第222話 津波 ①
Side:ニカノール・ウェイバー
ウェイス・パヌス執務室でひたすら実務をこなすニカノールだったが、緊急を知らせる内容が届いた。
「外環コロニーからの緊急救援要請が来ている?!」
『はい! コロニーを直接攻撃されているようで! 中には既に敵の侵入を許しているコロニーもあると!』
ニカノールはギリリと歯を鳴らし、一旦落ち着こうと深呼吸をすると、状況の確認へ入る。
「コロニー内部への侵入を許した所の抗戦状況はどうなっている?」
『警備ボットと駐留軍の軍人で対応出来ているコロニーは少ないですが、対応出来ている場所では拮抗していると。ただ、後から後から追加でコロニーへ取りつかれて、このままでは数に圧倒される可能性が高いと報告を受けています』
「……」
ア・ソ連合体で外環と呼ばれているコロニー群は、いわゆるハズレコロニーと呼ばれているモノだ。
理由は説明するまでもないが、ワゲニ・ジンハンの侵攻を受け、複数回の被害を被っているコロニー群であり、口さがない中央付近で生活するコロニストからは防壁コロニー、生け贄コロニーとすら呼ばれている。
外環で生活する種族は様々であるが、共通するのは立場が弱い種族が多い傾向にある。超複合種族国家であるア・ソ連合体だから受け入れられたとか、基本他の国家では鼻摘み者、もしくは能力の低さから迫害を受けるような種族、あまりに異形な風体から忌避されるような種族が、細々と生活するような場所だ。
ア・ソ連合体でも、彼らの地位は低い。いや言葉を飾らなければ、差別の対象だ。
それでもニカノールが代表になってからは、彼らへの歩み寄りを行ったり、標準的なヒューマノイドタイプから逸脱したような種族には、彼らに則した仕事の斡旋だったりを行ったり、かなり関係性は改善してきてはいるのだが、中央付近で生活するコロニストの差別意識はいまだ存在し、彼らへ救援をと声高に叫んで果たして動いてくれるかどうか……あくまでニカノールは国民達の代表であって支配者ではない。命令は出来ないのである。
問題はまだ有り、外環コロニーに駐留する軍人は、配属命令を受けたからという理由よりは他より手当てが多く、その給料目当てで駐留している者達がほとんどであり、ここまで圧倒的に不利な状況下では、現場を放棄して逃亡しかねない。実際そんな事をしたら軍法会議送りにされて、最悪は処刑されるのだが、彼らからすれば差別種族と心中するなんて事の方が屈辱であろうから、まさしく知った事ではないだろう。
「……守備艦隊を動かすしかないか」
一瞬、あの飄々とすっとぼけた表情で、まるで近所のガキ大将のような悪童らしい笑顔を向ける、美しく長い黒髪の、見つめられると魂の奥底まで見られているような錯覚を引き起こす、どこまでも美しく逞しい国王の顔が思い浮かんだが、彼らは彼らで既に多くの厄介事を押し付けている最中であるからして、これ以上頼る事は出来ないと、考えを打ち消すよう呟く。
「コロニー『サスゥーボ』の守備艦隊を――」
ア・ソ連合体中枢の守りが手薄になるかもしれないが、ここで外環を見捨てればそれこそ連合体の存在意義が失われる。どのような種族であっても生活できる相互扶助が連合体の意義であるのだから、中央を生かす為に差別を受けている種族を切り捨てたら、それは連合体として仕舞いだ。ニカノールはそう判断して守備艦隊司令ベネスがいるコロニーへ通信を繋げようとした瞬間、執務室が揺れた。いや、ウェイス・パヌスその物がガクンと落ちるように揺れた。
「がぁっ?!」
当たり前だがコロニーに地震などは存在せず、コロニーがそもそも巨大である為、それこそ中型サイズの小惑星が追突でもしない限りここまでコロニーが揺れるなんて事態は引き起きない。完全に油断していたニカノールはバランスを崩して顔面から机に激突し、額と鼻から出血をしてしまう。
『代表っ!? 代表! ニカノール代表! 大丈夫ですか!? おい! 誰か! 医師を連れて執務室まで走れ! 代表! 聞こえてますか? ニカノール代表!』
これまでの無理が祟ったのか、打ち所が悪かったのか、ニカノールは意識が朦朧とし、自分が力無く床へ倒れ込むのを自覚した。
『ああ! そうだったそうだった! ニカノールさん、うちの国王が貴方を凄く気に入りましてね、これを渡すように言われていたんですよ』
うすらぼんやりする意識の中、ニカノールは宇宙港でのいざこざの後、調査船団総司令アベルとのやり取りを思い出していた。
『これは?』
『お守りだそうです。貴方に何かあったら宇宙全体の損失だから、こりゃダメだって時には遠慮なく、そのお守りを起動させろって言ってましたよ』
『は、はあ……』
今がまさにこりゃダメだという時だ。ニカノールは消え行く意識の中、ポケットに突っ込んでいたプレートを何とか取り出し、言われた通りに力一杯握り締めて気を失った。
○ ● ○
「陛下! ニカノール代表の端末からエマージェンシーコール!」
「なぬっ?! 彼、ウェイス・パヌスに居るんだろ?! 何があった!」
ライジグス国母艦スティラ・ラグナロティア。プラティナギャラクティカとクィックシリバーを合体させて、最近の技術開発部のフィーバータイムの技術をてんこ山盛り積み込んだ新しきラグナロティアの、その完全に公園サイズに巨大なブリッジで、完全に気を抜いてリラックスしていた俺です、こんにちは。
いやいやいやそれよりもだ! 何でこの状況でウェイス・パヌスにいるニカノールさんからエマージェンシーが来るの?! 何が起こったし! え? 誰か説明せぇや!
「旦那様は落ち着け。観測手、状況確認!」
「直ちに」
「お、おう」
あわあわ一人慌てていた俺に、ぴしゃりとゼフィーナの叱責が飛ぶ。いや何か、最近特に嫁達の逞しさが異常に超進化しているんですが……俺が技術開発部で遊んでいる間に一体何があったし?
「状況、正面モニターに?」
「出せ」
「了解」
完全に軍人の雰囲気で、両腕を組み仁王立ちするゼフィーナ。そうやると強調されるのが彼女のご立派なお胸様で、そのお胸様の上にゼフィーナと契約を結んだ妖精ミラーナがちょこんと腰掛ける。一気に見た目ファンシーになってしまったな……
いやいや、今は状況の確認が先だ。モニターへ視線を飛ばせば、そこには妙なウニっぽい何かに取りつかれたウェイス・パヌスの姿が……ん? あれってルーちゃんから報告があったって言う未確認飛翔物体じゃねぇの?
「ちょい待ち。あれってルブリシュから報告があった奴だよな? あれって方向からすればア・ソのいわゆる外環方面へ飛んでったって話じゃなかったか?」
そう、だから俺の要請を受けてガラティアが喜び勇んで外環方面へ向かった訳だし。
「簡単ですよ。別動隊が居ます。というかむしろそっちが本隊じゃないですかね?」
「マジで?」
慌てて一人百面相をしている俺とは違い、自分の嫁達からちやほやされながら優雅にお茶なぞを飲むレイジ君が、色鮮やかなマカロンを口へ放り込みつつ言う。さりげに自分の嫁に美味しいよって笑顔で言いながら……ムカつく程に落ち着きやがってこいつめ。
「せっちゃんに頼んで連合体のデータベースへアクセスし、彼らが過去に行って来た全ての作戦内容をザッと精査したんですが、中々面白い感じでした」
「……君、サラッと言うけど、それ不正アクセスじゃねぇか」
ムカついたので、ドッカリとレイジ君の横に座り込み、茶寄越せとばかりにレイジ嫁へティーカップを差し出せば、苦笑を浮かべつつお茶を注いでくれた。そんな俺にサッとマカロンが積まれた皿を寄せながら、レイジ君はニヤリと笑う。
「バレてないのなら不正も何もありませんでしょうに」
「……言うようになったねぇ」
こいつはどこを目指してるんだろうか。
いやマジでその内――
『宰相様本日のお菓子でございます』
『うむうむ、これは見事な黄金の菓子よのぉ』
『いつもお世話になっておりので、ほんの恩返しにございます』
『ぬほっ、お主も悪よのぉ』
『いえいえ、宰相様には及びませんよ』
『『はっはっはっはっはっ』』
みてぇな事をし始めるんじゃねぇの?
何て阿呆な事を考えていたら、それはそれは盛大な溜め息を吐き出され、レイジ君はへっと小馬鹿にした失笑を浮かべ、じっとりとした目で俺を見る。
「ええ、どこかの誰かさんがそれはもう山の様に問題を持って来ますから、自然とそれなりの対応方法は覚えましたよ、ええ」
「……」
うん、薮蛇だったわ……
「話を戻しますが、その記録を見る限り、ワゲニ・ジンハンは相当狡猾ですよ。多分、ずっと手加減して戦っていたんでしょうね。その中でア・ソ連合体の領宙域をシレッと調査してたような感じも受けます」
「……なるほどねぇ、つまり今回の侵攻は――」
「本気になった、と判断すべきかと」
モニターに映し出されるウニを見つつ、俺は溜め息を吐き出す。
「対応はどうする?」
モニターから視線を切り、頼れるお嫁様ゼフィーナを見れば、ゼフィーナはやれやれと男前な苦笑を浮かべて、組んだ腕をほどき、くいくいと指差す。その先には緊急ジャンプを決行するルブリシュ艦隊の様子が映し出されていた。
「ルータニアがこちらの要請を聞いて即引き受けた。ここは動けないからね」
絵になる感じで、大きく肩をすくめるゼフィーナに、俺はうんうんと頷く。
「まぁ、そうだね。あ! うまっ! え? これ凄い美味い! レイジ君のお嫁さんすごっ!」
手持ち無沙汰を感じていたので、寄せられたままのマカロンを何気なく食べ、思わず叫んでしまった。これ、マジでガラティアより上かもしれん。さすがはレイジ嫁、レイジ君を喜ばせる為なら手段を選ばぬ精鋭よ。
俺がナイスと親指を立ててレイジ嫁に合図を送れば、光栄ですとばかりに美しいカーテシーを返すレイジ嫁。その一連のやり取りを見ていたレイジ君は苦笑を浮かべながら、トントンとテーブルを指先で叩きながら言う。
「さすがにこちらの国王直下超精鋭の近衛部隊を動かしたら、ニカノール氏の頭皮が死滅しかねませんからね。今回のは一応、ギリ我が国の領宙域へ干渉しているから、という名目の防衛戦ですし」
そうなのだ。さすがに大部隊を動かすのは問題が大有りって事で、レイジ君が奇策を捻り出し、ア・ソ連合体が売り出している外環にあるコロニーをライジグス王国で買い上げ、無理矢理ライジグス王国ア・ソ連合体外交本部コロニーとやらに仕立て上げたのだ。
そのコロニーはもちろん改修し、今後も使用できる状態へと整えている最中だ。国費でお買い上げした物だからね、ちゃんと国民の皆様が納得する使用方法をせねばならんのだよ。
「しっかし、こじつけだよなぁ……新しくコロニー買いました! そのお披露目に国王と妃達が艦隊を率いてやって来てます! そしたらたまたまワゲニ・ジンハンが攻めて来たから率いてきた部隊で対応します! って誰が信じるんだよ」
「建前は必要って事で」
そりゃそうだと頷き、最高級のお紅茶を味合う。うん、さすがはガラティアの直弟子の一人だ。きっちり香り高くて美味い。
まぁ、近くの国のフォーマルハウトにしても神聖フェリオ連邦国にしても、レイジ君が関わってるって理解した瞬間関わろうとしないだろうし、帝国は今それどころじゃないだろうしね。こんなバレバレの建前でも有ると無しとでは有った方がいいんでしょ。多分。
「こちらはこちらで敵の本隊に気を付けなければならないですから、どっちにしたって動けませんけどね」
シレッと本心を語るレイジ君に、俺もそうだねと返事するしかなかった。
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