第228話 津波 ⑦

 アベルが正式名称のない宙域で驚くべき活躍をしている頃、リーン・エウャンは大艦隊を率いて、ゼロ足グレイブが大量に集結していた場所へ赴いていた。


 すでにプラティカルプス大隊とメビウス大隊によって掃討が完了したと報告は受けいていたが、リーンは妙な気持ち悪さを感じており、レイジに許可を取って直接現場に来ていたのだった。


「何もありませんよ?」


 すっとぼけた顔の、悪い言葉を使うならばモブっぽい、超地味な薄暗い茶髪に目立たないブラウンの瞳、不細工ではないがザ・凡庸を絵に描いたような印象の、そんな副官の言葉に、リーンは眉根を寄せて唸る。


 藍色の短髪を掻き上げ、鳶色の瞳を高解像度の全周囲フルスクリーンへ向けている姿は、歴戦の提督と言った雰囲気だ。だがしかし、リーンの悪癖というか何と言うか、深く思考に沈めば沈む程、足が妙に軽快なステップを踏み始める。ダンサブルな感じではないが、それだけで色々と台無しになってしまう。副官はこれを目撃する度に、とても残念な気持ちになるのだった。


「観測手、観測データに異常はないか?」


 ステップを止めて、キリリとした表情で確認をするリーン。ブリッジに漂う残念なナマモノを見るような空気感は、全く気にしない方針らしく、さっくりと無視された。


「異常見当たりません。むしろ大規模な戦闘が行われた後で、これだけ正常値だと気持ち悪いくらいですよ」

「……」


 苦笑を浮かべて言う観測手の言葉に、リーンは眉間へ指をトントンつつくように当てながら、ブツブツ呟く。


「ミサイルは使用されていない。レーザーと超電磁兵装、それとマルトちゃんのシューレスト・スト――クラティカル素粒子チェック!」


 呟きから閃きが生まれ、リーンが吠えるように指示を出すと、観測手が慌ててデータを見直す。


「クラティカル素粒子反応無し!」

「っ! 艦隊全体へ警戒警報発令! 陣形ロァーンバスからトライアド! 防御マシマシ!」

「りょ、了解!」


 リーンは再び睨みつけるようスクリーンへ視線を戻す。そんなリーンを横目に、新人オペレーターが自分の指導員である先輩オペレーターの肩をちょんちょんと叩く。


「先輩、どういう事っスか?」

「うーん、技術的な説明は抜くぞ? 長くなるから」

「あ、はい」


 先輩オペレーターは自分の仕事をこなしながら、後輩にも理解しやすいようにコンソールを操作し、立体ホロモニターを起動させて画像を表示した。


「メビウス大隊が使用している主武装がシューレスト・ストライカーだ」

「はい、サイキックみたいな能力を科学的にアプローチでなんたらかんたらという講義は受けたっス」

「そうそれだ。見ての通り、ストライカーはそれ自体にジェネレータとエンジン、更にはレーザー兵装の装置が組み込まれている。これに使用されているエネルギー結晶がクラティカルと呼ばれている結晶体だ」

「うっす」


 立体ホロモニターに表示されているストライカーが、画像処理され分解された状態の解説図へ変わる。それぞれ重要な装置に名称と解説が表示されており、確かにストライカーの中枢にはクラティカルの名称と、それが組み込まれたジェネレータ装置がある。


「このクラティカルが発生させる素粒子というのが結構残るんだよ。かなり優秀なエネルギー触媒なんだが、その素粒子が結構な難物でな、船の計器類にかなり悪い影響を与えるんだ。だからストライカーのような兵装には使えるが、戦闘艦や軍艦なんかのジェネレータには使用されない」

「なるほど……あれ? 残る?」

「そうだ。ここでメビウス大隊が派手にストライカーを使用して戦ったのに、今その素粒子は検出されない」

「……何かある?」

「だから提督は警戒を強めた」

「了解しました。自分の仕事に戻るっス」


 後輩がいそいそと自分の仕事に戻ったのを確認し、先輩オペレーターは満足そうに頷いて立体ホロモニターを消した。


 その間にもリーンの指示を受けた艦隊が、ひし形のロァーンバスから巨大三角形トライアドへと陣形を変えていく。ロァーンバスは移動に適した陣形で、トライアドは防御に適した陣形だ。


「ん? 提督、妙な反応を検知」

「正面へ」

「了解」


 観測手がレーダー特化の重巡洋艦デメテルからの観測データに奇妙な反応を見つけた。それを正面スクリーンへと投影する。


 そこには何も無い空間に、巨大な球体の歪みのような何かが映っていた。


「通常のレーダーの反応は?」

「全くありません」


 普通のレーダーには全く映らず、新開発の一番最新なレーダーだと検知する。しかも更新される観測データを見るに、結構な速度でア・ソ連合体領宙域方面へと向かっているとデータが語っている。


 リーンはすぅっと息を小さく吸い込むと、グッと息を飲み込み、腹に力を入れた。


「……ブルータキオン注入タイプのミサイルを撃ち込む。ミサイル艦フェイト・フォルトゥナ改型一番から二番艦のミサイルを使用」

「了解。ミサイル艦一番、二番、ブルータキオン注入ミサイルよぉーい」


 オペレーターが即対応し、リーンは更に指示を飛ばす。


「艦隊全艦の火器管制リミッター解除! 全艦第一戦闘配備!」

「了解。艦隊ネットワークシステム立ち上げ!」

「艦隊リンク確立!」

「各艦のパラメータを表示!」

「全システムオールグリーン! 異常無し!」


 ウワァーンウワァーンとけたたましいサイレンが鳴り響き、艦隊全体が緊張感に包まれていく。


「ミサイルチャージ完了!」

「ターゲットロック」

「了解! ターゲットロック! リンク!」

「ミサイル発射」

「一番、二番艦、ミサイル発射!」


 リーンの指示でミサイルが射出され、何もない空間へ青白いラインを引き、猛烈な勢いで向かっていく。


「ターゲットまで二十、十九、十八、十七――」


 オペレーターの淡々としたカウントがブリッジに響き、カウントが進む度に各オペレーターの緊張感が高まっていく。


「五、四、三、二、一、着弾今っ!」


 通常のレーダーには映らない場所へ、ミサイルが着弾し、激烈な蛍光ブルーの爆破発光を発生させる。その瞬間、まるで空間が砕けたような現象が発生し、巨大な惑星が姿を現した。


「近衛艦隊へデータ送信! 敵の観測データを回せっ!」

「了解!」


 リーンが矢継ぎ早に指示を出していると、惑星から雲霞の如くワゲニ・ジンハンが、蜂の巣をつついたように湧き出す。


「ここで仕留める! ユーリィ艦隊は遊撃! フリゲート艦全艦、全戦闘艦全力出撃!」

「了解! ユーリィ艦隊いつものお願いします! フリゲート艦全艦、腹の中の戦闘艦を全て吐き出せっ!」


 見える範囲で三足が中心の戦力のようだ。リーンはすぐに独立遊撃部隊として息子のユーリィに独自判断権限を回し、まだまだ吐き出され続ける敵の勢力に、こちらの戦闘艦全てを投入する判断を下す。


「作戦の第一目標はいつも通りだ!」

「「「「命、大事にっ!」」」」

「よろしい! 無理までは許可する。無茶はするな! 相互フォローを怠らず、いつでもサポート出来る用意を忘れるな!」

「「「「了解!」」」」


 リーンはどうもうに笑い、キャプテンシートに深く座った。




 ○  ●  ○


「毎回、思うんだけどさ。こっちを便利屋か何かと勘違いしてるんじゃなかろうか?」


 重巡洋艦ノルン改二型のブリッジに、ユーリィ・エウャンの憮然とした、呟きにしては大きい声が響く。


「そりゃぁ、嫌々でも成果を出してれば、便利に使われて当然でしょうに」


 白に近いシルバーの長髪を揺らしながら、荒々しく重巡洋艦を操舵するブルーの瞳が涼やかなフラウが、どこか呆れた口調で返すと、父親譲りの藍色の中途半端に長い髪を弄りながら、そちらは母親譲りの琥珀色の瞳を細め、不貞腐れたように唇を尖らせるユーリィ。そんなユーリィへ、薄紫色の短髪と灰色に近い黒い瞳のポーロが、まあまあと割って入った。


「それだけユーリィの指揮能力を買ってるって事さ。それは国王陛下も宰相閣下も評価してるって言ってたじゃないか」

「それはそうなんだけどな」


 ユーリィ艦隊という部隊の旗艦であるのだが、一番先頭で三足を相手取っている状況で何を言っているんだか、と呆れながら火器管制をコントロールするミモザ色の短髪を振り乱し、チョコレート色の瞳に呆れを宿らせたヴァンが胡乱な視線をユーリィへ向ける。


「大艦隊を指揮したいんだろ。いつまでも父親の指揮で戦うっていうのも、親離れしてないみたいで恥ずかしいとかって思ってる感じか」


 やれやれと呆れたように肩を竦め、カクタス色のポニーテールを揺らし、オレンジ色の瞳を細めて副官のトルムがくすくすと笑う。


「ああ、反抗期」

「違いますぅっ!」


 各種データの状況をゴールドの瞳を激しく動かしながら確認しつつ、鬱陶しそうにアッシュシルバーな長髪を払ってクルシュが笑いながら言うと、すかさずユーリィが否定をしたが、誰も信じていない。くすくすという控え目な笑い声が聞こえてくる。


 これ以上は拗ねそうだと、ユーリィの横に立つトルムが口を開く。


「まぁ、そろそろ我が国で保有する軍艦の数も増えてきたから、再編成とかあるんじゃないか?」


 やれやれと困ったように笑い、トルムがユーリィに言う。その言葉にうんうんと激しく頷くユーリィであったが、すぐにクルシュがニヤリと笑って否定した。


「それだとユーリィよりトルムのが可能性あるんじゃない? だってユーリィ爵位持ちだよ? 北方守護の」

「「「「ああー」」」」


 あまりに説得力のある言葉に、仲間達が納得の声を出す。


 それを聞いて明らかにショックを受けた様子でユーリィが項垂れる。あまりにととほほという姿に仲間達が爆笑した。その間にも次々と突撃してくる三足をレーザーとミサイルで倒していく。


「まぁ、俺らがユーリィのチームから離れるってのはまずねぇーけどな」


 軽やかに火器を操りながら、ヴァンがニヒルに笑って呟く。


「ゼフィーナ様のブリッジクルーだったら喜んで引き抜かれる!」

「……何て恐れ知らずな……」


 華奢な女性とは思えないパワフルな操舵をしながら、夢見る乙女のようにフラウが叫ぶと、ポーロが戦慄したように呟く。ゼフィーナのブリッジクルーと言う事は、側妃と才妃という正真正銘の化け物能力者と対等である、と叫んでいるようなモノだ。そんな恐れ知らずな事を叫ぶフラウへ、クルシュが呆れた視線を向ける。


「無理っしょ。最低でもメイド・オブ・メイド試験の合格ラインに入らないと無理」

「……夢を見たっていいじゃん」


 ブーと口を尖らせるフラウ。実はメイド・オブ・メイドの試験内容は公開されており、実際それを受けるガラティアの動画などが公開されている。それによって多くのメイド少女の心を折った事は有名だ。あれの先が所謂近衛艦隊の合格ラインだとしたら、そりゃぁ無理だとクルシュが突っ込む。


「まぁまぁ、まずはここだ。ユーリィ、ここで更なる結果を出せば、リーン提督から独立出来るかもしれんぞ?」


 トルムの言葉にユーリィは溜め息を吐き出す。


「真面目にコツコツと、か?」

「わりと近道だぞ」

「……はあ、それしかないか……」


 ユーリィは重い溜め息を吐き出すと、意識を切り替えて声を張り上げた。


「殲滅速度を上げるぞ! このまま敵の本拠地へのジリリウムミサイル爆撃まで繋げる!」

「「「「了解!」」」」


 早く独立してぇなぁ、とボヤキながらユーリィは独立遊撃艦隊を手足のように動かして行く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る