第227話 津波 ⑥

 それは壁だった。


 不規則に、だが総数だけは膨大なワゲニ・ジンハンの化けウニの襲撃は、まさに巨大で長大な壁を見上げているような気分にさせる。


 だが、本来ならば立ち向かわず、逃げ出すべきそれに、アベル率いる艦隊は恐れず立ち向かっていた。


 億に届きそうな数の恐るべき襲撃を、戦艦十二隻、重巡洋艦五十隻、巡洋艦七十五隻、駆逐艦百二十隻、ミサイル艦五十七隻、フリゲート艦三隻という大艦隊ではあるが、敵から見れば圧倒的少数で迎撃を行っている。


 激流の大河をフォーク一本で塞き止めようとするが如き行動であるが、アベルは激流を真っ向から受け止めるのではなく、艦隊が優位に立てるような誘導を行っていた。


 極地タフィム・ゼームから産出されるジリオナム宝石結晶を加工すると、ジリリウムという美しい宝石になるのだが、これを技術開発部が何かに利用できるのではなかろうかと、研究に研究を重ねて判明した事実がある。それはジリリウムにプライレズ触媒を用いたエネルギーを接触させると、激烈な反応を引き起こし大爆発するという事実だ。


 この研究から生まれたのがジリリウム特殊加工弾頭とプライレズエネルギー注入タイプミサイルである。ライジグスで現在最強の威力を誇るミサイルだ。


 アベルはこの深紅よりもなお深い赤を産み出すミサイルを、津波の両端へ大量にばら蒔き、波の形を強引に自分達が展開しているグレートスリーラインへ流れ込むよう誘導。これにより、数の不利をひっくり返すレベルで穴埋め出来ていた。


「ジリリウム弾頭次弾用意! ミサイル艦第二グループのミサイル発射後は、そのまま第三グループが前へ。壁役の巡洋艦はフォローを忘れずに!」

「ミサイルはそのまま継続で頼むね。このままウニは後ろに任せよう。ただしフィールドの消耗だけ注意。引き続き、六足ゲジ五足ヒトデ四足モホォを中心に迎撃」

「了解!」


 フィールドへバチバチ体当たりをして通り過ぎるウニをスルーし、旗艦へ向かって突撃をしてくる化け物を中心に攻撃を集中させる。何しろこちらは旗艦である事が一発でわかる仕掛けをおっぴろげているのだから、それはもう入れ食い状態であった。


 これはどこの国、どこの軍隊でも同じだが、戦艦には国の軍事パレード用の装備が必ず搭載されている。それは見ている観客へアピールするレーザーフラッグ、レーザーブレイドと同じ仕組みで作られる巨大な旗だ。アベルはあろう事か開戦と同時にこれをおっぴろげ、私が旗艦ですよ、私がこの艦隊の大将ですよ、とワゲニ・ジンハンへアピールをしたのだ。それはもう足付き共が狂ったように突撃をかましてくる大人気っぷりである。


 倒しても倒しても、一体どこから湧いて出るのか、旗艦のフィールドには誘蛾灯に群がる虫のように、びっちり足付き達が張り付いて殴る蹴るの攻撃を繰り返していた。


「司令! このままだとこちらのフィールドが持ちません!」

「大丈夫大丈夫、そこはほら、彼らを信用しないと」


 敵からすれば、旗艦をぶっ叩けば総崩れになる事が分かっているだけに、それはもう猛烈かつ苛烈な攻撃がフィールドへと叩き込まれていく。それをラクシュミ改ニ型のジェネレータ群が唸りを上げてエネルギーを発生させる事で維持している。だが、それとて限界はあるのだ、オペレーターの悲鳴のような叫びも理解できよう。


 だがアベルは涼しげに微笑み、楽しそうにフルスクリーンに映る光景を指差す。そこでは勇猛果敢な勢いで、足付きの集団へ食らいつく駆逐艦の姿があった。


 ミサイル艦と同じく、一度完全に新しい設計へ変更し、名前をブリジットからミルウァ・ブリジットと改名し、そこから更に一度の改修を経てミルウァ・ブリジット改型となった駆逐艦達は、まるで戦闘艦を思わせる機動でしつこく旗艦のフィールドへ突撃をする足付きを、見事な動きで駆除していく。


「ね? こっちの駆逐艦乗りは優秀なんだから、こっちもどっしり構えてないと。信頼には信頼で、ってね」


 気楽にひらひらと手を振るアベル。ブリッジにいる全クルーが何度目かになる心の叫びを上げた。


 お前は誰だっ?!


 いやもう別人でしかない。柔らかい雰囲気はどこかタツローに似ているし、相手を食ったような感じはレイジを彷彿とさせる。仲間を信じる姿はどこかロドムに重なるし、戦場全体を俯瞰的に見ている姿はゼフィーナの姿を見ているようだとも思う。絶妙に重なる当人達の能力より劣っているのだが、足りていない部分は自信たっぷりな余裕が補っているように見え、いやもう本当に別人である。


 ずっと薄く微笑みを浮かべ続けているアベルへ、オペレーターがレーダーの様子から後方へ流れた一部のウニと、後方で陣形を保ちつつ待機状態で布陣させていた戦闘艦達と接敵した事を確認。アベルにその事を知らせる。


「司令、戦闘艦とウニの一部がエンゲージ」

「おう。無理に撃墜する必要はない。重要なのはウニのトゲを叩き折る事だ。パイロットにはそちらへ注力するように指示」

「了解」


 戦いの中で、ウニのトゲを破損させると、ウニの動きが格段に落ちる事が分かった。アベルはウニの機動力を奪う事を第一として、戦闘艦達へ指示を飛ばす。機動力が落ちてしまえば、それもう撃ち放題の的でしかなくなるのだから。


「後処理の艦隊の布陣状況は?」

「問題ありません。えー、そちらは宰相閣下が直接指示を出しているようですので……」


 オペレーターはそう言ってからしまったと顔をしかめ、恐る恐るアベルへと視線を向ければ、そこにはニヤリと笑いながら口笛を吹いて両手を打ち鳴らす司令の姿があった。


「ヒューゥ、さすがレイジだね。やるぅ」


 これまでだったら、自分よりも上手にそつなく仕事をこなすレイジと、泥臭くどこまでも未熟さが拭えない自分とを勝手に比較して、戦闘中だろうが作戦中だろうが精神的ダメージを受けて落ち込む、それがアベルだったのだが……もう一度オペレーター達の心は一つにまとまる。


 いや、マジでお前は誰だっ?!


 何気にアベルに対して失礼な感想であるが、そういう面倒臭い状況を何度も体験している部下達からすれば、本当にもう夢か幻か、これが何かのビジュアルディスクの撮影だと言われた方が納得なレベルの変化だ。


 いつもだったらアベルの嫁の一人であるミィがやって来て、ウジウジしているアベルの尻を叩くのだが、そんな彼女は全く登場する気配が無い。


 これはもう、完全にライジグスの上層部ばけものらの仲間入りを果たしたな、誰もがそう思った。その感想はとある引き金を引く事となる。


 それはブリッジクルー達のリミッターの解除であった。


「……ふぅ……」


 アベルの変化に、色々と失礼な感想を心の中で呟いていたオペレーターの一人が、静かに息を吐き出し、完全に意識を切り替える。元々側妃付きのオペレーターを兼任していた彼女は、そう言った意識の切り替えが得意だ。彼女はここで完全に意識を、側妃のブリッジクルーレベルへ引き上げた。


 別に手を抜いていた訳じゃない。意識的に処理速度を落とさないとアベルがテンパってしまう事が度々あり、それもあって彼女はアベルに合わせるようオペレーションスキルを劣化させていたのだ。しかしそれはもう必要ないと判断し、彼女本来のレベルまでスキルの能力を引き上げたのだった。


 彼女だけではない。アベル専属という訳ではないクルー達は、兼任する場所とは少し低い設定で動いていた。それはやはりアベルの心情的な部分の足を引っ張ってしまう事が多々あって、そうならないようにわざとリミッターを設定していたような形だ。アベルの変化、もはや進化に近い姿に、そのリミッターが一斉に外された。


「司令、そろそろ第二波が接近します。このまま作戦は継続しますか?」

「うーん、弾頭の在庫はどうだろうか?」

「第二波の中盤くらいまでなら持たせられます」

「後方から補給は可能だろうか?」

「イエス可能です。要請しますか?」

「頼む。第二波の状況確認を密に、第一波と全く同じって事はないだろうし」

「了解しました」


 オペレーター達の思った通り、処理速度を引き上げてもアベルに問題は発生しなかった。これまでどこか窮屈な感じがしていた彼ら彼女らの処理能力が上昇し、それが艦隊の動きへ直結していく。更にアベルの指示がより明確に分かりやすく研ぎ澄まされていき、開戦当初から二段階程艦隊運営状況が上がった。


 まるで物語に登場する人物のように、体感出来るレベルで違うと分かる能力の上昇が、艦隊全体の士気を向上。これがまた艦隊の動きの良さへ加味されていき、また士気が向上する。その好循環がループし、アベル率いる艦隊はかつてない活躍をし続けるのであった。




 ○  ●  ○


「これはまた……」

「ビックリだな」

「いやいや、元から我が義理の息子殿には、これぐらいのポテンシャルはあったのだぞ? そこはそれ義理の父親のヘタレ気質に似てしまってな?」

「そこで俺を扱き下ろすのはやめね?」


 レイジ君がアベル君からの要請を受けて、彼が指示を出した後方への艦隊の布陣を見るついでに、アベル君がどれくらい成長したのか観戦していたのだけど……一体彼に何が起こったのよ、これ?


「何があったし?」

「いや、僕も知らんのですよ。多分、ミィ辺りに聞けば知ってるかもですが」

「うーん、そこまでして聞くのもね?」

「そうですね。まぁ、そのうちにそれとなく聞いておきます」

「分かったら教えてね?」

「はい。もしも精神的な弱さを乗り越えられる方法が確立したら、その弱さが足を引っ張って、才能があるのに今一歩踏み出せない、っていう人材の為にもなりますからね」

「んだなぁ」


 気弱な人ってのは、どんな事でもその気質が邪魔をして上手く実力が発揮出来ない、なんて事は多いから、それが緩和出来るなら是非に俺も教わりたいもんだ。


「パパンには必要ないかと」

「俺も気弱でっせ?」

「ははははは、ぬかしよる」


 何か義理の息子に馬鹿にされるんだが?


「馬鹿やってないで、こっちを手伝いなさい」

「「アッハイ」」


 ファラに叱られ、俺とレイジ君はアベル君から要請があった物資の手配を進める。なるほど、当面の作戦は継続するようだね、この要請だと。


「このまま同じパターンで来るかね?」

「来ないと思いますよ。相手の本丸の位置が特定出来てないのがネックですけど、これだけ狡猾に用意出来る相手が、このまま消耗するだけを良しとするはずありませんからね」


 レイジ君の確信に近い言葉に、俺はやれやれと溜め息を吐き出す。まだまだ先は長そうだ。

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