第234話 暗雲 ②

 共和国の動乱に影のような軍勢が介入を始めた時刻――


 名も無き宙域でワゲニ・ジンハンと戦っていたアベル艦隊及び、アベル旗下へと入った第二艦隊と第六艦隊は、目の前の不可思議な現象に言葉を失っていた。


 それまで戦っていた六足ゲジ五足ヒトデ四足モホォ三足ケンタが突然、その形を失い溶けたように消えていき、宙域を白い靄のような物体が覆い始めた。


『アベル様?』


 ピンク色の髪をポニーテールにした、タレ目の美人だけど可愛らしい感じがする第二艦隊司令リューネの、震える声を聞きながらアベルは微動だにせず、その現象をじっくり観察していた。


「観測手」

「観測不能! 何が発生しているか分かりません!」

「ふぅむ」


 どっしりとキャプテンシートに構え、冷静に恐れず、想定していた内ですが何か? という態度を崩さないアベルに、あまりの怪奇現象で浮き足立っていたブリッジクルーも第二、第六艦隊の、艦隊ネットワーク通信を繋げている艦船達も落ち着きを取り戻す。


「何だろね? あれ」


 アベルの認識としては、それまでどっかんどっかん襲ってきた敵が消え、むしろ心理的圧迫が消えてラッキー程度の認識で、溶けて霧のような状態になった事も、あれだけ不気味な外見をしている奴らだし、何をやらかしても不思議でも何でもないという考えだったから動揺も無かった。それが暢気な態度に繋がっているのだが、そのお陰で他のクルー達が落ち着く事に繋がっている事に気づいていない。


「司令は正体に気づいてるのでは?」


 全く動揺していないアベルに頼もしさを感じながら確認すると、アバルは朗らかに笑いながら首を横に振る。


「はっはっはっはっ、知らんよ。でもまあ、色々常識を投げ捨てたような相手だし、それこそこっちは幽霊船っぽい奴らとも戦ってるわけだし、今更かなとは思ってるかな」


 肘立てに肘を立てて、笑いながら頭を手に乗せ、プラプラ組んだ足の片方を揺らしながら言うアベルに、それもそうだね、とオペレーターが急激に正気へと戻っていく。


「それにタツローさん、いや陛下の部下をしてるってだけで、こんなんいっぱいあるしね。ようは科学的か非科学的かの差しかないよ」


 カラカラと悟ったように笑うアベルに、オペレーター達の顔にも笑顔が浮かぶ。全くもってアベルの言うとおりであり、実際アルペジオでは結構な頻度で色々やらかしが発生してるわけだし、それと比較してしまえば驚くような事ではない。


「でもまあ、何が発生しても大丈夫なよう、警戒態勢だけは緩めないように。第二、第六艦隊も即応可能な状態で待機」

『よしなに』

『第六艦隊了解』


 第二と第六艦隊が警戒態勢を敷き、アベル艦隊は観測装置を最大効率で動かし分析を進めて、時間的には五分程度経過した辺りで靄状の物体に変化が訪れる。


「司令、動きがあります」

「見えてる。何が始まるのやら。全艦隊第一種戦闘配備」

「了解! 旗艦より全艦へ! 第一種戦闘配備! 旗艦より全艦へ! 第一種戦闘配備!」


 アベルがだらけた姿勢から、背筋を伸ばして真剣な表情を浮かべると、まるでそのタイミングを見計らったように、勝手に通信モニターが開いた。


『皆様、出迎えご苦労様』


 そこに現れたのは、オールバックの髪型をした胡散臭い笑顔を浮かべる、かなり古くさい格好をした老人だった。アベルは少しだけ眉をピクリと動かし、その老人へと鋭い視線を向ける。


「どちらさんですかね?」


 アベルが固い口調で聞くと、老人はニタリと笑いながら、オーバーなリアクションで両腕を広げ、わざとらしい感じに自分を抱き締めて肩を震わせて言った。


『これはこれは悲しい。この私を知らないのですね』

「そうだね、全然知らんわ」


 アベルの本能が、こいつは危険であるという警鐘を鳴らす。その警鐘を信用し、アベルはこっそり小さく指を鳴らすと、それを聞いたオペレーター達が一斉に艦隊ネットワーク通信を通して全艦のリンクを繋げ、全艦のリミッターを解除していく。


『それはそうでしょうね。失礼しました。何しろ邪悪なる神の使徒などをしておりますれば、やはり下等な生物への侮蔑は鉄板かな、と愚考したところでしてね』


 にちゃり、まさにそれはそんな音が似合いそうな笑顔だった。老人は酔っぱらった役者のような動きで両腕を広げ、けけけけけと不快に笑う。


『私は邪神の使徒が一人、クラン、闇犯罪ギルドのギルドマスターをしておりますフランク・カリオストロともう――』

「全艦! 一斉攻撃! 後先考えるな! 全力で潰せっ!」

「りょ、了解!?」


 老人、フランク・カリオストロの名乗りの途中で、アベルは弾かれたように立ち上がり、それまでの余裕をかなぐり捨て吠えた。その指示に全艦隊は素晴らしい練度でもって応え、目の前の靄状の宙域に様々の光の爆発の花を咲かせる。


「司令!?」

「無駄口叩くな! 全神経を前方へ向けろ!」

「りょ、了解!」


 老人が名乗った途端、モニターで全く存在感を感じさせず、まるで影のように揺らめいていたソイツが、名乗った途端激烈なプレッシャーと悪意、害意をこちらへ叩きつけてきた。それはアベルの波瀾万丈な人生の中であっても、あの自分にトラウマを植え付けた変態狂信者よりも確実にと思わせる、そんなヘドロのような気配をぶつけて来たのだ。


『素晴らしい! 素晴らすぃ! お若いのに随分と修羅場を潜って来たのを実感する先制攻撃ですなっ!』

「ちっ! 観測手!」

「前回の幽霊船事件と似たパターン!」

「つまりは我慢比べか」


 靄が形を作り、見た事のないカーゴシップと戦闘艦へと変化していく。観測しているオペレーターは、プリセットデータベースに記載されている船の情報を読み上げる。


「偽装カーゴシップVK1! VK3! 戦闘艦はランサー3(スリー)! 共にサッニンというシップメーカーの艦船です!」


 すぐさま全艦に出現する船のデータが共有され、アベルも目の前の事から視線をなるべく外さないよう、ちらちらデータを確認しつつ新しい指示を出す。


「全艦後退! 距離を取れ! 出撃中の戦闘艦にはカーゴに近づくなと厳命!」

「了解!」


 カーゴシップVKシリーズ。かつては行商プレイをしているプレイヤー達御用達の、かなり積載量が大きい貨物船であったのだが、その大きな積載量を悪事プレイをする奴らに目をつけられ、積載スペースを改造して偽装を施し、ありったけの爆薬とエネルギー結晶体を乗せて自爆特攻させるという手法が確立されると、ほぼ全ての悪事プレイヤー御用達の船へと化けた悲劇のカーゴシップである。これのせいでサッニンの株価が暴落し、会社が潰れたというイベントまで発生した。


 アベルはデータに書かれている注釈から、正確に相手の取るであろう戦法を見抜き、中遠距離での戦闘へとシフトする指示を出したのだった。


『いやはや、これは確かに手強い。なるほどプロフェッサーの教え子と言うよりも、かの大理不尽、大天災デミウスの相手をしているような気分になりますな。いや、この堅実な運用方法はキオ・ピスですかな?』


 レーザーとミサイルが乱舞する空間からランサー3の集団が抜け出し、その周囲に靄が発生すると次々VK1とVK3が出現していく。


「ちっ! 近衛本隊へ通信は?」

「既に!」

「よし! 絶対にこちらの玉は守るぞ! 第二、第六! リューネ司令! ベルクトス司令! すまないが我慢比べになる! 無限に出てくるぞ! 気を抜くな!」

『心得ましたわ』

『第六艦隊了解!』


 何故だか直感的に、こいつらの狙いがタツローにある事を感じとり、アベルが指示を出せばリュートとベルクトスは力強く返答する。その様子を見ていたフランクは、一瞬目を見開き、こちらではない誰かへ向ける愉悦の表情を浮かべたが、すぐに切り替えニタリと笑う。


『くっくっくっくっ、これは茶番ですな……さてはて、そちらのお名前をうかがっても?』

「……ライジグス王国国王タツロー・デミウス・ライジグス直属、近衛のアベル・デミウス・ジゼチェスだ」


 アベルの名乗りを聞いたフランクは、一瞬呆けた表情を浮かべたが、すぐに右手で両目を押さえながら天を仰ぎ爆笑する。


『何だこれ! 何だこれ! 何だこれ! くくくくくくく! はーはははははははは! バカだ! バカがいやがる! ひーひひひひひひ! はははははははははは!』


 狂ったように笑うフランクに、それを見ていたオペレーター達は青筋を浮かべて怒りを沸々と漲らせるが、アベルは不思議とその嘲笑を向けているのが自分ではないと分かり、むしろ何がそんなに面白いんだろうと、不思議そうな表情でフランクを見る。


『はーはーはー……いやいや失礼。実に面白い事に直面し、オリジナルですら体験した事のないだろう愉悦で満たされてしまいました。ここからは真面目に悪役を勤め上げて見せますのでご容赦を』


 苦しそうに腹部を押さえ、目の端に浮かんだ涙を乱雑に手で払い落とし、フランクは悪役らしい表情を作った。


『さてはて、ではでは、改めまして邪悪なる神アダム・カドモンが使徒、クラン、闇犯罪ギルド悪の花道がギルドマスター、フランク・詐欺師野郎・カリオストロ。光輝く王国ライジグスが近衛、アベル・デミウス・ジゼチェス殿へ勝負を挑む……よろしいかね? まだまだ自覚足り無き騎士よ?』


 態度はどこまでも舐め腐った見下したモノ。言葉も蔑みと皮肉が混じった悪意だらけのモノ。だが何故だかアベルには、フランクの瞳に神秘的な光が宿っているように見えた。


「全く、全部、全てが未熟! 自覚なんか出来る気配は無い! だがライジグスが誇る三馬鹿兄弟の、我が父タツロー、母ゼフィーナの名に懸けて! このアベル・デミウス・ジゼチェスが持つ全力で叩き潰す!」


 オペレーターが、何よりフランクが一番驚愕の表情を浮かべる。


 アベルは何故だか、フランクの言葉に応じなければならないと感じ、普段ならば絶対に口に出さないだろう名乗りや口上を、己の感情を乗せて吠えた。これこそが正しい事であると信じて。


『……訂正しよう。自覚ある騎士よ、いざ尋常に勝負!』

「おう! 全艦隊! 押し潰せ! 一斉射!」

「了解!」

『第二艦隊! 一斉射!』

『第六艦隊! てぇっ!』


 アベルとリューネ、ベルクトスの号令がブリッジを駆け抜け、その指示を受けた艦船達が全力の暴力を吐き出す。それを迎え撃つフランクは、のらりくらりとその攻撃を回避し、攻撃の合間を縫って反撃へと移る。


 フランクはニチャリと笑い、心の底からの侮蔑を心の中で呟きながら、嫌らしい悪役らしい手口をアベルへとぶつけて行く。


 名も無い宙域の戦いが、新しいステージを迎えていた――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る