第223話 津波 ②
ア・ソ連合体、通称外環コロニーはかつてない危機を迎えていた。
ワゲニ・ジンハンのゼロ足グレイブによる超遠距離砲撃に紛れ、ステルス状態で外環コロニー全体へ満遍なく飛翔した物体、通称ウニはその独特な形状を生かし、コロニーへと突き刺さるように張り付き、そのトゲ先から内部に収容していた化け物を吐き出す、実に効率の良い侵略方法でコロニー内部へと攻撃を加えている。張り付かれるまで気づかないというのも厄介だ。
その厄介なウニの脅威はポイント・ジーグから一番遠く、過去のデータ的に比較的安全だと思っていたコロニー『リスタリア』でも発生していた。
「誰だよ! 追加手当てで給料ウッハウッハで、寝てても勤まる職場だとか言ってた奴はよっ!」
「もうとっくの昔に殺されたわっ!」
「くそがっ! 殴る前に殺されてるんじゃねぇよっ!」
軍用のレーザーバトルライフルを連射しながら、『リスタリア』に駐留する軍人達が叫ぶ。
「あーくそっ! これじゃ逃げ出せねぇっ!」
シェルターにあった適当な荷物を積み上げ、即席のバリケードを作って対応しているが、状況は悪い。
「ちっ! これじゃ、脱出ポットを使ったとしても無理筋かもしんねぇなっ!」
忌々しく叫びながら軍人がチラリと視線を向けた先には、小さくなって震えているネズミの頭部を持つ、自分の胸辺りの身長しかないクォッカ人達の姿があり、軍人はクソと小さく呟く。
クォッカ人はアニマリアン、獣人種族でも物凄く温厚でおっとりした種族だ。争い事はからっきし、工芸とか細工物そういった細々とした作業を好む。だからこそ力こそジャスティス、パワーこそ権威みたいな獣人社会で孤立してしまい、流れ流れてこんなハズレコロニーへと来てしまった口だ。
中央ではバリバリ差別種族である。しかし、軍人達が彼らへ向ける視線は親愛、友愛そういった感情だ。何しろ穏やかで優しい種族だ、駐留が長引けば長引くほどに家族と接するような扱いを受けるようになり、口では不平不満を言うが、彼らにとってもここは第二の故郷となりつつあったのだった。
「ほら、予備カートリッジ!」
「ありがたいぜっ! ニカノール代表には感謝だ! こんだけ潤沢に武器があるんだからよっ!」
本来ならばこんなハズレコロニーに常備されるはずもない数の武器が用意されている。それは彼ら軍人が、そろそろ時期的にワゲニ・ジンハンの侵略があると見越して申請していたモノで、彼らもまさか計画書がそのまま素通りするとは思っていなかった。その過剰とも言える武器が役に立っているのだから、人生何があるか分からないモノである。
「あー、こっちのライフルダメだ。ユニットがイカれた。予備をくれ」
「はいよ!」
新しく渡されたライフルを連射しつつ、これはダメかもしれないと、軍人達は思い始めていた。一応敵であるグソクムシのような化け物は殺せているのだが、先ほどからコロニーをガンガン揺らす振動が立て続けに響いており、それだけまだまだ敵の数は増えるという事で……まさに焼け石に水状態だ。
「なぁ……救援が来ると思うか?」
ライフルを連射しながら、クォッカの人々に聞こえない小声で呟けば、すぐ横で必死にライフルを連射する女性軍人が、泣き笑いの顔で首を小さく横に振った。
「だよな……」
先ほど叫んだ『追加手当てで給料ウッハウッハ、寝てても勤まる職場』というのは本心だった。実際、ここへ来た軍人の九割がそれ目的の不良軍人だ。そんな舐め腐った彼らに対して、クォッカの人々は純粋すぎた、眩く輝く程に……
なんて事はない出来事で感謝される事に、充実感を覚えるようになったのはいつだったか。子供達にまとわりつかれて、クタクタになるまで遊び呆けるようになったのはいつからだったか。
このコロニーで骨を埋めるのもありだな、そうしみじみ思ってしまったのはいつだっただろうか……
「……あーぁ、助けてぇよな……」
そう、助けたい。自分が軍人になった当初は、ア・ソ連合体の剣として盾として、誰かを守れる存在になれると信じていた。それが歪んだのはいつだったか、きっと派閥がどうだの部族がどうだの、そういう政治が入り込んだ頃から自分達は軍人である事を諦めたように思う。
でもここには政治は無い。あるのは素朴で優しいクォッカの人々の穏やかな生活と、歪んで悲観して諦めた自分達を受け入れてくれたクォッカの人々の真心がある。それは何としても守り抜きたい。一軍人として。
「ギリギリまで粘って、後は賭けになっちまうかもな」
オーバーヒートしてレーザー発生ユニットが故障したライフルを投げ捨て、渡された新しいライフルを構えながら、やれやれと面倒臭そうに言う同僚に、なるほどと頷く。
「出来るだけこっちで数を減らして、脱出ポットで逃げるって感じか?」
「おう。コロニー備え付けのタレットはあったよな? 俺が残って援護射撃すっから、ウェイス・パヌス方面へ飛べば何人かは助かんじゃねぇかなぁって」
ザ・不良軍人そのモノな見た目の同僚から出た言葉に、彼はちょっと驚きながら、ふふふと笑って言う。
「……なら別方向のタレットを俺が使えば、もっと助かる人数は増えそうだな」
そういう返しが来るとは思っていなかったのか、同僚は酔っぱらってんじゃねえの? と軽口を叩きながら、ニヒルに笑った。
「けっ、格好付けが」
「お前が言うなよ」
二人は笑い合いながらひたすらライフルを射ち続けた。
○ ● ○
「広域ですの」
「はい、実に広範囲ですねぇ」
ライジグスメイド艦スカーレティア・ウルトラの艦橋で、周辺の状況を表示したモニターを見たガラティアが困ったように呟くと、その横に控えていた副メイド長がにこやかに返事を返す。
「残念ですの」
「ええ、実に残念ですね」
ガラティアは状況を映し出す別のウィンドに視線を向け、やれやれと溜め息を吐き出す。
「もっと数がいると期待してましたの」
「足りませんね」
「そうですの。せっかく精鋭を用意しましたの。これではすぐに掃除が終わってしまいますの。連れてきた子達に申し訳がありませんの」
別ウィンドにはスカーレティア・ウルトラとなって、新技術にて改修しまくった分離艦のブリッジの様子が映し出されていた。それは静かな熱狂とでも言えば良いだろうか、触れただけで爆発しそうな力が漲っている。
これはタツローが悪い。いや、正確には頼み方を間違えた、というのが正解か。
『ティア! 全力を尽くせ!』
タツローの発したこの言葉が問題だった。ご主人様から、全力を尽くせ、という至上命令を受けたのだ。これで燃えないメイドはいない。
「河津桜、八重桜、緋桜は分離ですの」
『『『畏まりました』』』
数が少ないと嘆いていても始まらない。ガラティアは気持ちを切り替え、才妃であり自分の部下であるメイド達へ命令を下す。
河津桜は一番駆逐艦。八重桜は二番重巡洋艦。緋桜は三番巡洋艦である。
「河津桜はコロニーへ張り付くウニの除去を頼みますの」
『ただちに』
「八重桜はコロニー内部へメイドの輸送を頼みますの。数が必要でしたらいつでもドッキングを許可しますの」
『承りました』
「緋桜は飛来するウニの迎撃を頼みますの」
『畏まりました』
テキパキ指示を出しつつ、ウィンドからビシバシ伝わってくる無言の圧力にガラティアはタラリと冷たい汗を背中に感じた。さすがにこれ以上は過剰も良いところで、まさか軽フリゲート艦やフリゲート艦で除去作業をするわけにもいかないし、ミサイル艦なんかは完全に過剰火力過ぎて使えないし、今のところ工作艦の出番はないしで、残った船達の使い道が無いから指示の出しようがない。
「まだまだ戦いは始まったばかりですよ? ここで全力を出して、一番美味しい場面で活躍できませんでした、となっても良いのですか? あなた達」
『『『『!?』』』』
どうしよう、そう思っていたガラティアへ救いの手を差し伸べたのは、頼れる副メイド長であった。最近メキメキと頭角を表すようになった、以前はどちらかと言えばどんくさいタイプの子であったが、実に頼り甲斐溢れるメイドへと成長したモノだ。
「そうですの。戦いは始まったばかりですの。本来はこの船に乗せるタイミングではなかったですが、クマメイド達もいますの。出番が来るまで研修を進めるですの」
『『『『はい! メイド長!』』』』
よしよし、これで何とか時間稼ぎは出来たぞ。ガラティアはそう思って胸を撫で下ろし、助けてくれた副メイド長へ小さく会釈する。副メイド長は小さく微笑むと、トントンと人差し指で唇を叩いた。何も言わなくて良いですよという合図に、ガラティアは本当に逞しくなってと目頭を押さえる。
「メイド長、近衛艦隊から通信です。ウェイス・パヌス、連合体中央領宙域にも敵の侵攻を確認。ルブリシュが対応へ向かった。スカーレティア・ウルトラも即応態勢である事を求める」
「……本当に出番がありそうですの」
外環コロニーを一掃したら終わっちゃったとかになりそう、そう思っていたガラティアは、その通信にニコリと微笑む。
「聞きましたの?」
『『『『はい!』』』』
「まだまだ出番はありますの。しっかり励みなさいですの」
『『『『はい! メイド長!』』』』
これなら自分の出番もありそうだ、ガラティアはそう思いながら、どうやって自分の活躍をタツローへ見せようか、その手段を色々と考えるのであった。
○ ● ○
「場所の特定が出来ねぇ、か」
「この化け物艦の観測装置でも観測できないとか、どんなステルス装置を使ってるのやら……もしくは全く別系統の未知のテクノロジーという線もありそうで怖いですけどね」
お馴染みスティラ・ラグナロティアのブリッジからこんにちわタツローです。
ひとまずア・ソ連合体のコロニー群に関してはガラティアとルブリシュの皆さんにお任せって事になり、俺達は俺達で敵の本丸、本命を探しているのだが……これがうんともすんとも引っ掛からない。
「多分、何となくですが、ここにいるって感じなんですけどね」
レイジ君が巨大な球体状宇宙図の一点を指差す。そこはポイント・ジークからかなり離れた場所であり、毎度決まった場所へ進軍するワゲニ・ジンハンの軍勢が一度も出現した事の無い場所だった。
「理由は?」
「ウェイス・パヌスまで一直線ですよ、ここ」
レイジ君が分かりやすく目立つ傾向ラインを引くと、確かに障害物も無く、ア・ソ連合体の防衛拠点も無くて一直線に中枢へ行けてしまうルートだった。
「……ああ、だからレイジきゅんがヤツらを狡猾だって評価したのか」
「ええ、これをずっと狙って、まるで本能的に同じルートから襲ってくるっていう演出をしていたのなら――」
「大したタマ、ってヤツだ」
「まさしく」
それもアイツらが無限に兵隊を供給出来るからやれる戦略だよなぁ。これは本当に面倒臭いぞ。ゲーム時代はもっと直情的脳筋集団だったのに、知恵まであるとか……
「とりまアベルを向かわせます。今のアベルだったら大概の問題を粉砕してくれますよ」
「おっと? 壁超えっちゃった?」
「っぽいです。顔が違ってましたし」
「ほほぉ」
ただまぁ、知恵があろうが無かろうが、こっちがやる事に変化は無い。適材適所、やれる事を全力でやり抜く、それだけだ。
「んじゃまぁアベル君に期待って事で」
「はい」
ゼフィーナ経由でアベル君の艦隊へ命令が飛び、彼の艦隊が目的地へとジャンプした。
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