第221話 怒涛 ⑪
巨大な三日月を形作り、全力で振るわれる真っ赤なレーザーブレイド。まるで人間の両足のように、その二つの巨大ブースターが竜の息吹が如く白炎を吐き出し、船体の制御、バランスをしっかりコントロールする。
「くはははははっ! 剣技でこのメ・コムを凌駕するかっ!」
目に見えない不可視の力場か何か、確実に両手に何かを握りしめているメ・コムは、それでカオスの斬撃を何度も受け流し、返す刃で確実にコックピットを狙ってくる。
これまでの感じから、これくらいの距離感という感じにメ・コムの斬撃を避け、チラリとミクとリアへ視線を向けて聞く。
「まだ?」
「もう少しですわ!」
「あとちょいっ!」
リアとミクの必死な声に、カオスは細く長く息を静かにゆっくり吐き出す。
メ・コムと戦い始めて十分程度。大きな被弾はしていないが、何度かフィールドを切り裂かれ、装甲を削ったりしたが、今のところ優勢に立ち回っている。
そんな状況ならば焦れて爆発しそうになるだろう、実際メ・コムは面白い位に焦れて爆発しやかましく騒ぎまくっているが、カオスは凪いでいた。つまりはいつも通りの自然体のカオスで戦い続けている。
熱くならず、冷徹冷静に、大味にならないよう注意して、システム・ドールマスターを託してくれたタツローの顔に泥を塗らぬよう、基本に忠実に剣を振っていた。
『剣の基本はな、負けぬ事よ』
そう言って豪快に笑ったのは、スプリングという名前の完全コピーAIだ。タツローにレーザーブレイドをもっと上手く、もっと速く扱えるようになりたい、とお願いしたら、このAIがシミュレータに用意されていた。
『剣というのは暴力だ。これがまた魔物でのぉ……ちぃーとばかしこいつの扱いが人より上になると、途端にこの魔物に心と魂を食われる。剣の道を進むには、まずはこの魔物を飼い慣らさなければならんのよ。地味じゃぞ? それでもやるかの? 我が弟子殿よ』
見た目は凄い若々しいイケメンなのに、話しているとまるで実のお爺ちゃんといった感じのスプリングに弟子入りし、カオスはひたすら剣の道を突き進んだ。
ただ、今の状況だとそれを十全に生かしきれない。
だからこそオペレーターに頼った。ミクとリアにやってもらっているのは、メ・コムが持つ不可視な何かを、何とか可視化させる方法は無いか、それを探ってもらっているところだ。
「これも避けるか! 実に良いぞっ!」
ブンブンと駄々っ子のように振り回される両手。目の前のこいつはこれを剣技と言う。師匠が聞いたら静かに素早くナマス切りにしそうな、そんな拙い技術をカオスは冷静にさばいていく。駄々っ子だろうと見えていないと、思わぬ場所で被弾する。実際に数回の被弾はデタラメな両腕の動きに惑わされたせいだ。
『一番必要なのは冷静さじゃよ。理想は水面のように静かに穏やかに。基本にして奥義じゃぞ?』
冷静に、鏡のように、穏やかに……短く息を吸って、細く長くゆっくり静かに息を吐き出す。スプリングに教わった呼吸法と心構え、そして基本の型をひたすらに繰り返し、メ・コムの剣技とは絶対に呼べないデタラメな素振りを受けて受けて流していなす。
「ミク!」
「大丈夫! 行ける!」
「ありがとう! これでどうですの?!」
カタカタカタタターン! と軽やかな音が響き渡ると、モニターに映るメ・コムの両手に、メ・コムの両腕の長さより少し長い程度のナニかが表示された。
「やりましたわっ! カオス!」
「うん、ありがとう。助かるよ」
リアとミクがパン! とお互いの手と手を叩き会わせて打ち鳴らす。それを聞きながらカオスはニヤリと笑った。
『まずは相手の力量を見抜く。敵を知り己を知れば百戦危うからず。焦って攻め込まずに相手の手の内を詳らかにする。そいつの底が知れたら、今度はこちらから攻める番じゃ。一刀で切り捨てろ』
スパンじゃぞ? そう言って朗らかに笑う師匠の顔を思い出しながら、カオスはグッと一歩を踏み込んだ。
「くかかかかかかっ! もらった!」
不用意にメ・コムの間合いへ踏み込んだ、そう思ったメ・コムの両手が振り下ろされる。フィールドを装甲を切り裂き、刃がコックピットへ直撃する、かに見えた。
「なにっ?!」
メ・コムの視点ではすり抜けた。まるで夢か幻かのように、両の手の刃は何も切れず触れず、すっと何もない空間で素振りをしただけ。
そんなメ・コムを素通りしたように通り抜けたカオスは、ふぅーと大きく息を吐き出した。
「流転、ゆめまぼろしがごとく」
カオスはぼそりと呟くと、レーザーブレイドをブンと一振りし、まるで血糊を払うような仕草をすると、メ・コムの方を一切見ずにグレイブの方へと加速した。
流転、ゆめまぼろしがごとく。相手の視覚を裏切り、相手の思考の先を欺き、気づいた時には全てが終わった後。剣聖スプリングがレーザーブレイドの対人試合で百人抜きをした時に使用した奥義だ。
「……」
置き去りにされたメ・コムは、その場で十六分割の細切れになり、自分がどうやって切られたのかすら分からず絶命したのだった。
○ ● ○
「何故ぇぇぇっ?!」
ズタボロになったア・ザドは、何度も消えようとしては叩きのめされ、余裕が全く無くなった状況に思わず叫ぶ。
「フン! うちの弟は優秀なんだよ!」
アーロキはノールの攻撃にワンテンポかニテンポくらいの誤差をわざとつけて攻撃を加え続けていた。攻撃が単調になりそうだと、アーロキが先に攻撃を加えてノールがタイミングを合わせて、とそれを繰り返す。
「ぐぅぅっ?! おのれぇっ! 下等生命体がぁっ!」
ア・ザドがぬるりと消えようとするが、ノールのレーザーが直撃して、消える間も与えられず吹き飛ぶ。その先で待ち構えていたアーロキがシャードキャノンを連射し、大放出とばかりに大量のベアリング弾を食らわせる。
「その恐怖演出止めればいいのに」
ア・ザドの手品を見抜いたローヒがポツリと呟くと、フラタはガシガシと乱暴にローヒの頭を撫でる。その乱暴な愛情表現に激しく照れながら、尚も自分の能力にすがり付こうとするア・ザドへ冷めた瞳を向けるローヒ。
ア・ザドの能力は念動だ。これは早期の段階で、状況をモニタリングして観測していたローヒが気づき、兄達が攻撃を繰り返している間、ずっとア・ザドを観察し分析していた。それで分かったのは、念動を使用して自分自身を移動させている事だ。
ぬるりと溶けるように消えるのは、わざとそう見えるように演出し、相手の恐怖を煽って楽しんでいたのだろう。それをしなければもう少しダメージは少なかったと思う。いや、自分を移動させる方法が直進しかないのでは、それも高望みかもしれない。
念動を使用して相手の意識の死角を潜り抜け、消えたように瞬間移動したように見せる。タネと仕掛けが分からなければ、確かに恐ろしい能力だ。
「ぬぅぅぅっ! こうなればぁっ!」
もう後が無い、そう判断したア・ザドは残った三本の腕を広げ、残ったグレイブが放出する素粒子を念動で自分の方へと呼び込む。
「させるかよっ!」
シオン・シグティーロのベロシティハイパーレーザーライフルが圧縮されたレーザーを吐き出す。
「ちょうど良い火種ですぞっ!」
「なんだとっ?!」
ア・ザドが集めた素粒子がベロシティのレーザーを吸収し、まるで粉塵爆発でも引き起こすかのように真っ赤に染まる。
「ここで死ねぇぇぇぇっ!」
「ちっ!」
『最後っ屁ってヤツじゃないですかやだー』
更に素粒子をかき集め、ぐぐぐっと圧縮するように動かすと、それは真っ白い閃光を解き放ちながら大爆発を引き起こした。
すさまじい衝撃波が周囲へ暴風のように伝播し、グレイブが焼け焦げるような熱風も吹き荒れる。巨大な暴力が台風のように駆け抜けると静寂が戻り、台風の中心にはズタボロだが満身創痍ながら生き延びたア・ザドの姿があった。
「ぬふぅっ……ぬふふふふっ」
周囲を素早く見回し、自分とグレイブ以外の影が無い事を確認して、ア・ザドはぐふぐふと笑い出す。
「やはり下等生物は下等生物。我らがワゲニ・ジンハンの敵ではありませんでしたぞ」
どこからどう見ても辛勝以外のなにものでもない状態で、さも楽に勝ちましたと言わんばかりのア・ザドだったが、すぐに自分の状態に気づいてフラフラとグレイブへと近づく。
「ふぅ、少し疲れましたぞ。回復して元気になって豊穣様のお役に立たねばなりませんぞ」
まるで巨大なクジラみたいに、ぐばぁと口を開いたグレイブへ、ア・ザドは瀕死状態でフラフラと近づく。
『ギャラクシー!』
「ふへ?」
だがア・ザドはたどり着けなかった。グレイブ共々、巨大な流星のような輝きに飲み込まれて消滅した。
ア・ザドの頭上、小惑星帯のある場所まで緊急ジャンプで跳んだシオン・シグティーロとロウ・スラフは、小惑星を盾に使用して攻撃を防ぎつつ、ベロシティをスレイブブラストの加速装置へと連結させ、狙撃モードになってア・ザドを狙撃したのだった。
「……さっきのってフィールドで守れたか?」
「守れただろうけど、多分システムが落ちてメンテ行きだったと思う」
「マジかよ……フラタ、助かった」
『あ、俺ちゃんも』
「なぁーんか嫌な感じがしたんだよねぇ」
ふへへへへと鼻高々に笑うフラタへ、アーロキとノールは感謝を告げる。爆発した瞬間、二人は最大防御のフィールドで防ぐつもりでいたのだが、フラタが強制的に介入し遠隔操作で二隻を緊急ジャンプさせたのだ。
もしもあそこで耐えていたら、船にダメージはなかったかもしれないが、それで船のメインシステムが落ちたかもしれないとローヒは言う。まさにフラタの直感に助けられた形だ。
「船体のチェック。ノールもやっとけ」
『あいよー。つーかアキちゃんはいいなぁ。俺ちゃんも綺麗なねーちゃん乗ってもらおうかねぇ』
「確かに、複座はかなり楽だな」
『いいないいな、あやかりたい!』
そんな馬鹿な事を言いながら船のチェックを済ませ、作戦行動に支障無しと診断結果が下って、二隻は先に行かせた小隊と合流すべくエンジンを噴かすのだった。
○ ● ○
「いいのか? こんな場所で遊んでいて」
「? 何が言いたい?」
ク・ザムと戦っているマルトと愉快な姉達は、追い詰められて後が無くなった状態のク・ザムの言葉に、何言ってんだこいつ、という視線を向ける。
「くっくっくっくっくっ、今ごろア・ソ連合体は大騒ぎだろう。奴らのコロニーを蹂躙する最下級兵士を大量に送り込んだからな、今ごろは血の海になっているのではないか?」
ク・ザムはくつくつ笑いながら、マルト達の動揺を誘う。しかし、マルト達からの反応はとことんまで呆れ果てた溜め息であった。
「何を言い出すかと思えば、その程度の事でこちらが動揺するとか、マジで思ったの?」
マルトの本心から見下す言葉に、ク・ザムの方が動揺する。こいつらはア・ソ連合体を守る存在ではないのか? こいつらにとってア・ソ連合体のコロニーは重要ではないのか? そんな考えが頭の中を駆け抜ける。
「その程度、うちの王様がどうとでも対応するよ。まだ、わたしがお前の父親だ、って言われた方が動揺するね」
『『『『ぎぃやぁぁぁぁっ! こんなのをお義父様とは呼びたくないぃぃっ!』』』』
「お姉ちゃん達が動揺してどうするの」
全く後方の事を心配すらしないマルトに、ク・ザムはやっと気付いた。あ、これ一番喧嘩を売ったらダメなヤツ……と。
ク・ザムの能力である操作。物理現象に作用して動かす異能も、マルトに仕組みを早々見抜かれ、見事な連携で攻撃の機会を潰され、もはや自分の命は空前の灯火状態だった。
「ふ、ふふふふ、もはやここまでか」
ズタボロにされて、もうすぐ命が断たれると理解して、ク・ザムは嗤う。
「ここで本当に終わりならな」
ク・ザムはそう小さく呟くと、シューレスト・ストライカーに貫かれ絶命した。
「ここで終わらなくても、終わるまで戦い続けるだけ。ボクはそう決めたからね」
ふぅっと息を吐き出しマルトはク・ザムの言葉に返事を返した。まだまだ先は長そうだ、そんな予感を感じながらも、姉達に指示を出しグレイブ殲滅を続行する。
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