新年明けましておめでとうライジグス

 ライジグス元年前日――


 やあ、ライジグスで国王なんてやっているタツロー君だよ。今は本日夜に実施される、おめでとうライジグス元年カウントダウンフェス、それの準備中なんだが……


「なぁ、マジでやんの……これ?」


 俺は鏡に映る自分の格好に、うんざりした表情を隠しもせずに、きらっきらの表情でヘッドバンキングでもしてんじゃねぇかと思う勢いで、うおおおおおおっと頷く嫁達に確認をするが……正しいらしい。マジか……


 今の俺の姿は、なんだこれ……えーっと、ベースは多分礼服っぽいスーツかな? そこに古代ギリシャのトーガみたいなのが巻き付いて、全力のジャラジャラしたアクセサリーが散りばめられてる。んで、頭にはティアラのような王冠と、やっぱり装飾過剰な細いチェーンが頭部全体に巻き付いてる感じ。


 ああ! 今分かったわ。あれだこれ、耽美系の乙女ゲームとかの王子様ルックだな。デザインだけの、絶対に普段使いなんかできねー! って感じの。


 ん? 王子様ルック? え? 俺が?


 愕然とした気持ちで嫁達に、全力で止めね? という視線を送るが、嫁達は何言ってんだお前は、というそれはそれは冷たい視線を向けてくる。


「とと様」

「ん?」


 これで式典すんの? と既に戦闘艦乗って逃げ出したくなる気持ちになっていると、くいっくいっと服を引っ張られ、視線を下に向ければ、振り袖っぽいけどタッパ的に七五三ちっくなルルとせっちゃんとブルースターがならんでアピールしてくる。


「おお、いいんでないの。可愛い可愛い」


 ばっちり頭もセットされてるから、いつものように頭をわしゃわしゃ撫でるわけにはいかないので、つんつんとプニプニほっぺをつつけば、ルル達はにへへへと笑う。


「とと様もばちし!」

「男前じゃのぉ」

「とー様、格好良い」


 ……なんだろう、こう娘に誉められると素直に喜べる俺ガイル……


「なんで嫁の反応には塩で、娘の反応はデレッデレなんだ?」

「いや、アタシに聞かれても。アタシなんてクソ親父の事なんて誉めた試し無し、だし」

「私のお父さんの話になりますけど、やっぱり男親っていうのは娘の言葉に弱いですよ? 私のお父さんも私には甘かったですし」

「それはーそれでー羨ましいですねー、やっぱり子育てはー旦那様のスタイルでーやりたいですねー」


 何か裏でごちゃごちゃ言ってるが、まあ良い。娘ちゃんズのお陰でモチベは守られた。ちかたないね、うん。


「お、パパン、良いですね。はい、これ式典の原稿です」


 俺が娘ちゃんズに分かりみおじさんチックに、腕を組んでうんうん頷いていると、シックな感じのフォーマルスタイルなレイジ君が部屋にやって来て、おざなりにハイハイと誉めてデータパレットを渡してくる。


 いやまぁ、レイジ君に誉められても嬉しかねぇけどな。最近の君は何というか、遠慮が無くなったというか、距離感が近くなったというか……まあ、良いんだけどな。


 気を取り直してデータパレットに目を通す。うむ、無難な感じだ。いかにも偉い人のスピーチって感じだね。


 データパレットを側に控えているガラティアへ渡す。受け取ったガラティアは、さっと目を通し、つまらないですの、と呟く。


「式典に面白さを求めてどないすんのよ。偉い人間のスピーチなんざ、簡潔かつ短く、すぱっと終わった方が良いんだよ」


 まあ、俺の人生の中での偉い人スピーチなんて、学生時代の校長の学期始め挨拶とか、社会人になってからの社長の訓示とかしかねぇけど。どちらの記憶もかったるい記憶しかない。


「……これでは簡素過ぎるな」


 ガラティアの横からデータパレットを覗いていたゼフィーナが眉を寄せながら唸る。それを聞いたファラやリズミラも、データパレットを覗き、うーむと唸る。


「何よ? 問題ありか?」


 簡潔にまとめられた、短いスピーチで俺も楽、お前ら(国民達)も楽、皆オール楽でハッピーな感じで良いと思うんだけど。


「やはり国民へのメッセージという意味でも、もっと内容は練った方が良いというか……うーん、タツローらしさが無いのがね」


 ファラがそんな事を言う。何よ? スピーチで俺らしさってよ。


「ちなみにー、皇帝の伝説的スピーチはー……この愚民共、我の庇護下で肥え太りおって、そんなにも我の統治下は安心か……というのがーありましてー」

「……はい?」

「ああ、あったらしいな。その瞬間、帝国全土の空気がフリーズしたって言うヤツだな」

「まあーそれでー皇帝が頭おかしいんじゃないかーって他国から警戒されてー、結果的に帝国の安全に繋がったーっていうー」


 あいつ何やってんだよ……


「でも、そうですね……新興国という意味合いでも、やはりライジグス国王はこういう人物である、という感じは出した方が良いかもしれませんね」

「ああ、確かに。これだと淡々と統治だけをしている模範的な王様っていう感じがするしね」


 何か方向性が不味いのでは? そう思っても止めるすべを持たない俺である。嫁達が静かに、確かな熱量を持って暴走し始める様子を、なるべーく巻き込まれないよう、壁際に寄って見守るしか方法が無かった。


「止めなくても?」

「止めてみせろや」

「ははははは、ぬかしよる」

「分かってて聞くなや」


 レイジ君に茶化されながら、俺は娘ちゃんズを抱っこして気持ちを落ち着けるのであった。




 ○  ●  ○


 コロニー『アルペジオ』で最も大きな公園に特設ステージが作られ、その周囲に整備された客席が用意されている。


 抽選によって選ばれた国民達と、立ち見でも構わないという国民達も加わって超満席となったそこでは、誰もが息を飲み、目の前の光景に圧倒されていた。


 特設ステージでは、絶対にライジグスでしか見られない光景が広がっていたからだ。


「「「「♪~♪~♪~」」」」


 ル・フェリヴァルキリーフレーム、RVFと呼ばれる妖精専用装備を身に纏い、ステージ上を縦横無尽に飛び回りながら、妖精達が天上の音楽を思わせる歌声を響かせている。その妖精達を引き立てるようなライトアップに、妖精達の気ままな歌声に、即興で合わせる楽団の荘厳な音楽が雰囲気を引き立て、とても幻想的な空気が流れていた。


 古のおとぎ話に登場する、妖精達の楽園だろうか? それはそのように見られていた。


 会場で生で見ている者も、ライブ中継を見ている者も、そのあまりに神秘的な様子を息を飲み込んで見入っていた。


 しばらく妖精達の乱舞が続き、楽団の音楽が二度目のループに入るタイミングで、ふわりと飛翔物がステージの周囲を通過した。


「才妃様ご入場」


 浮遊するお立ち台に、ビシッと直立不動で立つ宰相レイジ・コウ・ファリアスが、朗々とした声で告げれば、妖精達が一斉に動き、ステージ奥から歩いてくる美しい女性達の肩や頭に着地する。そんな妖精を乗せて、ゆっくり見せつけるよう、物語の中から抜け出して来たような女性達がステージ後方にズラリと並び、ザザッと一糸乱れぬ動きで跪く。


「側妃様ご入場」


 才妃に着地した妖精達が再び舞い上がり、今度はステージ全体を円周上に回るよう飛翔する。それに合わせてライトアップも変化し、音楽も少しアップテンポな曲調へと変化した。そのタイミングでステージ奥から、才妃達が纏っている衣装よりもっと派手な衣装を纏う、やはり美女美少女集団が現れ、才妃とは違い会場にいる観客達へ手を振りながらにこやかに歩いて来る。


 側妃達はそのままステージ中央まで進むと、まるで編隊飛行のように左右へ分かれて、ステージ中央へ頭を下げるカーテシーのポーズで止まる。


「ライジグス王国、王権、王冠、巫女、王笏を司りし正妃様ご入場」


 タツロー曰く、ラスボスでも出るんかい? と言われていた、妙にド迫力な音楽に変わり、ステージ奥から正妃式典用正装を更にパワーアップさせた衣装を着たゼフィーナ達が現れる。その瞬間、会場から巨大などよめきがあがった。


 才妃も側妃も美しかったが、正妃の美しさは群を抜いて美しく、メイクや衣装効果の相乗効果もあって、三割増しレベルで美しさをアップさせていた。それぞれがそれぞれを象徴するアイテムを両手で持ち、アルカイックスマイルでステージを進む。そして一番前まで進むとクルリとステージ中央へ体を向け、小さく頭を下げたポーズで動かなくなった。


 妖精達が中央へと集合し、そこから妖精達よりも大きな体をしたティターニア、ヴィヴィアン、レナスが割って出るように現れる。


「全員起立! ライジグス国王タツロー・デミウス・ライジグス陛下のご入場である!」


 そのタイミングで宰相が有無を言わせぬ迫力の声で命じ、会場はおろかライブで見ていた者達まで起立し、気を付けの状態で待機する。そのままの状態で、ステージ中央から装置を使い、国王がせり上がって来た。


 会場からもライブで見ている人々からも、うっとりとした溜め息が漏れる。


 漆黒の長い髪に、どこか憂いたような表情で、薄く口許を笑みの形に歪め、優しい光を宿す黒い瞳を向けてくる綺麗な国王に、誰もがうっとりと見惚れた。ただ単に、これどうするよ? という気持ちが顔に出ていたとは嫁以外には気づかれずに。


 国王は自動で起動した拡声装置の前で、数瞬気持ちを整えると、口を開いた。


「今、幸せだろうか?」


 優しく問いかけられた言葉に、誰もが不思議そうな表情を浮かべる。それを国王は少しの苦笑で持って受け入れると、再び問いかけた。


「悲しくはないだろうか? 寒くはないだろうか? 辛くはないだろうか? 我が国に不幸はあるだろうか?」


 ジッと耳を傾け、怖いくらいに真剣に聞き入る国民へ、国王は優しく微笑む。


「不幸有るならば、喜んで潰しに行こう。悲しみに溺れたならば、勇んで手を差し伸べよう。辛いのならば、一緒にその状況から抜け出す方法を考えよう。我が国は幸せに満ちているだろうか?」


 国王の問いかけに誰もが答えない中、客席に居た一人の子供がはーいと無邪気に返事をした。それを国王は子供のように無邪気に笑って受け入れ、優しく慈しむように微笑む。


「なら良かった。だが、我一人ではこの国を守る事は難しい。我一人では皆の笑顔を守る事も難しい。ライジグスの国民よ、ライジグスの子らよ、我の息子、娘達よ。これからも国を守る為、国を繁栄させる為にその力を貸して欲しい。ここにライジグス歴元年を宣言し、国民が一丸となって未来へ進む事を誓おう」


 国王が腰からすらりと聖なる剣を引き抜き、ゆっくりそれを天へと掲げた瞬間、ライジグスの全てのコロニーから爆発したような歓声があがった。


 こうしてライジグス元年が始まり、宇宙に年越しと新年という風習が生まれる事となる。


 各国の代表、支配者層もこの行事に駆り出されるようになり、ライジグスが広めた悪習であると、そのあまりの大変さに苦笑をもって受け入れられる事となった。


 言うまでもなく、一番大変なのは爆心地であるライジグスであり、毎年毎年年末新年イベント委員会なる組織が作られ、毎年毎年その企画に頭を悩まされる事になるのであった。




「もぉー勘弁して、マジで勘弁して、絶対次やりたくねぇ!」

「「「「人生、諦めが肝心と言うよ?」」」」

「ぎゃーす!」


 何だかんだとアドリブでスピーチをこなした、どこかの国王様のダメージが一番大きかったようであるが……





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