒子加速エネルギーキャノンの、大口径の射出口がスティラ・ラグナロティアに向き放たれた……それによってラグナロティアの巨体が揺れている。


「くっそっ! 何で君がそっちなんだっ!」


 ついそんな言葉が口から出てきた。何故なら、彼なら絶対に俺と同じ立場に立っていたっていう確信があるから。リアルで会った事はないけど、あのゲームをプレイをしていた彼は、どんな小さい悪事にも手を染めず、潔癖かと思うくらいに正しい事しかしなかったから。


「なんでそっちにいやがる! 勇者いそっぷっ!」


 スクリーンに映るプラチナ塗装じゃないモノトーンなダークグレーに塗装されたブレイブ・ブレイバー2へ向けて叫ぶと、もちろん彼が応じる訳も無く、再び粒子加速エネルギーキャノンのチャージが始まる。


「ちっ!」


 あの船の、あの武装だけはマズイ。ゲームをやっていた当時は謎技術の一つで全く理解不能だったが、極地関係の素材を扱って色々技術革新を繰り返して来た今なら理解出来る。あれはいそっぷ君が自分達のクランで独占していた技術であり、その素材とかも独占して表に出していなかったモノだと。彼らだけがたどり着いた技術のモノであると。だからこそ、あれは危険だと理解できる。


 俺は揺れる足元を必死に蹴りながら、一直線に戦闘艦格納スペースへと走る。彼を自由に動かせる状態で、艦隊を目の前に置いたら鴨られる可能性しかない。強固なフィールドも、分厚い装甲も、彼の前では紙切れ同然になりかねない。それだけ彼の観察眼は鋭く、プレイヤブルスキルは化け物だ。誰かが彼の相手をしないと、仲間がやられる。


「陛下!?」

「オールドシルバーを出す! 準備急げ!」

「ブリッジからは出撃許可は出てません!」

「出せ! じゃないとこの船だって落とされかねんぞっ!」

「ちょ! 陛下!」


 メカニックが制止してくるが、俺は彼らを振り切って自分の船へと駆け込む。


 オールドシルバーのコックピットへ駆け込むと、そこにはサポートボットスペースにセットされた状態のポンポツに、オペレーターポジションにルル、火器管制にせっちゃん、サブオペレータースペースにブルースターとアビィとファルコンが、それぞれ準備万端状態で待ち受けていた。


「何でいる?!」


 一瞬動きが止まりそうになったが、ここで問答している余裕もない事に気づき、俺は急いでパイロットシートに座って、エグゾスーツとシートを同期、固定をしていく。


「ブリッジノシステム介入。出撃準備完了、ダゼ?」

「かくしゅリミッターかいじょ、せんたいオールグリーン」

「火器管制リミッター解除済みじゃ! いつでも戦えるぞ!」

「ルルちゃんのサポートを開始しますのん」

「とー様の状態の監視は出来てる」

「いつでもどうぞ、ですわん!」


 こっちが何かを言う前に、全部整えてくれるし……この状態で出ていけとは言えんか……それに俺一人でいそっぷ君と対等に戦えるとは思えない……仕方がないな。


「すまん、助けてくれ」


 操縦桿とフットペダルの感触を確認しつつ、小さく頭を下げながら言うと、ポンポツ達は軽く返事を返してくれた。


「よし! 出撃!」


 頭をぶっ叩いてやるから正気に戻ってくれよ、いそっぷ君――

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