第235話 暗雲 ③

 統治放棄宙域で雑魚狩りをしていたプラティカルプスとメビウス大隊、そして宙域制圧と移動惑星対策の為の第四、第五艦隊の目前でアベルが目撃した現象が発生していた。


「アベル艦隊からデータが来てる。どうやら幽霊船現象と同じような事が起こる前兆であるらしい」

「……またぁ?」

「俺に呆れたような視線を向けられてもな」


 第五艦隊旗艦キングトイボックスのブリッジ。いつもの如くグッダグダな態度でキャプテンシートでだらけている第五艦隊司令ジーク・リッタートが、女房役の美少女顔青年、副司令ハイジ・メルクルスの言葉に心底嫌そうな表情を向ける。


 ジークの態度は毎度の事で、ハイジはまるっとスルーする形で流しながら対応している。その様子を艦隊ネットワーク通信で見ていた第四艦隊特殊司令、双子の姉リディ・アルイと弟のロワル・アルイが、全く同じ顔と同じリアクションであわあわしながら見ている。


 シアン色の肩まである髪を揺らし、薄茶色の瞳を不安そうに揺らす姉のリディと、同じくシアン色の少しでも男らしく見えるよう短く切り揃えた髪の、同じく薄茶色の瞳をきょときょとさせる弟のロワル。そんな双子の様子に、ハイジは可憐な微笑みを向ける。


「いつもの事だ。慣れろとは言わんが、第五艦隊ではこれがデフォルトなんでな」

『『は、はあ……』』


 困惑と不安を隠しもしない双子に、ジークは微笑まし視線を向け、ハイジも少し遠い目を天井へ向けながら、そんな初々しい反応なんか数日で消えるんだよなぁ、と呟く。


 そもそもの大前提で、アベルがガンガンデータを更新してくれるお陰で、一切の不安要素を感じていないジークとハイジ。そして第五艦隊全体が以前の幽霊船事件を体験しているから、どのような事がこの後に発生するか理解しているのもあって実に冷静。しかし、第四艦隊はずっと習熟訓練を行っていて、今回が初の出番とあり重い緊張感に包まれている。


 その差が如実に現れているのだが、二人はその様子に懐かしさを感じつつ、ニヤニヤしながら放置する方向で見守っている。


『ジーク。前回の幽霊船事件はどんな感じだったんだ?』


 そんな、先輩が慌てる後輩を見て和む雰囲気なブリッジへ、カオスの通信が繋がり、高淡白高エネルギー補給用のドリンクを、専用ボトルから飲みつつ、少し疲れを滲ませた無表情で聞いてきた。


「んだねぇ。あれも突発的に始まったからねぇ……仕組みはまるで理解出来てないんだけど、基本我慢比べかなぁ」


 だらだら背もたれに全力で体重を預け、ジークが思い出すように呟くと、ハイジが補足するよう口を開く。


「戦った感じからすれば、何度でもやり直しが出来る命無き軍団という感じで、倒しても倒しても次から次に湧いて出る。しかも技術は一級品で、気を抜けばこちらが持ってかれるという感じか」

『へー』


 貴重な情報だと双子は聞いてから顔色を青くし、カオスは無表情の中に静かで力強い闘志を漲らせる。


「まぁ、こっちの狙いは移動惑星だから、それさえ何とかしちゃえば、どうとでもなるよ」


 気楽に気楽に、そんな緩い言葉を吐くジーくへ、カオスとハイジは生暖かい視線を向ける。


『なら、その企みは潰えたな』

「……お出ましかな」


 溶けて消えて靄状のナニかへ変貌していくワゲニ・ジンハンを糧に、ただ漂っていただけの靄が形を作り、存在感を感じさせないカーゴシップと戦闘艦へと姿を変えていく。そしてモニターには影のような印象の、どこからどうみても悪党と言った風貌をしたスキンヘッドの巨漢の姿がポップアップされる。


『クラン、傭兵ギルド、クラスターのルック・ルックという。覚えんで良いぞ。こちらは全力で潰すだけなんでな』


 面倒臭い感じの雰囲気を隠しもせず、やる気なさげに手をプラプラ振りながら、うんざりした様子で周囲を見回すスキンヘッド悪党面の巨漢。


 以前と違い、しっかりとした自我を持つ相手の出現にハイジが動揺する。一方、ルック・ルックの様子を見ていたジークは、内心の動揺を完全に押さえ込み、ニヤリと胡散臭い笑顔を張り付けた。


「ルック・ルックさんですか。傭兵ギルドと言う事はご自身は傭兵であると定義しても?」

『あぁん? それ以外に何があるってんだ』


 返事をするのも面倒という態度を隠さないルックに、ジークは頭を激しく回転させながら、チラチラとアベルから送られてくるデータを確認しつつ、質問を続ける。


「なるほどなるほど、なら現在どのような契約で我々を襲うのです?」

『……それを知ってどうする』


 周囲を確認していたルックが、あからさまに失望した様子で、ぎぬろんとジークを睨み付けた。そのあまりの迫力に、双子司令が小さい悲鳴を出していたが、ジークは悠然と足を組み替えて胡散臭い態度を崩さずを口を開く。


「契約内容によっては、こちらへ取り込む事が可能かな? とそう思いまして」


 まぁ絶対無理だろうけど、ジークが内心で呟いていると、ルックはスキンヘッドの頭へペチンと手を当ててゲラゲラ笑い出す。


『面白い事を言う! こっちは単なるコピーしたナニかでしかない! そんな俺を引き抜こうってか?! がははははははははっ! ひーひーひー! お前ら最高だぜ!』


 何かにんでいたルックだったが、大声で笑った事でそれを吹っ飛ばしたのか、最初の陰鬱で面倒臭そうな雰囲気が消え去り、山賊の頭のような覇気が漲り出す。


『はーはーはー……そうだな、ああ、そうだ……傭兵なのに仲間一人もいねぇ、頼れる奴らもいやしねぇ、それでも傭兵団クラスターを率いた頭目として、ありとあらゆる悪事を働いた馬鹿野郎どもの大将として、いっちゃん最後にでっけぇ花火を上げてみせるか!』


 バジィン! と相当痛そうな音を出しながら、その厳つい顔を太くてゴツい両手で叩き、うっしゃー! と気合いの声を出すルック。その様子を呆気に囚われながらライジグス陣営は眺めるしかなかった。


『本気で行くぜ小僧共! 本気で抵抗してみせろ! こちとら理不尽大王、大天災デミウスにすらチーム戦なら勝った事があるガチ悪党だ! 失いたく無ければお前らが持つ全知全能を使って俺を倒せ!』


 最初の影のような印象はどこへ行ったと困惑するくらいに存在感を増し、完全にこちらを飲み込むような獰猛極まる殺意を向けてきたルックに、ジークが慌てて立ち上がって珍しく声を張り上げる。


「っ!? 全艦第一種戦闘態勢っ! 両大隊! 全力戦闘っ!」

『ちっ! 野郎共! 気張りやがれ!』

『これは……お姉ちゃんズ! 全リミッター解除!』


 ジークの指示にブリッジが慌ただしく動きだし、両大隊の隊長も目の前の男の危険性に気づいて命令を下す。そして、ルックの殺意に飲まれて動かない第四艦隊の様子に気づいたハイジが檄を飛ばす。


「第四艦隊っ! 後先考えるなっ! 自分達の全能力を使って戦えっ!」

『『りょ、了解!』』


 慌ただしく、だが国軍を担う軍隊らしく、確かな練度で動き出す艦隊を、ルックは眩しいモノを見るような目で見つめる。


『はぁ……仲間がいりゃぁなぁ……』


 あの邪神バカは理解してねぇ、そんな呟きを漏らし、しかし次の瞬間ルックはニヤリと笑う。


『行くぞ小僧共! 邪悪なる神アダム・カドモンが使徒、傭兵ルック・ルック、世界を滅ぼす使命をここに果たす!』


 クソッタレ、そう吐き捨てルックは魔改造しまくって原型を失った愛艦ランサー3ルックスペシャルカスタムのフットペダルを限界まで踏み込んだ。




 ○  ●  ○


 ポイント・ジーグでワゲニ・ジンハンの軍勢と戦っていたリーン・エウャンは、目の前でジワリジワリと撤退をしていく敵の動きを油断無く睨んでいた。


「まだまだ予備戦力が十分そうですけど……」


 ゆっくり確実に数を減らし消えていくワゲニ・ジンハンを見ながら、副官が呟くように聞いてくる。


 副官の言葉にリーンは逡巡しながらも、予想するように曖昧な口調で返事をする。


「まだ何か企みがあるのか……もしくは」

「もしくは?」


 考えたくは無いがね、そう前置きをしてリーンが呟くように言う。


「相手に不測の事態が発生したか、だね」

「……」


 ここまで用意周到に準備をし、それなりにこちらを翻弄するような動きをしていた相手が、用意していた軍勢を引き上げざるを得ない不測の事態……そんなモノ、想像もしたくないと副官が顔を歪める。


「観測手、様子は?」

「……そうですね、一瞬、軍勢の後方で巨大な反応があったのですが、それが猛烈な勢いで移動してからは、目立つような反応はありません」

「……そうか。引き続き頼む」

「了解」


 リーンは妙に騒ぐ胸をトントン叩いてなだめ、油断無く周囲を観測し続ける。すると、艦隊ネットワーク通信を通じて、アベルから猛烈な勢いでデータ共有が始まり、次いで第四、第五艦隊からもデータ共有が送られてくる。


「なるほど、これが不測の事態か」


 データにざっと目を通し、リーンが苦々しく呟く。


 同じくデータに目を通していた副官が、分かったとばかりにリーンへ確認する。


「つまりワゲニ・ジンハンの切り札が、前の幽霊船事件のような現象を引き起こす事で、目の前の撤退は戦力を他の宙域に集中させる為の動き、というところですか?」

「……違うだろう」


 副官の言葉にリーンは首を横に振る。


「なら何故ここで同じ現象を引き起こさない」

「……」


 リーンの言葉に副官は押し黙った。確かにここを放棄して他の場所の戦力を充実させたとしても、ここの艦隊がそこへ向かえば戦力の拡充の意味を失う。全く意味を成さない。


「つまり、ワゲニ・ジンハンにとっても幽霊船現象は想定外、むしろ逃げ出さなければならない位に不測の事態だ、って見た方が正しいだろう」

「……」


 その考えはちょっと嫌すぎる、そんな感情を表に思いっきり出しながら、それでも副官は冷静に頭を回転させる。


「我々も一旦、近衛と合流をした方が良いかと」


 副官の言葉に、リーンな指先を口に当てつつ、思考を巡らせる。


「移動惑星は完全に停止しているんだな?」

「今のところ動く気配はありません」

「……」


 ワゲニ・ジンハンの軍勢はもうそろそろ完全に撤退を完了する。リーンはそれを目で追いかけながら頷いた。


「艦隊へ指示、我々もてっ――」


 撤退と続けようとした瞬間、激烈な振動波が艦隊を駆け抜け、ブリッジに立っていた全てのクルーがその振動波をモロに浴びて吹っ飛んだ。


 リーンは強かに壁へと叩きつけられたが、エグゾスーツを着用していたお陰で、軽い打撲程度で済んだ。他の吹っ飛ばされたクルー達も、着用を義務付けられるように厳命されたエグゾスーツのお陰で無傷だった。


「げほっ! げほっ!? ほ、報告っ!」


 詰まった息を吐き出しながら、何とか声を張り上げて叫ぶ。


「移動惑星から重力振! 超新星爆発っ?!」

「もっと悪いっ! これは巨大質量の重力発生を確認! 移動惑星の爆発でマイクロブラックホールが発生っ!」

「艦隊引っ張られますっ!」

「全力で撤退っ! ユーリィ遊撃艦隊はっ!?」

「重力波の影響で通信が繋がりません!」

「くそったれっ! 通信を続けろ! こっちは全力で逃げろ!」


 フラフラと立ち上がり、何とか指示を飛ばしつつ、リーンは息子がいたであろう方向へ視線を飛ばす。


「大丈夫だ、大丈夫……俺達の息子だ……大丈夫……」


 自分に言い聞かせるように呟き、リーンは発生した極小のブラックホールを睨み付ける。


「一体、何が起ころうとしている……」


 空間が歪み、軋み、悲鳴を上げるような光景を睨みながら、リーンはひたすら自分の息子達の無事と、これ以上の厄介事が起きない事を願い続けた。


「女神フェリオよ、我らが迷わない程度の後押しを……」


 その光景は軍人になってから口にしなくなった聖句を神へ、ついほんの少しだけ幸運をもらえるよう祈らずにはいられない程に、心胆を凍えさせるモノであった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る