第232話 津波 ⑪
Side:??????
「頼れるのは無能な味方ではなく、優秀な敵なんて皮肉は嘘だと思っていたのだが……くっくっくっくっくっくっ、感謝しよう
実体化をした己の腕を満足気に眺め、ソレは己の背後に控える軍勢へ合図を送る。
『……クラン、大宙賊連合頭目ティーチ・キッド』
『クラン、闇犯罪ギルド悪の花道、ギルドマスター、フランク・カリオストロ』
『クラン、闇商人ギルド何でも屋、会頭ジャアーク・ビショップ』
『クラン、傭兵団バラクーダ、団長ルック・ルック』
『クラン、放浪傭兵旅団クラスター、頭バット・トリップ』
闇に同化するような見た目の、影人とでも呼ぶべきような存在が、ふてぶてしい態度でそれぞれが名乗りを上げる。
もしもここにタツローが居たのならば、さぞ頭を抱え込むハメになっただろう。何せゲーム時代に多くの事件を引き起こした、いわゆる害悪と呼ばれていた団体が勢揃いしているのだから。
ここにいる全団体の全所属プレイヤーがアカウントBANを食らったと言えば、どんだけはっちゃけていたか分かるだろう。
規模的に言えば、バッド・グレムリン事件程ではないが、それなりに現実世界でニュースとして取り上げられるレベルの悪行はしており、まさしく害悪団体と言って良い連中だ。
「ワゲニ・ジンハンも良い仕事をする。まさしく自分達の命と魂を捧げてまで、この神へと貢献するその姿勢、次の世界でも下等生物として転生させてやろうじゃないか……くっくっくっくっくっくっくっ」
名乗りを上げた集団を満足げに見やり、そして自分の横にかしづくように控える存在へ指示を出す。
「日下部 達郎を討ち取ってこい」
しかし、その存在は動こうとはせず、何かに抵抗するよう、縛られた何かを振りほどこうとするような動きをする。
『……』
真一文字に結ばれた口から、小さい唸り声を漏らして抵抗をする存在を、ソレは愉快そうに眺め、おもむろにその存在の頭をむんずと掴んだ。
『ぐっがあぁぁぁぁぁっ!?』
獣のような絶叫を上げる存在に、ソレはニンマリ邪悪な微笑みを向ける。
「無駄な抵抗はしない事だ。お前はもう我が手駒に過ぎんよ、なあ、勇者いそっぷとやら」
闇の空間にソレの嘲笑が響き渡り、ソレを取り巻く暗黒が周囲を侵食していく。それはまるで深く不快にどこまでもねっとり絡み付いて離れない、汚泥が広まって行くかのように……
○ ● ○
Side:移動惑星ミヒナンテ宮殿
「これは……」
脳みそクラゲに寄生されたような見た目のワゲニ・ジンハン、巫女と呼ばれる存在が困惑の声を出す。
「何が起こっている? 何だこれは……」
巫女が持つ超感覚器官、言うなれば同胞の魂を感じとる感覚が、先ほどまで大量に宮殿内を漂っていた同胞の魂達が、唐突かつ急激な勢いで減少していく様子を感じ取り、困惑したまま周囲を見回す。
「これでは新たなる同胞が生まれてこれなくなってしまう! 何が起きている!」
巫女は焦って原因を探しだそうと試みるも、何も出来ずにガンガン魂の総数が減少していく。
巫女が焦るのも無理はない。ワゲニ・ジンハン大量発生の仕組みは、死した後も確実に巫女がその魂を回収し、その魂を豊穣母体コザーラ・ミヒテへ提供する事で、新たな肉体を得られるというオカルト染みた方法である。
科学的な話へ置き換えれば、人格、経験、記憶の全てがバックアップされたデータを使い回し、破損した肉体を捨て、クローニングした予備の肉体へ、データを移植する事でやり直し、コンテニューを可能にしている、と説明すれば分かりやすいだろうか。
ワゲニ・ジンハンの強みは、肉体はスペアと割り切り、魂だけ無事であればいくらでもやり直しが出来る、という点だろう。何しろ、死んですぐに予備の
この種族特性とも言える強みを行かす為に、豊穣母体は常に犯され、孕み、産むを繰り返しているのだ。この事は巫女と豊穣母体のみが知る秘中の秘とされ、三神将達にも知らされず、彼らの記憶の改竄すら行い事実を秘匿している。なので今回の狂乱は、待ちに待った行動であり、特別な状況であると思い込んでいた。
だがしかし、この方法にも限界はあり、三神将のような確固とした人格を持つ魂は、転生する度に魂が磨耗し、能力が落ちるというデメリットがある。
だからこそタイミングを見計らい、効果的な場面と場所で転生をしようと待たせてあった三神将の魂までもが消えた瞬間、巫女は絶望したように立ち尽くした。
『あのような邪神を崇めるから、そのように裏切られるのですよ?』
「っ!? 誰だっ!」
何も無かった空間に、まるで汚泥が溢れ出すように、全く存在感を感じさせない影のような人間が現れ、巫女はとっさにその影へと衝撃波を飛ばす。ワゲニ・ジンハン上位原初生命体である巫女は、三神将がそれぞれ個別に使用していた全能力を使える上位個体であり、メ・コムのような衝撃波を扱えるのであった。
『おっと、そいつは勘弁してくれや』
「っ!?」
最初に現れた影を守るように、太い丸太を思わせる、やはり存在感を全く感じさせない影のような腕がにょっきり生え、巫女が放った衝撃波を受け止め、握りつぶした。
『はあ、最悪。こんな化け物の魂で復元されたのかよ』
『まぁまぁ、よろしいじゃありませんか。楽しい事をやらせてくれるんですから、そこは素直に感謝しましょう』
困惑する巫女の目の前へ、ザ・海賊という見た目の、薄い影のようなのに完全に不潔だと分かってしまう風貌な大男と、胡散臭い笑顔を顔に張り付け、きっちり隙を感じない執事服のようなモノを着込むオールバックの老人、糸目にニヤケ面のツンツン頭をした着流しの青年、完全山賊的見た目のマッチョスキンヘッド巨漢、病的なガリガリの目隠し長髪青年の五人が現れる。
『邪悪なる神なのですよ? そのような存在が貴女方の願いを成就させてくれる、本当にそのように考えたのですか? レディ?』
胡散臭い執事の老人が、慇懃無礼な態度で大袈裟な一礼をしつつ、皮肉に口許を歪ませ、愉快愉快という気持ちを隠しもせずに言い放つ。
『商売相手としては最悪。リスクとリターンを冷静に判断しても、絶対に契約相手にしちゃぁダメダメな相手ですわな。くふ、くふふふふっ、暗黒大帝国でしたっけ? 滅亡おめっとさん! くはははははっ!』
両手を激しく打ち鳴らし、糸目の着流し青年が愉悦に歪んだ表情で、狂ったように笑う。
それぞれが巫女へと辛辣な言葉なり態度なりを向けている中、巨漢のスキンヘッドがズドンと床を踏み抜くのではないかという勢いで床を足で叩く。
『おう、てめぇら遊んでねぇで行け。ティーチとジャアークとバットは共和国とかって場所だろう。とっとと狩り取ってきな』
その一睨みで人を殺せるのではなかろうか、そう思わせる眼光で名前を呼んだ三人に視線を送りつつ指示を出せば、呼ばれた三人は不機嫌さを隠しもせずに不貞腐れた態度を見せる。
『ちっ、最悪な組み合わせだ。せっかくプロフェッサーをぶっ殺せると思ったのによ』
海賊な見た目の大男はやれやれと肩を竦めるポーズをし、糸目の着流し青年はペッと唾を吐き出し、病的な見た目の青年が愚痴るように呟く。そんな三人を追い払うように、巨大な腕を地面に叩きつける山賊巨漢。
『ここで消滅すっか? また復元されるとは確約されてねぇけど?』
巨漢の言葉に三人は悪態を吐きながら、すっとその姿を消した。
『こちらは二人ですか』
『問題あるめぇ……おめぇだってやる気はゼロなんだろ?』
消えた三人を見送った執事の老人が、やれやれと頭を掻きながらちらりと巨漢へ視線を送れば、巨漢は盛大に重々しい溜め息を吐き出して、面倒臭そうに返事をする。
『わりぃな、俺らにもどうしようも出来ねぇんだわ。だからここで精一杯の抵抗で言える事だけを先に言っとくな?』
呆然と事態を見ていた巫女に、巨漢がコリコリ頬を指先で掻きながら、真っ直ぐ巫女へ視線を向けた。
『そこの横たわってる巨女とお前さんが居れば、暗黒大帝国の建て直しは出来るんだろ? なら、そいつを連れて逃げな』
「え?」
巨漢の言葉に動きを止めた巫女へ、執事老人が恭しく一礼をする。
『あの邪神に我らは抵抗出来んのだよ。忌々しい事にね。しかも勝手に復元されたオリジナルの残滓、魂の残りカスと来た。これで前向きに悪どい事して楽しみましょう、って割り切れる程頭めでたくないのだよ、レディ?』
『さっきの三人は違うみてぇだけどな。俺は俺で現実の歴史に悪名だが、てめぇの名前を刻んだ段階で満足しちまったから、さぁもう一度悪事を働こうぜ! なんて気分にならんよ。しかも、ここで必死こいて働いたところで、褒美は邪神の愉悦って、阿呆だろ』
先ほどまでの印象とは違う二人に、巫女はひたすら困惑を深める。だが、彼女の、ワゲニ・ジンハンの生存本能が、彼らの言葉に従えと訴えているのは感じた。
「良いのか?」
おずおずと巫女に問われ、二人はシニカルな笑顔で肩を竦めて見せた。
『行っちまえ』
巨漢の武骨だが、何となく思いやりのある言葉に、巫女は弾かれたように動き、度重なる無茶でぐったりしている豊穣母体コザーラ・ミヒテを念動で持ち上げ、弾丸のような早さで移動惑星ミヒナンテから立ち去った。
『……あっちでは散々バカで悪い事したけどよ、願わずにはいられんよ』
立ち去った巫女が消えた方向に視線を固定したまま巨漢が呟く。そんな巨漢へ執事老人がオーバーに肩を竦める。
『あの邪神、理解してないんですよ。悪事というのは全力の遊びの中だからこそ楽しいんです。まぁ、確かに我々はやり過ぎましたがね』
胡散臭い笑顔を張り付け、執事老人が愉悦の表情を浮かべる。それはかつての悪行を思い出しての言葉なのか、それともこれから引き起こす災悪を思ってのモノなのか……
『もうこことゲームは繋がってねぇんだ。こっちの人達が幸せに生活してるってのに、なぁーんで俺達は悪事を働かにゃならねぇんだか……はあ、いっちゃん嫌いな野郎が頼りとかムカつくぜ』
そんな老人をチラリと見やって巨漢はうんざりした表情を浮かべて言う。
『頼むぜプロフェッサー。お前の全知全能を注いで、俺達からこの世界を守れ』
真摯な願いにも似たその言葉は、おぞましい空間であったミヒナンテ宮殿へと溶け、誰にも聞き届けられず虚しく消えていった。
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