第226話 津波 ⑤
集合恐怖症な人には絶対直視出来ない、小さな粒々が蠢くように迫ってくる光景に、ブリッジの誰かが唾を飲み込む。
観測装置がバグっていなければ、目の前の波を構築しているウニの総数は億に届きそうな勢いで、それこそ後ろから迫ってきてる他の波を合わせれば、確実に億を超える数が向かって来ている。これで緊張しない方が異常だろう。
「大丈夫大丈夫、ガラティア様経由で聞いた話だと、あのウニじゃうちの船の装甲貫けないらしいから、むしろぶつかって自滅してくれると助かるよね」
だと言うのに、キャプテンシートに座るアベルはどこか楽しげですらあり、気軽に能天気に告げられた言葉に、クルー達は苦笑を浮かべ、全身の強張る緊張感を解きほぐす。
不思議なモノで、トップがどっしり構えて平然としていると、下も自然とトップの雰囲気に感化されていく。今までだったら、アベルは不安そうに苦しそうに、うろうろと動き回っていただろう。ヘタレとまでは言わないが、それでも外見年齢相応には未熟だった我々の司令に、どんな劇的変化がもたらされたのか、その真相が知りたいとクルー達は思っていた。
多分その機会は訪れないだろうが……そんな事を考えていたオペレーターの一人が、カウントを刻んでいるタイマーを見て、アベルの方へ振り向く。
「作戦開始時刻です」
「おう、艦隊ネットワーク通信オープン」
「了解、艦隊ネットワーク通信オープンします」
オペレーターからの言葉にアベルが返事と指示を出すと、フルスクリーンの一部を占める
戦闘艦のタクティカル通信の艦隊バージョン、艦隊ネットワーク通信と呼ばれる新技術である。
これまで担当するオペレーターが個別に処置していたモノを、中枢である旗艦で統括し、より円滑なコミュニケーションを行えるように改良した要はライブ通信だ。これにより旗艦からの指示やデータリンク、ターゲットのロックや兵装の選択などなど、手間が多かった手順の工程数が相当減った。お陰でオペレーターからの評判はすこぶる良い。
いやいや、そんなん通信を繋げっぱにしとけばライブ通信やん、とか思うだろう。しかし話はそう簡単では無い。何しろ戦場では高威力のレーザーが飛び交い、エネルギーを注入したミサイルを爆発させ、超出力なジェネレータが唸りをあげて稼働している。これだけで天然のジャミングとなり、ライブ状態で通信などしていたら、必要とする時に全く繋がらない、なんて状況に陥りかねないのだ。通信装置の負担を軽減させる為に、必要な時に必要なだけ通信をする、というのが宇宙の常識である。
たまに恐怖演出や、単なる考え無しで宙賊達が通信垂れ流しとかをやるが、そんな事をすれば大体通信装置の中枢が一発でアウトだ。それだけ戦闘というのは、莫大なエネルギーがあっちゃこっちゃぶっ飛ぶ、色々な機械に作用してしまう訳である。メイドインタツロー系統の通信装置は対象外です。ただ壊れはしないが、通信効率は酷く低下するので好んで使わないが。
そんな理由からライジグス発のタクティカル通信にしろ、艦隊ネットワーク通信にしろ、宇宙全体で見たら相当画期的な発明であり、これを知ったら各国の軍部がこぞって導入したいと打診してくる事間違い無しだ。
「ラクシュミ改二型二番、三番艦艦長、配置状況を知らせ」
『二番艦、配置完了問題無し』
『三番艦同じく』
「よろしい。イズン改三型一番、二番、三番艦、バステト改型の出撃状況を知らせ」
『一番、残り一分隊』
『二番、出撃完了』
『三番、残り三分隊。急がせます』
「いや、急がせるな。まだ余裕はある。安全に確実に出撃させろ」
『はっ! 了解しました!』
戦艦二隻の艦長からの報告に頷き、次いでフリゲート艦の艦長に状況の確認を問いかけると、遅れ気味な三番艦の艦長が焦った感じに急ごうとするのを止める。一連の流れを艦隊の艦長全員が、目を丸くして見ていた。
アベルはその艦長達の様子に首を傾げながら、フリゲート艦三番艦へ視線を向ける。
フリゲート艦イズン型は空間拡張を獲得した事で、その搭載能力が爆増。より効率を求めたジェネレータ連結システムを搭載させる為の試行錯誤が一番行われ、三回のバージョンアップを経て現在の形に落ち着いた。これまでフリゲート艦一隻で運用できる戦闘艦の数は、中隊(二十七隻)を二つギリ搭載出来る感じだった。それでも十分と言えば十分であったのだが、大隊(八十一隻)を四つ搭載可能となった現在、バランサータイプだけの大隊、ライザー(パワー)タイプだけの大隊、スピーダータイプだけの大隊を三大隊搭載し、残りに予備戦闘艦を載せるという手法が出来るようになり、思いっきり戦術の幅が広がった。
「イシュタルは難しいけど、イシター改型(バランサータイプ)は出しても良いかな?」
勢い良く出撃するライザー(パワー)タイプ戦闘艦バステト改型を見送りつつ、アベルがぽそりと呟く。
『恐れながら、保険は必要かと』
そんなアベルの呟きに、イズン改三型二番艦の艦長が、アベルの思い付きを止める。
『数が数です。不測の事態に対応する為にも、一番融通が効くバランサータイプは残すべきかと』
「なるほど、確かに」
二番艦艦長の言葉に頷き、アベルは第一種戦闘配備で待機という命令を下す。
『了解しました』
「お願いね。フェイト・フォルトゥナ改(ミサイル艦)全艦の準備はどうか?」
忠告を素直に聞き入れ、まるで迷い無く指示を飛ばすアベルに、各艦長達はお互いに視線を絡ませ合う。その視線が言う、一皮剥けて化けたか? と。
これまでのアベルは優秀ではあったが不安定だった。一芸特化のマルトや、既に化け物のカテゴリーに腰辺りまで沼っているレイジ、近衛として存在意義を見いだして出世街道爆進中なロドムなどと比較すると、アベルは優秀だけど外見年齢相応な少年という評価になっていた。
いやそれでも十分に凄い事なのだが、それでもやはりレイジ等と比較してしまうと、劣るように見えてしまう。それは誰よりもアベル本人が一番感じていた事だ。それが今、全くその弱気が顔を見せない。
「ミサイル艦の有効射程距離まで三十。カウント開始」
「おう! フェイト・フォルトゥナ改全艦ジリリウム弾頭ミサイル準備、プライレズエネルギーの注入を開始」
「了解、フェイト・フォルトゥナ改一番から十五番までチャージ開始」
『『『『了解』』』』
堂々とキャプテンシートにふんぞり返り、的確な指示を自然体で出すアベル。作戦行動中の弱気な彼を知っている人間程、彼のこの姿は強く影響を与えた。もちろん良い方向に。
いける。根拠は無い。確実性なども担保されている訳じゃない。だが、ただただいけるという感情が艦隊全体のブリッジを支配していく。それをもたらしたのは確実にアベルである。
今回のこれだけで名将と呼ばれる事確実なカリスマを発揮し、アベルは薄く笑ってモニターを睨みつけた。
「さあ、派手に汚ねぇ花火を打ち上げようかっ!」
「艦隊リンク……正常」
「ターゲットロックリンク……正常、ロック開始」
「チャージ状況確認、チャージ完了まで後五秒」
「チャージ完了と同時に撃て」
「了解!」
○ ● ○
「始まりましたの」
深紅よりも尚深い赤い爆破発光が、まるで夜空に輝く大輪の花火のように咲き乱れる。最前線からここまで相当距離が離れているのに、フルスクリーンモニターがちらつく程の余剰エネルギーが襲ってくる。そんな状況の中でガラティアは状況の確認に勤しんでいた。
「状況はどうなってますの?」
「クォッカ人のコロニー『リスタリア』正常に戻りつつあります。ただ事後処理に手間取り、コロニーの生命維持装置系に致命的なバグが発生してます」
「小人族のコロニー『アイシャ』完全解放。こちらは小人族の方々が驚く程協力的でしたので、終息が早かったようです」
「兎人の集合部族コロニー『シャーウッド』介入開始。駐留軍無し、死者負傷者は確認出来ず、シェルターへ待避済みのようです。これより救出作業に入ると通信が来てます」
「こちらのコロニーでは――」
次々と部下達から上がってくる報告に、ガラティアは困ったように右手を頬に当てる。
「本当に外環コロニーには力弱い方々が追いやられていますの」
「公然の秘密という奴で、これこそがア・ソ連合体の現実だ、とはニカノール代表が嘆いておられました」
ガラティアの困惑気味な声に、薄く微笑む副メイド長が困ったモノですと頷く。
「……あの御仁ならばそうですの。きっと理想と現実のギャップに苦しんだでしょうから、ですの」
「でしょうね……ラサナーレ様の心配も無理からぬモノでしょうし」
「ですの」
外環コロニーへ取り付いたウニの排除は順調。駆逐艦河津桜がアプレンティス装備のクマメイドと連携して排除を進めており、もう間もなく全てのコロニーに張り付いたウニの除去が終わる。
八重桜と緋桜の仕事も完璧で、飛翔してくるウニの数が減って来てからは、河津桜の作業を手伝ったりしていた。
「メイド長、ルブリシュのルータニア殿から通信」
「はいですの、モニターへですの」
「畏まりました」
刻々と状況が改善していく様子に満足していると、ウェイス・パヌスに向かったルブリシュからの通信が来た。フルスクリーンモニターの一部にルータニアの顔が映し出され、何度見ても女の子みたいですの、と失礼な事を考えつつ笑顔でカーテシーをする。
「ごきげんようですの。いかがしましたですの?」
『状況が切迫しているので単刀直入に、そちらの工作艦、金桜でしたかをこちらへ回してもらえませんか?』
ルータニアにしては珍しく慌てた様子に、ガラティアは理由を聞かずに指示を出した。
「金桜、分離ですの。目標はウェイス・パヌス、到着後はルータニア殿の指揮に入るですの」
『畏まりましたメイド長』
ガラティアの即決にルータニアは安堵の表情を浮かべ、深々と頭を下げる。
『感謝します。ニカノール代表の命が危ないので、至急上級医療ポットが必要でしたので』
「っ!? そこまで重症ですの?!」
『はい、打ち所が悪かったのと、無茶が祟って予想以上に衰弱が強く』
「……ラーサが心配するはずですの」
ガラティアはやれやれと肩を竦めると、ルータニアは苦笑を浮かべた。
『ラサナーレ様もこちらへ保護しましたのでご安心下さい。少し憔悴されてますが、私の妻に対応を任せておりますゆえ、大丈夫だとは思いますが』
「そう、ですの……」
ガアティアはトントンと自分の頬を指先で叩きながら逡巡すると、ふむと頷く。
「副メイド長は普賢象(フリゲート艦)へ移動、以後この場の指示を普賢象から出すようにするですの」
「畏まりました。メイド長はウェイス・パヌスへ?」
「ちょっくらダチを助けに行くですの」
「それは責任重大な任務ですね、お願いします」
「はい、行ってきますの。という事で、すぐにそちらへ合流しますの。ラーサとニカノール代表は任せるですの」
『助かります。こちらのコロニー内部の制圧能力も、お恥ずかしながら心許ないので、そちらの力添えもお願いしたく』
「任せるですの!」
分離出来る戦艦という最大の強みを行かし、ガラティアはウェイス・パヌスへと向かった。
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