第233話 暗雲 ①

 Side:帝国府中枢院危機管理室


 帝国七大公爵アリアン・ファコルム・グランゾルトの改革が進み、それまで七大公爵が全判断を下すトップダウン型だった形態から、七大公爵が受け持つ内政だったり外交だったり軍事だったりを細分化し、厳選した貴族官僚、一般官僚による部署での管理へ以降した事で、帝国が抱えていた大味な政治の引き締めが行われた。


 意志決定のトップダウン事態は生きているが、それは大きな判断が必要な時に限定されつつある。それぞれの部署が機能し始め、まだまだぎこちなさはあるモノの、それまで中央の貴族というだけで幅を効かせていた連中が一斉に粛清され、上役が能力第一人格第一で選出された志の高い貴族ばかりなので、一般人枠で採用された職員達からの評判も良く、帝国の政治の未来は明るい状況へと進んでいる。


 そんな帝国政治機関の中で、真っ先に設立され、真っ先に稼働を始めた部署が、帝国府中枢院危機管理室である。


 旧王家貴族の反乱もしくは、帝国試練戦争等とも呼ばれている現在進行中の動乱の初期に、大公爵アリアンによって実行された改革だった為、その動乱に対応する部署が真っ先に必要とされ、帝国府中枢院危機管理室は設立された。


 この部署が大活躍したからこそ、中枢院、他国風に言うならば内閣府、議会上院、役職ならば宰相だろうか、帝国政治にとって一番重要な柱が充実したと言っても過言ではない。


 現在も最大稼働を続けている危機管理室のトップ、北部防衛拠点の司令だったが、危機管理室の最上位であるスーサイ・ベルウォーカー・ダンガダムからの要請を受ける形で、その役職を拝命したロイター・ヴェルモント子爵は、部下からもたらされた報告書に頭を抱えていた。


「反乱軍の陣容が変化した?」

「はい」


 まるでライオンのようなたてがみを思わせる黄土色の逆立つ髪を、バリバリ音を立てて掻き、オレンジ色の三白眼を細めて目の前の部下を見るロイター。対するは長い見事な銀髪に特徴的な二重光彩、黙って立っていれば女性に見える美しい男性、フラムナム・オーラフが困った笑顔で頷く。


 フラムナムはファラの実の兄である。現在進行形な動乱の最初期、真っ先に自主的に七大公爵へ保護を求めて動き、他のジゼチェスやオスタリディの子供達へ、自分と同じような行動をした方が良い、と説得した事が評価され、ファリアスの名前は失ったが一般的な帝国男爵の地位を与えられ、帝国で最も重要な部署である危機管理室へと配属された俊英である。


「我が妹から提供された観測機器での確認なので、これは間違いないです」

「……ライジグス製品のレーダーじゃぁ、そりゃ間違いねぇわ」

「ええ、大変困った事に」


 普段であるのならば、絶対に公で自分の妹を持ち出さないフラムナムが、わざわざそれを口に出した事に、ロイターは獅子のような唸り声を出しながら天を仰いだ。


「スーサイ様に報告された方がよろしいのでは?」


 天井を見上げたまま動かない上司に、フラムナムが涼やかな声で確認をするが、ロイターは動かず、唸り続ける。


「……いや、多分だが、これはアリアン殿へ報告すべき事態だ。むしろ直接皇帝陛下へ奏上すべき案件かもしれん」

「はい?」


 ロイターは視線をフラムナムへ戻し、渡されたデータパレットをヒラヒラ振る。


「問題は、ライジグスが善意……いや、あの国王陛下だから天然だろうけど……観測機器のプリセットデータベースに反応したってところだ」


 ああやだやだ、という感情を隠しもせずにロイターが言うと、ピンと来ない様子のフラムナムが不思議そうな表情を浮かべる。


「と、言いますと?」


 ロイターがデータパレットに目を走らせると、そこには偽装カーゴシップVK1、VK2という文言が記載されている。しかもシップメーカーまで記載されており、生産メーカーはサッニンとある。ロイターはそんなシップメーカーを聞いたことも見たこともない。


「ライジグス国王とうちの皇帝が、実は別の次元から迷い込んだ旅人だってのは?」


 ロイターが最近になってアリアンから、ごく一部の信頼された貴族にだけ公表された事実を口に出すと、フラムナムは微笑みながら頷く。


「はい、存じ上げております」


 フラムナムの反応に頷きながら、ロイターは胡乱な目で面倒臭い事実を口に出す。


「そのライジグス国王の、かつて彼が活躍してただろう世界に根差したデータベース、そいつに載ってる船の反応があったら?」


 数瞬、言われた言葉の意味を反芻していたフラムナムだったが、何を言っているのか理解した瞬間、実にファラとそっくりな顔のしかめ方で呻いた。


「……うわぁ」

「分かってくれて嬉しい」


 フラムナムの反応に重苦しい溜め息を吐き出しつつロイターが言う。


 今まで苦慮して対応していた相手が、あの非常識の塊である皇帝、ライジグス国王と同類のナニかへと変貌した。ロイターは自分の胃がよじれるような痛みを感じ、最近常飲薬となりつつあるレイジアン製薬の胃薬を取り出し、口の中へ放り込んだ。


 しかし、危機管理室という帝国を守護する最前線を任された者として、いつまでも現実逃避をしている場合ではない。ロイターは厳しい視線をフラムナムに向けて口を開く。


「新設した皇帝直下近衛大艦隊の状態は?」


 胃の上辺りを押さえながら、厳しい表情で確認をしてくるロイターに、フラムナムも静かに胃の上を押さえながらコンソールを操作し、自分達の周囲へ立体ホロモニターを起動させる。


「全体の準備は整っております。ライジグスからの技術教導官の指導もあって、純帝国産レガリア級技術の導入も順調です。平行して行われていた第一、第二、第三艦隊の改修作業も終わりが見えて来たとの報告が来てます」

「……薄気味悪いくらい、今の状況へって感じがしやがる……」


 口の前で手を組み、小声で呟くロイター。そんなロイターの呟きを聞き取れなかったフラムナムが、童女のようなあどけない表情で小首を傾げる。その様子に苦笑を浮かべて手を振り、まさかな、と心の中で呟く。


「今回のデータ、まとめてくれ。その間に俺はスーサイと話を詰めてくる」


 席を立ち、デスクのすぐ横にある上着掛けから、危機管理室所属を示すジャケットを着ながらフラムナムへ指示を出す。


「畏まりました。三十分程度はいただくと助かります」


 顔色を悪くしながらも、フラムナムはそれでも力強く頷いた。そんな様子にロイターは苦笑を浮かべ、すれ違い様に彼の細い肩を優しく叩いた。


「一時間は席を離れる。慌てなくて良い。分かりやすくまとめてくれ」

「はい、ありがとうございます」


 顔色が悪かった表情を、やや明るくし礼を言うフラムナムに手を振り、ロイターはのしのしと部屋から立ち去る。


「……絶対スーサイの野郎の不幸や苦労が下へ来てやがる……」


 帝国全ての苦労を背負う者スーサイ・ベルウォーカー・ダンガダムというあだ名を思い出し、ロイターが忌々しげに呟く。そこには戦友に対する気安さと、親愛があるのだが、表情は結構本気であった事は秘密にすべきだろう。




 ○  ●  ○


 Side:共和国復古派防衛拠点ステーション


「ダモン様」

「……これは終わったな……」


 復古派の重鎮で復古派が持つ戦力を全て預かる元帥という立場でもあるダモン・クロスベルグは、目の前の現実に重々しく事実を告げる。その言葉を聞いた部下達は、膝から崩れ落ちるようにうずくまり、静かに嗚咽を漏らす。


 ちょうどア・ソ連合体へワゲニ・ジンハンの侵攻が開始された時刻に合わせたように、神聖共和国派(教団)の猛攻が開始された。これにダモン・クロスベルグは秘密裏に支援があったフォーマルハウト、神聖フェリオ連邦国からの技術供与を受けた艦船による抵抗を開始した。


 あれほど頻繁にこちらへと接触をしてきた夢幻商会は姿をくらまし、戦力がガタガタだったところへ、まさかの支援に復古派はかつてない盛り上がりを見せたものだ。


 供与されていた技術もそうだが、復古派の技術者達の思ったより上がった腕前もあって、抵抗は当初拮抗した。


 また、フォーマルハウトをテリトリーとしている熟練の傭兵や、ネットワークギルドの戦闘部門のギルド員などが予想以上に参加してくれた影響もあり、一時は盛り返したりもしたのだが、それは唐突に終わりを告げる。


 突然、戦場へ大量のカーゴシップが乱入してきたかと思えば、困惑するこちらを完全に無視して戦場全体を包囲するように展開し、包囲した瞬間に自爆をしたのだ。


 その自爆攻撃は、復古派、神聖共和国派の戦列が崩れるまで続けられ、崩れたら崩れたで、見た事もない戦闘艦が乱入し双方の艦隊をズタズタにするまで大暴れを続けた。


 何とか拠点としているステーションまで撤退する事は出来たが、謎の戦力にそのままこちらを追跡され、現在拠点ステーションはその謎の戦力になぶられ続けている。


 これはもうダメだ。ダモンはそう判断を下し、降伏する事を決定した。


「相手への通信はどうか?」

「少々お待ちを……今準備をしています……閣下、繋がります」

「うむ」


 副官の言葉に、ダモンはキリリとした表情を浮かべ、モニターの前に立つ。するとモニターに存在感の薄い、影のような感じの人物が映し出される。


「……」


 一瞬表情へ驚愕が出そうになったが、気合いと胆力で感情を抑え、小さく頭を下げてから口を開いた。


「こちらはこのステーションを拠点としている共和国復古派、その派閥をまとめているダモン・クロスベルグ元帥である」

『あん? 何だよ、こっちは気持ち良く暴れてるってのに邪魔してんじゃねぇよ、おっさん』


 病的な外見をした長い髪の青年が、眼光鋭くこちらを睨む様子に、ダモンは涼しい表情を向ける。


「我らは降伏をする準備を進めている。なのでそちらの代表と話し合いの場を設けたい」

『……ぷふっ!』


 ダモンの言葉に、青年は吹き出し、ゲラゲラ笑いながら両手を打ち鳴らす。


『ばーか! 誰が降伏なんて認めるかよ! お前らはここで死ぬ運命にあんだよ! 何せ神様が決定した事だからな!』

「……」


 こいつは何を言っているんだ? ダモンは心底信じられない目で青年を見る。


『俺達からしたら、てめぇらなんざ、いくら殺しても替えのあるNPC以下の存在なんだよ。だから安心して絶望しながら死ね!』


 本当にこいつは何を言ってるんだ? ダモンは言い様のない恐怖を感じながら、それでも人命を助ける為に口を開いた。


「それは困る。せめてこの拠点に居る非戦闘員の避難は認めてもらいたい」

『だから黙って死ねって言ってんだよ! 絶望して! 憎悪して! ここで朽ち果てろ!』


 通信はそこで切れた。ダモンは深い絶望に包まれながら、それでも毅然とした態度を崩さずに部下達へ視線を向ける。


 さぞ失望しているだろう、そう思って内心恐る恐る部下達を見たのだが、部下達の表情は逆に力強いモノで、ダモンはピクリと眉を動かす。


「閣下、ご命令を」

「……何をだね?」

「非戦闘員を逃がす為に死ねと、お前達の死に場所はここであると、ここで戦って一人でも多くを救って死ねと命令して下さい」


 彼らの表情は覚悟を決めた戦士の顔だった。ダモンは目頭を熱くしながら、ぐっと口を真一文字に結ぶ。


「閣下っ!」

「閣下っ! ご命令を!」

「閣下っ!」


 部下達の声にダモンも覚悟を決める。


「分かった。すまない……諸君、最後の意地を見せよう」


 ダモンの言葉にステーションを振動させる雄叫びがあがった。

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