第219話 怒涛 ⑨

 プラティカルプス大隊の三本柱が、三神将のメ・コム、ア・ザドと激闘を繰り広げている最中、メビウス大隊はグレイブが最も密集しているポイントの頭上を抑えていた。


『マルトちゃん。プラティカルプスの方がかなり大変そうだけど?』


 隊長です、ちゃんはつけないで下さいと返事を返しながら、マルトは全方位スクリーン足元の、チラチラ見える戦いを一瞥すると微笑む。


「援護の必要はありません。そもそも相手がデミウス先生レベルじゃない段階で、あそこの柱三本が折れる未来が見えません」

『……と比較したら、さすがに敵がギャン泣きするよ?』


 メビウスもプラティカルプスも、通常訓練が全て、完全コピーAIデミウス・クローンを相手にした模擬戦という名の死合である。普段からあの理不尽の塊に、ボッコボコにされている側からすれば、あんなのが大量にいてたまるか! という感じだ。


『何でマルトちゃんは、アレなアレに懐くんだろうね?』

『さあ? あーでも、やっぱりどことなく王様と同じ空気感は持ってるかも』

『ああ、調子が良い感じ?』

『いやぁ、それだけじゃなくて、雰囲気というか気配というか、言動及び仕草もアレでアレだけど、見守られている感が似てるというか……』


 何故かマルトだけは、かの大理不尽野郎デミウス・クローンを先生と呼んで懐いているのだが、あのふざけた男のどこに師としてのありがたみがあるのか、マルトの嫁候補たるお姉ちゃん達は理解不能である。嫌いではないが、ちょっと苦手な野郎なので。


 そんな事を話合っていると、マルトがはいはいと話を中断させる。


「はい! それではメビウスはこのまま急襲をかけます! シューレスト・ストライカーのリミッター解除! 行きます!」

『『『『は~い』』』』


 そこは了解って気合いを入れる場所なんではないのかな、そんな事をチラリと考えながら、タクティカル通信で見えているお姉ちゃん達の笑顔に、まぁいいかと考えるのを止める。とことん姉に弱い弟気質なマルトであった。


 そこからはまるで崖から海へと飛び込む様に、戦闘艦を直角にしてグレイブの頭上から突っ込むメビウス大隊。エッグコア・タイプ・エリートと命名されたメビウス大隊専用戦闘艦に取り付けられたシューレスト・ストライカーが船体から剥がれ落ち、様々な形へ変形しながら船の周囲に浮遊する。


 シューレスト・ストライカーは前までの装備であったディフェンサーの上位進化した新しい兵器である。それが今、牙を剥く。


「ブレード!」

『『『『はいは~い』』』』


 いまいち緊張感に欠ける返事をもらいながら、メビウス大隊はそのままの速度でグレイブの群れへ突っ込んだ。


 新設計、新開発、超強化された新しいデフェンサー、シューレスト・ストライカーには四つのモードが用意されている。それはブレード、シールド、バルカン、ライフルだ。


 ブレードはストライカーに超電磁振動を発生させて敵を切り裂く剣。シールドは極小フィールド発生装置をストライカー同士で共振させる事で作られる盾。バルカンは超電磁振動とフィールド発生装置を干渉させる事でエネルギー弾を射ち出せるモード。ライフルはストライカーを連結させてブレードモードの一枚をレールガンのように射ち出すモードだ。


 だがメビウス大隊では運用が違ってくる。


 マルトがブレードと叫んだ瞬間に、お姉ちゃん達は完全にマルトと同調し、本来ならば戦闘艦一隻一隻で使用するストライカーを、完全リンクさせて集結、まさに一振の超巨大なブレードを作り出して、それでグレイブの群れを切り裂いた。


 これこそがメビウス大隊を結成した理由だ。本来ならばストライカーを同調させるなんて芸当は不可能だったのだが、どういう訳か技術開発部でも解明できないナニかが作用し、マルトのお姉ちゃん達はこれを成し遂げた。


「もう一丁!」

『『『『はいは~い』』』』


 それともう一つ。超絶技巧で戦闘艦を操縦するマルトの技術に、他の女に取られてたまるか! 絶対他の女に取られまい! という一心だけでマルトの技術に追い付いたお姉ちゃん達の執念が……いやもう怨念かもしれないが……大隊結成の後押しとなった。そう、彼女達は技術でエース・オブ・エースたるマルトと匹敵するのだ。


 マルトの機動と自分達の機動を完全に同調させて、再びグレイブの群れへ突撃をかます。


「うん、順調に数は減ってる」


 こちらの存在に気づいたグレイブが、ちょいちょいグリーンの粒子を飛ばして攻撃してくるが、そもそも飛んで来る速度も狙いもゆるゆる過ぎて正直当たる気がしない。


 しばらく攻撃を続けて、目に見えて敵の数が減ってきたのを確認し、こちらをさっくり終わらせて、カオっちゃんの援護に行こうかしら? などと考えていると、急にグレイブの粒子の狙いが正確になり、速度が急激に上がった。


 急にどうした? マルトは警戒度を引き上げ、鋭く叫ぶ。


「注意! 何かある!」

『『『『きゃーお姉ちゃん怖いー、マルトちゃん助けてー』』』』


 かなり棒読みな口調で助けを求める姉達だが、それはいつもの事なのでさっくりスルーし、マルトは油断無く周囲へ視線を走らせる。


 しばらく素粒子を避け続けていると、姉の一人があっと声を出す。


『ポイント・ジーク、そっちの境界方向に何かいるね』


 マルトは見つけられなかったが、姉が見つけてくれた。やっぱりソロじゃないと目が多くて助かる、姉達の存在に感謝を捧げつつ、言われた方向へ視線を飛ばす。


「っ! あー、カオっちゃんとこと同じかなぁ……」


 くるくると回転しながら浮遊する白いリングの上に、奇妙なポージングで乗っかる四つの顔面に二本腕、二本足の化け物が顔面をくるくる回転させながら、こちらをジッと睨み付けていた。


「あまりこちらの同胞を殺されるのは心が痛むのだがな」

「っ?! しゃべった?! え? 宇宙空間でどうやって声を伝達させてるの?!」


 マルトが常識的な部分で驚いていると、その化け物はゆっくりとメビウス大隊へと近づて来る。


「ワゲニ・ジンハン、三神将が一角ク・ザムと申す。ああ、名は覚えずとも良い。ここで朽ち果てよ」


 くるくる回っていた顔面が笑顔で止まる。ニコニコじゃない、にちゃぁぁっと粘着質な音が似合いそうな笑顔がこちらを向いた。


「っ!? シールド!」

『『『『了解っ!』』』』


 ぞくりと背筋に冷たい何かが流れるのを感じ、マルトが咄嗟に叫ぶと、さすがの姉達も状況は分かってるのか、響くような声で返事をし、ストライカーで巨大な盾を作り出す。


「ほぉ」


 どこから飛翔したのか、化け物が乗っているリングと同じようなモノが飛翔し、マルト達が作り上げたシールドへギャリギャリ恐ろしい音を立てて激突する。


「ストライカーと同じ? 精神感応系能力者?」


 ディフェンダーもそうだったがストライカーも動かし方は同じである。それは精神感応系超能力者の超能力を解析し、それを科学的なアプローチでもって組み込んだシステムだ。いわゆる念動力を機械的に発動させて、そこにテレパシー的な脳波を乗せる事で、無線誘導している。実際の機構はあり得ないレベルで複雑であるが、簡単に説明するならこんな感じである。


 マルトはク・ザムのリングがストライカーに似てると感じた。


「貴様らの玩具と我の力と同じと申すか……それは少し傲慢ではないか?」


 マルトの言葉にク・ザムが顔面を回転させて怒りの表情へ変えた。するとリングが回転を止めて空洞部分がこちらへと向けられた。


「シールド解除っ! 大隊散開っ!」


 なんて事のない空洞部分に、ただならぬ殺意を感じたマルトが叫び、姉達も嫌な気配に返事すら返さずその場から一斉に離脱する。するとリングから恐ろしいエネルギーが放出され、蹂躙するようにしてグレイブの群れを薙ぎ払った。


「無茶苦茶する!」


 マルトが直ぐ様バルカンで攻撃を加えると、今度は悲しげな表情の顔面へ変えてリングを自分の周囲へ展開した。


『フィールド!?』


 バルカンはリングの表面に発生した障壁で防がれ、マルトの攻撃に続いた姉達の攻撃も障壁に無効化された。


「無駄な事を。どれほど足掻こうが、お前達はここで朽ち果てて仕舞いだ」


 ク・ザムが恍惚としたような表情の顔面へ変えると、リングが激しくマルト達の周囲を飛翔する。


「くおっ?! これはっ!?」


 体当たり、エネルギー波、フィールドによる立体的なエネルギー波の反射。今までの攻撃全てを繰り出してきた。高度で緻密な連携でもってこちらを攻め立てる攻撃にマルト達はさらされ、泡を食って逃げ回る。


 逃げ回り、時にはフィールドを削られ、船体にダメージは無いものの、衝撃で何度か体を揺さぶられながら、大隊は何とか攻撃を避け続けた。


「ふはははは、いつまで逃げ続けられるかな?」


 ク・ザムが再びリングの上で奇妙なポージングで停止し、更に攻撃の密度が上がる。そのあまりに激しい攻撃を掻い潜りながら、マルトはジッとク・ザムを観察する。


 この状況に焦れた姉が、見事な操縦の腕を見せつけながら、何とかク・ザムに接近してバルカンの銃口を向けた。


『調子に乗るなっ!』


 姉がバルカンで攻撃をすると、ク・ザムはポージングを解除して、悲しい表情の顔面に戻し、リングを自分の周囲へ浮遊させる。


 その瞬間、マルトはふふふと笑った。


「……なるほど、笑いが体当たりで怒りが砲台、悲しいがフィールドで、良く分からない顔が全部だけど、より精度を出すなら変な構えが必要になる、かな」


 マルトはうんうんと頷き、鋭く叫んだ。


「パターン、レイジング!」

『『『『は~い!』』』』


 マルトの近くに二十七隻が集合し、二十七隻分のストライカーでブレードを作りク・ザムへ突撃をする。


「無駄な事を」


 リングがブレードを受け止めるように展開し、ク・ザム背面のフィールドの密度が下がる。そこへ別方向から二十七隻の中隊がバルカンを射ち込む。


「ぬっ?!」


 ギャリギャリと音を立ててフィールドが削られていき、ク・ザムの顔面が混乱したようにクルクルと回転を始める。


『そら、これでも食らっとけ!』


 ク・ザムの頭上をいつの間にか抑えていた中隊二十七隻が、ライフルを形成しフィールドが弱まる瞬間を待っていた。回転するストライカーの中から打ち出されたブレードが、ク・ザムのフィールドを見事貫き、何枚かのストライカーがク・ザムの体を切り裂き、青紫色した体液が宇宙空間に散った。


「ぐはっ?! こしゃくな下等生命体ごときがっ!」


 ク・ザムの表情が怒りに変わる。しかし、大隊は散開せず、ブレードで直接リングを思いっきり殴った。


「ぬっ?!」

「さて、まだこっちの攻撃は終わってないよ! パターン、ゲイザー!」

『『『『は~い!』』』』


 ク・ザム対マルトと愉快なお姉ちゃんズとの戦いは、周囲のグレイブを巻き込んで大きく膨らんで行く――

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