第220話 怒涛 ⑩
カオスとメ・コム、アーロキ・ノールとア・ザド、そしてマルト&愉快な姉達とク・ザムが戦闘に入った頃のライジグス本隊――
大騒ぎだった超遠距離砲撃の密度が低下し、先行した二つの大隊が大暴れして敵を撹乱か、もしかしたら殲滅作業に入っているかもしれないと、安堵と安心感が艦隊に漂い始めていた。
だが、超遠距離砲撃の対応をしていたルブリシュ艦隊は、散発的に飛んで来る蛍光グリーンのエネルギー体をミサイルで相殺しながら、かなり強めの警戒体制を敷いていた。何故ならルータニアなら、この状況を利用した二手三手先の手段を必ず用意するからだ。
コックピット待機となっているルブリシュ騎士団副団長にしてルータニアの愛人(公式には第三婦人)を自称するコウレンは、すっかりマッドサイエンティストレベルが上昇し、狂人レベルまで昇り詰めつつあるドロイ博士とライジグス技術開発部共同で作り上げた新しい騎士、リバル・ネスト・アレナイスの二百八十度まで視界を確保するデュアルフルモニターを睨んで、退屈そうに最近伸ばし出した赤毛を指先でくるくると弄ぶ。
『コウレン……暇』
「そりゃこっちもだって」
ルータニアの恋人(正確には第四婦人)を自称するゆるふわなピンクブロンド揺らしてオレンジ色の瞳真っ直ぐこちらへ向けてくるスールが、瞳の力は強いのに、見た目の印象は今にも寝てしまいそうな半目でぼそりと言ってくる。それはこちらも同じだとコウレンが肩を竦めれば、スールはこれ見よがしにため息を吐き出す。
「あんたねぇ、こっちに向かって溜め息とか失礼でしょうに」
『わざと』
「おいこらおう?!」
熱しやすい直情型なコウレンをおちょくり、その反応で遊ぶスールといういつも通りの光景に、その様子を見ていたロランがクスクスと笑う。
『仲がよろしい事で』
ロランの言葉に、コウレンとスールは互いタクティカル通信越しに顔を見合わせ、嬉しそうに美しい微笑みを浮かべる。
「そりゃ、同じ男の妻だもの」
『仲違いなんかしたら、ルーに捨てられる』
はいはいご馳走さま、とロランは降参と両手を挙げて苦笑を浮かべる。そこへ団長のザキが加わった。
『ちゃんと警戒はしてくれよ』
自然に力が抜けた苦笑で注意をするザキ。以前だったら取っつきにくいクソ真面目一辺倒な男だったのだが丸くなったもんだ、そう考えて、そういやこの人も新婚や、と遠い目をするロラン。
ザキもルータニアの異母兄妹と実妹と結婚し、こちらもラブラブのアツアツである。独り身は辛いぜとロランはコリコリ頭を掻く。
「そうだった。ロランだけお一人様だったね。ごめんごめん幸せで」
『ぶん殴るぞごら!?』
遠い目をしているロランに、コウランがニヨニヨ笑ってからかう。それにロランも素直に乗っかり、和やかな空気が流れる。
「でもさ、ルーが警戒してるような手段をして来るかな?」
緩んだ空気感の中、面倒くさげに呟きながら、コウランはモニターに視線を戻す。
『何もなければそれで良いさ。他の連中も警戒はしてるだろうが、こればかりはいくらやっても安心ってモノでもないからな』
「……確かにそうだけどさ……」
傭兵団時代、少しの油断で修羅場だとか、安心した時に敵襲だとか、警戒をしていたのに被弾したとか、そういう事はいくらでもあった。そう考えるならば、今の行動も間違いではないし正しいのだろう。
『でも、相手は脳筋』
「クマちゃん達の話を鵜呑みにすれば、だけどね?」
ボソリとスールが言うと、コウランが苦笑して多分そうなんだろうけど、と小さく付け加えながら同意する。
『団長は兄さんが何を警戒しているか聞いてないんですか?』
『聞いてないな。勝手な予想で先入観を持たせたくない、と言っていた』
『ああ、兄さんなら言いそうですね』
ザキとロランとの会話を聞き流しながら、ぼんやりモニターを見つめていたコウレンが、小さい声を漏らした。
『何かあったか?』
「……何だろうこれ……ちょっと待って」
何もないように見えていたが、一瞬、本当に一瞬星を横切るようにして何かが通り抜けたように見えた。
「ブリッジ! レーダーに反応は?!」
コウレンは妙な気持ち悪さを感じ、直ぐ様ブリッジにコールする。
『こちらブリッジ、レーダーの反応とは?』
「何かの物体が接近した形跡とか、何かが移動しているような動きとか」
『……飛んで来るエネルギー体とスペースデブリくらいしか反応はありませんが?』
ブリッジからの返事に、コウレンは唇に親指を強く押し当てながら、モニターを睨み付ける。一度違和感のようなモノを感じると、何もかもが疑わしく見えてしまい、色々設定を弄りながら確認を進めていく。
「……何だろう、凄い気持ち悪い……」
本能的な何かに突き動かされるように、観測装置の設定を変え続け、ついにその正体を見抜いた。
「ブリッジ! 未知の飛翔体がア・ソ連合体のコロニー群に向かって飛んで行ってる! レーダーとセンサーに反応はない! 肉眼で確認せよ! 観測装置の設定は――」
コウレンの矢継ぎ早な指示に、ザキ達も観測装置の設定を弄り、コウレンが発見したナニかをモニターへ表示させる。
『何? これ?』
『トゲトゲした玉?』
『……エデンの海に居たな、ウニだったか』
モニターに現れた物体は高速で飛翔する真っ黒なウニのような物体だった。それぞれで感想を言い合っていると、モニターに女性よりもなお麗しい美貌の男ルータニアが現れ、コウレンへ微笑みかけた。
『こちらブリッジ、ルータニアだ。コウレンお手柄だ。あれはワゲニ・ジンハンが飛ばしてきた素粒子に作用してこちらのレーダーを潜り抜けるタイプの飛翔物のようだ。発見が遅れて相当数が抜けていったと予想される。ルブリシュ騎士団はそのままスクランブル。あの飛翔物を追跡し追撃せよ』
『了解! コウレン戻って来い! 騎士団出るぞ!』
ルータニアの指示に、ザキが直ぐ様応じ、ポワポワした表情でルータニアを見つめるコウレンに一喝を入れながら、船のジェネレータを稼働させる。
『追うのはルブリシュだけか?』
船の各種設定を確認しつつザキがルータニアに確認すると、ルータニアは苦笑を浮かべた。
『こちらからの通信を聞いた王陛下が、ガラティア側妃様を行かせたそうな』
『……過剰戦力過ぎないか?』
ザキが呻くような声で返事をすると、ルータニアはその通りなんだが止める暇も無くてなと肩を竦める。
『まあ、過剰かもしれないが不足するよりかは良いんじゃないか?』
『モノは言い様だな』
『そうとも言う』
どこか楽しげなルータニアの様子に、ザキは心から笑う。まだまだルブリシュの領土奪還の算段は整っていないが、それでもルータニアはライジグスという国家に属してからはとても幸せそうだ。それだけで臣下であり親友でもあるザキは報われた気分になれる。
『リバル・ネスト・アレナイス出る!』
『胸のすくような朗報を待ってるよ』
『ああ、約束しよう』
ザキにしては珍しく、どこか気取ったポーズだけの敬礼をし、出撃していった。
○ ● ○
Side:コロニー『アイシャ』
そのコロニーはポイント・ジーグから一番近い場所に存在していた。
度重なるワゲニ・ジンハンの侵攻に、何度か直接的な被害を受け、そこを生活の拠点にしていた人々が放棄すると、中古コロニーとして売りに出された。
が、何度も襲撃を受け、危機的な状況に陥る事が分かりきっているコロニーを買うような物好きはおらず、かなり長い間買い手が現れずに放置されていたのだが、とある種族が買い取り生活するようになる。
その種族とは亜人種と妖精種、両方の特性を持つ種族である小人族だ。
小人族はかなりのんきな性格をしており、仕事をするにはかなり致命的なレベルで向かない、そんな種族である。
ハズレ立地と呼ばれ、ア・ソ連合体で最も近づいてはならないと呼ばれているこのコロニーも、格安でお得じゃないか、という理由で購入が決定した。そこにワゲニ・ジンハンの危険性だとか、何度も確定的に行われる侵攻の最前線近くだとか、そう言ったモノは一切合切考慮に入らなかったのが実に小人族らしい判断であったと言える。
小人族は体が小さく、ほとんどコロニーの生産能力だけで自給自足が出来てしまう。なので外へと出ていこうとする仲間を変わり者扱いするような位に、コロニー大好き、引きこもり種族だ。
その日、コロニー『アイシャ』では小人族の祭事である芋掘り祭りが行われていた。元々は開拓惑星で暮らす農耕民族であり、その頃の習慣の名残がこの祭りである。全世帯全員参加で行われていた祭りであったが、そんな楽しい時間をコロニーのアラートが中断させた。
「なんだべか? まーた大きめのデブリの接近警報け?」
「今日の監視担当は?」
「組長だべさ」
「組長、率先して芋掘ってたじゃねぇか」
「普段必要ないから、今日も大丈夫だべって思ったんだべ?」
「監視は必要だべさ」
「んだども、祭りも重要だべ?」
「んだんだ」
普通のコロニストであれば、このコロニー中枢が発する警報を聞いた瞬間、各セクターに用意されているシェルターへ走るのだが、小人族は一切そんな行動を起こさず、両手に持った芋をぶらぶら揺らしながら、どうすべ? とのんきに会話を続けていた。
挙げ句、いつもの事だべと、かなりの頻度で鳴り響くアラームを無視し、大切な芋掘りへと戻ってしまった。
そう、このコロニーは二つの星系の境界線が近い影響か、かなりの頻度でスペースデブリが接近してきては警報を鳴らすのが日常茶飯事だった為、小人族の人々も深刻に思わず日常へ直ぐに戻ってしまったのだ。
今回もいつものデブリだろう、そう思っていたのだが、突然コロニーが揺れた。それも立ってられないレベルでの激震が小人族の人々を襲う。更にはミキミキミキとコロニーのフレームが軋む音が響き渡り、ガゴンガゴンガゴンとコロニー外壁に何かが衝突する音も聞こえてくる。
「な、何事だべっ?!」
「監視業務は何をしてたべさ!?」
「だから芋掘ってたべや」
「組長、なーにしてるべ! はよ監視区画へ戻るべさ!」
「こんな揺れてちゃ歩けんべさ!」
この状況でも掘った芋を抱え込んで守ろうとするのはいかがなものか……しばらく激しく揺れまくり、やがて外から、ぎりぎりぎりぎゃぎゃぎゃががが、と装甲を削るような音が聞こえてきた。
「これ、まずいじゃねえべか?!」
「外からの攻撃だべさ?!」
「どうすべっ! どうすべっ! 組長!」
「っ! そうだべさ! シェルターがあったべさっ! シェルターへ逃げるべさっ!」
「流石組長だべ! 皆! シェルターへ逃げれっ!」
やっと切羽詰まった状況に気づいた小人族が、芋を抱えてシェルターへ走ろうとした瞬間、コロニーの壁が爆発した。
外から真っ黒いトゲのような物体が貫き、隙間からガンガン外へと空気やら何やらが吸い込まれていく。永遠にも感じた一瞬は直後コロニーの自動修復装置が働いて終結する。強制的に生まれた隙間へ、自動修復装置が噴出する硬化剤が吹き付けられ、直ぐに空気の流出は止まった。
だが悪夢は止まらない。突き出たトゲの先端がポロリと折れるようにして取れると、そこからダンゴムシ、いやその厳めしい感じからすればダイオウグソクムシのような化け物が、ぬっと顔を出した。
「ば、化け物だべっ!」
「に、逃げれっ! 芋なんか捨ててシェルターへ走れっ!」
小人族の大変な一日が始まった――
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