第224話 津波 ③
Side:移動惑星ミヒテナンテ宮殿
空中に浮かぶ映像。全く原理不明の力でもって遥か遠くの情景を見通す異能。それは巫女と呼ばれている彼女、巨大な脳みそクラゲに寄生されているような見た目なワゲニ・ジンハンの能力だ。
空中の一番巨大なモニターのようなモノには三神将があっさり殺される場面が映し出されており、まさかの非常事態に巫女は重々しい溜め息を吐き出した。
「……これは予想外」
色々と問題が多い三神将であるが、武力という一点だけならばワゲニ・ジンハン屈指の能力を持つ存在だ。ここで抜けられるのは実に痛い。
「三体だけでは心許ないとは思っていたが、まさかここでその懸念が現実になるとはな……いや、そうではないか」
空中の映像群をザッと見た限りでは、こちらの戦力は過剰と言って良い程充実した布陣であった。では一体何が問題かと、そう問われれば答えは一つ。
「黎明の太陽に妖精と聖なる剣の紋章。最も新しき王国、小さな太陽ライジグス」
巫女が忌々しく吐き捨てれば、映像に巨大な白亜の巨城を思わせる船が映し出される。それだけではない、小国家が持つには多すぎる艦船が整然と規則正しくズラリと陣形を組んで待機している様子は、ハッキリ言って異常の一言。
「話が違うぞ、教団」
教団からの情報で帝国は今、内部に巨大な反乱組織を抱え込み、それの対処が忙しく、今なら色々と行動を起こすには絶好の機会である、という情報が回って来る。それは巫女自身が直接調べ、確かに帝国は建国以来最も対処が難しい事態に直面しており、教団からもたらされた情報は正しいと判断。
帝国は疲弊しており、その状態であるのならば、ワゲニ・ジンハンと教団の戦力を結集すれば何とかなる。だからこそ本来ならば絶対同盟など考えないだろう教団相手と足並みを揃える形で行動を開始した。覇権種族となるには、帝国こそが最大の障害。あの国こそ排除しなければならないのだから。
ワゲニ・ジンハンはア・ソ連合体を殲滅し、ウェイス・パヌスが存在する場所へ移動惑星ミヒテナンテを配置、そこを足掛かりに帝国へと攻め込む。教団も共和国内部のゴタゴタを鎮圧し、共和国を教団一色に染め上げ、その足で帝国へと攻め込む。帝国は内部のゴタゴタが終わっていない状態でワゲニ・ジンハン、教団、内部反乱勢力と三勢力相手に戦わなければならず、さすがの帝国、さすがの暴君皇帝も三勢力相手では分が悪くなるだろうし、時間は必要だろうが帝国を滅ぼすのも可能な作戦だった。
「何がただの技術屋集団の国家だ……恐ろしい程の精鋭ではないか」
三神将を倒した戦闘艦の大部隊は、見事な連携をしながらゼロ足を徹底的に撃破していっているし、コロニーを素早く倒す為だけに産み出した強襲突撃生命体、ウニのような見た目の隠密性能に優れた秘密兵器も対応されて来ており、教団からの情報との解離に巫女はギリリと奥歯を鳴らす。
「騙されたか……いや、そうではないか」
一瞬感情が沸騰しそうになったが、巫女は冷静に怒りを逃がし、あの不気味な女枢機卿を思い浮かべる。
「あいつがそもそも情報というモノを重視していない可能性が高い、か」
巫女の予想は正しい。かの女性の世界は、教団の教皇と彼女を中心に回っている。その二つ以外は全部些事というくらいに割りきっているので、本気でライジグスをただの技術屋集団であると思っているのだ。
「仕方が無い。不測の事態というのは起こるモノだ。大切なのは対処方法を間違えない事」
巫女は口許をすぼめると、ぴゅぃーと鋭い口笛を吹き鳴らし、右手に持つ巨大な錫杖をしゃん! しゃん! と一定間隔で音を出す。しばらくそれを続けていると、天井から青白い炎が三つ降りてきて、宮殿で蠢く六足に吸い込まれるように入っていった。
「あまりこちらを煩わせないでもらいたいのだがな?」
巫女が皮肉を言うと、炎が入り込んだ六足の体がでたらめに膨張し、ぐねぐねと体の中でナニかが暴れるような動きを見せ、やがて六足の体を突き破って恐竜顔、鬼、阿修羅の三体が姿を現す。
「ぬふぅ、いやはや申し訳ありませぬ。まさか殺されてしまうとは思いませんでしたぞ」
「どうやって斬り殺されたのか、全く分からなかったぞ! くはははははははっ!」
「誇るようなモノではなかろうに……しかし、再びあれと戦うのは御免被りたいが……はあ、やはり無理か」
自分達が突き破って生命活動を停止した六足を投げ捨て、三体は巫女に跪いた。
「不甲斐ない結果となり申し訳もありませんぞ」
「次は勝ってみせよう」
「自分には期待しないでいただきたい」
三者三様の言葉に、巫女は溜め息を吐き出し、錫杖で一つの映像を指した。そこはア・ソ連合体中枢ウェイス・パヌスだ。
「汚名を返上したいのであれば、あそこを落とせ」
巫女の指示に三体は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「「「御意に」」」
○ ● ○
最悪だった。
「くそっ……」
通路の先、ぎっちり詰まった化け物達の姿に、彼は言葉汚く吐き出す。
「脱出ポットは?」
「……動力パイプ切られて、エネルギーが不足してる……へへ、これに乗せたら棺桶確定」
「ちっ!」
順調に化け物の骸を積み上げていたのだが、途中から今のように通路をぎっちり塞ぐような行動をし始め、こちらのライフルの通りが悪くなり始めた。次いでコロニーの生命維持関係が不安定になりだし、照明などがチカチカと明滅するようになり、じわじわこちらのリソースを潰すように敵が動き出したと分かった。
「中枢はどんな感じだ?」
「ジワジワ侵食されてる。一応カウンタープログラムを何度かぶちこんでいるが、相手の順応が早い……このままだと二時間、いや一時間で向こうがコロニーを掌握する」
「クソかよっ?!」
最悪だ。抵抗を続けても終わりが見える。逃げようにも逃げる手段が潰されている。こんな絶望の中で何をしろというのか、軍人達はライフルを射ちながら必死に頭を動かす。
「はあ、行くっきゃねぇか……あれと接近戦とかゾッとするな……」
「……やっぱ、中枢を奪い返さないとヤバイよなぁ……実弾タイプの武器あったか?」
「旧式ですが、ショットガンがあります」
「あれの甲羅を抜けるのかよ?」
「無いよりマシと考えるしかねぇな」
「ちっ、色々しょっぺぇなぁっ!」
結局は敵を蹴散らし中枢のコントロールをこちらへ取り戻さなければ摘む、そういう結論しか出ず、軍人達は準備を始める。
「おっちゃん、行っちゃうのか?」
端っこで震えていたクォッカの子供が、不安げな表情で準備をする軍人に近づく。彼は子供にニカッと笑って、ガシガシその小さい頭を強く撫で付ける。
「お兄ちゃんだ! 心配すんな、ちょっくら行ってすぐに帰ってくっからよ。そしたら安全な場所に行けっから、待ってろよ」
「……う、うん……」
まだ不安そうな顔をする子供の背中を強引に押して親達の方へ追いやり、彼は小さく気合いの入った息を吐き出す。
「帰って来るぞ」
自分の言い聞かせるように言った言葉であったが、彼と志を同じにする仲間達もその言葉に力強く頷いた。
「ここの守りは任せる」
「ご武運を」
「あるといいな」
軽口を叩きながら、前時代的ショットガンを両手に構え、ガチガチと口許にある牙のような顎を鳴らす化け物へ銃口を向ける。
「まずは至近から俺が試す。ダメだったら引け」
「「「「はい」」」」
彼が先頭に立ち、バリケードを飛び越え、ジワリジワリと化け物へと距離を縮める。ガチガチガチ! と化け物の顎を打ち鳴らす音が激しくなり、先頭を行く彼は顔を青ざめさせながら、ショットガンを構えた。
「頼むから通用しろよ」
ゴクリ、生唾を飲み込みトリガーに掛けた指に力を入れようとした時、突然背後から轟音が響き、その音に驚いた彼が引き金を引いてしまった。
古臭い火薬が炸裂する、音だけは立派な発射音をさせながら、ベアリング弾が吐き出された。それは化け物の顔面に直撃したが、衝撃程度は与えられたがダメージには全く繋がらないようで、むしろ相手を怒らせる結果に終る。
いや、今はそんな事よりも背後の爆音だ。彼はショットガンを怒って鎌のような腕を振り回す化け物へ投げつけ、慌ててバリケードの中へ駆け込む。
「何が起こったっ?!」
「外から何かこっちへ入ろうとしてる?」
「はあっ?!」
コロニーの外部装甲を抜くというのは凄く難しい。実際、化け物達が行ったコロニーへの侵入だって、速度に乗った鋭角な突起物による体当たりで、小さい点で何とか装甲を貫くという手段を用いている。
そもそもコロニーの解体など、超巨大な船の大出力ジェネレータによるレーザーカッターを使って、強引に力業で切るぐらいしか方法がない。だからコロニーは古くなったとしても解体せず、そのまま使い回されるのだ。
どうなってんだと騒ぎ立てながら音がする壁を注目していると、やがて壁に四角形の赤く高熱を発する切れ込みが入り始めた。
「おいおいおいおいおいっ?!」
壁から火花が散り出し、上手い具合に片方が開くように切られ、よっこいしょとやけに甲高く可愛らしい声がしたかと思えば、ちょこちょこと小さいベアシーズの女の子がひょっこり顔を出した。
「うん、せいこうです! ほうこく! もくてきちズドンです!」
顔に特徴的な丸い模様が入った、おそらくグラシズ部族のその女の子は、大きな声で叫び、周囲を指差し確認してちょこちょこ歩いて、ぽかぁんと大口を開いてフリーズしている軍人達の前に立った。
「たいへんしつれいしまちた! ライジグスメイドけんしゅうせいでちゅ! ごきげんにょう!」
かなり噛みに噛んだが、それでも美しい所作でカーテシーをする女の子に、軍人もクォッカの人々も目を丸くする。
「いやちょっと待て……ライジグス? あの最近やたらと名前を聞く?」
「たぶんそのライジグスでしゅ! おてつだいにまいりまちた!」
噛み噛みである。しかし、そんな和む状態でも軍人達の態度は固い。コロニーの壁を抜くという前代未聞な事をやり抜いた事はさておき、グラシズ部族というのが不味かった。
ベアシーズ系の部族だと、アラバマなどを代表とする戦闘を得意とする部族は同胞として認められているが、他の五部族は差別とまでは行かないが、それでも何段か下に見られてしまう。そんな常識があるので、軍人達の視線にちょっと嫌な感情が混じり始めた。
「はいはい、ご挨拶はまた後程。まずはお掃除の時間ですよ」
まるでそんな空気をぶった切るようなタイミングで別の女性が入って来た。その女性は見ただけで上等だと分かる布地の、白黒の奇妙な服を着用し、頭には布で作った白いティアラのようなモノを載せ、台所仕事で使用するようなエプロンまで着用している。
軍人達の訝しげな視線を全く気にせず、大穴を開けた壁へと呼び掛ければ、コロコロ転がるようにベアシーズの女の子達が一斉に飛び出してきた。
「はい、それでは皆さん、訓練の成果を見せてください。大丈夫ですよ、確かに貴女達はまだアッシュ、見習いの見習いにすら届いていません。ですが、貴女達はあのメイド長直々の指導を受けています。安心して仕事に取りかかりなさい」
「「「「はい(あい)!」」」」
完全に取り残された状態の軍人を放置し、ベアシーズの女の子達は、何の気負いもなくバリケードをさっと退けると、とことこ化け物達へ不用意に近づいていくではないか。
「お、おいっ! バカ! 殺されてぇのかっ!」
軍人の声は聞こえているんだろうが、ベアシーズの女の子達はまるで聞かず、止まらず、化け物達の射程圏内に入ってしまった。
軍人達、クォッカの人々もダメだと思った。何しろベアシーズの女の子達は全て、戦闘にはからっきしで有名な、五部族出身の子達ばかりだったから。
だが、次の瞬間、空気が凍った――
「がいちゅうは、はいじょちまちゅ!」
いつの間にか取り出したのか、彼女達の身長に見合った大きさの長箒を手に、化け物を殴った。そして化け物が吹っ飛んだ。
「「「「は、はあぃぃぃぃぃぃっ?!」」」」
彼らの常識が破壊尽くされるまで、あと五分――
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