第210話 解説のタツローさん

 何か知らんが、ズタボロのフォレストベアが先行し、勝手に戦闘を開始する様子を見ていた嫁達が、とても酸っぱいというか苦いっつうか、名状しがたい感情を全て表情筋に乗っけたような顔を俺に向けていた。


「分かる分かる。特に女性達には超絶大不評だったからね、あいつら」


 モニターに映るは、下半身六足と上半身無数の触腕をウネウネ動かす、頭部不定形なのに目がいっぱい張り付いた、通称ゲジと呼ばれている化け物だ。


「俺達は単純にクリーチャーと呼んでたけど、こっちだとワゲニ・ジンハンって呼ばれてるんだね?」

「はい。開祖クマがそのように呼称したのが始まりだとか」

「ふーん」


 俺の横には、おしゃれ界隈でも話題な我が国の軍服をきっちり着こなすメルムが立ち、解説をしてくれていた。


「突撃していったのが、ブラウン前族長の息子のアンバーだと思います。あの船はブラウン族長の血縁しか動かせない船でしたから」

「……つー事は、アラバマ部族って?」

「はい、開祖クマの血を取り込んだ部族です」

「わーお、ケモナー極まったなぁ」


 あいつ、かなーり病んでたからなぁ……何せ自分を含めた全ての人間が滅べ、って言ってたくらいに人間不信で、人間じゃなくてケモノが世界を支配すれば良いのに、というのをわりとガチトーンで言うタイプだった。


 俺とは方向性の違う病み方だったけど、同族認定されてうっとうしかったなぁ、勧誘が。デミウスとかがバッサリ切って、更にはプレイスキルでもぶった切って、その上で精神攻撃しまくって追い払っていたけど。そういや珍しくルミ姉さんとか、TOTOのおじいちゃんとかもあいつを嫌ってたっけ。


「ねーねーとと様? あしーごほん」

「お?」


 ルルが俺の膝の上に座り、ルル専属メイドに認定されたサファイアみたいな毛並みの子グマメイド、セレッサを抱っこしつつ、モニターを指差す。その映像を見て悲鳴をあげる嫁達――


「「「「ぎいいぃやああぁぁぁぁいぃあぁぁぁぁぁぁっ!」」」」


 もうちょい乙女成分マシマシの悲鳴とか出なかったのかいな……まぁ、気持ちはスゴく良く分かる。俺も初見時に似たような叫び声を出した記憶があるし。


「はぁ、マジで相変わらず動きがキモいなぁ……」


 五本足のは通称ヒトデ。その呼称理由は、まんま動きがヒトデなんだ。つまり五本の足をゆっくり這わせるように動かし、滑るようにぬるぬる動く。ここは宇宙空間で、何でそんな動きで移動が出きるか? はははは、知らんがなっ! そういう珍生命体だとしか言えないわ。しかもこいつ頭部と胴体部分が融合したような感じで、まんま上半身全てが巨大な顔みたいになっていて、クリーチャー、いやワゲニ・ジンハンだっけな、ワゲニの戦闘生物でまともな人型をしている関係上、気持ち悪さが倍増する。ゲジよりもダメっていう女性プレイヤーも多かった。


 メルムと嫁達がぎゃーぎゃー騒いでいるのにルルちゃんはスンとしているのに気付き、俺はルルの頭を撫でながら聞く。


「そういやルルはああいう気持ち悪い系は平気なんだな?」

「うゆ? んとねー、えでんのうみーのきしょきしょよりはだじょぶー?」

「……ああー、パパすげぇ納得しちゃったわ」


 ぎゃーぎゃー騒ぐ嫁達を不思議そうに見るルルの言葉に、俺は深く深く納得した。というかその説得力よ。


 エデンの惑星改造をした時に、かなりスタンダードな海洋生物をクローニングして放流したんだけど、どうやら方々に元から生息していた原生生物の卵みたいなのが残っていたらしく、そいつらがクローニングした海洋生物を襲って増えるっていう大問題が発生したんだよ。


 そいつらの姿が名状しがたい神話生物チックな感じで、それの駆逐作業を目撃してしまった子供達が、ギャン泣きしてしばらく悪夢とおねしょに悩まされるという事件があってね……まぁ、ルルとせっちゃん、スーちゃんなんかはそのレベルまではいかなかったけど、それでも珍しく本気で嫌がってたからなぁ。


「確かにあの不定形生命体エックスと比較すれば甘いかね?」

「げいじゅつがばくはつしてないなー」

「せっちゃん経由だろ、それ」

「むふふふふー」


 嬉しそうに口をむにゅむにゅ動かし、もっと撫でれとばかりに頭を俺の手に押し付けるルル。可愛い奴めとグリグリちょっと乱暴に撫でてやれば、きゃっきゃと嬉しそうに膝の上で跳び跳ねる。俺はその細っこい腰部分を支えてやりながら、モニターへ視線を戻した。


「それにしては数が異常に多いなぁ……マザーが育ったのか、それともマザーが希少種なのか……」

「え? マザー……ですか? っていうか、ワゲニ・ジンハンって六足の化け物だけじゃないんですか?」

「え? 今まで六足しか出てこなかったの?」

「六足だけですよね?」

「え?」

「え?」


 思わずメルムとお見合いしてしまったが、彼女に詳しく聞けば、これまでワゲニ・ジンハンの侵攻というのは六足のゲジだけしか姿を見せず、今回のような五足のヒトデなどは初めて見たし聞いたと言われてしまった。


「えっと……もしかしてだけど、襲ってきた個体だけを倒すか追い払うかだけして、あいつらの本拠地への殴り込みなんかは?」

「……本拠地ってあるんですか?」

「……おーぅ……」


 思わず外人みたいなオーバーリアクションで天を仰いでしまった。なるほどね、か……そりゃぁ、大きく逞しくワンパクに育ちに育ってるだろうなぁ……


「討伐されていないと何か問題でもあるの?」


 ぎゃーすか騒ぎまくっていた嫁達も落ち着いたのか、俺達の様子を見ていたファラが聞いてくる。


「そうだな……あのクソミッションの流れを簡単に説明するとだな、増える、溢れる、暴走する以上」

「……凄く嫌な予感がしてきました」


 俺のアホ丸出しな説明に、シェルファが口の端をひくひくひきつらせながら呟く。分かってくれたようだ。


「つまり無尽蔵に増えるんだよ、あの化け物」

「やっぱり……」

「ミッションの概要は、あれが増えて困っているから数を減らせ、ってとこからスタートして、数を減らすと奴らの本拠地から更に新手が溢れ出るからそれも倒せ、ってなって、子供を殺されたマザーが暴走したからコロコロしろ、っていう感じになる。ミッションクリアーしても三時間位でマザーが復活するしね」

「「「「……」」」」


 クソミッションクソミッションと呼ばれていたのにも関わらず、周回する人間が大量発生するレベルで大人気だったこのミッションの、何が美味しかったかと言えば、経験値がとてつもなく美味しかった。


 常設ミッションの中でダントツの効率を誇り、レイドミッション並みの経験値をただ敵をコロコロするだけで大量にゲット出来るとあって、トップ層と呼ばれていたクランは常にこのミッションを回しているような状態だった。うちのクランは全員で二、三回やって飽きたけどな。このミッション回さなくても、その段階でそれぞれが超高レベルだったていうオチもあるけど。


「俺らがやった時は、最終的に実験になって、どうやったらマザーは復活しなくなるんだろう? っていう検証に入ったんだな」

「……オチが見えますが……」

「あははは、良く分かってらっしゃる」


 そうマザーは倒しきれなかった。もっと言えば、マザーの性質はプレイヤーと同じで、討伐方法によって再出現時間は変化するけど、決まった場所にリスポーンする。リポップじゃなくてリスポーン。何故それが分かったか? だってあいつ復活した瞬間に俺達へ思いっきり罵詈雑言を吐き捨てやがったからね。


「その、先程おっしゃってた希少種というのは?」

「ああ、復活する時にランダムで出産能力特化とか、マザーの攻撃能力がアップとか、そういった特殊な個体が出る事があってね。俺達はそれを希少種と呼んでいた」

「「「「……」」」」


 なんならそのあまりに膨大な経験値から、はぐれたマザーとすら呼んでいた。あのスライムとは違って逃げないけどね。


「ああ、こりゃぁ一筋縄ではいかんなぁ」

「「「「えっ?」」」」


 なんとなしにモニターへ視線を向けると、アベル君とこの船の観測機器が、しゃもじ型の化け物の先端で、何やら喧嘩している三匹の化け物の姿を映す。こいつらが居るって事は、マザーのサイズは小惑星より大きいレベルになってるね、こりゃぁ……しかもしゃもじ野郎も大量にいる、と。


 ちょいとこれはまずいな。


 いやね、トップクランの連中も、ある程度までレベルを上げちゃうと、単調な事もあって飽きてしまったんだよ、あのクソミッション。


 んでトップ層が飽きたつってごっそり抜けて、トップよりもやや下辺りのクランが回すようになったんだけど、彼らだとマザーを倒すところまで行かなくて、マザーを放置している時間が増えたら、四足、三足、そして二足という感じに新しい化け物が増えていってね……


 まさかそんなギミックが仕込まれているとは思っておらず、意図せず放置しまくった結果、ギャラクシーミッションというそのままだと宇宙が滅びまっせ、って緊急のミッションが発動しまして……


 いやー、あのゲームで初めてのフルクランフルレイドのフルフルミッション、つまり全てのサーバーの全てのクランで協力して戦えっちゅうイベントに発展してしまったんだな、これが。本当にあれは地獄でしたわ。


 ああ、そういや確か、あの頃はまだクマおらんかったっけな。いやまぁ居たとしても、あれだけスタンスが違うし、ヤツの戦闘スタイルだとあの化け物相手には分が悪いだろうから、居たとしてもあれの性格上参戦しなかった可能性大だが。


 俺の説明に微妙な表情を浮かべている嫁達に、ついでだから面白情報も追加で提供しておく。


「あの妙ちくりんな船みたいなの、あれもマザーが産むんだよ」

「「「「はあっ?!」」」」


 こちらが求めていたリアクションをありがとう。うん、俺も最初そんな反応した。


「まあ、そういう反応になるよな」


 正確にはゼロ足のグレイブ(棺桶)って呼ばれていた生命体だ、あれ。全身の排出口からグリーンの素粒子を吐き出す砲撃を行い、負傷した仲間を体内へ飲み込む事で再生治療をする。クソ耐久力で馬鹿げた遠距離攻撃能力を持ち、しまいには味方すら瀕死状態から復活させる能力まで持つっていうチート敵だ。


 ……こりゃぁ、ちょっと色々と動かないとまずいかもしれんなぁ……


「……アベル君とこだけでは、ちとキツいかもしれないな……レイジ君、ちょっといい?」


 ちょっと手厚く備えた方が無難かもしれない、俺はそう判断してレイジ君を呼び出す。


『はい? どうしました?』

「そっちのクマはちゃんと訓練されたクマになった?」

『そうですね、下級翼士程度には育ってますが……不測の事態ですか?』

「そうだね、そうなる可能性はあるかもしれない」

『……分かりました! 師匠達に鬼畜モードで仕込んでもらうよう、要請します!』

「お願いね……ああ、リーンのおっさんと息子さんって動かして大丈夫?」

『ええっと……そうですね、今回の配置替えは休暇の側面が強いですから……後で補填をしっかりすれば大丈夫だとは思います』

「オケ、ちょっくら頼んでみるわ」

『……パパン、それ命令や……』

「拒否権はあるぞ?」

『まぁ、いいですけどね……僕は彼らの指導を急ぎます』

「お願いね」

『はっ!』


 レイジ君との通信を終わらせ、早速アルペジオへ通信を繋げる。


 まあ、リーンのおっさんとリーン息子両方は必要ないかもしれないが、これも新規格艦船の慣熟訓練だと思えば悪くない。


『どうかなされましたか? 陛下』

「すまないがリーン・エウャン、ユーリィ・エウャンを呼び出してもらえるか?」

『はい、畏まりました。少々お持ちください』


 グレイブからの砲撃が始まり、それをア・ソ連合体の守備艦隊が上手く受け止めたのを見ながら、俺はきっとあるだろう波乱を乗り越える準備をするのであった。

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